03 大自然へ、パジャマで
「せめて説明してからにしろ!」
そう留美が声を張り上げるが、目の前にはガラスの廊下も白いフリルの少女もいなくなっていた。
あるのは緑色に塗りつぶされた景色と、じわりとした高い湿度と高温が生み出す不快感であだけであり。腰まである先細い草がそこら中に生い茂り、足元すらわずかな隙間もない光景だった。
さらに足から伝わる感触は土というより泥のようであり、ぎりぎり見えるほど遠くには無数に木が生えているようだった。
空は快晴、草木の隙間には見えないが無数に虫がいるであることは予想できる。
「なにこれ――ここって秘境とかそういうところかな?」
「起きたことをすべて真に受けるなら、異世界の中間点がさっきのガラスの世界で、ここはその異世界。――雑草の世界でいいかな――そんなとこだろうね。現実的に考えるならマクスウェルにより五感を混乱させられて幻想を見させられているか、どっちかでしょう」
もっとも後者の場合、国家を相手取れる化け物二人を化かさないといけないというかなりの難易度を有するのだが、その問題すら異世界渡航という途方もない技術と比べれば大したことはなかった。
「ふむー、とりあえずお腹減ってきたし夕ご飯――お昼ご飯にしたいね」
「そうしたいのは山々だけど、見た感じ人の手なんて入ってなさそうな場所だけど」
「は!もしかして私達パジャマのままサバイバル!?」
「――スリッパは履いてるわ」
仮に海や山などで遭難した場合、身に着けている装備の有無は生存にどれほど影響するのだろうか。
昔見た漂流物のドキュメンタリーでは急激に温度が下がる夜に生き残るには体温を確保する手段の有無が生存確率に大きく影響すると見た覚えがあるし、山での遭難となると体温の問題と同等に虫や野生動物からの身の守り方法も多大に影響すると聞いたこともある。
少なくともパジャマなど防御力0もいいところ。
しかしマクスウェルの管理者を行使する二人にとって通常なら逼迫した状態も、いくぶんか余裕はあった。二人とも行使可能ならば。
「――世亜ちゃん持ってないよね?」
「――持ってないよ」
テレビを見たいからといって常にテレビを持ち歩く人などいない。それと同じく、固定砲台と言える世亜のエネルギー庫は莫大なエネルギーを行使できるが、持ち運びには向かないため拠点を変えるごとに設置し直していた。
そして留美のもつ携帯型のエネルギー庫は小型であるがゆえに出力は低く、万が一にも大量の野生動物や無数の昆虫に襲われようものなら、対処することすらままならない。
ほぼ積んでいた。
「可能性は3つね。
第一に夜が来るまでにこの叢を抜け出して近くの村に助けを求める。
それか草を使った簡易の家を作り水辺と食べ物を探して野営しここでの生活手段を確立する。
最後が何らかの方法で再度世界を渡る、もちろんここが異世界だって前提でだけど」
留美の感想はこんな状況下でも意外と対応策はあるのだなというものだった。
混乱し取り乱し考えることをやめたなら、きっとものの数分で骨だけになっていただろう。
「さすが留美ちゃん頼りになる!」
そういう世亜の顔は、この状況を寧ろ楽しみ始めていた。
「それなら目指すは一番目だね、ここがどこかわかるかもしれないしね」
「そうね、――でも現実的なことを言うのなら全部同時にしていくことになるね。一日でこの叢とあっちにある森とを抜けられるとは思えないし――」
そこまで言って留美は自分の言葉に違和感を覚えた。それは世亜も同じで、今この状況について何とも言えないちぐはぐな感覚が拭えなかった。
二人は改まって周囲を見回した。
先のとがった細い草は腰までありそれはどこまでも伸びている。
地面は泥のような感触なのは雨が降ったからであろう。
遠くに見える森はしっかりと確認できていないがおそらく広葉樹ばかりのようだ。
「――あ」
世亜が声を上げると、同じく留美も気が付いた。
「なんでここだけ木が生えないの?」
気候帯の分類は5つに分けられる。
そのうち樹木が育たない環境というのは乾燥帯や寒帯という気候であり、さらにこの一部のみがその二つのうちどちらかに該当するとしても、雨季に育つ雑草がこんなに背丈が高いはずがない。
異世界だとしたら気候帯の分類が違う可能性もあるが、その可能性を議論するくらいなら別の要因を考えたほうがいい。
――例えば、この一帯だけ木が生えない土壌だとか木だけを食べる生物がいてそれが徐々に活用範囲を広げているだとか、そもそもこの部分だけ何らかの影響で急激な環境変化があっただとか。草と違って木の成長は遅いし、今まさに育生範囲が拡大している途中なのかもしれない。
「むー――留美ちゃん考えても答えなんてきっとでないよ、私達がいまするべきことはご飯を確保すること!このままだと雑草ご飯になるよ」
そう言うと世亜は歩き出した。太陽の反対側、便宜的に北に向かって。
そんな世亜を見て留美は考えるのを放棄した。時間の浪費は至上の贅沢であり、いまするべきことではないと思い至ったのだ。
「おいしそうなものあるといいけど」
そう言うと二人は早速食べ物探しに向かう。
といっても実際に探せるかどうかは森まで行けてからとなる。
雑草しかないこの場所に一目で食べられそうなものはなく、木の実など探そうにも木々は遥か先にある状況。とりあえず森まで行こうということになるのは当然だ。
*
「遠いよぉ」
歩き始めておそらく1時間程経った頃世亜から批難がましい声が漏れた。
「うっさい、蒸し暑いんだから黙って歩く」
「むううう――このまま歩いてても全然つかないよ」
「歩かないとそれこそつかないでしょが」
あれから1時間。雑草に道を阻まれ泥道で足が重くなり、気温と湿度が体力を奪い、足は湿ってスリッパの中はぐちゃぐちゃになっている。
自然の驚異が猛威を振るい始めていた。
「あれ――曇り雲がでてる」
そんな中遠くの空を、いつの間にか灰色の雲が覆っていた。
「本当だね、雨でも降るのかな?」
「は?――」
「え、だって曇り空――あ」
――まずい、非常にまずい。
遠くの空だけじゃないほぼ真上にもわずかに薄い雲ができていた。雨が降り出すのも時間の問題である。
留美は急いで対応手段を考えた。
もちろん二人にはマクスウェルの管理者により力がある。しかしマクスウェルの管理者で行使できることには限界があった。
濡れた服を乾かすことは可能だが、留美のエネルギー庫では濡れないように対応する方法はないのだ。
雨を防ぐには長時間、連続しエネルギー行使が必要であり、それは携帯型のエネルギー庫では絶対に不可能なことだった。
出力不足。
今まで自身のエネルギー庫に不満などなかったし、できることの多様性は捨てがたかったが、初めてその出力の低さに頭を抱えた。
「留美ちゃん草で家を作るならどのくらいで、できるかな?」
「簡単な洞穴みたいのなら、1時間くらいあればできると思う――ただあまり強い雨だと意味がないかもしれないけど」
「何もないよりましだし、急いで作ろう!」
そう明るく言う世亜に留美は内心救われる、一人ならきっとまだここがどこなのかと考えていたことだろう。
「そうだね、急ごう」
◆人物紹介◆
◇ガラスの世界の少女 (02より)
全身真っ白フリルの電波女、ではなく謎の人。
一度っきりの神様ではありません、何度も出ます。
「吾輩は電波女、名前はまだない」