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3/担い手


「さて。事情を説明してもらえますか?」

「「はい……」」


 この教会を管理する神父様に言われて僕とエルフィさんは頷いた。


 場所は教会の執務室。


 宝物庫で起こったできごとを報告するために、僕とエルフィさんは神父様のもとを訪れていた。


 何も見なかったことにして立ち去るのも選択肢だったけど、エルフィさんいわく『ラルグリスの弓』が姿を変えたのは数百年ぶりのことらしく、無視もできないんだとか。


 その『ラルグリスの弓』も、見せたほうが早いということで、僕が持ってきている。


「――というわけなんです」

「……なるほど。カイ君が触れた途端、『ラルグリスの弓』の姿が変わった。しかも弓に拒絶されなかった、ですか」

「はい。こんなことは今までありませんでした」


 神父様とエルフィさんが深刻そうに話している。


 神父様は考え込むようにひげを撫でながら、


「ふうむ。普段なら宝物庫に人を入れるのはルール違反ですが、『担い手』となれば話は別です。今回のことは不問としましょう」

「ありがとうございます。あと、すみませんでした……」


 エルフィさんはすっかり落ち込んでしまっている。

 ……何だか申し訳ない。エルフィさんは僕を元気づけようとしてくれたというのに。


「僕も謝ります、神父様。勝手に入ったりしてすみませんでした」

「おや、どうしてあなたまで謝るのですか?」

「無断で宝物庫に入ったのは僕も同じですから」


 エルフィさん一人に罪を被せたりしたら罪悪感で死んでしまう。


 神父様は納得したようにうんうんと頷きつつ、


「なるほど。聞いていた通りの人物のようですね」

「……? どういう意味ですか?」

「カイ・エルクス君。あなたのことはエルフィから聞いていますよ。何でも孤児にも優しく、面倒見のいい素敵な男性だと――」

「わ、わあああ神父様! それは内緒にする約束じゃないですか!」


 エルフィさんが真っ赤な顔で神父様の言葉を遮りにかかる。


「ああ、すまないね。そうだったそうだった」

「もう、よりによって本人の前でそんなことを」

「正しくは『一緒にいると安心する人』だったかな?」

「神父様!」


 エルフィさんが声を上げると神父様はくすくす笑って言葉を引っ込めた。


 何だろう。

 後半は小声だったせいで神父様の言葉は聞き取れなかったけど、何だかすごくもったいないことをした気がする。


 ごほん、と神父様が咳ばらいをした。


「さて、それでは本題に入りましょうか。カイ君、その『ラルグリスの弓』についてどこまで知っていますか?」

「えっと……神様が使っていた弓で、世界の危機に応じて真の姿を現す、と」


 宝物庫でエルフィさんがそんなことを言っていたような。


「おおむねその通りです。その『ラルグリスの弓』は本物の神器なのです。何らかの災いが迫るとき、担い手を呼びその力を貸し与えます。

 それまではエルフィのような『聖女』が手入れをするわけですね」

「……うーん」


 そこまではさっきエルフィさんから聞いていた通りだ。


 けど、やっぱり何というかこう――


「信じられない、という表情ですね」

「す、すみません。どうも頭が追いついてこないというか」


 想像してみてほしい。


 古ぼけた弓を手渡されて、それを『神様が使っていた伝説の武器です!』なんて急に言われたって、そんなのすぐに信じろっていうほうが無茶だ。


「では、まずはその弓が本物であるという証明をしてみましょうか。その弓にはいくつかの特徴がありまして、一つは『担い手と一体化する』というものです」

「……?」

「まあ、実際にやってみたほうが良いでしょう。弓に『消えろ』と念じてみてください」


 言われるがまま、心の中で念じてみる。


 すると左手に握りっぱなしだった弓がいきなり消失した。


「次に『現れろ』と」


 再び神父様の言う通りに念じると、今度は弓が左手に出現する。


 何度かやってみると、弓が消えている時には僕の左腕に植物の蔓のような紋様ができていることに気付いた。弓を出現させると、それは消える。


 つまりこの紋様が、実体化していない時の『ラルグリスの弓』なんだろう。


 実体化させていない時は紋様になって格納されるようだ。


「ちなみに担い手以外が触れようとすると、」


 神父様が机を離れ、こちらに歩いてくる。


 その指先が僕の持つ『ラルグリスの弓』に触れた瞬間、バチッ! と静電気が起こったような音がして、神父様の指が弾かれてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ええ、ご心配なさらず。……とまあ、このように弓に認められた者以外が触れると拒絶されてしまうわけですね」


 神父様は何事もなかったかのように奥の机に戻っていく。


「他にも、担い手が触れなければこの弓は真の姿を現しません。どうです、カイ君。その弓が本物の神器だと信じられましたか?」

「……特別な弓だとは思います」

「そうですね。今はその理解で構いません」


 満足げに神父様は頷く。


 この弓が単なる矢を撃つ道具じゃないのは事実だろう。


 けど――どうしても納得できないことがある。


「あの、何で僕なんでしょうか」


 自分で言うのもなんだけど、僕は底辺冒険者だ。


 僕なんかじゃ神器の弓にはどう考えても不釣り合いだと思う。


 神父様は言った。


「『ラルグリスの弓』の担い手にはいくつか条件があります」

「条件?」

「一つは『狩人』の職業であること。そしてもう一つは、汚れのない清らかな心の持ち主であること」


 前者に関してはいいとしよう。


 でも、僕が清らかな心の持ち主かって言われると別にそんなこともないような……


「ああ、でしたらカイさんはぴったりですね」


 なんて思っていたら、隣でエルフィさんが頷いていた。


「……あの、僕はそんなにいい人じゃないよ?」

「普通の冒険者さんなら、お金がたくさんあるわけじゃないのに孤児にご飯を食べさせたりなんてしませんよ」

「それは故郷の孤児院のことを思い出しちゃうせいだよ。結局は自分のためで」

「それを自分のため、と言えるところが心の綺麗な証拠です」


 エルフィさんは僕が担い手に選ばれたことに疑問を抱いていないようだ。

 神父様は苦笑しながら、


「まあ、心の良し悪しは置いておくとしても、カイ君が選ばれたことは間違いありません。ちなみに一度担い手になると役目を終えるまで弓は離れなくなりますので」


 今何だか重要なことを言われた気がする。


「役目を終えるまで弓が離れなくなる?」

「はい。試しに弓を呼び出してどこかに置いてみてください」

「わかりました」


 心で念じて『ラルグリスの弓』を呼びだす。


 そしてそれを目の前の机に置こうと……置こうと……?


「え、あれっ? 何で!? 弓が手にくっついて取れない!」

「そういうことです。担い手は神器とまさしく一心同体というわけですね」

「そんな呑気な!」


 まずい。本当に手から弓が離れない。


 僕としてはややこしいことになる前に弓を返したかったのに、これってもう取り返しのつかない状況に陥ってない?

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