08 サイカイ
ぽーっと美亜にその光景に見惚れていた。
「いやー挑発されて逃げ帰るなんて嫌だって思ってたけど、これ倒し後どうするの? って状態になっちゃったね」
「留美ちゃんやっぱりなんにも考えてなかったんだね」
そんな二人のやり取りを聞きながら、美亜は留美ばかりを見ていた。
微かに頬が赤く染まるようなそんな気持ちを抱きながら、頭の中が留美で埋め尽くされていく感じがしていた。
その熱い視線に気が付いた留美が美亜の方を向くと、美亜はゆっくりと口を開いた。
「あの――」 ――ん?
「私の旦那様になってください」
ブッ!?
「えぇえええ!?!」
留美が噴出している横で、世亜が盛大に驚きの声を上げた。
――何を言っているのこの子は?
「えっと、美亜ちゃん、それってどういう? え? 留美ちゃんは女の子で美亜ちゃんも女の子なんだよ? 旦那様とか女の子はなれないよ!?」
世亜ちゃんそこじゃない――。
混乱しているのか、世亜も大概おかしなことを言っているが、今は世亜のボケに付き合ってあげるほど優しくはない。
美亜は何も気にしていないのか、留美を見つめたままそれ以上何もしようとしない。
ただポケーっと留美を見つめているだけだった。
「一応聞いておきたいけど、美亜ちゃんの言う旦那様って普通に結婚相手としての意味で行っているの?」
「はい!」
――なんでそんなに嬉しそうに。
「ダメダメ! 留美ちゃんは私のものだよ!? 私留美ちゃんに処女上げちゃってるんだから!!」
「世亜ちゃん黙ってて」
「留美ちゃぁああああん!?!」
泣き叫ぶように言う世亜をスルーして、美亜を見つめる。
唐突の美亜の暴走っぷりには何かしら理由があるだろうけど、あまりにも唐突で訳が分からない。
「理由を聞いていい?」
「あの化け物を倒してくれました、あの化け物に私の家族も村も何もかも壊されてしまったから」
だから、感謝と親愛を込めて私に尽くしたいとのことだった。
すべて終わった後だったが、大草原の理由がやっとわかった。きっとあの中のどこかには村の跡がどこかに残されていることだろう。
かなりの大きさの村があったようだ。
そんな場所があのドラゴンもどきに壊され、もしもそこで生き残ったのがこの子一人だったとしたら、それはとんでもない幸運と、不幸なことだっただろう。
ともあれ、あのドラゴンもどきを倒した理由はただのリベンジマッチであり、この子のためだったわけでもない。素直にその気持ちを受け止めてあげられそうになかった。
そもそもとして受け止められる理由があっても、きっと受け止める気はないのだろうけど。
「それはただ単に目の前で起こったことに驚いて、勘違いをしているだけ、吊り橋効果みたいなものじゃないの?」
「ちがいます! 私留美様を本気で好きになりました!」
どうしよう――。様呼びとかかなり重い。
それは留美の率直な感想だった。
そんなやり取りを繰り返し、困ったように留美がため息をつくと、世亜がこっそりと動いた。
「留美ちゃん――」
世亜が留美に何か伝えるように背中を突っつくと、留美も理解はしているのか、仕方ないといった感じに首を縦に振った。
「美亜ちゃん、よかったら私達と一緒に冒険にでよ? 私達も別にどこに行くって決まってないんだけどね」
そう提案する留美に、美亜はぱぁあああっと光でも出しそうな顔をして大きく頷いた。
「はい!!!」
――いい笑顔だこと。
「ただし旦那様とか置いておいて」
その言葉には少しだけ残念そうにする美亜であった。
そんなやり取りを一通り終わらせた三人は、すぐに次へと進むことにした。
ドラゴン退治ではほとんど疲労もなく、寧ろその後のイベントの方が断然センセーショナルであったのは言うまでもない。
「とはいえ、どこに向かおー?」
「美亜ちゃん、どこか遠くてもいいから街とかあったりする?」
「聞いたことありません、ごめんなさい」
