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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

多様性になりすぎた恋愛事情

作者: 音乃 響

近未来っちゃ近未来ですがSFでは無いと思ってジャンル迷子です。

「アキラってまっさらって本当?」


 もぐもぐと本日のA定食のアジフライを口に頬張ったまま、セラが訪ねてくるのに俺は口をへの字にして軽く頷く事で答えを返した。


「へぇ、珍しい、今時チェンジを一回もしていないなんてな」

「え、アキラってノーチェンジなの?」


 テーブル横をトレイを持ったまま通りかかったマオが足を止めてセラの隣の椅子へと腰かける。

 

「余りこんな場所で性別の話するなよ」


 好物のじゃがいもの味噌汁をごくごくっと飲み干して俺はトレイに箸を置く。





 俺の通うイースト大学はじいちゃん達が生まれたころには日本って呼ばれていた国、現在はアース帝国のクールジャパン州で唯一の国立大学だ。


 じいちゃんがじいちゃんの父さんや母さんから聞いた話では、昔は男と女って性別の二人が結婚して性交渉をして子供を作っていたんだと言う。性交渉が子供を得る大事な手段だったと初めて聞いた時には口に入れてた飴玉落っことすくらいびっくりしたものだ。


 じいちゃんが生まれる少し前あたりから、今は近代歴史で学ぶ「LGBT革命」と言われる性的マイノリティな人たちの権利を訴える運動が頻発したとかで、先天的な性別よりも性自認を優先した方が精神も安定して、クオリティの高い生活を送れると、性転換をするのが容易になり、戸籍情報の性別も簡単に変更できるようになった。


 今では手術の安全性も高まって、今年の気分は男だ女だと性転換手術を何度も繰り返す人も多くなった。 

 第二次成長期と言われる性差が強くなるころに、生理とかでホルモンバランス崩れるのが嫌だ、落ち着いて過ごしたいとかって男になる女が増えて、人口バランスが崩れた。

 チェンジを一回でもすると、生殖機能が失われるらしい。さすがにそこまで性転換で実装は無理らしく、男女が結婚して子供を出産して育てるって言うのがほぼ無くなってしまった。

 人口減少を憂いた政治家だとかまぁそういった連中が研究機関にかなりの補助金を出して、希望者の血液から培養してお望みの数、性別の子供を提供している。


 保険適用で設けるか、自由診療を使うのかで色々選択できる遺伝子項目が違うらしくってそこで新たな差別が起こってるらしいけど、って社会の先生がぼやいてたな。

 

 赤ちゃんから育てるのは結構大変だからある程度育った子供をって希望者も居て、さ。昔は親が死んでしまって養育者が居なくなった子供や捨てられた子供を預かっていた孤児院は、今では世界の人口を一定水準に保つためのあらゆるパーソナルを持った子供の養育場となっている。

 孤児はニュートラルと呼ばれていて、誰にも引き取られず育った場合でも、望めば高等教育も職人の弟子入りも出来て、各方面で活躍しているらしい。


 確か、ニュートラルの子供を引き取るには、適正テストをクリアして親として子供を養育する資格を有するカップルだけが子供を持てる。精神的安定と、収入の安定。まぁ大事だよな。

 勿論カップルは異性、同性問わない。基本二人。まれに三人以上の場合もあるらしいけど、俺はそんな家族構成を見たことが無い。

 子供は十八歳で成人して親の戸籍を引き継ぐか、新たに戸籍を作るか選択できる。

 ネグレクトだとか児童虐待があった場合には、重い処罰がカップルに与えられるし、カップル解消の場合子供は基本孤児院へ戻る。あくまでもそのカップルに子供を引き取って育てる資格があっただけで、環境が変わってしまったら資格喪失するって考え方らしい。よっぽど子供がどっちかの親と一緒に居たいと主張したら厳重監視のもと許可されるらしいけど。


 孤児院から引き取ったんじゃない、お互いの遺伝子情報から作られた子供の場合はチェインと呼ばれる。この場合親がカップル解消した場合どっちかの親と一緒に暮らすのが基本ルール。ただし、成人するまで十分な環境で育てる義務がカップルにはあるから、昔あったような養育費も払わずばっくれるってことは出来ないらしい。そして子供が成人を迎えるまで新たなパートナーと子供を作ることも引き取ることも出来ない。


