表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者と婚約破棄をした大聖女、魔王の嫁になって溺愛されています

作者: まと

夏の終わり。

私は勇者エリックから婚約破棄され、家から追い出された。


月も星も見えない、夜8時。教会にたどり着いた。

本来なら閉まっている時間だが、大聖女である私は鍵を持っている。

それが私が持っているアイテムのすべてだった。

祖母の形見である宝石も含め、アイテムはすべてエリックに奪われた。


「ひとまず今夜は、ここで泊めてもらおう……」

それなりに顔見知りが多いこの教会では、誰かが助けてくれるだろう。

「あれ?開いてる?」

予想に反して、扉に鍵はかかっていなかった。


教会の中にいたのは魔界の王、サタン。

ここ人間界で、誰もが恐れる存在。あらゆる魔物と力を操る、絶対君主。


殺される。そう覚悟した。

しかし、攻撃してこない。彼は口を開いた。

「君は……?」

次に、無駄のない動きで、こちらへ近づいてきた―――



あれから一か月後。

私は城のバルコニーにある、ジャグジーに入っていた。

お湯が優しい音を立て、湯気に満月の光が差している。


「ソフィア、何を考えているんだい」

背後から話しかけれた。

男らしく、完璧に整った顔立ち。

非の打ちどころのない、動物的でもあり悪魔的でもある美しさ。

彼は魔界の主、魔王サタン。そして私の夫でもあった。

私は彼の嫁となることで、人間界から魔界へ引越したのだ。


彼はジャグジーのそばにデッキチェアを寄せて、腰を掛けた。

「私たちが初めて出会った夜のことを考えていたの」

「俺が君に一目惚れした夜だな」

「ええ、びっくりしたわ。まさか、すぐに結婚を申し込まれるなんて」

「素敵な女性は、取られる前に奪わなきゃ。ところで何か足りないものはない?」


私は首を振った。私を溺愛する彼は、あらゆる物を与えてくれていたからだ。

一生贅沢できる、金銀財宝だけではない。

史上最強となる魔王の力、魔界の権力そのものも自由にさせてくれた。


「足りないものはないけど、提案があるの。人間の技術や知識を、魔物に与えたい」

魔界は城や塔、愛らしい木造の家々に囲まれた、自然豊かな土地だった。

しかし人間界と比べて、まだまだ知識や技術で遅れを取っている。

「人間界に迷い込んだ魔物たちが、倒されるのを何度も見て来たから……」


例えば、ゴーレム。彼らは根は優しくて力持ちだ。

しかし言葉を話せない上に、貴重なアイテムをドロップするため、

人間界に迷い込んだ日には、格好の餌食にされる。

ゴーレムたちに建築の知識と技術を与えれば、力を持て余すことはなくなる。

給料で食料を与えれば、食料を求めて人間界へ迷い込むこともなくなるだろう。


そのことをサタンに話すと、

「さすがソフィア。大聖女ならではの優しい提案だ」とほほ笑んだ。

さすがにダメか、と思った。人間界と魔界は仲が悪い。


しかし数秒後、「よし、やってみようか」と彼は言った。

「意外だわ。人間と敵対しているから、嫌がられると思った」

