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魔剣の魔法使い  作者: サイトウアキバ
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1-7 オズワルドの帰宅

食卓に豪勢な食事が次々と並んでいく。

大きな肉の塊に少し不気味な魚の姿煮。透き通るような赤いお酒に色とりどりのフルーツ。


「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」


ミュウ先生がそう言いながらお酒の瓶を開けようとしているのを母様が「ダ~メッ」と言ってひったくる。


「ちょっとだけだからぁ…」


ミュウ先生が呻きながら卓に突っ伏してなおもブツブツと何か言っている。

そんな先生をよそ眼に母様が鼻歌混じりにどんどん料理を並べていく。


「今日は~あの人が~帰ってく~る~フフッ」


この高原地帯のオストヴルグ領では海の魚は獲れないので北区のノルドヴルグ領からの輸入品だが、それ以外の料理はほとんどがオストヴルグ原産の食材を使っているものだ。

そしてこれらの料理はどれも父様の好物でもある。

中央区ケニヒヴルグでは全ての食材を東西南北の区から輸入しており、父様曰く、何でも食べられるけどどれも本場には遠い。とのことだ。


海に面した北区ノルドヴルグでは何と言っても新鮮な海の幸、広大な草原に囲まれた西のヴエスヴルグではみずみずしい野菜と果物が、ドラゴンが棲むと言われる険しい山の麓に位置する南区ズュードヴルグでは山に棲む獣や鳥がそれぞれ名産品となっている。

そしてここ東区オルドヴルグは食肉用の家畜や乳製品が有名で、中でも今母様が運んできているたっぷりのチーズがかかった芋のグラタンが父様が何より好きなものだ。


普通こういう屋敷ではメイドという者を雇って家事や炊事をやらせることが普通、らしいと言うのを最近知った。

半年前の北区ノルドヴルグの領主、フランツ・フォン・ノルドヴルグ卿の2番目の息子、グレゴリウス・フォン・ノルドヴルグの16歳の成人パーティーに呼ばれた時のことだった。

初めてのそういった催しにとても緊張したのを覚えている。


ノルドヴルグだけあって食卓には見たこともない魚料理が所狭しと並び、そこかしこで各区の貴族たちが挨拶を交わし、その間をヒラヒラとした服を着た若い女性たちが忙しそうに駆け回っていたのが印象的だった。

