22/眠れない夜▷その頃彼らは②
その日の夜。
ギィイイッ、バタンーー
隣の部屋から扉が開閉する音が聞こえてきて、僕はふと目を覚ました。
「ん……? 誰か起きたのかな」
場所は昨日までと同じ宿の隣室。
今日はルーナとララがいるので、もう一部屋とっている。割り振りは僕が一部屋、エルフィ、ルーナ、ララで一部屋。
要するに男女別である。
ルーナとララは床で寝るなんて言っていたけど、さすがにそういうわけにもいかないし。
よって、今隣の部屋を出て行ったのは、その三人の誰かということになる。
足音はぱたぱたと階段を下りていく。
(……階段?)
てっきり用足しかと思ったけど、客用の手洗いはこの階の廊下にある。階段を下りるのは妙だ。
少し気になったので様子を見に行くことに。
部屋を出て、足音を追って階段を下りていく。
足音の向かった先は外だった。
木製の扉を静かに開けて僕もさらにその後を追う。
「ってあれ、いない」
扉を開けて宿を出ると、そこには誰もいなかった。あれ? 何で?
周囲をきょろきょろしていくと――頭上から、とんっ、とんっ、と屋根を跳ぶ音が聞こえてくる。
どうやら足音の主はジャンプして屋根の上に登ったようだ。
となると、足音の主が誰かもわかる。
そんな芸当ができるのはあの三人の中では一人しかいない。
僕は足音の主を追って宿の屋根に上った。
「こんなところで何してるの、ルーナ」
「……カイ?」
屋根の上に現れた僕を見て、ルーナは驚いたような顔をした。
どうやら僕が追ってきていることには気付いていなかったようだ。
ルーナは屋根の上で膝を抱くように座っていた。
「隣いい?」
「……うん」
許可が出たのでルーナの隣に座ってみる。
そのまま、特に何事もなく夜の景色を眺める。
深夜ということもあって街は静かだった。ひんやりとした夜風が心地いい。
「何か悪い夢でも見た?」
「……ううん」
僕が尋ねると、ルーナは首を横に振った。
「……あんまり、眠れなくて。本当に帰れるのかなって」
そう告げるルーナは、迷子の子供のように見えた。
実際、心細いんだろう。
ここは彼女にとってどこともしれない場所だ。周りには彼女と同じ飛竜なんて存在しない。
元の場所に帰れるかどうかもわからない。
僕は自然と、彼女の頭に手を乗せていた。
「……? な、なに?」
きょとんとして僕を見上げるルーナの頭を優しく撫でる。
「大丈夫。必ずルーナの故郷に送り届けるから」
「……本当に?」
「うん。約束する」
僕が言うと、ルーナはようやく笑ってくれた。
竜の姿の鱗と同じ、艶のある青髪をしばらく撫でていると、ルーナは気持ちよさそうに目を細めた。
「ね、もっと撫でて」
「僕はいいけど……気に入ったの?」
「べ、別に安心するとか、不安だからそばにいて欲しいとかじゃないわよ? 本当よ?」
「はいはい」
手をわたわたさせるルーナに苦笑しつつ、ルーナの言う通りにする。
その後僕は彼女が満足するまで、触れ合いを続けるのだった。
▽
「おらぁあああああああああああ!」
『ウガァッ!?』
深夜。
『魔獣の森』の深部で、爆炎が撒き散らされる。
高出力の爆炎を浴びた熊型の魔物、『バグベアー』は白目を剥いて絶命した。
「はあっ、はあっ……くそ、雑魚のくせに手こずらせやがって」
Bランクパーティ『赤狼の爪』のリーダーであるアレスは、それを確認してから大剣を背中の鞘に納める。
「アレス。そろそろ引き上げましょう。これ以上は危険です」
「ああ!? 俺に命令するつもりかよ、クロード!」
パーティメンバーである眼鏡の『神官』の言葉に苛立ったように言うアレス。
その様子に溜め息を吐きながら、クロードは続ける。
「時間も遅い。あまり森に長居すると不慮の事故が起きかねません」
「何だよ、そりゃ俺の実力を疑ってんのか!?」
「そういうわけではありませんが……」
逆上してくるアレスに、クロードは再度溜め息を吐く。
同行している他の『赤狼の爪』のメンバーも同じような反応を返した。
ここ数日、アレスはずっとこんな感じだった。
原因はカイとの模擬戦の敗北。
あの一戦以降、アレスは八つ当たりのような魔物狩りを続けていた。
「あいつに……あんなやつに負けるなんてあっちゃならねえんだ……!」
うわごとのようにアレスは呟く。
アレスは剣術の天才だった。
軍人の父によって鍛えられた技術。
さらに先天的な戦闘センス。
あるいは上級職に分類される『魔剣士』の職業。
それらによって、彼はギルド史上最短でBランク冒険者まで上り詰めたのだ。
だからこそ彼は年齢が若いにも関わらず、Bランクパーティのリーダーを務めている。
そんなアレスを生意気だと絡んでくる先輩冒険者もいた。
そしてその全員を返り討ちにしてきたのだ。
早い話、アレスは負けなしだった。
数日前、カイに敗北するまでは。
「俺は最強の冒険者になるんだ! 他の連中に馬鹿にされるなんてあっちゃならねえんだよ!」
地団駄を踏むように叫ぶ。
彼の仲間が「また始まったよ……」と呆れたような視線を向け、眼鏡の『神官』クロードが肩をすくめる。
アレスは最近ずっとこんな感じなので、もう慣れっこなのだった。
なのでアレスの仲間たちはバグベアーの解体や周囲の警戒作業に移る。アレスが頭を冷やすのを待つのだ。
けれど。
その行動によって、彼らは致命的な見落としをした。
「――こんな雑魚じゃ駄目だ。もっと強い敵じゃねえと。強い魔物をぶっ倒して、俺の強さを証明する……!」
そう呟くアレスの瞳に過激な光が宿ったことに、その場の誰もが気付かなかった。