「敵対なんかしていないさ。彼らがアイテム目当てに襲撃してくるから、戦うだけだ。中にはしつこい勇者もいて、わざと負けたこともあったな……」

彼は家来の魔法使いを呼び、いくつか言伝をした。魔法使いは驚いた顔をした。

しかしすぐに恐るべき平静さで、バルコニーの窓を開け、城の中へ入って行った。


窓が開くと、肉の焼ける匂いが鼻をついた。そろそろ夕食の時間だ。

サタンは美食家で、毎回の食事がとても楽しみだ。

私のために、貴重な食材もふんだんに使ってくれる。

おいしくて栄養満点の食事のお陰で、魔界に来て肌艶が良くなった。


彼にそう伝えると「ソフィアは昔から綺麗だよ」と、笑った。

そして芝居がかった声で、

「大きな青い目、豊かな金髪、若い娘のみずみずしい魅力を超えた美しさ……」

「も、もう良いわよ。恥ずかしいからやめて」

彼は優雅な仕草で手を伸ばし、私の頭をゆっくりと撫でた。

サタンはユーモアのセンスがあり、結婚生活はいつも笑いにあふれていた。



数日後。城のすぐ真下にある、地下室。

地の精霊、ノームたちが工事を行っていた。


「ノーム、その調子でさぁ!」

工事を指揮するのは、大工のドレイク。

貧しい彼は、教会によくパンをもらいに来ていた。

仕事に困っていたことを思い出し、彼を人間界から魔界へ連れて来たのだ。


「ノムノムッ!」

ノームたちは土を掘れることが嬉しいらしい。

一流の腕を持つ、ドレイクの指示も的確だ。

すごい勢いで地下室から地下道が広がっていく。


「いやー。魔界に来て良かったでさぁ。ソフィア様のお陰でさぁ」

「来てくれてありがとう。予定よりだいぶ早く完成しそうね」

「昔も今も世話になっちまって。なんと礼を言えば良いのやら……」

人間界では貧しく、飢えた者であふれているらしい。

それを聞いて、私は心を痛めた。しかし、

「魔界では良い暮らしをさせてもらえて、幸せでさぁ」

ドレイクの笑顔は、同時に私を癒してもくれた。


いきなり、地響きが起きた。

「ノムーッ!」

一匹のノームが暴れていた。残りのノームは怯えた様子で眺めている。

「あいつ、またか!」

「また?」

「前に人間界でこっぴどくやられたんでさぁ。

 それがトラウマで、思い出して暴れるんでさぁ」

また地響き。地下道は今にも崩壊しそうだ。


「……私が行く」

私は暴れているノームに近付いた。

彼は勢いよく爪を振り上げ、私の頬をひっかいた。

「痛っ……そう、これがあなたの受けた痛みなのね」

「ノムッ!?」

「これより辛い思いをしてきたわよね。

 もう大丈夫よ。ここに、あなたを傷つける人はいない」

「ノムノム……」

ノームは優しく、頬を流れる血をぬぐってくれた。


「さすがソフィア様でさぁ、ノームが一気に大人しく……!?」

ゴゴゴゴ……また地響きだ。なかなか収まらない。

土がぱらぱらと降ってくる。ドレイクが叫んだ。

「崩壊するでさぁ!このままじゃ生き埋めでさぁ!」

「く……出てきて、木の精。『トレント』!」


目の前に、巨大な樹木が出現した。

木の枝は次々と伸びる。そして崩れゆく地下道を支えてくれた。

「ソフィア様、木の精と契約を?!

