00「到着」
――赤毛のアンも、きっと同じ気持ちだったのだろう。
「いやぁ、すまないね。てっきり、隆くんのほうが来るとばかり思っていたんだ。いや。今にして冷静に考えてみれば、彼はまだ働ける歳じゃなかったな。ふ~む。どうしたものだろう」
紺色に金ボタンの国鉄の制服を着たロマンスグレイの男が、セーラー服に三つ編みの少女に向かい、片手で顎を撫でさすりながら言った。少女は、柳行李の持ち手を弄り、そわそわと落ち着かない様子ながらも、男の目を見てはっきりと言う。
「あの、私。これまで、畑仕事や弟のお世話を手伝ってきたので、結構、体力には自信があるんです。だから、ここで働かせてください!」
少女の真っ直ぐな眼差しに圧倒されつつ、男は片手を差し出しながら説き聞かせるように言う。
「まぁ、落ち着きなさい、明美ちゃん。君に何が出来るか、奥でお茶でも飲みながら考えようじゃないか。さぁ、荷物を預かろう」
そう言われた少女は、男に柳行李を渡し、土間から靴を脱いで上がりながら、笑顔で元気良く言う。
「お邪魔します!」
「はいはい、どうぞ。居間は、こっちだよ」
男は、片手に柳行李を持ちつつ、反対の手で奥の部屋を示しながら先導する。少女は、沓脱石の横、下座側の端に靴を揃えて置いてから、男のあとに続く。
――結局、到着初日のこの日、話し合いの末に、私は駅弁売りを任されることになった。
有田明美:十五歳[1953-]。ヒロイン。駅長の姪。
石井稔:五十四歳[1914-]。明美の伯父。片湊町駅長。