 俺の家は世間では珍しくじいちゃんと父さんと母さん俺の三世代が一緒に暮らすトラディショナルと言われる家族形態だ。

 本当に珍しい事に、俺の両親もチェンジをしたことの無いカップルで、秘密だと言われたが性交渉で俺を妊娠して出産したのだと母さんに言われた事がある。

 小さい頃は秘密にする意味が分からなかったけど、今では分かる。

 学校の授業で習ったけど自然分娩の比率は滅茶苦茶少なくて1億人に一人位しか存在しないらしい。 珍獣扱いされるのはまっぴらだよな。

 そしてニュートラルとかチェインみたいな俺たちを称する言葉は無い。もしかしたら政治家だとか医者だとか一部の人たちが使っている隠語があるかもしれないけど、一般的には浸透していない。





「アキラ」

「お、ジュン、課外授業だったよな、昨日。おつかれ」


 セラやマオの興味津々な野次馬的会話に疲れ果て、やっと学食から出た俺を廊下に居たジュンが見かけて手を振って近寄ってくる。

 ジュンは俺よりほんの少しだけ背の高い男性体をした奴で、大学で知り合ってウマが合って遊んで

いる。少しだけ人見知りな俺からすれば仲が良いと自信を持って言える希少な相手だ。

 

 ジュンは十五歳の頃好きな相手に合わせて男性体にチェンジしたんだそうだ。それまで女で育っていたのに、チェンジしてみると随分と思考がクリアになって身体の動きも良くなったそうで、女で生まれたけど性自認は男だったんだなと納得したと言っていた。

 好きな相手が性自認も女で、性指向が同性愛者だったらしく、チェンジした途端ジュンに近づかれるのを嫌がるようになって別れたと聞いた。その後女に戻るより男の方が心が楽だとそのまますごしてる。

 なかなか複雑だと思うけど、本人はあっけらかんと俺に告げてきたので気にしていないらしい。



「で、考えてくれた? ナツとのこと」


 にこやかにジュンに聞かれて俺は一瞬で顔を曇らせた。


「そんな顔すんなよ、ダメか? カワイイと思うけどな」


 ナツとは、ジュンの幼馴染で、チェンジできる最低年齢である十二歳の頃、女から男にチェンジして、十五で女、十八で男にチェンジを繰り返している。別に性自認に合わせている訳でもなく、相手の性別に合わせている訳でも無く、その時のインスピレーションで、動いているらしい。

 良くチェンジ申請書が役所のチェック通ったもんだと俺は半ば呆れている。


 別に犯罪ではない、法律でチェンジするには明確な本人の意思が必要とされていて十二歳の誕生日までは手術を受けられない。次のチェンジまでも二年以上は間をあけなくてはいけないけど奴は三年はあけてる訳だし。奴の自由だし、好きにすれば良いと思う。

 ただ、自分の恋愛の相手として考えられるかと言うと躊躇する。


 ナツがジュンを通じて俺にアプローチしてきて数か月。ジュンはアキをプッシュして俺にアピールするけど俺は「気軽」に「お試し」で誰かと付き合うのは何となく嫌なんだ。


「俺と付き合えるなら女にチェンジしても良いって言ってるのもなんだか、重い」


 チェンジして俺とダメだった時チェンジしたことを後悔されても嫌だし。それにチェンジするたびに身体のホルモンは性別に引っ張られる訳で、肉体的負担は結構かかっていると思うんだよな。そんな肉体に響くことをファッションの様にするのも少し苦手だ。

 

「そういや、俺、アキラの恋愛カルテ知らないけど、異性愛者で良いんだよな? 」

「廊下で立ち話するようなことじゃないだろ」

「あー悪い。じゃあどっか行く? 」

「いや、今学食から出てきたとこで何も飲み食いしたくないし。授業あるからこの辺で」


 まてよーとジュンの声を背後に聞きながら俺はずんずんと歩く。

 

 俺は恋愛至上主義のような彼らの話を聞くのが好きでは無い。

 まだ俺について言われなければ良いんだけど、奴らは恋愛についての考えを確認してくるんだ。


 俺はその後の授業を半ば上の空で受けて帰宅した。

 自室に戻り、部屋着に着替えてベッドの上に倒れこむ。

 ゆっくりと右耳につけられてる銀色のイヤーカフに手を伸ばして中指の腹で擦る。


 ヒュンと少し高めの音がして俺の目の前に透明な板が展開される。この板はカルテと言われるもので、タブがいくつかあって、その中に「恋愛」って項目もある。俺はその「恋愛」を指先でタップした。

