13 決別
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「久しぶり」
強い日差しが王都の石畳を照らしている。落星の谷と比べて緑が圧倒的に少なくて人も多いし気温が高く感じる。
私達落星の谷の調査隊は全員、王都へ帰って来ていた。ちょっと問題があって、こちらの手も借りたいらしい。シュシュ先輩が言ってたのはこの事だった。魔獣の出現が多くなって更にそれぞれの個体が狂暴化してるんだって。でも変なんだよね。西の森の調査隊の数の方が圧倒的に多いのにうちに声がかかるのって。明日ミーティングがあるらしいから、その時に詳しく説明してくれるらしい。
「お姉ちゃんお帰りなさい。どうして帰って来たの?」
久しぶりに会った妹の顔には何故か責めるような表情が浮かんでいる。なに?嫌な感じ……。
「仕事よ。ちょっと貴女の顔を見に来ただけだから、すぐに調査隊の寮へ移るわ」
「そうなんだ。突然だから驚いちゃった」
ああ、私がいると邪魔なのね。ホッとした様子のリリアーヌを見てちょっとしらけた気持ちになったけど、元々家に長居するつもりはなかった。どうせそのうちにニコラが来るのだろうし、リリアーヌが元気でいるならいい。そう思って私はもう一つの用を済ませようと自分の部屋へ入った。
「あ、待って!お姉ちゃん!!」
「なにこれ?」
私が家を留守にして数か月なのに、私の部屋は物置になっていた。雑然と物が置かれ、リリアーヌのだろう見覚えのない服やドレス、アクセサリーがたくさん並んでいた。
「あー…………だって急に帰ってくるから……」
「そういう問題じゃないでしょ?私の服とかはどうしたの?後で取りに来るからって言ったでしょ?」
「ほとんど売っちゃったの」
「……は?何でそんな勝手なことするの?私の本は?」
最初に飛竜で落ち星の谷へ行くときは荷物になるから、持っていくのを泣く泣く諦めた本たち……。転移の魔法陣が使えるようになったから、青星塔の自分の部屋へ持っていこうと思ったのに……。
「まさか、あれも売ったの?」
「だって……帰ってくるとは思わなかったし……もうすぐ結婚してこの家も売るつもりだったし……」
「信じられない……。あれは父さんの形見なのよ?家の事も……そんな勝手な事……ここは私の家でもあるのよ?」
「だって!私、新しい服が欲しかったんだもの。アクセサリーも!学校ではみんな持ってるし」
リリアーヌは街の学校へ通っている。友達もたくさんいるみたい。
「…………」
「ずっと、我慢してたの。私」
「我慢……」
リリアーヌには十分とは言えないけどお小遣いも渡してた。服もアクセサリーも私よりずっとたくさん買ってたのに、それでも足りなかったんだ……。それにしてもこんなにたくさん必要なの?
「お姉ちゃんは魔法が使えて、華やかな魔法学園へ行っててずっと羨ましかった。ドレスにダンスパーティー。貴族の人と婚約まで。節約、節約うるさいお姉ちゃんはいないし、私だって十六歳になったし、お父さん達の遺してくれた私の分のお金は自由に使えるんだから、好きなものをいっぱい買うの!」
「それでこの有様なのね。呆れたわ……」
そしてそんな風に思ってたんだ。良かれと思ってたことが迷惑だったってことなんだ。
学園で開催されたダンスパーティーは参加しなければならないものもあった。私が持ってるドレスは一着きりだ。リリアーヌも欲しいって言ったから一緒に買いに行ったのを覚えてる。その時は仕事時間を増やしてもらって費用を工面した。周りの貴族のご令嬢は毎回違うドレスを着て来ていて、私は肩身が狭くて参加したくなかった。何度も愚痴ってたのに、妹には自慢に聞こえてたらしい。
「何を騒いでいるの?リリー」
「ニコラ!」
リリアーヌは部屋へ入って来たニコラに抱きついた。勝手に入って来るなんて、もう自分の家同様なのね。
「あれ?ソランジュ、戻って来たの?どうして?もう戻って来れないと思ってたよ」
呆れたような声に私の方が呆れてしまう。
「久しぶりね、ニコラ。仕事で王都へ来たのよ。ついでに持ち切れなかった私物を取りに来たんだけどね」
私は乱雑な物置と化した自分の部屋を見回した。
「ああ、これは俺の提案だよ」
「何ですって?」
「だって、君、ずっと帰って来なかっただろう?邪魔なものは早めに処分しないと後で困るかなって思ったんだよ」
「ずっとって、まだ数か月よ?何年もじゃないわ!それに邪魔ですって?私の持ち物なのよ?仕事で赴任してるだけで私の家はまだここなのに」
ニコラの言い分は酷いものだった。曰く、私はもう一人立ちしてるから家は不要。リリアーヌの持参金として家を売ったお金はリリアーヌの物。私の物は置いて行った時点で家と一緒にリリアーヌの物。何とも滅茶苦茶な言い分だけど、売られてしまったものはもう取り戻せないだろう。悔しい気持ちもあったけど、それよりも悲しい気持ちの方が強かった。リリアーヌがニコラと同じ目で私を睨んでいたからだ。私は血のつながった妹にここまで疎まれていたんだ。
「あ、そうそう!ソランジュは結婚式には出席しなくていいから」
「え?」
何それ?私は妹のたった一人の身内なのよ?
「どういうこと?」
「ソランジュはエミリアン様の不興を買ってるから、仲が良いと思われると困るんだよ」
「エミリアン様?私は何もしてないわよ?あちらが勝手に浮気して婚約破棄をしてきただけなんだから」
そもそも婚約したくもなかったけどね!
「エミリアン様のドーミエ家はうちのお得意様なんだ。ソランジュは生意気で、男性を立てることが出来ないから婚約破棄されたんだろう?」
「はあ?何よそれ?!」
「学園では自分が一番目立つことを考えてばかりで、勝手な行動してチームワークを乱して困ってたってエミリアン様が仰ってたぞ」
ああ、そういうこと。自分悪いと思われたくなくてそういうふうに言いまわってるのね。私は納得がいった。これだから貴族って……。……でも、そうじゃない優しい人だっている。悪いのはあいつだけだ。
「そんな事実はないわ。私の親友と浮気したのもエミリアン様だし、学園でも何もせずに私に全部やらせて怠けていたのもエミリアン様よ」
無駄だろうと思いつつも説明してみた。学園を卒業した後でも嫌な思いをさせられるなんて思わなかった。
「エミリアン様がそんなウソを言うはずがないだろう?!いい加減にしろよ!!そんな恥知らずな姉を持ってリリアーヌが可哀そうだと思わないのか?」
「リリアーヌ?貴女も私がそんな人間だと思ってるの?」
私はリリアーヌに確認した。最終確認だ。答えは……悲しいけど予想できていた。
「…………お姉ちゃんがいると私幸せになれない」
予想通りだった。
「……そう。分かったわ。今後一切あなた達には関わらないわ。どうぞ安心して。さよなら」
私は今度こそ本当に住み慣れた家を出て行った。もうあの家は私の帰る場所じゃなくなったんだ。
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