レシピ8 お好みでスリルを加えても良いでしょう
まるで二人の行く手を遮るかのように、高く生い茂る草木を眺めながらイエーガーが考え込んだ。
「これ以上奥に行くって、どうやって行くんだよ。道なんかどこにもねえけど」
山の奥を目指すのであれば、藪の中を分け入って行くよりほかはなさそうだった。
「なにを言っているのイエーガー。人生において進むべき道が見えたことがあって?
道なんか見えなくったって進むのよ。進んでから振り返ってごらんなさい。あなたの歩いた跡が道になっていることに気づくから……」
「……お前なにすごくいいこと言ったみたいな顔してんだよ」
「怖いならいいわよ。私が先に行くから。
あんたは私が切り拓いた道を、なぞるようについてくればいいわ。
そしてその軌跡をひとりまたひとりと歩んでいくことで、そこに道が……」
「その道的な話はもういい。お前が実は語りたがりだってことは十分わかった。
危ないから俺が先に行く。お前は後ろをついてこい。んで、帰り道の目印になるような…………なんだそれは?」
シャルトリューズが突然、謎の塊をカバンから取り出したのを、イエーガーは見逃さなかった。
「小屋にあった古いパンをちぎって目印にするの。名案でしょう?」
イエーガーは鼻で笑った。
シャルトリューズが冗談を言ったと思ったからだ。
「お前な……それじゃ鳥や動物に食われて帰れなくなっちまうだろ? ガキでもわかるぜ、そんなこと。
お前がこんなときに冗談を言うとは思わなかったぜ。実はビビってんじゃねえのか?」
残念ながら、シャルトリューズは大真面目だった。
「私を誰だと思っているのイエーガー。
この古くなったパンは、私が調合した特殊なレシピで処理されているの。
鳥類を含む動物全般への忌避作用だけでなく、蓄光して暗闇で光るのよ。いかがかしら? もちろんレシピは機密事項よ」
シャルトリューズは古いパン(特殊液処理済)をちぎると、繁みの影にそっと忍ばせた。
すると――パンくずはたしかに光を放ち、その周囲にいた虫は、こぞって逃げていった。
「いかが?」
わずかに得意顔のシャルトリューズが、イエーガーの方へ振り返った。
「お前……すげえっていうか、やばい……」
感心を通り越して、少々引き気味のイエーガーが当たり障りのない感想を口にした。
「やばい? ああ、それは近年、褒め言葉として使われているのよね? ありがとう。素直に嬉しいわ」
「……褒めて……いや、うん、そうだな。
お前はやばい女だ。うん、予想以上にやばい女だった」
イエーガーはまるで自分に言い聞かせるようにつぶやくと、一人で何度もうなづいていた。
「さ、これで迷子になる心配はないわ。行きましょう」
「へいへい」
イエーガーが背負っていた棍棒を手に持ち直し、枝葉をかき分けるように藪の中へと入っていく。
「俺から離れんなよ、シャルトリューズ。
怖いんだったら手ぇつないでやってもいいぜ?」
イエーガーが後ろ背に、左手を伸ばしてきた。
シャルトリューズは、その手をペチンとはねる。
「なにを言ってるの? 不測の事態に備えてなるべく手を塞がない方が良いに決まってるじゃない。
それに片手がふさがったら、この蓄光パンくず(鳥類動物忌避作用処理済)を落とせないでしょう。
山をなめてはダメよ、イエーガー」
「……お前、ホントかわいくない女」
「ありがとう。褒め言葉と……」
「褒めてねえよ」
二人は軽口を叩きながら、山の奥へとずんずん進んでいくのであった。