 そこには何も書かれていない。


 俺は誰に対しても恋愛感情を抱いたことが無く、性的に興奮したことも無い。


 恋愛カルテと言われる所には今までの恋愛感情系の遍歴が自動で記載される。情報開示に公開を選択しておけば合コンみたいな場で自己紹介代わりに相手に見せられる。

 性自認がどっちで、恋愛指向は異性か同性か、将来子供を持ちたいのか持ちたくないのか。

 もっと言えば初恋から今まで好きになった相手の名前や、付き合った相手のプロフィール。どこに魅かれて何故破局したのか。そんなことまで詳細に記載されるらしい。でもそこまでの情報を知人レベルに公開する奴は露出狂扱いされて、相手が嫌がっているのに見せる奴は警察に取っ捕まるんだけど。

 でも自分の性自認が何で、恋愛するなら異性同性どっちを向いているのかっていうのは友達の間では見せるのが普通となっている。友情のつもりで付き合ってたのに、向こうは性的に付き合うつもりだったってトラブルを回避できる利点があるらしい。


 俺には分からない。

 生まれた時から男だし、別段違和感も無いし。自分の身体を嫌だと思ったことも無い。

 問題なく呼吸が出来て、食事も美味しく感じられるし。

 たまに口煩く感じるけど母さんのことは好きだし、じいちゃんは大好きで父さんはまぁまぁだけど嫌いじゃない。

 叱られたことも褒められたこともあって、それなりに反抗期もあったりしたけど、家族がおおむね大好きだ。

 チェンジしたいって思ったことも無く、誰かの恋愛カルテを見たいと思ったことも無く、家族よりも優先したい、傍に居たいって他人に思ったことも無い。

 芸能人や有名人見て、あんな男になりたいなと思ったことも、あんな女と恋人になりたいなって思ったことも無い。

 

「今度飲み会あるんだけど、アキラも行かない? 」


 授業が終わって、教科書を片付けていると傍にやってきたのはマオだ。遅れてジュンもやってきた。


「今度っていつ? 」

「明日! 18時に駅前のラ・クンパルシータ。絶対だよ! 」

 

 握手と言ってマオは俺の右手を両手で包み上下に何回か降ると、あっという間に教室を出て行った。別の奴にも声をかけるらしい。


「ジュンも行くのか? 」

「あぁバイトも無いしな。押し切られた」


 苦笑気味なジュンにつられて俺も笑う。


 久しぶりの飲み会だし楽しもうと、その時俺は思っていた。


「アキラの隣キープ! 」


 楽しそうなナツに俺は速攻帰りたくなっていた。




 ナツはかいがいしく俺の隣で喋って皿に料理をとりわけ、空になったグラスを見ては追加の飲み物を確認してくる。そんなナツの様子に周囲も援護の気配を滲ませてきて、別のグループで話題が盛り上がり俺に話を振ってくる奴は居ない。

 席を立とうとするジュンのシャツの裾を膝で抑え込み立ち上がるのを防いで俺の隣から逃がさないでいると、とうとうジュンがナツに声をかけた。


「なぁこれ、親睦会だから、ナツもがっつきすぎだって」


 俺の不機嫌さを感じ取ったのだろう。やっとナツへ制止の声をかけた。が、ナツは小首を傾げて不満そうに口を開く。


「だってジュン、全然アキラ連れだしてくれないじゃん、避けられてるし、ここぞといくでしょ、普通」

「避けられてるの分かってんなら、ガツガツきちゃ逆効果だろぉ? 」

「ねー、何でアキラは僕がダメなのさ? 」


 ジュンに舌を出して視線を外して俺を上目遣いで見つめてくる。中性的でくりっとした瞳をしている若干童顔なナツはそんな表情で甘やかしてくれる男友達が多いんだろう。


「僕、アキラが望むならチェンジしても良いよ? 男体の僕も女体の僕も好きだし。あ、もしかしてアキラが抱かれる方が好きならそっちでも良いよ? 」

「おいおい、ナツ! 酔っぱらってるのか? こんな沢山人がいる中で喋る話じゃないだろ? 」

「ジュンは黙っててよー、ねーアキラ、僕アキラがだーいすき! 大学で初めてアキラ見た時からすっごい好きになっちゃったの」


 ナツが俺の腕を抱え込んで身を寄せてくる。俺は思わず身じろぎしてジュンの方へ逃げてしまう。


「僕ね、チェインなんだけど、自由診療(プレミアム)なんだ」

「お前の両親めっちゃ拘り強いもんな」


 俺の腕をナツから外しながらジュンが呆れたように呟く。自由診療ってことは両親から引き継いでほしい遺伝子情報を厳選したって事か。何を拘ったんだろうと俺は不思議に思ってナツを見た。

