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【パフューム】王子と末端メイドと、シナモンと百合と。

作者: 悠木まゆり

ハッピーエンドをお約束するシンデレラストーリーです☆


 この王室でメイドとして雇われて半年が経過した。

 そんな私に課せられているのは、屋敷の清掃や庭の草むしり、洗濯等の雑務ばかり。それが末端メイドであるメアリ……私の唯一の仕事。


 そんな中でもレイニー王子の寝室をベッドメイキングする事だけは、これまで雑務だと思った事なんて一度も無い。むしろそれは私が一番幸せを感じる時だ。


 未だ王子に直接ご奉仕した事は一度も無く、お目通りに叶った事すら無いのだけれど、独身貴族であられる王子は公務の傍ら乗馬に夢中で、今のところ愛馬が恋人のご様子だと聞く。


 私はそんなレイニー王子に、密かに想いを馳せている。勿論、身分はわきまえながらの想いを。


 お目通りに叶わぬとも、王子を感じる事は出来る。

 例えばそれは、ベッドのシーツを交換する時に香るほのかなシナモンの匂い。これは王子がご就寝前にご愛飲されているシナモンティーの香りだ。噂によると、最近寝付きが悪いご様子で、リラックスする為にお飲みになっているらしい。


 そんな王子が少しでも安眠なされる様に、私はベッドメイキングの際、一輪の百合をベッド脇の花瓶に挿している。この百合は、庭園に自生する百合で、香りがとても心地よいのだ。この百合の花を毎日摘み、王子の安眠を祈る事が私の密かなアプローチ。


 それでいい。


 それだけでいいの。


 レイニー王子が眠るこの寝室で、その存在を感じられるだけで、私はとても幸せ。


「これでよし……」 


 寝室をお直しをして、今日の仕事は終了だ。

 実はこの後、月に一度の楽しみがある。それは、王室のチャリティーで売り出される王室グッズの販売会だ。王族が使用した装飾品や衣類、食器や茶器などの日用品等を、月に一度出品して、貧困にあえぐ庶民に寄付を行っている。


 その中でも一際注目を浴びている品、それは『王子の肖像画』と呼ばれる手のひらサイズの肖像画で、令嬢から庶民に至るまで大人気だ。


 その肖像画をお小遣いで一枚だけ購入する事が私の月に一度の贅沢だ。だけど今まで肖像画を購入出来たのは二回だけ。理由は単純明快、庶民に回る前に令嬢達が買い占めてしまって、あっという間に完売するからだ。そもそも王子の肖像画が百枚限定なんて信じられない!


