2/『ラルグリスの弓』
「見せたいものって……これ?」
「そうです」
僕の質問にエルフィさんは頷いた。
場所は教会の地下。
どう見ても関係者しか入れなさそうな場所に、エルフィさんに案内されるままに僕は足を踏み入れていた。
一見すると倉庫のような印象を受けるけど、たぶん違う。
宝物庫、と表現するほうが正しいだろう。
僕たちが見ているのはその一番奥に安置されているものだ。
「……弓、だよね?」
「はい。正式な名前は『ラルグリスの弓』――創神教が保管する神器の一つです」
――僕はあまり詳しくないけれど、この街には、とある神様の伝承が残っている。
神様の名前は『戦女神ラルグリス』。
神話の中では、かつて世界を滅ぼそうとした魔神を討伐したとされている。
何でもその神様が魔神と戦った際に使った武器が弓矢だったらしく、『狩人』たちにとっては縁起がいいと言われているんだとか。
「まさかと思うけど、本物だったり?」
「その通りです」
神妙な顔で頷くエルフィさんから視線を外して目の前の弓を見る。
そう言われても、ぱっと見ではただの古ぼけた弓にしか見えない。
実際に使ったら一発で真ん中からへし折れそうなんだけど……
と、僕の考えを察したのかエルフィさんがこんな説明をしてくれる。
「この弓はこれが真の姿ではないんです。『ラルグリスの弓』はふさわしい担い手が現れるまで眠りについていますから」
「担い手?」
「はい」
エルフィさんいわく。
教会の記録によれば、この弓は世界の危機が起こるたびに担い手を呼んで災いを祓うんだそうだ。そしてそれが終わると再び休眠状態に戻る。
世界の危機なんてそうそう起こるものではないので、『ラルグリスの弓』はこの状態が基本なんだとか。
「私のような『聖女』は、休眠している間の弓の管理をするのが仕事なんです」
「へえー……」
エルフィさんの肩書である『聖女』には、神器の管理者という意味があったらしい。
……ん?
「あのさエルフィさん。そんなに貴重な弓を僕なんかに見せて良かったの?」
もちろんそんなことをするつもりはないけど、仮に僕が悪人で、弓を盗もうとしたらどうするつもりだったのか。
そうなったら案内したエルフィさんもただでは済まないだろう。
「えっと……本当はだめです」
「やっぱりそうなんだ。……どうしてこんなことを?」
エルフィさんは目を伏せて、言葉に迷うように髪をくるくるといじる。
「その、カイさんに元気を出してほしくて」
「僕に?」
「『ラルグリスの弓』は『狩人』の方には縁起がいいものとされています。これを見れば、カイさんも気分を変えることができるんじゃないかと思ったんです」
そう言ってエルフィさんは照れくさそうに笑みを浮かべた。
「……カイさんには、落ち込んでいてほしくないので」
「……」
どうしよう。この人めちゃくちゃ可愛いこと言ってるんだけど。
「そ、そうなんだ。ありがとうエルフィさん」
「い、いえいえ。私が好きでやっていることですから」
「でも、気持ちは嬉しいけどあんまりこういうことはしないほうがいいと思うな。こう、好かれてるって勘違いする人も出てくるかもしれないし」
エルフィさんは誰に対しても優しいけど、今回のことはやり過ぎな気もする。
こんなことをしたらうっかり好意を持たれているんじゃないかと思い込みそうだ。
「…………勘違いなんかじゃ……」
「? エルフィさん、何か言った?」
「な、何でもありません。あはは」
言葉を聞き取れずに尋ね返した僕に、エルフィさんが顔を赤くしたまま空笑いした。
まあ、何でもないならいいか。
「そ、それじゃあ戻りましょう。ここにカイさんを連れてきたのが神父様にばれたら怒られてしまいますし」
「うん、そう――ってエルフィさん危ない!」
「え?」
急に振り向いたせいでエルフィさんの足が『ラルグリスの弓』を置いた台にぶつかった。
その衝撃によって立てかけられていた弓が投げ出される。
まずい! あんな古い弓が地面に放り出されたらそれだけで壊れかねない!
「ほっ」
というわけで地面に落下しかけた『ラルグリスの弓』を確保。
いやあ危なかった。神器に傷でもついたら大変だしね。
「……カイさん、それ」
エルフィさんが何か言いかけたその時――
唐突に『ラルグリスの弓』が発光した。
「うえっ!?」
あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。
何これ!? 普通弓って光らないよね!?
そして再び目を開けたとき、僕が触れていたのは古びた弓ではなかった。
雪のように白い弓だ。それを金色の紋様が飾っている。手触りは金属のようだけど、持っている僕が違和感を覚えるほどに軽い。
例えるなら。
それは神話に出てくるような美しい弓だった。
「……」
エルフィさんが絶句している。
えっと、さっきエルフィさんは何て説明してくれたんだっけ。
確か『担い手』が現れたら弓の姿が変わるって――
「…………えっ?」
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