06 ぐぅー、ぐぅるー、ぐー
ぐぅーーー―――――
ぐぅるーーーー―――――
「――世亜ちゃん」
「――留美ちゃん」
「お腹減ったねぇぇええ」
あれから1、2時間は経った。
最後にご飯を食べたのはもう半日くらいは前になるだろう。
「牛乳プリン――あの子のところに置いてきちゃったなー」
泥で汚れて、ちぎれた雑草が引っ付いているスリッパを見ながら、世亜は懐かしいプリンのことを思い出して激しく後悔していた。
今更言っても仕方ないが、そもそもまず数日分の保存食を用意してから、あの声には応えるべきだったのだ。そうすれば今の状況とはまるで違っただろう。
「すくなくとも、この子がいるってことは少量でも水はあるだろうし、食べられるものもあるはず。何かの原因でそこもで沢山食べられる状況じゃないってだけで」
「そうだよね、なにもなかったらここまで大きくなることもないし、きっと近くに村もあるかもしれないよね」
二人はそれが唯の皮算用に終わる可能性の高さも十分に理解していた。
ここが砂漠とか完全に食べ物がないところなら彼女の状態も理解できる。
しかし遠くにあるとはいえ、森があり、雨が降る環境でここまでやせ細る理由は何だろうか。
その原因によっては二人にとっても享受せざるおえないことかもしれない。
「んー?」
しばらくして女の子は目をごしごしこすりながら起き上がった。
そうして自分の着ているパジャマを見てしばらく停止していると、パジャマを引っ張るようにして徐に脱ぎ始めた。
バサリと脱ぎ捨てると、また寝転ぶ。まだ寝る様だった。
「せっかく着せてあげたのに」
しかたないと、留美は捨てられてパジャマを着直した。
「でも裸でほっておくのもよくないよね?――これ児童虐待にしかみえない」
「あー、警察きたら私達捕まるねー」
「いっそ来てくれないかなー」
「――ほんとに」
「――そうね」
寝息と呼吸音、布ずれの音。
留美が何かを見ようとするとき、反射的に光る球体が光を落とせば、何度でも完全な暗闇が出来上がる。
*
留美はパチり目を覚ました。
と言っても、開いた目が見た物も暗闇なので、本当に目を開いているのかわからなくなってしまいそうだが、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
近くに寝息が聞こえる。どうやら世亜も寝ているようだった。
エネルギー庫が微かに光ると、先ほどの女の子は起きているのか、留美のことをじっと見ていた。
「おはよ」
そう女の子に言ってみるが、果たして言葉は通じているのだろうか?
――言葉が通じてもなんにも解決しなさそうだけど。
「うー……留美ちゃぁん?」
「おはよ、世亜ちゃん」
ごそごそと動いていた所為か、世亜が目を覚ました。
「二人ともおはよぉ」
そういって世亜は留美と女の子に顔を向けた。
世亜と留美の二人が起きたことで準備が整ったと感じたのだろうか、女の子が立ち上がると地下室のさらに奥へと進み始めた。
「ちょっと待ちなさい!」
「え!?えぇー!?」
寝起きだった世亜は寝ぼけ頭で慌てて立ち上がり、留美はどんどん先に進んでしまう女の子を見失わないように光を当てながら、世亜が遅れないようについて行った。
どんどん暗い道を迷うことなく進む女の子を、暗がりで見辛い足元に気を付けながら二人は追いかける。
「どこに行くんだろね?」
「さぁ?」
――どこに行くのだとしても、世亜ちゃんは私が守らないと。
ぎゅっとつないだ手を強く握りしめた。
――留美ちゃん、私を守らないとーって思ってそう。
今の私ってただのお荷物だもんなぁー、どこかにエネルギー庫落ちてないかな?
