15 西の森
来ていただいてありがとうございます!
「これは確かにおかしいかもな」
バジル君が眉を顰めてる。
「数は多いが、脅威という程の強さは無い」
剣を振るいながらアル様は涼しい顔で魔獣を切り伏せた。
今、私達は幻霧が発生した西の森にいる。周囲には大きな蜻蛉型の魔獣がいっぱいいる。学園にいた時に演習に来た西の森とは明らかに様子が違う。霧も濃くなっているみたい。その割に魔法石はあまり見かけない。
シュシュ先輩が聞いた、困ったことの一つがこの事らしい。つまり危険が大きくなって、利益が上がらないってことだ。魔獣を倒せば魔法石が手に入るから、なるべくたくさんの魔法石が欲しいらしい。ここ最近はこういう状況が続いていて魔法石が不足してるそうだ。ちなみに魔法石は魔法道具に組み込んで燃料のように使う。しばらく使うと使えなくなってただの石になってしまう。
「ソラっ後ろ!」
「はい!ありがとうございますっ、シュシュ先輩!」
私は濃い霧の中現れた風蜻蛉を凍り付かせた。結晶石のブレスレッドが淡く光を放つ。私は得手不得手はあるけど全属性の攻撃魔法を使うことが出来る。氷と炎はけっこう得意だ。今日の私は調子がいいみたい。私は青い石のついた髪飾りに触れた。そしてもう一体現れた風蜻蛉を一撃で倒した。
「バジル、これを」
周囲の魔獣を倒しつくすと、出現が止まってしまった。アル様が、倒した魔獣が落とした魔法石をバジル君に渡した。私も落ちてる魔法石を拾い集めた。
「うーん、ちょっと質が良くないなぁ。星降りの谷で良いの見すぎたかな」
「何故こんなに魔法石が少ないのかな?」
シュシュ先輩も不思議顔だ。
「ソラ、反応速度が良くなってる。これなら剣もそろそろ使えそうだな」
「本当ですか?アル様!」
アル様が私の髪と髪飾りに触れて微笑んだ。う、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい……。
「あ、ありがとうございます」
「兄上!みだりに婦女子に触れるのは、マナー違反ですよ」
少し離れたところで別動隊を指揮していたセルジュ様が私達の所へやって来た。そちらでも魔獣を狩りつくしてしまったらしい。
「離れて下さい!」
セルジュ様はビシッと私達を指差す。
「問題ない」
アル様はそう言って私の肩を抱き寄せた。本当にアル様は真面目な方なんだなって思ってたけど、これはもしかしてセルジュ様をからかって遊んでるのでは?という疑念も沸いてきた。でも、ここではちょっとその設定はまずいかも知れない。セルジュ様の後ろからは西の森の調査隊の人達がついて来てる。
「アル様、今は演技をしない方がいいかもしれません」
私はアル様に耳打ちした。アル様が訝し気な顔をしてる。
「演技?」
「はい。セルジュ様から庇ってくださるのはとても助かるんですけど、ここには他の貴族の方々もいらっしゃるのでアル様のお立場もありますし……」
「……問題ない」
「でも……」
アル様は更に私を抱き寄せる腕に力を込めた。
「……アル様?」
「おやおや、二人はずいぶんと仲良しになったんだねぇ」
シュシュ先輩がにやにや笑ってる。
「先輩……その顔ちょっとおやじみたいですよ……」
魔法石をしまってから、眼鏡の位置を直すバジル君。
「おやじは酷いな。それとも君はこういう顔の私は嫌いかな?」
「……別に……」
バジル君はそっぽをむいてしまった。それもそのはずでシュシュ先輩はこれ以上は無いくらいの艶やかな笑顔を見せたから。私も思わず見惚れてしまうほど色っぽかった。バジル君の顔は真っ赤になってる。
「シュシュ先輩ってもしかして……バジル君のことからかってる?」
「ソラは鈍いんだな……」
「え?!」
私、アル様に呆れられてる?
「兄上に言われるのは相当だと思うよ」
セルジュ様はムスッとしながらダメ出しをしてくる。
「ええ?!お二人とも酷いです……」
何のことだか訳が分からずに困惑してると、セルジュ様もアル様も笑い出した。といってもアル様は少し口角を上げたように見えただけだけど。
「アルベール第一王子殿下が笑顔を……。二度も」
第三王子であるセルジュ様の護衛のクレール様や他の調査隊のチームの人達から驚きの声が上がった。顔を見合わせてる人達もいる。
「皆さんどうしたんでしょうか?」
「どうしたって何がだい?」
シュシュ先輩にこっそり聞いてみた。
「アル様は無表情なことが多いですけど、笑うこともあるのにあんなに驚くなんて……」
「ああ、まあソラはそう思うかもしれないね」
「?」
シュシュ先輩は優しく微笑んで、私の頭をそっと撫でた。
「ああ、この髪飾り似合ってるね」
シュシュ先輩はチラリと隣のアル様に目をやった。
「ソラはもっとおしゃれをした方がいいよ」
「そうでしょうか?」
「うん、きっともっと可愛くなるよ」
うーん、身だしなみは最低限ちゃんとしてるつもりだけど、もっときちんとした方が良いのかな?
西の森の調査隊は二つに分かれている。貴族だけで編成される第一部隊。そして貴族が指揮するけど、騎士や平民が混ざる第二部隊。そして現場に出ない、つまり魔獣と戦う危険のない部署には高位貴族が配属される。調査隊の指揮を執ったり、魔法石の鑑定や解析を行ったり、帰って来た調査隊の怪我人の治癒を行う部署だ。(うちは四人でほぼ全てを分担してる)
今日一緒に行動してるのは第一部隊の人達だ。四つのチームと私達、合わせて五チームがそれぞれに幻霧の発生した西の森に入っていた。それぞれに探索を行い、魔獣を倒しながら、魔法石を集め、時間が来たら西の森の入り口に戻ることになっていた。
「ではそろそろ時間だ。戻るとしようか」
シュシュ先輩が道案内の魔法を発動させると、霧の森の中に光の道が出現した。
「そうですね。他のチームの成果はどうでしょうか」
バジル君は魔法石を魔法道具の袋にしまい、その袋に魔法をかけて小さくしてポケットにしまった。
「ずいぶん奥まで進めましたね」
「数は多かったが大したことは無かったな」
アル様と私で周囲を警戒しながら、セルジュ様の調査隊と一緒に森の入り口へ戻った。
「無事に帰って来れて良かった」
以前の事を思い出してホッとした。ポンポンとアル様が私の頭を撫でた。セルジュ様やクレール様も一緒に笑い合った。私達の後に続いて、他の調査隊のチームも帰って来た。大きな怪我をした人はいなかったみたいだった。本当に良かった。だけど……。
「ソランジュ!久しぶりね!ずっと帰って来なかったから心配してたのよ?」
あまり聞きたくなかった甲高い声が響く。
「マリエット……久しぶり」
…………エミリアン様達の調査隊チームも戻って来たんだ。
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