26 異変2
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数日ぶりに落星の谷に幻霧が発生した。
私達、落星の谷の調査チームとセルジュ様、クレール様は準備を整えて谷の前に集まった。
「剣の使用のタイミングはソラに任せるから」
「はい。分かりました」
私は緊張しながら剣の柄を握り締めた。左手のブレスレッドもアル様に貰ったペンダントも服の中に付けてる。夜空色のローブも。
「そんなに緊張しなくてもソラなら大丈夫だ」
アル様が優しく笑ってくれたから、ちょっと緊張がほぐれてきた。やっぱり私ってげんきんだ。
「ソラは魔法剣士デビューか。楽しみだね」
シュシュ先輩は私の剣を見て目を輝かせてる。
「なぁんか、昨日から雰囲気違うよねぇ、二人とも」
バジル君がニヤニヤ笑ってて、なんかやらしい顔してる……。バジル君は綺麗な顔をしてるのに台無しだよ。
「婚約した」
「ア、アル様?!」
それ、公言しちゃっていいの?昨夜まだ秘密にしておくって言ってたのに。
「彼らは信用できる」
「……そうか。そうなのか」
バジル君は何故か目頭を押さえてる。
「へえ!それはおめでとう!」
シュシュ先輩は頭を撫でてくれた。あれ?みんなあまり驚いてないみたい?
「あ、あの、シュシュ先輩はアル様の婚約者候補なんですよね?私……」
「ああ!気にしなくていいよ?私はアルベール殿下には全く興味が無いから!」
カラカラと笑うシュシュ先輩の様子にホッとした。でもなんでバジル君が得意げな顔してるの?
「縁談除けに便利だったから、断らなかっただけだからね」
セルジュ様は腕を組んで斜め下を見ていて、クレール様は苦笑いをしてる。
「元気出して下さいね、殿下」
「……まだ確定じゃない」
「また、そんなことを……」
とか二人で言い合ってる。実は昨日のうちにセルジュ様にはきちんとお話に行ったんだ。もう一度ちゃんとお断りするために。
楽しそうに笑い合う声がして、赤いローブを着た四人が青星塔の入り口に現れた。
「え、アルベール殿下が笑ってらっしゃるわ!」
「何よ、あれ……」
「なんで殿下はあの子の肩を抱いてるの?」
「…………」
ジュリエンヌ様が一人で近づいて来た。
「皆様のお手並み拝見ですわね。それにわたくし達の力も是非見ていただきたいわ!」
チラリとソラを見るジュリエンヌ。
「以前にも言ったが、ここでは私の指示に従ってもらう。分かっているね?くれぐれも勝手な行動を取らないように」
シュシュ先輩が珍しく厳しい表情をしてる。そうだよね。怪我人が出たら大変だもの。
「大丈夫ですわ!ねえ?アルベール殿下」
ジュリエンヌ様はにっこりと笑ってアル様の腕に触ろうとしたけど、かわされてしまった。
「……殿下?」
悲し気なジュリエンヌ様を見て、他の三人が頷き合って怖い顔で私を見た。
何だか嫌な感じ。だけどアル様と相談して私は極力この方達には関わらない。対応はアル様がしてくれることになってる。でも……なんだか嫌な予感がする。敵意を向けられるのは慣れてるけど、できれば未闇の地ではやめてほしい。何が起こるか分からない危険な場所だから。
「さあ、出発しようか!」
シュシュ先輩の号令で私達は幻霧の中に入って行った。
「いつもより霧が濃いですね」
私は前を歩くシュシュ先輩に声を掛けた。今日は先頭にアル様、その後ろにバジル君とシュシュ先輩が並んで、私が後ろから警戒しながらついて行った。セルジュ様とクレール様はジュリエンヌ様のチームと共に少し離れた場所からついて来ている。
「そうだね……。嫌な感じだ。西の森の深部に迷い込んだようだ……」
「西の森の奥ってこんな感じなんですか?」
「ああ、一度だけ入ってしまったことがあってね。先生にこっぴどく叱られたよ」
霧が濃くて見えづらいけれど、前に見たことがあるいびつな木々の生える森の中にいるようだった。
「警戒を怠らないでね、ソラ」
珍しくバジル君も緊張を隠してない。
「うん。分かってる」
私も何だか肌がピリピリする。剣の柄を握り締めて気合を入れた。
まだ魔法石も魔獣の姿も見えない。静けさが不気味だった。
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「セルジュ殿下はよろしいのですか?」
ジュリエンヌは悲しそうにセルジュに声を掛けた。ジュリエンヌがそんな表情をすれば周りの者達が心配して慌て出すのが常だったが、セルジュはそれどころではなかった。
「何のことでしょう?」
返事はするが周囲への警戒を解くことは無い。今回の幻霧はおかしいのではないかと感じていたからだった。
「殿下はあのソランジュさんにご執心だったように思われましたので……。アルベール殿下のあのおふるまいに、傷付いていらっしゃるのではないかと……」
気づかわし気にかけられる言葉は、普段であれば「お気にかけていただいてありがとうございます」などと返すものだったが、セルジュは内心かなり苛ついていた。
(今、ここでする話なのか?)
「ご心配ありがとうございます。ですが僕は大丈夫ですので」
素っ気なく返したセルジュはジュリエンヌからさりげなく距離を取った。
代わりに近寄って来たのは残りの三人、茶色の髪のシモーヌ、栗色の髪のフランセットと金色の髪のシルヴィだった。
「ジュリエンヌ様!そんな悲しそうなお顔をなさらないで!」
「そうですわ!わたくし達はジュリエンヌ様の味方です」
「あの平民はアルベール殿下に相応しくありません!ジュリエンヌ様こそがアルベール殿下のお隣に相応しいのですわ!」
口々に言い立てる。どうやらこの四人は同じアルベールの婚約者候補でありながら、ジュリエンヌを他の三人が応援するという、いびつな関係のようだった。王妃の姪であり、圧倒的な美しさを持つジュリエンヌに他の三人は心酔していた。
「そんな……。皆様だって同じ婚約者候補でしょう?そんなことを仰らないで」
ジュリエンヌは瞳を潤ませながら、儚げに笑った。
「ジュリエンヌ様はお優しすぎます!大丈夫です!わたくし達にお任せください!」
ね?と顔を見合わせて笑い合う三人に、ジュリエンヌは「頼もしいのね」とだけ言って笑った。
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