28 不安と希望と
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「良かったですわ!皆様無事でしたのね!」
ジュリエンヌは安堵した様子でシルヴィ、フランセット、シモーヌの元へ駆け寄った。揃いの赤いローブはお互いの位置を知らせる魔法道具にもなっているのだ。
「ソラは?君達と一緒じゃなかったのかい?」
後ろからついて来たシュシュテインは辺りを見回した。しかしソラは近くにいないようだ。
「ああ、あの方でしたら魔獣を追いかけて行かれましたわ」
「お止めしたのですけれど……」
「ずいぶんと戦いがお好きみたいですわね」
三人は困り顔でシュシュテインに告げた。
「まあ、そんな危険な行動を……?」
ジュリエンヌは美しい顔をしかめた。
「ソラはそんな子じゃないですよ。貴女方のように勝手な行動はしない」
バジルは眼鏡の奥に感情を隠して冷たく言った。
「まあ、酷い……」
「わたくし達ははぐれてしまっただけですわ」
「そうですわ、だって……」
「そんなことはどうでもいい」
アルベールが令嬢達の声を遮る。その顔は無表情、いや、微かな嫌悪感をにじませ始めていた。
「シュシュテイン、ソラを追うぞ」
「ああ、分かってる。既にローブの反応を追ってる」
「急がないと、さすがに一人では危険だ」
セルジュは先程戦った魔獣を思い出していた。大きな魔獣。魔獣が落としたのは魔晶石だった。
霧が更に濃くなっていく。
全員でシュシュテインの後について行く。辿り着いた先にいるはずのソランジュの姿は無かった。
「何だ……これは」
いびつな木に破れたローブが引っ掛かって揺れている。深い濃い青色のローブ。アルベールはローブを握りしめた。この状況が意味することに皆一様に言葉が出ない。
「っソラ!」
そのまま身を翻し走り出そうとしたアルベールをジュリエンヌが止めた。
「お待ちくださいませ!アルベール殿下。危険ですわ」
ジュリエンヌはアルベールの服の袖を引っ張った。
「こうなってしまってはもう無理ですわ。おかわいそうですが、あの方の事は諦めましょう……っ!」
「黙れ」
隠さない嫌悪の表情でアルベールはそのたおやかな手を振り払った。
ビクリと身を震わせるジュリエンヌ。彼女の十八年の生涯でこんなにも他者に乱暴に扱われることは初めてだった。アルベールはいつも無表情ではあったが、こんな冷たい表情、憎しみのこもった表情でジュリエンヌを見ることは無かった。
「ソラに何かあったら、ただでは済まさない。お前達も王国も」
靜かな怒りを湛えたアルベールの体からは青紫の炎がゆらりと上がった。
「待つんだ!アルベール殿下!」
シュシュテインの止める声も彼には届かない。どこからともなく飛来した黒馬に乗ってソラのローブを握り締めて飛び去ってしまった。
落星の谷においても幻霧の発生は終わらず、同様の現象が他の未闇の地でも起こり始めた。各地で霧の濃さが増し続けた。
シュシュテイン、バジル、セルジュ、クレールのその後の必死の捜索でもアルベールとソランジュの行方は全くつかめないままだった。
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「迷子になったら動かないっていうのは未闇の地でも鉄則だったけど、この状況だと多分意味がないわよね……」
やっと動けるようにはなったけど、まだ走れるまでには回復できてない。私はいびつな木の根元に座り込んでいた。
「とにかく今は体力を回復させないと……」
本当は声を出すのは危険だ。魔獣が近くにいたら居場所が知られてしまうから。でも、不安で声を出さずにはいられなかった。ローブが無いことが不安だった。仲間とはぐれることは想定されていた。だからローブには仲間の居場所が分かるような魔法と簡単な防御魔法もかけられてて、お守りみたいなものだったのに。
それにローブはみんなとの仲間の証。私はあのローブを着ることが誇りにもなっていた。
「貴族社会って思ってた以上に怖いところだったんだ。アル様にも忠告されてたのに……」
アル様……。もしかしたら、もう会えないかもしれない。そう思うと涙が溢れてきた。服の中からペンダントを取り出した。青紫の光が少しだけ私を落ち着かせてくれた。
ふいに風を切る音が聞こえてくる。
もしかして魔獣?私一人で戦える?まだ十分には体は動かないけど、木の幹を支えに立ち上がった。左手首のブレスレッドに触れた。濃い霧の中から現れたのは……
「シエル?」
白い一角獣が嬉しそうに私の頬に顔を摺り寄せてきた。
「どうして?呼んでないのに……。でも、来てくれてありがとう、シエル。嬉しいわ」
そうだった。私にはまだここに仲間がいたんだった。私はシエルの首に抱き着いた。
「幻霧が発生する未闇の地は異世界。今居る場所が次の瞬間も同じ場所とは限らない。魔法の案内無しでは霧の外へ出ることは不可能に近い」
私は魔法学園で習ったことを口に出しながら、シエルを支えに歩き始めた。魔獣の気配を注意深く探りながら。
「あれ?」
隣を歩いてくれてるシエルの体を白い光が覆ってるのが見える?うっすらとだけど。
「前にもこんなことがあったような……」
記憶を探る。
「あ、そうだ!風蜻蛉と戦った時だ!」
魔獣の属性が色で見えたことがあった。もしかして魔力の色?もしかしてみんなの魔力の色とか気配が分かれば、それを辿って帰れるかもしれない。
「あ、ダメだわ。私、みんなの魔力の色なんて知らないもの……」
がっかりした。唯一知ってるとすれば、シュシュ先輩の色だ。道案内の魔法は自分の魔力で印をつける魔法だから。あったかいピンク色の光の道だった。あれがシュシュ先輩の魔力の色かな?香りみたいにどこかに残ってるといいんだけど……。
「みんなの気配を探しながら、魔獣の気配に気を付けることぐらいしかできないか……」
諦めない。諦めたくない。きっとアル様やみんなが探してくれてるはずだもの。私がアル様だったら、絶対に探しに行くもの。きっと私を見つけてくれる。私は自分を必死で奮い立たせた。
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