しばらく進むと上に向かった階段があらわれた。
迷うことなく女の子は登っていく。
どうやらまた地上に戻るつもりなのかもしれない。
「眩しいぃ」
「外ってこんなに明るかったんだ」
長い長い暗闇を抜けるとそこは太陽光が未だ突き刺していた。相変わらずの高い湿度と気温が、さっきまでの涼しい地下との差をより克明にする。
しかしそこはあの大草原ではなく遠くに見えていた森の中だった。
「ここ、あれの巣の外だから近づかなければ大丈夫」
「あれってさっきのドラゴンみたいな――って普通に言葉通じるのね」
――脱力ものね。
「私には通じる、知ってる言葉だから」
「それじゃもう一回自己紹介しよう!」
今聞くべきことはもっと他にありそうだが、そう世亜が言うと話の流れはそれていった。
ぐぅううーー―――――
ぐぅるぅうううーーー―――――
ぐー―――――
「お腹減ったー」
一通り自己紹介をしたときにはお腹の中は完全にからっぱ、もうすぐにでもご飯を食べたいところまで来ていた。
「それじゃ美亜よろしく」
「――うん」
彼女に名前はなかった。
名前を付けるとなって、留美が適当に亜美とつけ、なぜか世亜が美亜!と言い。名前が決まった。
――こんな適当な名前でいいのかな?
そう思うが、決まったものを今更否定しても仕方ないし、本人が嫌がっていなさそうなので良しとしよう。
再度美亜に誘導されながら森を進むと、スッと美亜が屈み指で視線を誘導した。
そこには鹿のような中型の犬くらいの大きさの動物が一頭居た。
「ご飯」
そう言って、低く腰を屈めたまま音も出さずに距離を縮めていく。
美亜の両手には何も持っていないが、いったいどうやって捕まえるつもりなのだろうか。――嫌な予感がするんだけど。
バッと飛び出た美亜は両手を広げ鹿に飛び掛かる。
「素手で捕まえるって冗談でしょう!?」
「捕まえられるわけないでしょ!?」
あまりの奇行に二人が走り出したころには、鹿は随分と距離を取っていた。
「いつもあんな捕まえ方してたの?」
こくりと頷く美亜に、世亜はどうしたものかと思った。
この子が細かった理由が分かった気がする。
単純なことだった、食べ物がないんじゃなくて、食べ物が取れなかったんだ。
「コンビニなさそうだしねー」
「森の中にあったらファンタジーだよ」
「むしろリアリティあるんじゃない?」
「――哲学っぽい」
「ねー」
そんな無駄話をしながら、留美は先ほどの小鹿を見つめた。
おそらくそう簡単に野生動物を見つけることなんてできない、ここで逃した場合次に見つけられるのはいつになるだろうか、そのとき今ほど体力が残っている確証なんてない。
――私がするしかないんだよね。
ふぅーーー
大きく息を吐きだして、もう一度小鹿の方を見る。
こちらが一切動かないので、警戒しているのか小鹿も動こうとしない。
「――ごめんね」
「留美ちゃん、大丈夫?」
「うん、それにお腹すいちゃった」
へへっと無理やりな笑顔を見せる留美がちょっと痛々しくて、変わってあげたいけどできない自分が悔しかった。
少しでも気持ちを肩代わりしてあげられるように、留美ちゃんと手を握る。――お姉ちゃんとして、せめて料理の準備は私がしよう。
「――さて」
――なるべく痛まないように、恐怖も感じないように。――あの子の周りにある水分子確認。――上空に収束。――金属分子生成。――研磨剤生成。――圧力上昇。――圧力上昇。――圧力上昇。
――――――。
ぎゅっと繋いだ手を握りしめた。
――圧力上昇。
ぎゅっと握りしめた手を握り返された。
――――。
――――――――発射。
ズバッ!!
一瞬爆ぜる音がすると、そこには首が綺麗に切断された小鹿の姿があった。
―――はぁあああああああ
食べるためには殺さないといけないという基本的なことだけど、それでも自分で殺めるのとお店に並んでいるものとでは意味が全然違う。
正直あまり慣れたい感覚ではなかった。
「ありがとう、留美ちゃん」
そう言って世亜は、ぎゅっと留美を抱きしめてねぎらった。
◆人物紹介◆
◇牛乳プリン (02より)
世亜の大好物。
プルンとした触感は世亜を絶頂に導く!
「女をイカかせるのに何分かだって? 9秒でいい」