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レシピ7 味がしみるまで、しばらく休ませます



「あんたってさ、山にはほとんど入らないの?」


 獣への警戒のためなのか、自分よりも先行して歩くイエーガーの様子を眺めているうちに、シャルトリューズの中で、そんな疑問が浮かんだ。


「なんでだよ」


 イエーガーは返事をするときに少しだけ振り返ったが、またすぐに前方へと向き直った。


「すごく珍しそうにキョロキョロしてるから。

 畑の手伝いはしたことないの? うちより大きな畑がありそうなもんだけど」


 イエーガーはしばらく黙って歩いていたが、おもむろに口を開いた。


「親の仕事は兄貴が全部やってるし、俺の出る幕なんかねえんだよ。

 優秀な長男様がいらっしゃると、出来損ないの次男は邪魔ものなのさ」


「……やだー。こじらせてたの?

 なんだ、つまりあんたの素行(そこう)や言動の悪さは、実はただの反抗期だったわけね。

 ガリアーノじゃなくて、たまには自分に注目してほしかったわけね。

 そうだったのね……愛着行動中だったわけね……なるほど……それでこういう個性に……納得ね……。

 あんたって、やっぱり実はかわいいのね」


「実はかわいいとか言うな。ふざけんな。勝手に分析して納得すんな。タメのくせに上から目線すんな」


 イエーガーが振り返って文句を言う。

 その一方で、想定外の情報にシャルトリューズは目を丸くした。


「え? そうなの? あんたって私と同い年だったの?」


「――お……っ、お前なあ! どんだけ俺に興味がないんだよっ!」


「ごめんなさい。悪気はないの」


 シャルトリューズは素直に謝罪した。


「謝んじゃねえよ! 余計にムカつくんだよ!」


「まあそんなことよりも……」


「『そんなこと』でお前の失礼を片付けるんじゃねえよ。より失礼だろうが」


 シャルトリューズはさらりと非難を受け流した。


「邪魔もの扱い上等じゃないの。

 親の手伝いをしなくてもいいのなら、自分のオリジナルレシピを研究する時間がとれるじゃない?

 親の薬草酒(エリキシル)のレシピがたくさんあると、それだけで一日が終わっちゃうもの。自分のオリジナルを試す時間もないわ。

 私がもしあんたの立場だったら、親の薬草酒(エリキシル)を超えるような超人気レシピを作って、さっさと独立しちゃうんだけどなあ」


「独立したいのか?」


 意外そうな顔で、イエーガーがシャルトリューズを見つめた。


「当たり前でしょ。なにが悲しくて、お客のおっさんどもに精力剤ばっかり売らなきゃいけないのよ。

 私はもっと華やかでキラキラしたお店で、かわいい女の子やきれいなお姉さんたちと女の子らしいトークをしながら仕事をしたいの」


「お前って、そんなこと考えてたんだな」


「当たり前でしょ。早く父さんの稼ぎなんか頼らなくても自立できるようになりたいの。

 早く父さんより売れる商品を作って父さんから店を乗っ取らなくっちゃ。

 そしたらその(あかつき)には、私の店はおっさん立ち入り禁止にするのよ」


「お前ってさ、実はおもしろいやつだったんだな」


「そう? もしかしてさっきの仕返しのつもり? まあ誉め言葉として受け取っておくわ。

 さ、我が家の畑へようこそ。たっぷり手伝ってもらうから覚悟してね」


 シャルトリューズが、挑戦的な瞳でイエーガーを畑に迎え入れる。


 対するイエーガーも不敵な笑みで向き合った。


「俺にじっくり畑の薬草(ハーブ)を見られてもいいのかよ。お前、さっきレシピ流出したら困るって言ってただろ?」


「だってあんた、完全に素人(しろうと)でしょ? この畑見てうちの薬草酒(エリキシル)の配合当てられるもんなら当ててみなさいよ」


「お前ってさ……実は口が悪いよな」


「あらそう? ごめんなさいね、悪気はまったくないの。

 でもそうね。誉め言葉として受け取っておこうかしら」


「褒めてねえよ」



・・・・・



「ありがとう、イエーガー。お茶を淹れたから休憩しましょ」


 畑の(すみ)にある小さな小屋で薬草茶(ハーブティー)を淹れたシャルトリューズが、イエーガーに声をかけた。


 イエーガーは雑草抜き、虫よけ薬草水の散布作業で、すでにクタクタになっていた。しかし、シャルトリューズに疲れていることを悟られないように平静を(よそお)っていた。


 小屋の脇にある小さなベンチに二人で並んで座り、つかの間のティータイムとなる。


「……ラバンが入ってる」


 お茶に口をつけた瞬間、イエーガーがつぶやいた。


「正解。香りで気づいた?」


「うちでも、よくラバンが入った茶が出てくる」


「さすがね、ラバンはまず香りがいいわよね。

 この芳香自体に効果があるという説が今までは有力だったけれど、でも実は効能があるのは芳香だけではなくて、ラバンの抽出成分自体に殺菌作用、精神向上作用、リラックス作用が認められていて、最近の研究では飲用以外にも実は……」


「やめろやめろ。なんだよその流れるような説明は。

 言っとくが説明されても俺にはちっとも理解できないからな」


 イエーガーの制止後、二人はまったく会話もなく、黙々とお茶を飲んだ。

 もともと接点のない二人だったため、共通の話題は何一つなかったからだ。


 鳥の鳴き声と、風のさざめきだけが饒舌(じょうぜつ)に語り合っていた。


 長い沈黙を破ったのはシャルトリューズだった。


「……ねえ。ところで、あんたまだ時間ある? もうちょっと私につきあってくれない?」


「まさか、まだここ以外に畑があるとか言うんじゃないだろうな」


 少しだけイエーガーが引きつった顔をした。


「畑はここだけよ。実はね、もっと山の奥に行ってみたいの。

 いつも父さんと一緒の時は、危ないからって絶対にこれ以上先には行かせてくれなくて……。

 ちょっと探検してみたいっていうか……ダメかしら?

 もう畑の手入れで疲労困憊(ひろうこんぱい)って感じかしら? 情けないわね、これっぽっちの広さの畑で根を上げ……」


「疲れたなんて一言も言ってねえだろうが! 行ってやるから案内しろ!」


(……大変。イエーガーってすごく操縦(そうじゅう)がしやすいわ)


 シャルトリューズの中で、イエーガーの評価がまた少し上がった。

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