僕もオストヴルグ家の跡取りとして、父様に連れられて色んな偉そうな人たちに何度も挨拶させられた。


「いやあ、自慢の息子でね。この子がいるから僕は何の心配もしてないよ」


父様は気さくに笑いながら僕をノルドヴルグ卿に紹介する。

ノルドヴルグ卿は立派な顎髭を触りながら「ふむ…」と僕をジロリと見たが、すぐに優しい顔になって


「次の時代は明るいな」


そう言って頭を撫でてくれた。


あれやこれやとパーティーはお開きになり、そのまま父様とノルドヴルグ領の宿屋に1泊して、帰って来たのがその日の夕方だった。

帰ってくるなり母様が「寂しかった~」と抱きしめてきたが


「母様、僕ももうすぐ13歳なので…」


と言ってその手を振りほどく。


「あなた、フィルが構ってくれなくなっちゃった」


と、わざとらしい泣き真似をするまでが最近のお決まりだ。


その時にふと思い出して母様に「何で我が家にはメイドがいないのですか?」と聞いてみた。


「私は自分で家を守りたいから良いの。それに若いメイドなんていたら~………ねぇ?」


久しぶりに真面目な母様を見たと思ったが、段々と笑顔に変わって最後に父様にニコリと笑いかけ、父様は苦笑いでそれに答えた。

父様が女性にだらしないと言う話は聞いたことがないし、恐らく母様の個人的な理由なんだろう。

それに母様は手際も要領も良いし、メイドなんてものは本当に必要がないんだろうと思う。


「僕も将来は母様みたいな人と結婚したいです」


素直にそう口にすると母様は目の色を変えて「やだぁぁ~わだぢがフィルと結婚すりゅのおおおお」と飛びかかってきたので、ひらりと躱してさっさと自室へ戻ったのだった。


それから2週間ほどで父様は中央区に駆り出され、約半年の月日を経て今日再び我が家へと帰ってくることになっていた。

今回の滞在は2か月ほどと聞いているので、久しぶりに長期の休暇となる。


「ミャアオ。ミャアアアアオ」


いつの間にそこにいたのか、クロが甲高い声で鳴いていた。

父様の使い魔であるクロは毎回こうして父様の帰宅をいち早く察知して家族に知らせてくれるのだ。


「離れていても、どこで何をしてるか、相手が無事かどうかも全部わかるんだ。僕とクロはそういう関係なんだ」


まだ小さかった頃、使い魔とは何なのか訪ねた僕に父様がそう教えてくれたことがある。

未だに使い魔というものがどんな存在なのかわかってない部分も多いが、僕も13歳になったら使い魔を召喚することになっている。

その時になれば嫌でも理解できるだろう。その前にやらなくてはいけないことがあるのだけど…。


「ミャア」


「はいはい、いつもありがとうねクロ」


母様はクロの側に干した小魚がたっぷり乗った皿を置くと小走りで玄関へ駆けて行った。

クロはお皿の前でピシッと姿勢を直しそのまま動かなくなる。

父様が戻る日は絶対に先に食事を取らないのがクロの決まりらしい。


「やあやあ。今帰ったよ」


少しして父様と母様が食卓に戻ってくる。

半年前と同じ、いつもの元気な様子に胸を撫でおろした。


「オズワルド遅い~…早くお酒飲みたい~!」


ミュウ先生が手足をジタバタさせて抗議する。


「はは、申し訳ない。じゃあこれ以上待たせるのも何だし…」


そう言って父様が酒瓶の蓋に指をかける。


「今回も無事に…帰ってきたぞ~!ってね」


シュポンッと勢いよく蓋が飛んだのを合図に賑やかな食事が始まったのだった。



「くぅ~!やっぱ母さんのグラタンが最高だよ!」


父様が4皿目のグラタンを頬張りながら子供のように腕をブンブンと振る。


「ありがとう~。まだおかわりあるからたくさん食べてね」


追加のグラタン皿をかまどに順に入れながら母様が嬉しそうに答えた。

父様は皿に残った最後の芋を口に入れ、咀嚼してゆっくり飲み込むと、急に少し真面目な顔になって声をかけてきた。


「フィル、いよいよだね」


「…はい!」


そう、いよいよ僕は13歳を迎える。


「いやあ、僕にとっては2回目だけど。…やっぱり寂しくなるね」


そう言って父様がミュウ先生に視線を向ける。


「柄でもない…。やっと口うるさいのがいなくなって安心してんじゃないの?」


「いやいや、そんな事ないですって…」


「そうよ、そんな事言わないで。」


母様がミトンを外しながら食卓に顔を出す。


「先生が良ければず~~~~~~~っと!ここにいてもらって構わないのよ?」


曰く、初代の頃から数百年間もの間オストヴルグ家の顧問魔法使いとして仕えてくれているミュウ先生。

理由は誰もわからないが、ミュウ先生がその勤めを果たすのは次期頭首となる子供が5歳になった時から満8年間だけ。

つまり僕が13歳の誕生日を迎えた時がミュウ先生の役目が終わる時なのだ。

次に会う時は僕の子供が5歳になった時…10年から15年後くらいになるだろうか。


「あのねえ。せっかく高い酒飲んでるんだから辛気臭いこと言わないでくれる?」


そう言ってグラスに注いだエールをグイッと飲み干す。


「こっちはやっと子守が終わって解放される気分だってのに…」


それがミュウ先生の本心なのかはわからないが、やっぱり僕は…。


「僕は…寂しいです」


気づけば小さくポツリと呟いていた。


「あん?…ったく、あんたねぇ…」


「そうよね!別に今日がお別れじゃないんだし、そもそも今日はこの人が帰って来たお祝いなんだから!おしまいっ!ね?ね?」


母様が強引に会話を切り上げようと手をパンパンと鳴らした。

ミュウ先生も何かを言いかけて立ち上がろうとしていたが、ふうと息を吐いて座り直す。


「オズワルドは昔っから本っ当に!空気が読めないんだから!」


「いやはは、面目ない…」


「そうなのよ。フィルが生まれた時だってこの人ときたら…」


「あ、ちょっとフィルの前でその話はさ…」


「何やらかしたのよ?言ってみなさいよ、ほれほれ」


さっきまでの重い空気が一気に軽くなった感じがする。

そうだ、別に今日がお別れの日じゃないし、そもそも二度と会えない訳でもない。


「僕も聞きたいです。話してください母様」


「ええ?もう、僕が悪かったよ~」


だから今日は、その日の事は考えないようにしよう。

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