恋人同士の禁忌
絵奈と晶は暇があればバイクで出かけ、移ろいゆく海の景色に見入っていた。
「飽きないよね、海って。時間でもお天気でも、表情がくるくる変わるし」
「まるで絵奈みたいだな」
晶の言葉に、絵奈は驚き、そして照れたのか他所を向いた。
彼女の視線は海に向けられている。
「あたしそんなに、顔に出るかな?」
「おまえみたいに喜怒哀楽が顔に出るヤツ、あまり見かけ無いぜ」
晶は言ってから、ああ、そう言えば似たヤツはいたか、と考えた。
ラグビー部の女子マネージャーだ。
名前は石神井(しゃくじい)とか言ったと思う。記憶はもう朧げだ。
「なあ、絵奈」
海に沈もうとする夕日を見ながら、晶は絵奈に語りかけた。
「オレたち、付き合わないか?」
「つっ!?」
絵奈は本気で驚いた様子だった。
「やだな、冗談やめてよ。つ、つきあう、たって、あたしそういう経験無いし……」
「誰だって初めてはあるさ」
「あんたの初めてっていつよ?」
突っかかる絵奈に、糸目を更に細くして、笑顔で躱す晶。
「そういうのは聞かないものなんだぜ。野暮天、って言うんだ」
晶はそう言って絵奈を抱え上げ、キスで口を塞いだ。
「ちょっ、まだつきあうって言って無いじゃん!」
絵奈はバタバタと抵抗して見せたが、本気で嫌がっている感じではなかった。
↑石神井 麻奈
2人が付き合って数週間が経過したある日。
雛宮神社の宮司だった深夜が、癌で逝去した。
島をあげての神葬式を司式したのは、跡取り息子の宵と、けそめき婆だった。
宵は中学の頃に父が癌で余命宣告を受けたのを切欠に、高校には行かずに中卒で高卒認定試験に合格。
東京の國學院大學・神道文化学部にも首席合格し、父の容体次第では島を出て進学するつもりだった。
だが、こうなっては、島と神社を留守にする訳にはいかない。雇いの神官を代理として入れるにも、島独自の掟を叩き込む必要がある。
深夜の晩年のうちに、神社本庁からの推薦を依頼し、何度か検定講習会に出席、検定合格を経て階位を取得し、宵は異例にも正階として認定されていた。
幼い頃から修行を重ねてきたとはいえ、若すぎる当代宮司。
神社を継ぐため、起き上がれなくなった深夜のもとで、引継ぎの儀を済ませた宵の初仕事が、父の神葬式だった。
そんな彼を、長老的存在のけそめき婆が、上手にサポートしていた。島の外から、雇いの権正階も入れるには入れ、島独自のやり方を覚えて貰っている。
晶と絵奈も、それぞれの両親達と共に、神葬式に参加した。
巫女は朝子が中心となって務めていた。
↑装束姿の宵
「あのさ」
翌日、絵奈に会った晶は、恋人に言ってはならない疑問をぶつけた。
「あの巫女さんって誰? ムネの大きい、清楚そうな……」
「朝子のこと? あたしの幼馴染で、学年は1つ下だけど、ダチだよ?」
訝って絵奈は晶を見た。
「ああいう大和撫子っぽい女って良いよな。抱いたらどんな乱れ方をするんだろうな」
「はあ? 信じらんない!」
絵奈は晶の言葉に唖然とした。
「あんた最低ね。あたしのこともそう言う目で見ていた訳?」
「そりゃ、男だから、仕方ないだろ」
絵奈は怒って、晶からヘルメットを奪い、一人でバイクを走らせて帰ってしまった。
岬に置き去りにされた晶は、悪路をとぼとぼ歩いて帰るしかなかった。