 可愛いと言われる容姿をしているけれど、絶世の美人でも無いし、大学に進んだってことは今までの学生生活で就学態度や成績で先生たちにNGを付けられてないってことだけど、研究コースへ進む訳ではなさそうだから、飛びぬけて頭が良いって訳じゃないと思う。

 いや、失礼な感想だけど。


「アキラってノーチェンジでしょ? すっごく良い匂いする。それにお家はトラディショナル。両親もノーチェンジってことは子宮育ち(クラシック)? ねぇアキラ、アキラの遺伝子が欲しいの」


 ナツの大きな瞳がぎらぎらと輝きを放ち、俺は身体を硬直させる。ジュンも身体が固まった様子だった。


「カップルにならないと遺伝子貰えないじゃない? 今の制度だと。 僕、アキラとの子供欲しいの。両親も乗り気なんだよ? 」


 ナツが身を乗り出して俺の膝に手を置き顔を寄せてくる。キスしそうな距離に少し離れた所にいたマオたちが囃し立てる。 


「ナツ積極的だね! ナーイストライ! でもお店に迷惑かけると困るから場所変えたら? 」

「アキラー頑張れ! 貞操の危機だね! 」

「もう! 僕をちゃんと応援してよね」


 俺はナツの意識がマオたちに向いてる間に、出来るだけ素早く立ち上がり飲み会の個室を出ていく。会費は最初に払ってるし問題は無い。

 何だかナツが気持ち悪い。怖い。急いで帰りたかった。


「アキラ、送るよ」


 走ってる俺を追いかけてジュンがやってきた。

 振り返った俺はナツの姿が無いかきょろきょろと視線を彷徨わせる。


「大丈夫、マオがナツに絡んで足止めしてくれてる。マオもナツの雰囲気にちょっとヤバイって思ったのかも」

「マオが、そっか。今度礼言わなくちゃな。でもナツ、あれ何だよ? 」

「俺もびっくりだよ…… ってか、お前子宮育ちって本当か? 」


 早歩きしていた足を思わず止めて、俺はジュンの顔をしっかりと見つめた。

 何故だかジュンの顔色が悪く見える。街灯の灯りのせいだけじゃない。


「子宮育ちって言われたのは初めてだけど、母さんが出産して俺を産んだのは本当だよ。で、それが何だって言うんだよ。ナツもなんか気持ち悪かったけど」

「子宮育ちがどれだけレアかお前知ってる? 」

「レアって」

「気をつけろよ、ナツの家はかなり遺伝子に拘りのあるところなんだ。究極のハイブリッドな人類を作り出したいらしい。おじさんはナツの他に孤児院から四人子供を引き取ってる、その子供たちにはチェンジを認めていない。ノーチェンジで将来結婚させて子宮育ちを得たいらしい」


 ぞわっと怖気が背を駆け上がっていった。俺は思わず足を止めてジュンを見つめる。言葉が出てこない。気持ち悪い、気持ち悪いとしか言いようが無い。


「ナツのお袋さんはチェンジを二回して作り直した子宮で子供を育てられないか何回かトライしてる。俺はチェンジする前に将来おじさんの子供を産んでみないかと言われた事がある。冗談だとすぐに二人が笑ったから流してたけど、もしかしたらあのまま俺女のままだったら今頃ナツの弟か妹を産まされていたのかも」

「おい、そんな怖い事言うなよ」

「俺も今更だと思うけど、やばさが足元から喉元まで迫ってきたって感じしてるんだよ」


 笑えない冗談だと言うのは憚られた。だってナツのさっきの異様な雰囲気は本当に怖かった。


「あれ? アキラ? 」

 