シュンと尻尾でも垂れ下がりそうな様子に、留美はポンと頭を撫でた。
「まぁ適当に歩いてみよっか」
「そうだね、森を抜ければ意外と町があったりするかもしれないもんね」
留美の提案に世亜も賛成して、三人は早速森の奥へ足を踏み出した。
森の近くや川の近く、きっとそういった食料の確保がしやすい場所に町とまでは行かなくても集落があってもおかしくないだろう。
カツンという音が響いて、やわらかい地面から固い感触が返ってくる。
三人は感触の違和感からしっかりとした瞬きをすると、前にはガラスの廊下があった。
「――――これはなしでしょ」
「私達の冒険は終わっていた?」
トンネルを抜けると一面ガラスの世界。
期待感も煽られずに唐突に物事が変わってしまうと、高揚感もなく軽い眩暈だけ感じて何のドキドキもなかった。
あまりのことに美亜など周りを気にして、ニワトリのように頻りに首を振り回してしまっている。
以前来た時と様子は変わっていなさそうであった。
もとよりそれほど時間は経っていないので、当然と言えば当然なのだが。
そうして三人があたりを見回して言うと、彼女が姿を現した。
――え?
頭の中に直接声が聞こえた。
久しぶりに聞く声だが、実時間で考えたら精々1日も経っていない再会なのだろう。
そこには全身真っ白フリルの女の子が佇んでいた。
「こんにちは、またあったね!」
にっこり笑顔で世亜が挨拶をする。
「今日は牛乳プリンとりに帰ってきましたー」
そんな馬鹿なこと言う世亜を無視して、フリルの女の子は留美を見つめていた。
あまりにも熱心な視線に何か思ったのか、美亜は留美の前に阻むように出る。
――生き物を殺して楽しいですか?
――え?
そのセリフはまるで先ほどのドラゴンにしたことを咎めているような言葉だった。たしかに食べるためでもなく殺生をするというのは倫理的に間違っていると言われるのかもしれない。
でも。
「手を出されたらやり返すよね?」
なにを当たり前なことを聞かれているのか。
――呪われた力を得て、その言い草。あなたはあらゆる生物の冒涜者となり果てるのですね。
頭の中に響く声はイライラさせることを投げかけてくる。
――はぁあああ?
「一体何を言っているの?」
留美が一歩フリルの女の子の近づいた瞬間、彼女は慌てて捲し立てた。
――その力は危険。即刻消し去ります。
バシン!と壁に弾き飛ばされるような感じを受けると世界は再度移り変わり始めていた。数度目のその転換に世亜も留美も余裕をもって周りを見回した。
まるで濁流の中を流されていくような光景。
流れはいくつもの支流に分かれており、その様子はまるで大樹の根を思わせた。
この流れの中にいくつもの世界があるのかもしれない。
二人の中でマクスウェルの管理者により幻覚の可能性はすでに消え去っており、この一連の出来事はすべて異世界であるという結論に達していた。
流れの中にはいくつもの色があふれていた。
――あの色プリンに似てる。――あ。
「あぁ~……プリン置いてきちゃった――」
そこまで大事か牛乳プリン。
そんな世亜の気の抜ける悲鳴を受けて、目の前の世界は変わっていく。
*
開けた視界に映ったのは、宮殿とかそういう厳かな豪邸を彷彿とさせる光景だった。
壁はオーナメント柄のダークブラウンで統一されており、柱と柱の間には燃え上がるような赤い絵画や生け花などが飾られている。
反対側は大きな窓になっており、床から天井まで一面ガラス窓と遮光用であろう大きな底深い赤色のカーテンがある。天井にはシャンデリアがあり、昼間の今の明かりがついている。
床は壁とは違うやや明るいダークブラウンであり幅は5mくらいありそうであった。
未踏の秘境の次は、現代へに近い時代のようだった。
◆人物紹介◆
◇美亜 (05より)
超幸運少女。
名前をくれた留美に懐いている。
「留美様、美亜を留美様のモノで貫いて!!」