 私が持っている二枚は、同僚のメイドの好意で譲ってもらったものだ。だから、今日こそは自分で手に入れたい。 


 その為に、今日の雑務はいつもの倍増しでこなし、販売開始一時間前に列に並ぶプランを立てた。


 よし、頑張るぞ。



 夕刻──

 私はメイド長に呼ばれた。そして、急遽開催される事になった舞踏会の準備を手伝うよう、申し付けられた。これは雑務ばかりだった私にとってとても嬉しい事だ。


 王室のメイドとして半年、舞踏会の準備に参加出来るのはステップアップしたという証し。王族の方々に直接ご給仕するという目標に一歩近づいた。


 でも、今日の販売会には間に合わないな……。

 嬉しくもあり、哀しくもある。けれど今は、目の前の楽しみよりも、その先の目標に向けて頑張ろう。


 いつか、いつかレイニー王子にお給仕するその日まで。



 舞踏会の準備が終わった帰り道、私は販売会場が設けられている噴水公園へ足早に向かった。肖像画を売っているブースへ到着、弾んだ息を整えて、軽く深呼吸。


「レイニー王子の肖像画、まだありますか?」

「え~っと……おっ! お姉さん運がいいね~。ほい、最後の一枚だよ」


 白い封筒を手渡された私は、天にも昇る気持ちに浸った──王宮メイドとして一歩前進した上に肖像画も買える。しかも、最後の一枚だなんて。


 この気持ちを日記にしたためたいけれど、学の無い私には綴る言葉が思いつかない。

 でも、嬉しいな……。

 ブースの販売員さんに代金を手渡し、無事肖像画を購入する事が出来た。


 今回のレイニー王子はどう描かれているのだろうか? 楽しみで体も心も弾む。肖像画を胸に当てて振り返った時、幼い女の子と目が合った──


 その女の子は、母親の手を引いてブースへ向かった。


「王子様の絵をください」


 はっきりとした口調、けれどほのかに乙女の気恥ずかしいも感じさせる女の子の声色を聞いて、私は立ち止まり振り返った。


「ごめんね、お嬢ちゃん。もう売り切れてしまったんだ」 


 販売員さんがそう告げると、母親は女の子の頭を撫で「あらあら、残念だったわね。また来月買いにきましょう。ね?」と、女の子を嗜めた。


「……うん」 


 うつむき気味に寂しげな表情を浮かべるも、駄々をこねる事なく、女の子は母親の言葉を受け入れる。


「あ~、来月かぁ。噂だと、レイニー王子単独の肖像画は今回で最後みたいだよ。絵師に聞いた話なんだけさ、どうやらご結婚を考えられているみたいでね。お相手はこれから探されるらしいけど、次はお姫様と一緒の肖像画になるんじゃないかな?」 


 ──え、


 一瞬時が止まった。その後、心の奥底からあらゆる感情が浮かび上がってきたが、一つの感情だけを掬い上げた。

 良かった……ご結婚の意思があるんだ。

 色々な事があった今日の出来事で、最良の話が聞けた事を私は心から喜んだ。


 お姫様になられる方が見つかれば、レイニー王子は安らかに眠る事が出来るだろう。もう、あの寝室にシナモンの香りが漂う事はなくなるかも知れない。少し、少しだけ寂しいけれど、王子がお幸せになれるのならば……。


 私は親子の元へ歩み寄り、女の子と目線が合う位置までしゃがみこんだ。 


「はい、これよかったらどうぞ」


 白い封筒を差し出すと、女の子の表情は調光したかの様にぱぁと明るくなった。


「……いいの?」 

「ええ、最後の一枚よ。大切にしてね」

「ありがと……お姉ちゃんありがとう!」


 女の子に肖像画を譲り、噴水公園を出た私はとても清々しい気分だった。

 正直、独身貴族最後の貴重な肖像画を手離したのは寂しい。でも、本当に大切なモノは心の中に残る。だから、私は──


「お姉さん」

「……はい」


 背後から声を掛けられ、振り向くとブースの販売員さんが立っていた。


「これ、よかったら」

「え?」

「ブースを後片付けしてたら一枚残ってたのさ」


 販売員さんはそう言って白い封筒を差し出した。売り切れたはずのレイニー王子の肖像画だ。


「い…いいんですか?」

「あぁ、さっきお嬢ちゃんに譲ってあげてるの見てさ。なんかこう……ジ~ンと来ちゃったんだよね。だからこのラスイチは俺からお姉さんにプレゼントだ」

「あ……ありがとう、ございます」


 ──その夜、販売員さんのご好意で頂いた白い封筒を前に、私は少し緊張しながら木製のペーパーナイフを手に取った。


 少しづつ、丁寧に封を開けてそっと中身を取り出し、ランタンの柔らかな明かりに近づけた。

 そして、描かれている肖像画をじっくりと眺めた。


 今回のレイニー王子は、いつもと雰囲気が違う。凛とした佇まいの紳士的な表情はなりを潜め、王子のアイデンティティともいえる整えられた金色の髪は、サラサラの自然体の髪型になっている。まるで、少年のような……そんな印象だ。