 あれは勇者様でも無理だった、一級の精霊でさぁ」

「サタン、魔王がやってくれたの。魔界の力は、すべて使えるようにね」

「すごすぎるでさぁ……」

地下道にドレイクの声が響く。

木の枝は良い具合に広がり、趣味の良い飾りつけがされた地下道になった。


「ノム……」

先程暴れていたノームが、おずおずとこちらへやって来た。

「え、お腹に赤ちゃんがいるの?」

ノームはうなずいた。

「そう。それで気が高ぶってたのね。大丈夫、怪我はない?」

ノームはふるふると首を振った。しかし初めての出産で、不安だという。

「そうよね。じゃあ、病院も開設するか……ヒーラーを人間界から連れてくるわ」

「さすがでさぁ、ノームの言葉も分かるなんて」

彼らを地下に残し、私は地上に出た。

そこには顔面を蒼白にさせた、サタンが立っていた。


「その傷は?」

「ち、ちょっと転んじゃったの」

彼は私を、強く抱きしめた。

「君が地下にいると聞いて、生きた心地がしなかった。

 今、地下道に行こうとしていたところだ」

間に合ってよかった。彼の怒りに触れたら、ノームは無傷ではいられないだろう。


長い抱擁から解放され、「そうそう。そういえば」とサタンは言った。

「魔界に来たい人間が、殺到しているそうだ。忙しくなりそうだな」

人間界の技術、魔界の力。それらを合体させるのだ。

後年、魔界はあっという間に人間の文明を遥かに超えてしまった。



その頃、人間界では。

勇者エリックの家で、僧侶が慌てた様子で話していた。


「エリック、大変です!」

「また魔王討伐の話か?明日から本気出すって、何度も言ってんだろ」

「……おそらく、魔王を倒すことは不可能です」

「おい、お前。誰に向かって口聞いてるんだ」

「エリックだけではありません。人間界では、誰もいないかと」

エリックは怒りにまかせて、彼に水晶を投げつけた。

「……魔界は信じられないくらい、進化を遂げています」

「は?あの古くて時代遅れの世界が?」


僧侶は水晶を受け止め、ぶつぶつと呪文を唱えた。

「ご覧なさい。これが魔界の現在ですよ」

エリックが水晶をのぞき込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。


白衣を着たピクシーが、病院で診察を行っている。

看護師のサキュバスがノームの赤ちゃんを抱き、母ノームに笑いかけている。


「どうせ人間の真似してるだけだろ」

「これを見ても、そう言えますか?」


ゴーレムとトロールは軽々と石を持ち上げ、頑丈な家を建てている。

制服を着たダークエルフたちは、学校でヴァンパイアから授業を受けている。

スケルトンとゾンビは、二人組でパトロールをしている。

中でもエリックの目を止めたのは、彼らに指示を出している女性だった。


「ソフィアじゃねえか。なんで魔界なんかにいるんだ?」

「……エリック。ソフィア様と復縁してはいかがでしょうか」

「なんでだよ」

「魔界と良好な関係を築くため。もし攻められたら、人間界は終わりです」

僧侶は、じっと水晶を見つめた。なんとソフィアは魔物と会話をしている。

魔物だけではない。一級魔法の精霊とも、笑いあっている。

「ソフィア様は魔界を仕切っています。もう我々には彼女しか残されていません」

「しゃーないな。どうせ俺のこと、まだ好きだろうし」


エリックは思った。ちょうど、あの金髪美女が恋しくなってきたところだ。

それに金にも困り始めていた。

冒険で得たアイテムを売って暮らしていたが、残りがわずかになっていた。

人間界に魔物が現れなくなり、アイテムをドロップさせることもできていない。


エリックは魔界へ向かうため、昔の仲間に召集をかけた。

武闘家、狩人、兵士、魔法使い、魔導師、盗賊、踊り子。

かつて、パーティは大所帯だった。


しかし、誰も来なかった。

勇者に見切りをつけた残りのメンバーは、とっくに魔界へ引越していたのだ。



そのメンバーたちは、魔王城の庭でアフタヌーンティーを楽しんでいた。

主催はソフィア。昔の仲間と久々に再会し、昔話に花を咲かせていた。


盗賊のシーフが、声を上げた。ほっそりとした身体つきの、赤毛の女の子だ。

細い体のどこに入るのかというくらい、ものすごい勢いで食べ続けている。

「このタルト、超美味しいんだけど?!こんな味、知らなかった!」

狩人のジャックはうなずき、おいしそうに紅茶を飲んでいる。

「紅茶も良い香りだ。ありがたいな。こんな美味いもの、久しぶりだぜ」


もぐもぐとスコーンを食べながら、シーフは私に言った。

「ソフィアさ、なんか綺麗になった?」

「食事かしら。化粧水も良いものに変えたし、

 エステもマッサージも受けてるから……」

「うーん?素敵な恋してるって感じ!」

魔界に来たばかりの彼らは、私が魔王の嫁だとは知らないのだ。

それに答えようとすると、メイドのメデューサがやって来た。


「ソフィア様、お客様がお見えです」

「分かったわ。三つ編み、似合ってるわよ」

メデューサは顔を赤らめた。

彼女に三つ編みを教えてあげたら、どうやら気に入ってもらえたらしい。

「髪が邪魔にならず、とても快適です。お礼申し上げます」

「他にも似合いそうな髪型があるから、今度教えるわね」

「視界が良好なものを希望します。

