レシピ1 最初に普通の日常と、小さめのアクシデントを用意します
1話は約1000~2000字程度です。
全12話で完結します。
「すまない、シャルトリューズ。父さんはしばらく一緒に山へ行けなくなってしまったよ……」
ベッドから起き上がれず、弱々しい声で謝る父親を、シャルトリューズは冷たい目で見つめた。
それはそれは冷たく、凍てついた目で見つめた。
父はその極寒の視線に耐えきれず、苦し紛れに言葉をつないだ。
「シャルトリューズ、すまない……お前にばかり苦労をかけて……。
それというのも、娘たちがお嫁に行ってさみしくなっちゃって、母さんと一念発起して『どれ! もう一人くらい子供を作ってみちゃおうかな!』なーんて調子に乗っちゃった父さんが悪いんだ……。
さすがに母さんも歳でお産に耐えられなかったから、お前を生んだあと、眠るように……うぅ!
ああでも誤解をしないでおくれシャルトリューズ!
お前を授かったことはまったく後悔してないよ! その証拠に母さんが息を引き取るとき、それはもう誇らしげな顔で『わが人生に一片の悔いなし!』なんて名言を遺していったんだから!
すまない! お前はまだ若いのに、こんな年寄りな父親の面倒を……! 本当にすまないと思っている!」
シャルトリューズは大きなため息をついた。
「父さん、その話は恥ずかしいから言わない約束よ。
だいたいなにその説明的な長セリフ。誰に説明してるの? 腰だけじゃなくて頭もおかしくなったの?
そもそもお父さんの腰がダメになったのは、昨日の夜に【絶倫無双薬草酒EX・黒蝮】を飲んで出かけてった結果でしょ? 歳考えてよね、恥ずかしい。
山は私一人で行くから、猛省して寝て」
「ダメだ! 山に一人で入るのは父さん許さないぞ!」
ベッドに横たわったまま、ぷんぷん怒っている父に向けて、シャルトリューズは再び凍える視線で攻撃した。
「夜遊びで腰が立たなくなった人に偉そうに言われたくありません」
「ひどいっ! 仮にも父さんに向かってそんな冷たい言い方っ! それにその冷たい目っ! 父さん泣いちゃうからっ!」
「泣くのは勝手だけど、そんなことより夜遊びと女遊びを自重して。仮にも年頃の娘を持つ父親の自覚があるのであれば」
シャルトリューズの冷めた眼差しを、父は即座にそらした。
「すまないと思っている……!」
(……自重する気ないな、このジジイ……)
シャルトリューズは心の中で、父親に無限往復ビンタ(45発/分)を食らわせた。
「悪いけど父さんと遊んでる時間はないの。薬草の手入れしてくるから寝てて。そして深く内省して」
無慈悲に背を向ける娘に、父は声をかけた。
「シャルトリューズ、頼むから山には一人で入らないでくれ」
父の真剣な声に、シャルトリューズは思わず立ち止まった。そして振り返る。
「あの山には村に代々続く習わしがあるんだ。それに背くものには天罰が下るから、守らなくてはいけないよ。
ひとつ、必ず男女ペアで入ること。
ひとつ、見晴台の鐘は3回鳴らすと両思いになれるけど、それ以上鳴らすと破局するから気をつけること。
ひとつ、西の橋をカップルで並んで渡ると別れる。だけど男が先に行けば仲良し度が30%アップするから、先頭は男性に譲ること。
父さんが一緒に行けないのはすごーくすごーぉく残念だけど、誰か頼りになる男性と必ず行きなさい。約束だよ」
「……習わし……?」
疑いの眼差しで父を見つめるシャルトリューズ。
そして父は、そんな眼差しを真正面から受け止めると、穏やかだが力強い笑顔でうなづいた。
「か弱い女性が一人で山へ入らないようにってことだよ、シャルトリューズ。
お前は賢い。知恵がある。だが、力だけはどうにもできないだろう?
男と女。互いに自分にはないものを補っていかないと困難には立ち向かえない。
山を甘く見てはいけないよ、シャルトリューズ。自分ひとりでなんでもできるなんて考えはしないでほしい。
……父さんと約束してくれるね?」
「……分かったわ。でも山に行くって言えば、本当に誰かついてきてくれる?」
今まで山に入るときは、必ず父と一緒だった。
他人が同行するなんて考えたこともなかった。シャルトリューズは少しだけ不安になった。
「もちろんさ。この村で、女の子を一人で山に行かせる男なんていないよ。
そんなやつは男の風上にもおけないやつだ。天罰が落ちるね」
父の言葉で、シャルトリューズの脳内に一人の男性が浮かぶ。
「ということは、ガリアーノを誘えば絶対に断らないってことね。でかしたわ父さん。もうずっと寝たきりでいいわよ」
言うが早いか、シャルトリューズは父の部屋から姿を消した。
「えっ!? なにそれひどいっ! 『パパ早く良くなってね♡』じゃないのっ?
え? まだお嫁になんか行かないよねっ? 父さんを一人になんかしないよねっ?
す、すまないシャルトリューズ! 夜遊び控えるからっ! 週1回に減らすからっ!
シャルトリューズ!? シャルトリューズ~~~~っ!! 父さんを捨てないで~~~~っ!」
父の悲痛な叫びは、疾風の速さで家を出たシャルトリューズの耳に入ることはなかったのであった。