10 求婚
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「さあ、行くぞ!」
珍しく前回から間を置かずに幻霧が発生してしまった。シュシュ先輩はまだ王都から帰って来てないのに。セルジュ様が張り切っている。面倒だわ。何とか説得しないといけない。うちは人数が少ない分慎重にいかないと危険なのだ。
「まだシュシュテイン先輩がお帰りではないので……」
やっぱり治癒魔法が使える人がいないのは不安だし、今回は見送った方がいいよね。
「治癒魔法なら僕も使えるし、兄上も使える。問題ないだろう」
なんでこんなに楽観的なの?未闇の地は「未だ闇が残る土地」なんだよ?危険なんだよ?
「でも、シュシュテイン先輩の指示は待機で……」
私はバジル君に助けを求めて振り返った。けどお手上げのポーズをとるだけだ。もう、普段は偉そうにしてるのに頼りにならないなあ……。
「シュシュテイン嬢は令嬢だ。本来なら兄上がリーダーをやるべきなのでは?ここにいる間はリーダーは僕がやろう」
カチンときた。やたらキリッとした表情で自分の胸に手を当てるセルジュ様に。シュシュ先輩がリーダーで悪いの?!文句言ってやりたいけど、相手は王族だ、我慢、我慢だわ!
「俺はリーダーには向かない。シュシュテインは人望もあるし、視野が広い。適役だ。ここの調査隊の編成についてはお前が口を出すことではない」
「アル様……!」
アル様がシュシュ先輩を庇ってくれて嬉しかった。けど結局、幻霧の発生した落星の谷へ調査へ行くことになってしまった。
「何だ?!ここの魔獣はっ?!何故こんなに強くて巨大なんだっ!」
セルジュ様の怒鳴り声が響く。
「そんなこと仰られても……この星降り……じゃなかった落星の谷ではこれが普通です」
今回は異様な光景の森が出現していた。前に王都の西の森で演習に出た時にもこんな森が出現してたっけ。異世界と繋がってるっていう話は本当なのかもしれない。異世界と重なる条件が「幻霧」なのかも。
最初は不思議な形の木が生えてる森の中、魔法石や魔晶石を拾い集めて興奮していたセルジュ様だったけど、魔獣が出現するようになって一気に焦りだした。セルジュ様は一人だけ白いローブを着ているから目立つのか、魔獣に一人だけ狙い撃ちされてる。護衛騎士のクレール様が必死でセルジュ様を守って戦ってる。なんだかちょっと涙目に見える。……だから言ったのに。
「やっぱり、ここの魔獣は他と違うのか……」
バジル君は腕を組んでうんうんと頷いている。
「採れる魔法石の質に比例してるんだな」
魔法石をじっと見つめながらブツブツ呟いてる。
「ブツブツ言ってないで君も戦ったらどうなんだ!!」
セルジュ様の罵声が飛ぶ。
「いやあ、シュシュテイン先輩の代わりに道案内の魔法を使ってるので。ああ、あと防御魔法や強化魔法も。大変だなぁ。王族と違って才能が無いもので。すいませんねぇ」
バジル君、凄く怒ってるみたいだ。バジル君はシュシュ先輩のこと好きだもんね。さっき先輩を馬鹿にするようなこと言ってたの許して無かったんだ。
「ちっ!」
わあ、王子様が舌打ちした。あ、ちなみに私もアル様もちゃんと戦ってるよ。ただちょっと数が多いだけなんだ。あと今回は好戦的な魔獣が多い。前みたいに大きな魔獣が出てこないのが不幸中の幸いだった。そう。セルジュ様は大きいって言うけど、ここでは普通のサイズの魔獣ばかりなんだ。
「セルジュ様、意地になってらっしゃいますよね?」
私はいつの間にか後ろにいたアル様に話しかけた。
「ああ。今回の幻霧はいつもと様相が異なるようだ。早めに退却した方がいい」
「魔獣の数、明らかに多いですよね?一体一体はそんなに強くないですけど……」