 ソフィア様を傷つける者は、すぐ石にしますので」


私を傷つける者ね、と思った。

すっかり忘れていた。過去に一人だけ、いたかもしれない。

私は立ち上がった。メンバーには食事を続けてもらうことにした。


庭を歩いていると、風に乗って、彼らの会話が聞こえてくる。

「ねね。どうしてソフィアってエリックなんかと婚約したんだっけ?」

「大聖女は勇者と結婚しなきゃいけない決まりだろ。だからだよ」

彼らの声を背に、謁見の間へ向かった。



広々とした謁見の間には、私を傷つけた者が立っていた。勇者エリックだ。

私のアイテムをすべて奪い、婚約破棄をして、家を追い出した男。


「よお、ソフィア。どうしてお前、こんな城にいるんだよ」

「……あんた、だいぶ太ったわね。一瞬、誰か分からなかったわ」

「もっと喜べよ。クソ僧侶のせいで、来るのが遅くなっちまった」

「彼は無事なの?」

「知らね。お詫びの品を持って行けってうるさいから、その辺に置いてきた」


彼は頭をかきながら、面倒くさそうに言った。

「あのさ、復縁しねえ?金持ってそうだし、アイテムもくれよ。

 魔界が栄えてんのもムカつくしな」

それに、と彼は私を舐めるように見た。

「お前、前より良い女になったよな……」

私は確信した。この男には欲望、むき出しの性欲、雄同士の競争心しかない。


「断るわ」

そろそろと顎に伸ばしてきた彼の手を、払いのけた。

「私を溺愛してくれる男性と出会ったの。私は彼と暮らすわ」

「は。どうせ、その辺のモブ男だろ」

言い終わると、彼は剣を抜いた。大きな剣だ。

「腕の一本や二本、なくても良いよなあ?力づくで、連れてくぜっ!」


剣には、見覚えのある宝石が埋め込まれていた。

祖母の形見だ。絶大な力を発揮する、魔力を封じ込めた宝石。


彼女が死んだ夜は、ぽかぽかと気持ちの良い夜だった。

死の間際、確かこう言っていた。

「あなたは生きているだけで尊い、溺愛されて良い存在なの。

 自分を愛してくれる人を探してね」


私は目を閉じた。

せっかく、溺愛してくれる人に出会ったのに―――


すると、地底から響くような声がした。

「俺の嫁に、何をする」

勇者の動きが、ぴたりと止まった。剣を振り上げたまま、動かない。


振り返ると、サタンとメデューサがいた。いつの間に来ていたのだろう。

「メデューサ、礼を言うぞ」

「いえ。私が石にするまでもなかったですね。サタン様がいらしたなら」

「いや、俺なら怒りのあまり、どうしていたか分からなかった」

メデューサはお辞儀をして、去って行った。


彼女が謁見の間を出ると、エリックの石化が解けた。

座り込むエリックの前に、サタンが近づいた。

「勇者よ、命を差し出す覚悟はできてるんだろうな」

サタンが手を振り上げた。エリックの頭上に、漆黒の渦が出現する。

「地獄から姿を現せ。『ベルゼバブ』……」

「ま、待って!」


私は声を上げた。サタンは驚き、手を下ろした。

召喚は中断したらしい。渦は小さくなっていった。

「どうして止めるんだ。ソフィアを傷つけようとしたんだぞ」

「私は大聖女だから。誰かを傷つけるのは見過ごせないの」

そう。たとえそれが、私からすべてを奪った男であっても。


エリックに近付いた。彼は座ったまま、うつむいていた。

「人間界に戻してあげるわ。ただし、宝石は返して」

「はいはい、分かった。返すよ……」

彼は再び剣を手に取り、顔を上げた。その目には憎しみが宿っていた。


「……なんて、言うと思ったか!?せっかくの機会だ、魔王討伐するぜ!」

エリックは一目散に、サタンへ突撃していった。

次の瞬間、床から無数の木の枝が付き出してきた。

またたく間に枝たちは、エリックを縛り上げた。


呆気に取られているサタンに、私は説明した。

城の真下には地下道があること。

かつて、木の精『トレント』によって枝を張り巡らせたこと。

「やれやれ。本当にすごいな。ソフィアは……」

サタンは私を強く抱きしめた。これまでの人生で、一番長い抱擁だった。



星の輝く気持ちのいい夜だった。

バルコニーで夜風を浴びていると、サタンが来た。

彼は私の首にネックレスをかけてくれた。

「ほら、予定より早くできたみたいだ」

「急がせたんでしょ?」

「大事な嫁のためだ。多少の無理は聞いてもらわなきゃな」


ネックレスは、きらきらと繊細な輝きを放っていた。

祖母の形見である宝石が埋め込まれている。

「そういえばエリックは?」

「少し後に来た僧侶が、人間界に連れて帰ってくれたよ」


サタンは私を抱き寄せた。

「大聖女としての人生は、今まで大変だったろう。

 何でも叶えてあげるから、遠慮なく言ってくれ」

「うん。ゆっくり暮らすことにするわ」


実は、そうも言っていられなかった。

人間たちから頼まれて、魔界だけでなく人間界も統治することになったのだ。


そして魔王からの溺愛は、いつまでも続くのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


・面白かった

・応援してる

・長編も読みたい


と感じていただいた方は、広告下の☆☆☆☆☆より評価をお願い致します。

作者の励みになります。評価いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