「……素敵」 


 きっと、次の肖像画には王子の隣にお妃となるお方が描かれるのだろう。喜ばしい事だけど、少しだけ……そのお相手が羨ましいな。

 王子の肖像画をずっと眺めていたいけれど、明日の夜に開催される舞踏会の準備の続きもあるからもう眠らないと……。


 惜しみながらも肖像画を封筒に戻そうとしたその時、ランタンの灯りが裏面を透かし見せた。


「……文字?」


 裏面に文字が書かれている。


【○月○日、午前五時、ハーメルンの丘にて待つ。レイニー】


「……え?」



 ベッドに入ったものの、中々寝付けない……寝付ける訳がない。だってメッセージが気になって仕方がないんだもの。

 あれはレイニー王子が書いたもの? それとも誰かのいたずら? ○月○日は明朝……どうしよう。本当に王子が書いたものだとしたら、一体何の為に?


 様々な想いが頭の中で交錯する。


 心が、ざわめく。


 行ってみよう……かな。


 でも、万が一お会い出来たとしても、私は末端のメイド。何がどうなる訳でもないし、そもそも身分が違いすぎる。でも……それでも…………。



 明朝──


 午前四時半。私はハーメルンの丘へ向かっていた。

 悩みぬいて結局一睡も出来なかった。でも、心は決まった。レイニー王子に、気持ちを……私の想いを伝えたい。 

 勿論、王子がハーメルンの丘に居るという確証なんてないけれど、それは自分の目で確かめたい。 


 気持ちが逸る、丘に近づくにつれて鼓動が早くなる──


 明け方前にハーメルンの丘へ到着した。ここは夜空の星がとても美しい場所で、恋人達からは『星降る丘』と呼ばれている。

 今日も幾千万の星達が瞬いている。星空を見上げながら、丘を一歩づつ上がっていたその時、月明かりに照らされたレイニー王子の姿が視界に入った──


 居る、本当に王子が居る。近づくにつれて、心音が大きくなってゆく。


「やぁ、メッセージを見てくれたんだね?」

「は……はい」 


 肖像画と同じ様に前髪をたらし、少年の様な雰囲気を纏う王子の姿に、心を奪われた。


「まさか……本当に来てくれるとは思わなかったから、とても嬉しいよ。では自己紹介を……僕はハーメルン王国第一王子、レイニー。貴女の名を伺ってもよろしいか?」

「メアリ……メアリと申します。王室でメイドの仕事に従事しております」


 自己紹介などしなくても、知らない訳ないのに……なんて律儀な。


「なんと……それはそれは驚きだ。まさか、そんな近しいお方があの絵を手にするとは。しかし、君の様な美しいメイドならば印象に残るのだが……失礼、初めて見るお顔だ」 

「美……そんな、滅相もございません。私は末端のメイドでして……普段は雑務を任されておりますゆえ」


 レイニー王子は真正面から私の目を見つめる。その夜空の星が映り込んだかのような煌めきを放つ瞳を直視出来ず、思わず目をそらした。


「そうでしたか、いつも王室の為に働いてくれてありがとう。心から感謝しているよ」

「そんな……私の方こそ王室で雇って頂けた事を光栄に思います」


 お辞儀をして、感謝を伝えると、王子は「そんなに謙遜する事はないよ。顔をあげて」と、私の右肩を軽く二回たたいた。


「は……はい」


 顔をあげると王子は、「では、此処へ足を運んで頂いた理由をお話ししよう」と、再び私の目を見つめた。


「存じているかと思もうが、僕はずっと独身貴族を貫いてた。縁談の話は幾つかあったけれど、生涯を共する伴侶となる女性とは、運命的な出逢い方をしたくてね」 

「……運命」

「ハハハ、王子たるものが、乙女のようなロマンチストと笑って頂いて結構だよ」

「そ、そんな、とても……とても素敵なお考えです」 

「そう言ってくれると嬉しいよ。最近、僕の恋心を(くすぐ)る出来事があってね、それがきっかけで、今回僕にこのような行動をさせたんだ。あのメッセージを読み、此処へ来た女性を妃として迎える為にね」


