コードレス時代
ライン、レール、コード、ケーブル。
これらいわゆる線状のものは、生命の誕生やエネルギーを吹き込むなど、多くにおいてプラスに作用することが多い。
人にしてもそうだ。
性器の結合、精子と卵子が結びつき、新たに誕生する生命はへその緒でつながれている。
スタートラインに立ち、枝葉はあれども人生という一本の道を歩んでいく。
そしてこれは、世の中にあふれるあらゆるものにも当てはまる。
道ができた。水道が引かれた。ガス管も各家庭に設置された。電線も人の住む所にはくまなく行き届いた。
結果、人間の暮らしは豊かになった。
「いい時代になったものだね」
「確かに」
電車や地下鉄も各所で敷設され、エアラインが世界を結び、電話線も広く普及した。それにより地域から地域へ、個人から世界中の人々へと繋がった。
「地球の裏側の人とも簡単に話せるなんて、とても素晴らしいことだ」
「そうだ、そうだ」
躍進は続く。インターネットの登場だ。
ネットケーブル一本で世界中の人とつながり、グローバルな交流を可能とした。
人や家庭という点を地球上に網を巡らすあらゆる線が、他の点となる人や家庭をつなぎ結びつけた。
結果、人間の暮らしはさらに豊かになった。
「素晴らしい!」
世界中の個人個人が繋がるという、ある意味人類の到達点にたどり着いたのだ。
「人類バンザイ!」
しかし、それを起点に人類はその線を捨て始めた。
まず、電話。線が繋がっていなくても話せるようになった。
むやみな個人の主張、情報の漏洩、犯罪の増加。
「まあ、便利になった代償だよね」
「うん、しかたがないさ」
その後もさらに発展は続く。線を捨てることで。
各家庭からは家電のコードも不要となった。電力発電装置が増強されたからだ。
電力の強化により、産業はこれまでにないほど活性。
結果、自然破壊。川が干上がり、日々強さを増す紫外線から身を守る必要も。
「まぁ……これが世の中の流れだよね」
「そうそう、ネットでも誰かが言っていたし……」
その後人々の生活からは、線という線が徐々に姿を消し続けていく。自転車のチェーン、靴紐、ギターの弦、ペットのリードetc。
他の分野でもコードレス化は進む。特に電力の縛りから開放されたことでコンピューターやAIの発達は著しく、人類の躍進にも大きく貢献した。
産業、文化、芸能などなど、その時点における生活のあらゆるシーンでそれらはすでに欠かせない、それこそ人以上に重要で役に立つものとして存在していた。
そんな折、最高のAIを搭載したアンドロイドのインタビューが行われた。災害時の救済活動や内戦、テロ行為への抑止などが評価され、ノーベル平和賞を受賞するという歴史上初の快挙も成し遂げた記念として。
世界で同時に放送される運びとなった。もちろん人類の多くがこの関心事に興味を示した。
さて、その時のやりとりを以下に抜粋。
「あなたたちの活躍のお陰で人類の未来は輝かしいものが約束されたといってもいいわ。ところで今のあなたの頭の中に、これからの人類はどういうふうに描かれているのかしら?」
「滅亡に一直線」
「……」
沈黙。そして、
「あらあら、トークだけじゃなくてジョークも堪能なのね。でも受賞内容からしたら、ちょっとブラックすぎるきらいはあるけれど」
その場ではジョークとして強引に片付けられたものの、それが研究者の悪ふざけとしてプログラムされたものなのか、それともAI自らが導き出した答えだったのか……。
そして人類のさらなる発展とともに地球からはあらゆる線、コード、ケーブルのたぐいは限りなくゼロへと近づいた。ホバーカーの普及で道がなくなり、物体からは怪我や事故の原因となる直線や角の類がすべて丸みのあるものへとシフトした。
便利で危険のない生活が日常からの緊張感を奪い去った。人々は徐々に堕落してくことで肥満化、そのため血管は細くなり、不健康の一途を辿る。寿命は細く長くから太く短くへ。手のひらの生命線が短くなったのも、気のせいではないのかもしれない。
完璧なアンドロイドの世話が家族や家庭の必要性を薄めた。結婚願望が低下し、多くの人が恋人の存在意義を感じなくなった。未知なる恋人たちを結ぶ線、運命の赤い糸はいったいどこでもつれているのだろう。
発展するほどにますます自然破壊に拍車がかかった。進む温暖化、食料の不足、そして戦争へ。ラインを超えて、ジョニーは戦場へ行った。
線が無くなるほどに一線、また一線を超えていく。結果地球の大部分から国境線が消滅する事態を迎えることとなった。
そう……
「奥様しっかり」
見た目は人間そのままのアンドロイドが励ます。
「私はもうダメ……」
世界大戦が勃発したのだ。結果、某国の最終兵器の発動によってあらゆる生命が断ち切られた。
そして、その最後の生き残りの人間がいま、
「奥様……」
死んだ。
「ピー……」
心電図からはか細い電子音が鳴っている。
そしてアンドロイドが見つめる画面には、きれいな線がまっすぐに描かれていた。
【終わり】