1/聖女エルフィ
「これからどうしようかなあ……」
冒険者ギルドから出た僕は顎に手を当てながら考える。
アレスのパーティを追い出されたのは悔しいし、悲しかった。
だけど落ち込んでばかりはいられない。明日からのことを考えないと。
(他のパーティを探す? それともソロで頑張ってみる?)
新しい仲間を探すのは難しいだろう。
『狩人』なんて雇ってくれるパーティは少ないし、よくてせいぜい荷物持ちだ。
かといってソロで活動しても得られる稼ぎはたかが知れてるし……
困った。僕にはお金が必要なのに。
「おっ、そこの冒険者の兄ちゃん! うちの肉串買っていかねえか?」
「え?」
考え事をしていると威勢のいい呼び声が聞こえた。
声の主は道端の屋台の店主だ。
売られている商品を見ると、それは炭火で炙った焼肉串だった。焼けた脂から立ち上る匂いが盛大に食欲を誘ってくる。
値札を見た。一本二百ユール。少しだけ割高。
「……二本ください」
「毎度あり!」
匂いにつられて買ってしまった。まあ美味しそうだからいいや。
どこか座れる場所はないか周囲を見回していると――
『『『じー……』』』
どうしよう。ものすごい見られてる。
屋台の陰から僕を、正確には僕が今まさに食べようとしている串肉を見ているのは、汚れた身なりをした子供たちだった。
この街の孤児たちだ。
「……はぁ」
僕は溜め息を吐いて店主に向き直る。
何本か追加で串肉を買ってから、僕は孤児たちにひらひら手を振った。
「こっちにおいで。食べ物あげるから」
「「「やったあああ――――!」」」
盛大な歓声とともに孤児たちがわらわら寄ってくる。
「兄ちゃん太っ腹!」「貧乏なのにね!」「いつもありがとね!」
「あはは……」
僕は力なく笑った。
この孤児たちにたかられるのは実は初めてじゃない。前に食べ物を恵んでから僕のことを「食べ物をくれる人」だと覚えたらしく、たびたびこうして奢ることになっている。
他の人なら無視するんだろうけど……一身上の都合により、僕は孤児には弱いのだ。
「お兄ちゃん、食べ物のお礼にこれあげる!」
口元を串肉のタレでべたべたにした小さな女の子が、僕に何かを差し出してくる。
「これ……花? 僕にくれるの?」
小さな手から差し出されたのは、綺麗な赤い花だった。
「うん! 本当は売り物にするつもりだったんだけど……ご飯くれたから、お礼!」
満面の笑みを浮かべる女の子に触発されるようにして、他の子供たちも「あ、リナが何かあげてる!」「俺もあげる!」「私も!」と、抱えていた色とりどりの花を――
って多い! 持ちきれないんだけど!
「「「それじゃありがとうー!」」」
渡すだけ渡すと、子供たちは走り去っていった。
「……嵐のようだ」
僕が思わず呟くと、予想外なことに返事があった。
「ふふ、元気いっぱいで可愛らしいですよね」
「? ……うわっ、エルフィさん!」
「はい。こんにちは、カイさん」
いつの間にかすぐ近くに純白のシスター服を着た少女が立っていた。
綺麗な金髪と緑色の瞳が特徴的で、とてつもなく整った顔立ちをしている。
「エルフィさんはこんなところで何を?」
「治療院に行ってきた帰りです。これでも少しは回復魔術が使えますから」
「そっか。お疲れさま」
エルフィさんとそんな雑談を交わす。
そうしていると、彼女を見た通行人たちから声が聞こえてくる。
『おい見ろよ、『聖女』様だ』
『いつ可愛いよなあ……天使のようだ……』
『手を出そうなんて考えるなよ、嫉妬に狂った街の男たちにぶちのめされるぞ』
「? 何でしょう。何だか見られているような……」
「き、気にしなくていいんじゃないかな」
首を傾げるエルフィさんに僕は曖昧な返事をした。
聖女。
それがエルフィさんの地位を示す言葉だ。
シスターの中でも特別な力を持っていて、それゆえにある役割を持っている。この街にいるのもその役割のためだそうだ。
もっとも普段は普通のシスターと同じように、怪我人を治療したり教会の雑務をこなしたりしていて、僕なんかとも普通に話してくれたりもする。
そんな聖女エルフィさんは、僕がさっき孤児からもらった花を見てくすりと笑った。
「カイさん、あの子たちに優しいですよね」
「孤児相手だとどうも強く出られなくて……」
「ふふ、わかってますよ。だってカイさん、故郷の孤児院に仕送りするために冒険者になったんですもんね」
「……まあね」
僕は頷く。
そう――、僕が冒険者なんてやっているのは、お金を稼いで僕を育ててくれた孤児院に仕送りをするためだ。
僕自身も孤児だったし、そういう子たちと一緒に育ったので、お腹を空かせた子供にはどうも弱い。他人事に思えないのだ。
いや、馬鹿なことしてるって自分でも思うんだけどね……僕もお金ないのに……
「ところでカイさん、弓矢はどうしたんですか? それにお仲間の方もいらっしゃらないようですが」
「……、」
心の傷をピンポイントで抉られたような気分だ。
「……実はパーティを追い出されちゃって」
「追い出された!?」
僕はアレスのパーティを追放された事情をエルフィさんに話した。
聞き終えたエルフィさんは、信じられないというように目を見開いていた。
「そんなひどいことが……」
「まあ、『狩人』が不遇職なのは事実だから……」
「それでも信じられません! カイさん、この街でいちばん弓がうまいって評判なのに!」
エルフィさんの言う通り、僕は弓の腕だけは自信がある。もともと猟師だったから、弓矢の扱いは得意なのだ。
「それに、カイさんはすごくいい人です。この前だって、怪我をした孤児の手当てをしてあげたり、食べられる植物の種類を教えてあげたりとか……」
「あれ、よく知ってるね。たまたま見てたの?」
エルフィさんの言っていることは事実だけど、その場にこの人がいたなんて気付かなかったなあ。
僕が指摘するとエルフィさんはなぜか顔を赤くした。
「い、いえっ。その、たまたま見てたというか、カイさんのことはよく目で追ってしまうというか……」
「? 僕を?」
「な、何でもありません!」
両手をぶんぶん振って否定された。いや、別に見られて困るものでもないからいいんだけど。
エルフィさんは話題を変えるようにこんなことを言ってきた。
「か、カイさんはこれから何か予定はありますか?」
「うーん……ギルドに行ってパーティ募集の張り紙をしたり、依頼探しをしたりするくらいかな」
「それって明日で良かったりしますか?」
「え? ま、まあ、そこまで急ぎでもないけど」
今からパーティ募集の張り紙をするのと、明日の朝するのとで大した違いはないだろう。
それに、今すぐギルドに行くとアレスたちと鉢合わせる可能性もある。
正直それは避けたい。
エルフィさんはこんなことを言った。
「でしたら、今から教会に来ていただけませんか?」
「教会に……? 何でまた?」
「カイさんに見てほしいものがあるんです」
よくわからないけど、特に急ぎの用もないのは事実だ。それに、せっかくエルフィさんが誘ってくれたんだから断る理由はない。
「それじゃあ行こうかな」
「よかったです。それじゃあ、ついてきてください」
そんなわけで僕はエルフィさんについて教会へと向かうことになった。