レシピ2 そこに想定外を加えます
シャルトリューズが向かったのは、自分と同じく薬草酒造りをしているガリアーノの家だった。
歳の近いガリアーノは、家業が同じということもあるが、誰に対しても分け隔てなく接してくれるので、シャルトリューズとしては一番つきあいやすい人物だった。
ただし、ガリアーノの家で造る薬草酒の方が、シャルトリューズの父の造るものよりもずっと人気が高いので、シャルトリューズは密かに、そして勝手にガリアーノの家をライバル視している。
シャルトリューズの父の造る薬草酒は、とてもよく効くが、苦くて飲みにくかった。そして効能が非常に偏っていた。そして客層も偏っていた。
かたやガリアーノの両親が造る薬草酒は、口当たりがよくさっぱりしていて、健康全般に幅広い効果があり、小さな子供でも嫌がらずに飲むので、どの客層にも幅広い人気があった。
根本的に張り合ってもしょうがないことは分かっているのだが、やはりシャルトリューズは、ガリアーノの家に対してライバル心を燃やさずにはいられなかった。
ガリアーノの家の玄関扉を叩いて、しばし待つ。
シャルトリューズはそのわずかな間に、ふと思い出して髪を梳かし、スカートのシワを伸ばした。
(そういえば、口紅くらい塗っておくべきだったかしら)
そんなことに思い当たったタイミングで扉が開いた。
出てきたのは目当てのガリアーノではなく、その弟のイエーガーだった。
自分を値踏みするような嫌な視線を向けてくるイエーガーに、シャルトリューズは毅然とした態度で声をかけた。
「…………ガリアーノは? いる?」
「人の顔を見た途端、露骨に嫌な顔をするやつには答えたくねえなあ」
お互いに不愉快を隠さず睨み合う。交差した視線の先で火花が飛び散った。
人当たりがいい兄のガリアーノに対して、弟のイエーガーは素行も口も態度も悪い。シャルトリューズはイエーガーがなんとなく苦手だった。
というよりもイエーガーはシャルトリューズを見るたびに、目の敵のように悪口を言ってくるので、おそらくイエーガーは自分のことが嫌いなのだろうとシャルトリューズは認識していた。
ちなみに嫌われるようなことをした記憶は、シャルトリューズにはない。
「ごきげんようイエーガー、今日は素敵なお天気ね。お兄様のガリアーノはご在宅かしら?」
上品にスカートのすそをつまみ上げ、シャルトリューズは優雅にお辞儀をして見せた。
「こんな時でも作り笑いすらしねえのかよ。相変わらず愛想のない女。
兄貴なら女と出かけてるよ。やつとのデートは3ヶ月先まで予約で埋まってるぜ。残念だったな」
嘲笑を浮かべたイエーガーを、シャルトリューズは冷ややかに見返した。
「あらそう。じゃあいいわ。一人で行くから」
ガリアーノが留守と分かると、もはや興味なしと言わんばかりにシャルトリューズは踵を返した。
「おい、どこ行くんだよ」
「山よ」
「――はあっ!? お前……! バカかよ! 一人で山に行くんじゃねえよ! 天罰が落ちるだろうが!
ちょっと待ってろ支度すっから! いいか! 絶対に待ってろ! 先に行くなよ!」
あわてるイエーガーの様子に、シャルトリューズは村の習わしの凄さを思い知った。
まさかあのイエーガーが、自分の付き添いに応じてくれるなんて――。
シャルトリューズとって、これは完全に想定外の出来事だった。