 いきなり声をかけられてびくっと硬直してしまう。ジュンも同じくだ。

 でも声の主は俺の父さんのものだった。少しだけ安堵しながら振り向いた。良かった父さんだ。


「どうしたの? 随分と酷い顔色だよ、二人とも。アキラの友達で良いのかな? 」

「あ、そう、えっと、ジュン、俺の父親。で、大学でいくつか授業が一緒のジュン。」

「あ、よろしくお願いします。アキラくんとは仲良くさせて貰ってます。ジュンです」

「よろしくね、ジュンの父親です。でも本当に顔色が悪いよ。タクシー捕まえるからジュンくんよかったら今日は我が家で泊っていかないか? 」


 父さんが左耳のイヤーカフを撫でるとタブレットが手元に出てきてタクシーを呼び出した。深呼吸を数回する程度の時間をあけて空から無人タクシーが降りてくる。

 戸惑っていたジュンの背を押して俺も父さんの後に乗り込んで一路我が家へ。

 だってジュンの家の近所にはナツの家がある。このままジュンを帰すのは何だかまずい気がしたんだよな。

 家に帰ったら母さんがちょっと驚いた顔をして、でも笑顔でジュンを招き入れた。


「飲み会でちゃんと食べたの?簡単なものだったら作るけど、入る? 温かいのと冷たいのどっちが良い感じ? 」

「あ、お気遣い無く」

「リンさん、僕は雑炊が食べたいなぁ」

「シュウさんは雑炊が好きね、鮭ときのこの雑炊で良いかしら? 枝豆と海老が良いかしら? 」

「ジュンは海老が好きだよ」

「じゃあ海老で」

「分かったわストックがあるからすぐできるのよ? ジュンさん少しだけ待ってくださいね」


 戸惑うジュンの肩を叩いて俺はリビングへと案内する。父さんがキッチンからミネラルウォーターを貰ってきて手渡してくるのでキャップを外して半分程一気に飲み干した。


「ジュン、ナツの話父さんたちにしたいんだけど」

「え? あ、あぁそうだな、勿論」

「父さん、母さんにも聞いて欲しい事がある。俺異常者に目をつけられたみたいなんだ」

「うん、そうか。じゃあ温かいものを食べて落ち着いてから聞こうか」


 父さんの言葉に急いでする話でも無いし、と思い雑炊の出来上がりを待つ。

 余り空腹を覚えては居なかったけど、出来上がった雑炊の良い匂いと温かい湯気を感じるとするすると食べることが出来た。


 食後のお茶を飲みながら、母さんが父さんの隣へ座るのを待ち、俺はかいつまんでナツの話をする。


「もしかして隣町の十二ブロック東上のお家かしら? 私も随分とあそこのご主人には契約愛人にならないかとしつこく言われたわぁ」

「え! 」


 びっくりして母さんの顔を凝視した俺に母さんは驚いた顔は子供の頃から変わらないわねとにこにこ笑っている。いや、驚くだろ、そんな話。


「ちょうどアキラを妊娠して居たころ、仕事の関係でホットレッド州に居たのよね、そこではノーチェンジのカップルも多くて、母親が出産して生まれる子供の比率も高かったのよ。考えてみればこの州で出産した場合新生児を取り上げる事の出来る人は民間に居なかったから国の新生児ラボへ行かなければいけなかったのよね。もしそこで出産していたら今頃アキラは遺伝子の研究者たちに色々いじられてしまってたかもねぇ」

