36 不安な月
来ていただいてありがとうございます!
「まあ!アルベール殿下!ご無事でしたのね!わたくし、信じておりましたわ!」
お城の廊下に聞き覚えのある高い声が響いた。
『それから、とても言いづらいんだが、未闇の地へ入るメンバーの中に彼女たちのチームがいるんだ』
ってテオフィル王弟殿下から教えてもらってたけど、こんなに早く会っちゃうとは思わなかった……。まるで待ち構えていたみたい。
私達が対策室を退出するとすぐにジュリエンヌ様が声をかけてきた。前の時と違って綺麗なドレスを着てるから儚げな雰囲気が倍増してる。
「ソランジュさんも。良かったですわ。運が良かったですわね」
「……ありがとうございます……」
にこやかだけどいきなり声のトーンが下がった。がっかりしてるの分かっちゃうよ?私はため息が出た。
突然ぐいって肩を抱かれてアル様の胸に抱き寄せられた。
「行こう」
アル様は前を見つめたまま、ジュリエンヌ様の方を全く見なかった。シュシュ先輩もバジル君も黙礼しただけでジュリエンヌ様の前を通り過ぎた。これって大丈夫なのかな?ジュリエンヌ様って王妃様の姪でかなり高位貴族のご令嬢なのに。
「アル様……」
心配になってアル様の顔を見て驚いた。アル様、凄く怒ってる……。無表情に見えるけれどこれは違う。
ジュリエンヌ様は今回の事には直接関わってない。私が酷い目に合わされたのは他の三人にだったけど、ジュリエンヌ様にも責任があるってシュシュ先輩や、バジル君も言ってたっけ。ジュリエンヌ様には以前からそういう所があったんだって。直接誰かに何かを頼むのじゃなくて、気持ちを表して周りの人を動かそうとする所が。
「わたくしとアルベール殿下の婚約が決まりましたの!」
私達はジュリエンヌ様の前を通り過ぎようとしたんだけど、ジュリエンヌ様はアル様の前に回り込んで来た。
今なんて?私の胸がドクンと鳴った。嘘……。婚約?アル様とジュリエンヌ様が?
「わたくし王妃様にご相談しましたのよ?そうしたら、王妃様とっても怒ってらして。身分の低い者と付き合うのはやはり良くないって仰って下さったの!ですのでわたくしと殿下の婚約は決定事項ですのよ?王妃様がそう仰って……」
「言いたいことはそれだけか?」
私の肩を抱く腕に力がこもった。感情がこもらないアル様の声にジュリエンヌ様は一瞬ひるんだみたいだったけど負けずに話し続けた。
「お、王妃様のご機嫌を損なうのは良くありませんわ。王宮での立場も悪くなってしまいますし、そちらの方にも良くないことが……」
ここでジュリエンヌ様は言葉を切った。初めてアル様がジュリエンヌ様を見たから。アル様の視線を受けて一瞬嬉しそうにしたジュリエンヌ様が固まった。憎しみと蔑みのこもった表情を向けられて。
「失礼する」
今度こそ私達はその場を離れた。動けず、何も言えずにいるジュリエンヌ様を置いて。
「よくもあそこまで人の気持ちを考えない人間がいるもんだね」
バジル君がボソッと呟いた。
その後、私達はお城の一室を借りて話し合いをすることになった。
「どう思う?テオフィル殿下のお考えについて」
シュシュ先輩が切り出すと、バジル君が答えた。
「無謀なんじゃないの?ソラの話を聞いた限りではね」
「だが、このままでは叔父上の言う通り、王都に更なる被害が及ぶ可能性もある」
アル様が腕を組んで考え込んでる。
「それなんだよね。活性期とやらがいつまで続くのか……。そもそもその活性期というのがどういうものなのか。幻霧が濃くなるのが先か、魔獣が動き出すからなのか」
みんなの話し声が頭の上を通り過ぎて行く。
「ソラはどう思う?」
「…………」
「ソラ?」
隣のアル様に話しかけられてハッとした。そういえば私はアル様に肩を抱かれたままだった。
「す、すみません。ちょっとぼーっとしちゃってて……」
私の頭の中はジュリエンヌ様の言葉でいっぱいだった。
「あー、もしかしてさっきのこと気にしてるの?」
バジル君が呆れたような顔をしてる。
「あ、えっと……」
「ソラ、そんなに心配することは無いと思うよ」
シュシュ先輩が励ますように優しく言ってくれた。
「シュシュテインの言う通りだ。……ソラ、あの令嬢が言ったことを気にする必要は無い。王妃と言えど国王の言葉を覆すことはできないし、俺は王家に固執してない」
「……でも」
アル様は更に私の手を握った。
「俺を信じて欲しい」
不安は残るけれど、アル様を信じる気持ちが上回った。
「……はい。アル様。バジル君もシュシュ先輩もありがとうございます」
私は何とか笑って答えた。
「では話し合いを再開しようか」
私はあの青い魔獣が言ってたことが気になっていたし、あの魔獣の攻撃を受けた身としては未闇の地に入ることには最後まで反対した。
それでも、王都の状態の悪化は防ぎたいってことになって、結局私達落星の谷のチームも未闇の地へ入ることになった。ただし、深追いはせずにあくまでも今回は様子見、そして他のチームのサポートに徹するということに決まった。
お城のソファはふかふかだ。今夜は月が出ていて窓からは星が見えない。私達はお城の中にそれぞれ部屋を用意してもらって出発まで滞在することになった。眠れなくてぼんやりと月を見てた。
「出発は明後日。西の森の入り口からいくつかのチームが隊を組んで、か」
西の森への入り口は複数ある。それぞれの隊に魔力検知に優れた魔法使いが配置されて、攻守バランス良く隊が組まれるらしい。
心の中がざわざわする。冷たい手で背中をぞぞーっと撫でられてる感じもする。色々な不安が押し寄せてきて落ち着かない。今の未闇の地へ行くことは他の人が考えるよりもずっと危険な気がするんだ。だけど私一人の考えでは他の大勢の人達は動かせない。特にテオフィル殿下は大物魔獣の討伐に意欲的みたいだった。それに……。
「王妃様って何を考えてるんだろう。またアル様に何かしてくるのかな……」
殺そうとまでした相手を自分の血縁と婚約させて、どうするつもりなんだろう。アル様の邪魔をしたいだけ?それとも自分の姪が可愛いから?
「怖い……」
私はソファの上で膝を抱えた。何を考えているのか分からない相手は不気味だ。これから対峙するかもしれない魔獣と同じくらいに。
「大丈夫だ」
ふいに温かい手が私の肩に置かれた。
「……っ!アル様?!どうして……!」
月明かりだけが射す部屋の中、いつの間にかアル様が隣に座っていた。
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