3 青星塔
来ていただいてありがとうございます!
「大きな穴……」
私は飛竜に乗って空にいた。
中心に向かって緩やかに傾斜している広大な円形の窪地を取り囲むように、森や草原や荒れ地が続いている。何もない土地。そこが私の勤務地の落星の谷だった。
ベルドゥジュール王国の王都からここまでは普通の馬車では二十日程かかる。けれど王国所有の飛竜に乗せて貰えたので、約二日でここまでたどり着いてしまった。すっごく速くて怖かった。
飛竜は窪地の際に立つ塔のような建物に近づいて、ゆっくりと舞い降りた。私はカバンを持って飛竜の背から飛び降りた。
「ここが青星塔……」
目の前には石造りの大きな塔のような建物がある。お城の見張り塔だけを大きくしたような建物だった。
「それでは、お気をつけて!健闘をお祈りいたします!」
私を乗せてくれた飛竜の騎手様は、そう言うと再び飛竜を操って空へ飛び立っていった。
「あ、ありがとうございましたっ!!」
ああ、私も出来れば乗せて帰って欲しい……。って無理よね。
私は辺りを見回した。けれど、見事に何もない。森や草原以外に何もない。唯一の建物が目の前の青星塔だけなのだ。私は一気に憂鬱な気分になった。
「やあ、よく来たね。遅かったじゃないか」
青星塔の入り口から、ローズピンクの長髪を靡かせた綺麗な女の人が出てきた。カッコいい男の人みたいな話し方をする人だ。とっても美人なのに。
「シュシュテイン先輩っ!お久しぶりです……え?」
シュシュテイン先輩とは魔法学園の先輩で三学年合同の実技演習で時々一緒になった。私が一年生の時に先輩は三年生で色々教えてもらってた。先輩がこの谷へ行ったことは知っていたのだけれど、先輩の少し後ろ、青星塔から出てきたのは……
「バジル君?!学年首席がどうしてここに?!」
「やあ、学年二位のソランジュ君」
バジル君はダークグリーンの髪と瞳に眼鏡をかけた細身の男の子だ。私が魔法学園の三年間、筆記試験では全く勝てなかった人でもある。
「僕は志願してここへ来たんだよ。知らなかったの?本当に君、他事に興味ないんだね。魔力バカのソランジュ君」
「魔力バカぁ?!」
この人ってこんな失礼な人だったの?殆ど話したこと無かったから知らなかった。
「……僕は実技でもトップを取るつもりだったから、正直君ともう一人の存在は目障りだった」
心底嫌そうな顔でそんなことを言い放つバジル君。
「はっきり言いすぎじゃない?!」
「プッ、あはははっ、仲が良いね君達」
堪えきれずというように笑い出すシュシュテイン先輩。
「仲良くありませんっ」
「仲良くないです……」
バジル君とはクラス違ってたし、会話も挨拶も殆ど無かったってば!
「学年首席と二位が揃い踏みか!今年からは探索調査が楽しくなりそうだねぇ。ほら、おあつらえ向きに発生したよ、「幻霧」が!」
シュシュテイン先輩がライラックの瞳をキラキラさせている。指さす方向は私の後ろ側。さっき空から見た広大な窪地に濃い霧がかかってる。
「いつの間に……!」
「諸君!初仕事だ!!」
青星塔の中から何か黒いものが走り出た。私達の横を走り抜けて、幻霧の中へ飛び込んでいった。
「今の何?!」
私が驚いていると、シュシュテイン先輩がやれやれという表情をする。
「私達の仲間だよ。アルベール第一王子殿下だ」
「……………………はぁ?!」
なんで王子様がこんな辺境に?
「あの人、一人で幻霧に飛び込んでいきましたけど、大丈夫なんですか?」
やけにのんびりとバジル君が心配してる?