「お妃……ええっ!」


「こんな事を言ってしまうと、誰でもいいのかと思われてしまうが、そうではない。運命的な出逢いという事は、やはり強い『運』を持った者だ。今後、王政を任される身としては、運も味方につけなければ他国に飲まれてしまう事もある。だから……僕は自分の人生を賭けたのだよ」


 質実剛健のイメージが強い王子が、運に自分の人生を委ねるだなんて、私は目から鱗が落ちた気持ちになった。

「フフ……フフフ」

「おや? 王子ともあろう者が、こんな破天荒な嫁探しをするなんてやっぱりおかしいかな?」 

「いえ……大変失礼いたしました。とても、とても愉快で……まるで少年のようなお方で、私は嬉しゅうございます」

「そうか、では僕と……」

「いいえ、王子。私はこのお話をお受けする事は出来ません。勿論、とても嬉しい出来事で、天にも昇る気分です。しかし、私は王宮の末端メイド……身分が違いすぎます」


 そう……私と王子は身分が違いすぎる。


「メアリ……」


「王子、私は今現在、世界一の幸せ者でございます。こうして、憧れの王子にお会い出来た事を糧に、王宮メイドとして一日でも早く、王子にご給仕出来るよう、より一層精進いたします」 


 これは夢の時間。


 もうすぐ夜も明ける。


 もうすぐ、夢の魔法も解ける──


 レイニー王子は私の目を見つめたまま暫く押し黙った。


「……わかった、貴女の意思を尊重しよう。すまなかったな、僕のワガママでこのような時間に呼び出してしまって。しかし、今回の事でわかったよ。運命は簡単に引き寄せられないと……」


 寂しげな表情を見せる王子、そのお顔を見て、胸がきゅっと締め付けられた。


「では、レイニー王子。私は朝から舞踏会の準備がございますので……」


 別れを告げようとしたその時、背後から髪が靡く程の強い風が吹き、言葉を遮った。髪を手で整え、改めて──


「失礼いたしま……」


 その瞬間、王子が無言で私の右手を掴んだ。


「お……王子?」


 王子は私の右手を両手で掴み、引き寄せる。そして、指を一本づつほぐすように開き、私の手のひらを左頬に当てた。


「貴女だったか……」

「……え?」


 王子の柔らかな頬の感触と、温かさが右手に伝わる──私はこれまでの人生で経験した事の無い胸の高鳴りを覚えた。


「この香り……この百合の香り、僕はこの香りに恋心を擽られていた。不眠症の僕の為に、毎日毎日摘んでくれた百合を花瓶に挿してくれている名も、姿も知らぬメイドに秘かな恋心を抱いていた」


「……レイニー王子」


 気付いてくれていた。


 あの百合に、気付いてくれていた。


「先程の言葉……貴女の意思を尊重すると言った言葉、撤回させてもらうよ。メアリ……やはり君は僕の運命の女性(ひと)だ」


 王子は私の右手を頬から離し、両手でぎゅっと強く握りしめた。


「で……でも、私は王宮メイド……」

「そのメイドに恋をする事は罪なのかい?」

「……え?」

「もうシナモンティーも、百合も要らない。これから僕の側にはメアリ、君が居る」


 レイニー王子は私の手を離し、その場で膝まづいた。


「お……王子?」


「メアリ、これから僕の事をもっと知って欲しい。その第一歩として……今日の舞踏会、僕と一緒に踊っていただけますか? お姫様」


 王子は右手を私に差し出した。


「……はい、よろしくお願いいたします」


 私は素直に、そして自然に王子の右手に手のひらを乗せた。その瞬間、ハーメルンの丘に朝日が昇った。


 この神々しい陽の光を、私は一生忘れる事はないだろう。

読んでくださった読者様、ありがとうございました!

心の底から感謝いたします☆

よろしければ、評価、感想等を頂ければとてつもなく喜びます☆


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