1 卒業式まであと十日
来ていただいてありがとうございます!
よろしくお願いします
ベルドゥジュール王国王立魔法学園の卒業式があと十日に迫ったこの日、私ソランジュ・フォートレルは婚約者と決まっていた就職先を失った。あと、あったかい家族もかな……。
昼休み、中庭で
「え?今なんて仰ったのですか?エミリアン様」
私の目の前には、何故か私の親友の肩を抱いた婚約者の貴族の令息が立っていた。
「マリエットは妊娠している。僕の子だ。……だから君との婚約は解消したい」
本当は一度目でちゃんと聞こえていたんだけどね。やっと頭に入って来た。浮気ってこと?うわあ最低……。
「君は確かにとても優秀な魔法使いだ。けれど僕には君の優秀さは必要なかったんだ。マリエットの優しさや明るさがどんなに癒しを与えてくれていたか……」
そう言ってマリエットに微笑みかけるエミリアン様。私の親友だったマリエットも嬉しそうに笑ってる。
そんな笑顔、婚約してたこの一年間私には見せてくれたこと無かったね、エミリアン様。
「それに彼女の癒しの魔法は僕らに必要で……」
「もう大丈夫です。婚約解消は承りました。お二人とも末永くお幸せに……」
私は婚約者だったエミリアン・ドーミエ様の言葉を遮った。
「ごめんなさい……ソランジュ」
菫色の瞳に涙を浮かべるマリエット。
「君が謝る必要はないよ、愛するマリエット!ソランジュは本当に可愛げが無いな……涙の一つも見せないなんて……」
エミリアン様が自身の髪と同じ色の薄い金色の髪をしたマリエットの頭を抱き寄せ口づけた。まるで貴族の令嬢のように透き通った白い肌、美人で儚げな印象のマリエットは私と同じ平民なのに学園の男子生徒にとても人気がある。私と違ってね……。
ものすごーく白けた気分で愛し合う二人の会話を聞きながら私はその場を後にした。元々あちらから声をかけられての婚約話で平民の私は断れなかっただけだもの。
最初こそは嬉しかったけど、すぐに婚約者には失望することになった。魔法の能力が強いから申し込まれた婚約だったから、大切にされたことはなかった……。いっそせいせいしたわ。私は二人を置いて中庭を後にした。
大丈夫。私は傷ついてない。
放課後、教職員室
「ど、どういうことですか?先生っ!私は王都の調査隊入隊が決まっていたはずです!なんで、落星の谷なんですか?」
話があるからと聞きに言ってみたら……。担任の教師に言われた言葉に必死に抗議した。もう一度言うけど、魔法学園の卒業式まであと十日しかないのだ。こんな時期にすでに決定していた就職先を変更されるなんてあり得ない!
「王家からの物言いが入ったんだ……。君はマリエット・ラビヨンの勤務地と交換になった」
「そんな……なんで私とマリエットの……」
絶句した。
「マリエットは妊婦だから、厳しい環境では大変だろうし……」
私ならいいという事ですか?喉元まで出かかった言葉を飲み込む。王家からの下命なら、先生を責めてもどうしようもない。それでも私はなんとか王都で仕事をしたかった。
「私には病弱な妹がいるんです!何とか王都で仕事をいただくわけには……」
そう、私は数年前に事故で両親を亡くし、妹と二人で暮らしている。両親が残してくれたお金と自分で働いたお金で魔法学園に通った。卒業後は王都で就職して妹を養って暮らしていくつもりだったのだ。
「もう決まってしまっていて、私にも覆すことは出来ない。すまない……」
私の事情を知っている先生は力なく俯いた。
ああ、もう本当にどうしようもないんだわ……。
正直、婚約解消よりこちらの方がよほど堪えた。結婚後も私はどのみち働くことにはなっていた。貴族の家の子息とはいえ、エミリアン様は五男だから家を継ぐことはできない。二人で自立して生きていく予定だったのだ。
「どうしよう……。あの子に何て言ったらいいの?」
私は夕暮れの迫った王都の道を暗い気持ちで家まで歩いた。
自宅にて、夕食後
「お姉ちゃん?どうしたの?帰って来てからずっと暗い顔してるわね?」
私と同じ明るい蜂蜜色の三つ編みの髪、澄んだ青い瞳のリリアーヌは心配そうに私を見ている。私の目は青緑色なんだよね。今日はせっかく作ってもらった夕食もあまり喉を通らなかった。
「……あ、うん」
きちんと話さなきゃ。
「あのね、リリアーヌ、私婚約が無しになったわ」
「え?!何で?どうして?卒業したらドーミエ家へ行儀見習いに行くんじゃなかったの?」
私は今日会ったことを説明した。
「あー、マリエットさんかぁ……。そういう事やりそうよねぇ。そっか……盗られちゃったか……うーん……」
リリアーヌの中でマリエットってどういう人になってるの?なんか言葉に棘を感じるような……?それに何だか困ってるみたいだわ。良く分からないけど、とりあえずもう一つ話をしなきゃ……。
「それと……」
「何?まだあるの?」
「うん。卒業後の勤務地が変わってしまって……」
「え?王都の調査隊に入るんじゃなかったの?」
「落星の谷勤務になってしまって」
ああ、リリアーヌ、寂しがるだろうな……。
「落星の谷?!王国の東の果ての僻地じゃない!」
あれ?なんか嬉しそう?なんで?
「ごめん。王家からの命令らしくて断れなくて……。でもお休みには戻って来るし、転属願を出してなるべく早く戻ってこられるようにするわ」
「そんな必要ないわ!無理しないで!」
リリアーヌは慌てたように私を遮った。
「え?」
「私のことなら、ニコラと結婚するから大丈夫よ」
「はぁ?結婚?ニコラと?」
ニコラは私達の幼馴染で家が大きな商家の息子だ。知らなかった。二人はいつの間にそういう仲になってたの?
「だから、お姉ちゃんは私の事を心配しなくってもいいの!!安心してお仕事して!私もけっこう丈夫になったし……。あ、でも仕送りはしてくれると嬉しいなぁ。調査隊ってお給料いいんでしょ?私も少しは自由に使えるお小遣い欲しいし……………」
夢見るように話し続けるリリアーヌ。ああ、そういうことか。私は邪魔なのね……。私は何だか酷く疲れてしまって、夕食の後片付けをするために席を立った。
「私、もう休むわね」
「あ、近いうちにニコラが結婚の挨拶に来るから!それと……」
「わかった、わかった」
妹の言葉を聞き終える前に私は自分の部屋へ閉じこもった。
私、誰からも要らなくなってた。勉強や魔法の訓練に明け暮れてて気が付かなかった。
婚約者も、親友も、王都も、妹も私を必要としてなかった。
色んな事が頭の中をグルグル回って何だか眠れない……。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!