表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

レシピ5 味が薄いと思ったときは、もう少しピンチを加えましょう



 ピッペリーとシャルトリューズの間で、静かに繰り広げられている死闘を、イエーガーは呆気(あっけ)にとられて眺めていた。


「どう? (くさ)いでしょ? (くさ)いわよね? あなたの嗅覚にこの臭気は相当なダメージのはずよ。

 さあどうするの? 大人しく帰るなら許してあげる。でも素直に帰らないのであれば……あなたの風上に回り込むわよ! それでもいいの?」


 ドダダダダダダ……!


 ピッペリーは逃げ出した。


 知能の高いピッペリーは、気づいたのかもしれない。

 この人間の女には勝てないということに――。


 ピッペリーの後ろ姿を見届けたシャルトリューズは、優雅に前髪をかきあげながらイエーガーをふりかえった。


「いかがかしら?」


 基本的にシャルトリューズは無表情が標準仕様だが、今は勝利の興奮で目には力が宿っており、少しだけ口角が上がっている。


 ちなみに、父がこの場にいたのであれば、今のシャルトリューズが超テンションMaxであることが判別できたであろう。


「『いかが?』じゃねえよ。なんだよその得意げな(つら)は。

 その勝ち方、本当にかっこいいって思ってるか?

 そして今お前めちゃくちゃ(くさ)い。すんごい(くさ)い」


 鼻をつまみながらイエーガーが文句を言う。


「私が調合した有蹄目(ゆうていもく)シシーノ科撃退用香水(フレグランス)よ。これを振りかければピッペリーの62.8%に対して忌避効果(きひこうか)があることが実証されているわ。(シャルトリューズ調べ)

 はい。だからあんたもかけて」


 カバンから瓶を取り出したシャルトリューズが、イエーガーに手渡そうと近づく。


 しかしイエーガーは、シャルトリューズが近づくのと同じだけ後ろに下がった。


「やめろ来るな。嫌に決まってんだろ。そんな(くさ)いもの体につけられるかよ。しかも62.8%ってなんだよ、その微妙な効果は……」


「それはね……きゃあ!」


 説明しかけたシャルトリューズが悲鳴をあげた。


 またもやピッペリーが現れて、シャルトリューズに体当たりをしてきたのだ。


「大丈夫かシャルトリューズ!

 やっぱりその(くさ)いやつ、全然効いてねえじゃねえか!」


 すぐに攻撃態勢に入ったイエーガーを、再びシャルトリューズが制した。


 シャルトリューズは、自分のカバンをイエーガーの方へ放り投げる。


「ダメ! 殴っちゃダメよ!

 私がさっき使ったピリリールは発情期の(メス)ピッペリーには効果が薄いの! そのカバンの中からペリリルアールを出して使って!

 その臭気なら発情期の雌に対して78.3%の忌避効果(きひこうか)が見られたわ!(もちろんシャルトリューズ調べ)」


「……これか!」


 イエーガーが瓶のラベルを確認して自分にかけた。


 つんと鼻を刺激する不快な臭気が漂う。


「ちょっと、それ違うわ! それはペリールアルカよ。ちゃんとラベル読んだの?

 薬草成分に類似名称が多いのなんて常識でしょう? あんたそれでも薬草酒(エリキシル)屋の息子なの?」


「う、うるせえっ! ……ってお前っ!

 かじられてないか!? おいおい! 食われてるんじゃねえのか!?」


 イエーガーの目に映るのは、ピッペリーに腕をガジガジされているシャルトリューズの姿だった。


「大丈夫よ。それよりペリリルアールは見つかったの? 最初の三文字で認識してはダメよ。

 さっきも言ったけれど、薬草成分には類似名称が多いからちゃんとラベルの名称の末尾までよく読まないと……」


「うるせえっ! 黙ってろ! 人のことよりピンチならピンチらしくしてろっ!

 ……って、お前やっぱりかじられてんじゃねえかよ! なんでこんな時でもお前は無表情かつ冷静なんだよ! 状況にあったリアクションをしろよ!」


 イエーガーはもはやラベルを確認することすらせず、瓶の中身を片っ端から自分にぶっかけた。


「どけっ! この発情期野郎っ!」


 イエーガーはピッペリーとシャルトリューズの間に無理やり割って入った。

 そして、シャルトリューズを地面に押し倒すと、(かば)うように覆いかぶさった。


 ピッペリー(発情期の(メス))は、あまりの悪臭に引き裂くような悲鳴を上げて逃げていく。


 想定外の救助法を目の当たりにし、シャルトリューズはしばらく反応できなかった。


 イエーガーの体温が伝わる距離。

 イエーガーの大きな安堵のため息が、自分の髪をなでていく距離。


 未だかつてない至近距離にイエーガーがいた。


「……ありがとう。助かった……わ!?」


 再度の想定外がシャルトリューズを襲った。


 ゆっくりと体を起こしたシャルトリューズのことを、イエーガーが強く抱きしめたからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 仙道さんの『仙道素材』の概要はこちらです。⇒ 【仙道アリマサ様活動報告】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