閑話・カナブン
虫嫌いさんはスルーして下さいね。
コンッ コチンッ
カツッ コツッ
自分が持つチョークと黒板が当たる音でもない、
生徒たちがノートに書き写す音でもない、
不規則に小さく響く音に、山野先生は何とも言えない不安を感じていた。
本当に何気なく振り向いた目の前に、小さな塊が飛び込んで来た…と考える間もなく反射的に教本で叩く!
叩いた瞬間に授業中なのも忘れ「い"ぎゃぁーー!!」と叫んでしまった。
『アレ』だ、『アレ』の仲間だ!
思わず叩き払ってしまったけど、も、もし私のほうに戻って来たら……
荒くなる呼吸を抑え、教室を見渡していると、すっ、と席を離れる生徒が1人。
床から何かを拾うと、すっ、と静かに席に戻り、黒板に書いた授業内容を書き写すことに集中している。
…消しゴムでも落としたのね……で、でも、まだ『アレ』はどこかにいるはず…うぅっ…まだ終了まで30分もあるのに……
「先生、さっき窓から入って来て、先生がスマッシュで打ったヤツは、私が確実に確保して授業が終わるまで絶対に逃亡させませんので、安心して授業を続けて下さい」
なんて頼もしいセリフ!
私に『アレ』が飛びかかって来る心配が無いって、たーすーかーるー♪♪♪
「ありがとぅ~♪さっすが男子はこういう事に強~い♪えっと、誰?誰がさっきのヤッつけた……あれ?」
右手を挙手してるのは、黒木さん?
え?なんで黒木さんが…って、今 しゃべってたの黒木さんだったら…『アレ』をヤッたのも黒木さんなの?
「あの先生。逃亡しないように確実に確保しているだけで、ヤッてませんから生きてますよ?うっかり入って来ただけみたいなんで、『殺す』のほうの『ヤる』は勘弁してあげて下さい」
「あ…うん…とんでこないなら、いいよ…」
「はい、確実に確保してますから安心です」
えーーーっ!?!?!?
普通、ああいう非常事態の時は、男子が競争して「獲ったぞー!(笑)」するよね!?
なんで女子!?!?
しかも私より『アレ』に弱そうな黒木さんが「確保」!?「確実に確保」って何!?
「絶対に逃亡しない確保」って何をしてるのーー!?!?!?
そして、黒木さんの周りの席の男子!!
なんで黒木さんをチラ見しながら腰が引けてるのーー!?!?
◇◆◇◆◇◆◇
「あはははっ!それで黒木さん、授業終わるまでポケットに左手 突っ込んだままだったんだ~!」
「私も山野先生が悲鳴上げた後に、す~~っと立って戻るから何してんの?って思ってたよ~」
「それにしても男子、弱っ!」
「いや、マジで何か飛んできたらビビるって!」
数人の男子が、うんうんと頷く。
「いきなりはアカンよ、無理案件だよ」
「いや、俺らだって、すぐにカナブンって判ったら平気やぞ?でも、いきなりはな~」
「それで、もう逃がしたの?」
「カナブンって、どんなのだっけ?」
「フフフ…そんな要望があろうかと、ヤツは私の手の平の上に…」
「「「「上に乗せるな!!」」」」
「ダメか…『暴れるな!静まれ私の左手!』のほうが…それがダメならウチのコにするか」
「「「「飼うの?」」」」
「怖くない、怖くない。とっても栄養があるのよ。大丈夫、きっと飛べるわ。さぁカナブン、森へお帰り」
お弁当に入れてたプチトマトで接待されたカナブンは、花さんにナ○シカごっこで堪能された後、ヤマト高校の中庭から元気に飛んで行きました。