とびかかって来る火鼠と呼ばれる魔獣達を倒しながら、少しずつ魔力、体力が削られていくのに焦る。
突然甲高い声が上がる。
一斉に周囲にいたたくさんの魔獣達が逃げていった。
「何?何が起こってるの?」
「これは、まずいかもしれない……」
アル様が厳しい表情になる。
「あ、大きいっ」
今まで戦ってた火鼠の大きさはひざ下くらいだったのに、今現れたのは私の腰くらいの大きさだ。それが二匹。全身の毛が炎で覆われている。アル様が私の前に出た。
「何なんだ!これは!!」
近づいて来たセルジュ様にアル様の怒声が飛んだ。
「安易に近づくなっ!!体が大きくても敏捷性はそのままかそれ以上だ!」
「そんな事は分かってる!」
セルジュ様が怒鳴り返した。
その時、防御魔法を破って魔獣の一体がセルジュ様に襲い掛かって来た。
「殿下っ!」
クレール様がセルジュ様を庇って爪を肩に受けてしまった。更に火傷も。初めての負傷者に私は動揺してしまった。情けないことにすぐに動くことが出来なかった。
「クレールっ!大丈夫か?」
セルジュ様が治癒魔法をかけ、アル様が襲い掛かって来た火鼠を切り付けた。それでも致命傷にはならなかったようでまだ周囲を走り回っている。集中が乱れているのかなかなか傷が治らない。
「退却するぞ!!」
アル様が険しい顔でセルジュ様に怒鳴った。
「なっ!僕がリーダーだ。退却のタイミングは僕が決める!」
この期に及んで何を言ってるのこの人は!
「セルジュ様っ!」
私の意識が火鼠から逸れた瞬間、怪我をしてない方の火鼠が私に襲い掛かって来た。手負いの火鼠の相手をしていたアル様は間に合わない。
「ソラッ!!」
ヒュンッと風を切るような音がした。恐る恐る目を開けると……。
「シエルッ!!」
白い一角獣がドンって火鼠に体当たりしてた。
「水球っ!」
私は水の魔法を放った。大きな水の球が火鼠を包み、燃えていた体毛がジュッと音を立てて炎が消える。一体を倒してこっちへ来ていたアル様が動きの止まった火鼠にとどめを刺した。
「アル様……。ありがとうございました。油断してしまってすみません」
「……無事ならいい。お小言は後でな」
「う……」
後で怒られるのか……。そうだよね。油断してしまったから。私は落ち込みながらシエルを撫でた。
「呼んでないのに……。助けに来てくれたの?ありがとね、シエル」
すりすりすりすりしてきて可愛い。もう一度お礼を言って魔力を食べさせると嬉しそうにいなないて、薄れていく幻霧の中へ消えていった。
「セルジュ殿下!急ぎ退却を!」
クレール様に言われてセルジュ様はようやく退却を決めた。
「……分かった……」
バジル君の魔法で幻霧の立ち込める未闇の地を抜けて、やっと一息ついた。良かった。みんな無事に帰って来れて。未闇の地では被害者が出ることもある。今回は運が良かった。緊張で体に力が入っていたみたいで汗がどっと噴き出してきた。凄く疲れた……。
…………初めて怪我人が出て、怖かった。
セルジュ様が近づいて来た。
「やはり、君は凄いな!星獣を従えてるとは……」
「別に従えてるわけじゃ……」
呑気な声に少し苛ついた。
「その魔力といい、ぜひ君を王家に迎えたい。僕の婚約者になるといい!」
「……!」
眉を顰めるアル様。
「……殿下……」
青い顔をして額を押えるクレール様。
「…………うわあ……」
バジル君は嫌そうな顔をしてる。
「お断りしますっ」
疲れてて、イライラが限界だった私は速攻でお断りしてしまった。
もう、不敬罪でもなんでもいいや……。
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