「そうだわ!魔獣が出るのに単独行動するなんて……!」
ベルドゥジュール王国には未闇の地と呼ばれる場所がある。
王都近郊の西の森・同じく北の沼・南方の荒れ地(これはバラバラに散らばる草原の中にある飛び地)
そして東の最果ての地と呼ばれる僻地、ここ落星の谷。
未闇の地では幻霧が発生して異世界と繋がるって言われてる。幻霧が発生すると土地の様相は一気に変貌する。薄暗く濃い霧が立ち込め、人を襲う恐ろしい魔獣が現れるようになるが、私達が生活したり魔法を使うための魔法石が採れるようになる。ちなみに魔獣を討伐した際にも魔獣は魔法石になる。
未闇の地は霧に包まれると、資源もあるけど危険もある場所になってしまう。私達魔法学園の卒業生の多くは調査隊という各地の組織に配属される。そこで未闇の地の調査、資源の探索、魔獣の討伐を行うのだ。
「調査はチームで行うのが当たり前なんだけどねぇ……」
シュシュテイン先輩の声を聞きながら、私は黒い影の後を追って幻霧の中へ飛び込んだ。
「…………え?!」
そこには黒髪、ゼニスブル―の瞳の男の人が立ってた。その長身に似合う細身の長剣を握っている。その足元には今までの演習では見たことも無いような大きな魔獣が倒れていた。切り伏せたのは間違いなくこの人だろう。剣からは魔獣の体液が滴っている。
「凄い……たった一人であんな……」
私一人で戦えるだろうか……。きっと無理だ。倒せたとしても、もっと時間がかかると思う。
「ウチはちょっと人手不足だったから」
困ったように黒髪の男の人、アルベール第一王子殿下を見ているシュシュテイン先輩。アルベール殿下が剣を振ると同時に魔獣が澄んだ青い魔法石に変化した。
「こ、これは!!ただの魔法石じゃない!!魔晶石でもない……結晶石だ!!」
興奮したような叫び声をあげるバジル君。魔法石をお日様に透かすようにして見ている。霧が立ち込めてるから光は射さなんだけどね。あれ?この人こんなに大声を上げるような人だったっけ?いつも物静かな人だったよね?
戸惑いながら、大喜びのバジル君とアルベール殿下に近づいていく。
「結晶石、ってそれが?魔法石じゃないの?」
「うん、うん!間違いないよ!!やっぱここへ来て正解だった!凄い!」
魔法石は未闇の地でよく出現する資源だけど、魔晶石は滅多にお目にかかれないレアアイテムだ。私もあまり見たことが無い。そして結晶石といえばレア中のレアアイテムで、もはや使い方すら分からないといわれてるアイテムだったりする。
突然、ずっと無言だったアルベール殿下の青い瞳が見開かれた。同時に私も気が付く。私の左斜め後方に気配。気付いた瞬間に私は攻撃魔法を放っていた。炎の矢が冷気を吐く蜥蜴を射抜いた。
「ほう……」
「相変わらず凄い威力だね。あの大きさの氷蜥蜴を一撃とか!」
アルベール殿下は剣にの柄にかけた手を下ろした。シュシュテイン先輩は腕を組んでうんうん頷いている。
「いえ、あのくらいの魔獣なら、実技演習でいつも出現していたので。問題ないです」
これは本当だ。魔法学園の授業では王都に一番近い未暗の地である西の森で戦闘の演習がある。最近ではさっき倒したような大きなサイズの蜥蜴魔獣が結構出現していたのだ。
「…………」
「そうなんだね……」
アルベール殿下とシュシュテイン先輩が少し難しい顔をしたみたい。まあ、アルベール殿下はずっと無表情で良く分からなかったけど、ちょっと眉を顰めた感じかな?
「さすが戦闘バカのソランジュ君」
「せ、戦闘バカぁ?!」
バジル君って本当にこんなに口が悪かったの?!違うわよ!筆記より魔法戦闘実技の方がちょっとだけ得意だっただけだもの。別に魔法を放つとストレス解消になるとかじゃないもの!っていうか、さっきから私の魔法学園での評価ってそうなの?そうだったの?!ちょっとショック……。
「頼もしい仲間が増えてなによりだ!」
嬉しそうなシュシュテイン先輩。
「ひとまず今日の所は撤退しますよ。ソランジュ君はさっきここに到着したばかりだし、疲れてるだろう?いいですね?、アルベール殿下」
にっこりと微笑むシュシュテイン先輩にやはり無表情のまま頷くアルベール殿下。私達が幻霧を抜けて青星塔へ戻る頃にはもう日が暮れかけていた。
こうして私の「落星の谷」での赴任第一日目は終わった。
疲れた……。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!