表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

レシピ6 よく煮えたら急接近を適量加えて……



「……ちょっと……イエーガー……?」


 イエーガーの胸を押し返そうとしたシャルトリューズは、自分の手に伝わる動悸の速さに思わず手を止めた。


(――え!? なにこれ――5秒間で……13回……!?

 ……速すぎよね?

 えーと、13×12=156/分……やっぱり、心拍数が速すぎるわ! 正常安静時の約1.5倍……!)


 イエーガーは黙ったまま、シャルトリューズのことを離そうとしない。


(……ピッペリーが怖かったのかしら?

 でも最初の威勢(いせい)は良かったし、その可能性は低そうね……。

 もしかして、さっきイエーガーがかけた瓶の中の成分に、混ぜることで心拍を亢進(こうしん)させてしまうものがあったのかしら? これは――分析が必要ね……)


 イエーガーの腕の力がさらに強まり、シャルトリューズはついに身動きすらできなくなった。

 

 仕方なくシャルトリューズは、ずっと我慢していた言葉を口にした。


「ごめんなさいイエーガー。(くさ)いわ。凄まじく(くさ)いの。離れてくれる?」


 イエーガーは、パッとシャルトリューズを離した。


「……お……っ! お前だって十分(くせ)えんだよ! よくも人のことを……あ! お前……っ、ケガは!?」


「してないわよ」


 慌てるイエーガーとは対照的に、シャルトリューズはまったく普段と変わらない冷静な表情で、淡々と答えた。


 イエーガーは怪訝(けげん)な顔で睨みながら、シャルトリューズの腕を指差す。


「かじられてただろうが。傷見せてみろ」


「傷なんかないわよ。これ防牙(ぼうが)防爪素材(ぼうそうそざい)だもの」


 シャルトリューズが(そで)をまくると、まったく無傷な腕が現れた。


「……は? ……え?」


 イエーガーは目を丸くして、シャルトリューズの顔と腕を交互に見比べている。

 シャルトリューズの言っている意味が理解できないようだ。


「私の特殊レシピで抽出した溶液に衣服を漬け込むと、生地が硬化して防御力が2.5倍に上昇するの。

 ちなみにレシピは機密事項だから。たとえ拷問されたって吐かないわよ」


 ちなみにこの防牙・防爪素材の研究費が、どこの団体から提供されているのかは、シャルトリューズの父すら知らないのであった。


「するわけねえだろ拷問なんか。

 ……なら、怪我はないんだな? どこも痛くないんだな?」


「ええ。全く。ちっとも。まあ、あえて言わせてもらえば、私の最も負傷レベルの高い器官は鼻ね、鼻。

 あんたがカバンの中身全部かぶって抱きついてくるから、嗅覚が完全にダウンしたわ。

 それになに? 発情期野郎って。

 私、あれは(メス)だって説明したわよね? (メス)に向かって野郎呼ばわりするのは(あやま)った呼称(こしょう)ではないかしら?」


「……だ……っ! 抱きついたんじゃねえよ! (かば)ってやったんだろうが!

 冷静にツッコんでんじゃねえよ! (メス)でも(オス)でもなんだっていいだろ!

 本当にかわいくねえ女だなあ! ……こっちは、死ぬほど心配したってのに!」


「あら? そんなに心配してくれたの? あんた、案外いいやつなのね。

 私のことは大嫌いなんだと思ってたけど」


「――っ! なんで……そうなるんだよ」


 イエーガーがシャルトリューズを睨んだ。


「だって、あんたって私を見るたびに『不愛想女』とか『無表情女』とか『ガンつけてんじゃねえよ』とか悪口言ってくるじゃない?

 あとなんだっけ、『顔面プレートメイル』とか」


「……っそれは……!」


 口を開きかけたイエーガーを無視して、シャルトリューズは言葉を続けた。


「でも私ね、思うんだけど……私の方からあんたを睨んだことなんて、たぶん一度もないと思うのよ。

 あんたがいろいろ言ってくるから返事をしてたけど、私あんたのことなんか、正直眼中(がんちゅう)になかったし」


「……だから、お前のそういう一言がいちいちムカつくんだよ」


 睨むイエーガーを意に介さず、シャルトリューズは肩をすくめた。


「ごめんなさい、悪気はないのよ。

 でもまあ、今だったら……眼中に入った感じがするかも」


 シャルトリューズは(あらた)めて、目の前のイエーガーをじっと見つめた。


「……は? ……な!? な、なに言ってんだよ!」


「あら? もしかして照れてるの? あんたって、もしかして実はかわいいところもあるのね」


「うるせえ! 照れてなんかねえよ!

 お……お前の眼中に入ったくらいで喜ぶわけねえだろ! 身の程を知れ!」


 イエーガーは赤くなった顔をシャルトリューズから隠すように立ち上がると、すぐに歩き出した。


「ほら! さっさと出発するぞ!」


 シャルトリューズの中で、イエーガーの印象がまた少しだけ上向き修正された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 仙道さんの『仙道素材』の概要はこちらです。⇒ 【仙道アリマサ様活動報告】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