「そうだねぇ、僕たちは良いタイミングで別の州に仕事で出かけてたよねぇ」

「うふふ、そうね」


 のほほんとした二人の会話に俺は頭を抱える。

 隣に座るジュンは茫然としたままだ。なんだか家の親がすまんと心の中で詫びる。


「話は聞いたぞ! 」


 リビングのドアが思い切り開いて現れたのはじいちゃんだ。


「アキラの遺伝子が欲しいだの、リンさんを愛人にしたいだの、有害な家だな、いっそ消すか」

「あらあら、お父様そんな事したら面倒になりますよ、あそこはけっこう州政府の上層部とつながりが深い一族では無かったかしら」

「そうですよ、父さんは過激だから困るなぁ。アキラの今後に関わるので穏便な方向で息の根を止めないといけないでしょう? 」

「いや、息の根止めるのはどうやっても穏便な方向は無いから! 」

「アキラの家があまりにも凄すぎて俺の心臓が停止しそうだ」


 雑炊食って頬に赤みが戻ってきていたジュンがまた顔色を青くしているので俺は慌ててジュンの背中を撫でた。




 結論を言うとじいちゃんが出張ってナツとその家族と話を付けたらしい。

 どうやったんだろうと疑問に思ったけど、知らない方が良いわよとかって母さんが微笑むので追及は諦めた。

 ジュンにも聞かれたけど、そう答えたら仕方無いかもなとため息をついていた。ここ暫くでジュンが妙に老けた気がする。少しだけ心配だ。


 ナツは大学を辞めた。

 ジュンが仕入れた情報によるとナツの親父さんの知り合いが所長をしている研究所に特別研究員って形で努めているらしい。いったい何を研究しているのか少々怖いが俺に関わらなければそれでいいやと目を反らした。


「恋愛カルテが白紙? 」


 今回の事で色々心労があったであろうジュンと俺の家で宅飲みしつつ、思い切って今まで避けてた話をしてみた。


「皆、恋愛してて当たり前じゃないか、世の中。カップルになるならない関係無く、簡単に性交渉して相性調べて。正直俺は誰かと裸の付き合いをする気持ちが分からないし、したいとも思わないし、皆がそうだからって無理して装うつもりも無いんだ。」

「そっか、そうかぁ、あぁ何か納得した」

「納得? 」


 ジュンの言葉に俺は首を傾げる、納得って何がだろう。


「俺もさ、恋愛カルテには初恋の彼女だけなんだ。好きになって触れ合いたくて、抱きたいと思ったからチェンジした。女同士で性交渉したいって思ったんじゃなくて男体になって彼女に触れたいと思った。まぁ彼女にはそれで振られたんだけど」

「うん」

「彼女に振られて、周囲はペアで溢れてて、カップル登録する奴らもいるしお試しで付き合う奴らも居るし、言葉は悪いけどお手軽でさ。その時の自分の感情に正直な事が良い事正しい事って言われりゃそうだなっては思うけど、流されて誰かと付き合う気には全然なれなかったんだ」


 ジュンが肴のチーズ乗せジャガイモをポイっと口に放り込む。ゆっくり咀嚼するのを黙って眺める。



「恋愛するのも自由、性別も自由、自由を満喫するのが当然の権利で好きにくっ付いたり離れたり皆動いてる。カップル登録して子育てして家族を満喫する人も自由だし、ペアで済ませてカップルにはならずに一生過ごす人だっている。ならさ、一生実らなかった相手を思って過ごしたって、誰とも恋愛って形にはならずに過ごしたって、それも自由だよな」


 ジュンがしみじみとして呟いた。

 あぁそうだなと俺は頷いた。鼻の奥がつんと傷んで、目が熱くなった。

 ジュンの手が俺の後頭部に伸びて髪をぐしゃぐしゃっとかきまぜた。


「少数派かもしれねぇけど、まぁ多様性を認める社会なんだし、犯罪に走らない限り自由で良いんじゃねぇの? 恋愛に一歩距離置いてるアキラだから、俺は傍に居て居心地いいのかもなって納得したよ」

「俺も、ジュンとは喋ってて居心地良いって思ってた。最近はナツをプッシュしてくるからちょっとヤだなって思ってたけど」

「悪かったって、反省してる。ナツがあんなにキテルって思ってなかったんだよ」


 慌てて両手を合わせて俺を拝んでくるジュンに笑いが込み上げてきた。ほろりと涙がこぼれながら俺は笑う。ジュンもへへっと笑いをこぼして、俺たちはしばし笑いあった。


 もうすぐ大学は試験の時期になる。レポートや試験対策に忙しくしていればナツの事も記憶の隅に移動してくれることだろう。

 相変わらず恋愛について俺は皆の気持ちが理解できないままかもしれないけれど、それでも良いんだと何となく自信を持って思えるようになって、ちょっと違うかもだけど「自由」を感じられている。


 俺とジュンの恋愛カルテに新たな記述が書き込まれるのかは今は分からないことだけど、未来は分からないものって相場は決まっているから。

 俺は空になったグラスを下げながらジュンに次に何を飲むかリクエストはあるかと確認をしたのだった。


 




 






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― 新着の感想 ―
[良い点] 竹宮恵子、青池保子、じわじわと篠原千絵。往年の少女マンガな空気感がある。 [気になる点] ジュンの家族のキャラクターが唐突、話を受け止めるためには必要なのか。じいちゃんは「YAWARA!」…
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