おわりのはじまり
なにが始まりだったか、知らない。
怖かったのは、結果にたどり着いてしまうこと。
迷って、傷ついて、それでも走っていられるうちはまだいい。
転んだ先に、己を立ち上がらせることくらいたやすい。
何度でもリカバリーはきくのだから。
――――生きている限りは。
「封印が、とけたみたいだ」
感情の乗らない声色だった。
うずくまる親友の手の中には、古ぼけた小箱があった。
もうずっと、ふたりで探し求めてきたもの。
故郷を出て、長い戦いの果てにたどり着いた、神々の住むこの地で見つけた。
神殿には清浄な空気が満ちていた。
青い小箱から放たれる、感じたことのない気配。
この中に底の見えない闇があるのか。
世界を救う希望があるのか。
あるいは、そのすべてか。
「祈るしか、ないかな……」
独り言とも、質問ともとれる語調で親友は呟いた。
祈る? 誰に?
元より信心などない。
俺が祈るのは、信じる相手は、お前ひとり。
だがいくら祈ったところで、不安はなくせやしない。
最善を選択したつもりで、間違えているかもしれない。
積み重ねた努力や犠牲が、一瞬の後に無駄になるかもしれない。
歩いてきた道に、なにひとつ嘘はなかったとしても。
未来に保証などないのだから。
「開けるよ」
「待て――」
思わず、その手を上から押さえた。
シナモン色の髪が揺れて、見上げる澄んだ瞳と視線を合わせる。
俺はこの中に映るときだけ、自分の存在を認められる。
この泣きたいほどうれしい瞬間を、お前は知らないだろう。
けれど口には出さない。
今は言わない。
「俺も」
代わりに言うべきことを口にする。
「俺も……一緒に開ける」
それを開けるのは、お前の役目だ。
この世界に導かれ、選ばれた唯ひとりの、お前の為すべきことだ。
それでも、ひとりで背負わせるつもりはない。
だから。
「……そうか……ありがとう」
ひどくいつもどおりに返された笑顔に、沈黙した。
「オレがここまでこれたのも、お前のおかげだよ」
「……礼には早い」
「言わせてくれよ、最後になるかもしれないだろ……ずっとつきあってくれて、ありがとう。巻き込んじゃって、ごめん」
胸の内へ投げ込まれた謝罪に、苦々しい思いが広がる。
「ずっと謝りたかったんだ」
当たり前のように自由でいられた人生を、お前が奪ったというのなら。
その傍らにあれるのはむしろ本望で。
でもじゃあ、お前の人生を奪ったのは誰だったんだ。
それが俺でないことを悔しいと思うくらいには、きっと狂っている。
「……俺がここにいるのは、俺の意志だ。勝手に同情されても困る」
器用な言葉は返せない。
もし、取り返しのつかぬことになっても。今すぐに朽ちてしまったとしても。
ふたりでいられるなら、悪くない。
置いて行かれるよりは。置いて行くよりは。
「そう言うと思った」
目を細めて、親友は笑った。
「開けよう」
「ああ」
小箱の蓋にかけた、すり切れて血の滲んだ指。
その上に、両手を添える。
なあ。
すべてうまく運んだら、その荷を降ろそう。
そして帰ろう。故郷へ。
痛めた翼を投げ出して、傷が癒えるまであの心地よい場所で眠ろう。
声にならぬ言葉で、語りかける。
小箱のすき間からは、凄絶な光が洩れ出した。
辺りを灼きつくす熱量に。
決して離さないと、その手を握りしめた。
繰り返されてゆく。
終わりと始まりを思いながら――。
ご来場ありがとうございます。そしてお粗末様でした。
こちらの作品は、幸路ことはさま主催【書きたいところだけ書く】企画の参加作品です。
つづきは……ないんだ……ごめんよ。
参加者の企画作品は、この下にリンクがあります。
どれも続きものではありませんが、作者さまそれぞれの作風が分かって面白いですよ~。