1-5 自習の時間2
一夜が明け、昼食も済んだ頃、僕は未だに蝋燭の火を台ごと吹き飛ばすということを続けていた。
本を何度も読み返し、試行錯誤を繰り返し、また台を吹き飛ばす。
指先に込める魔力を何度も調整してももうこれ以上風力を下げるのはどうしても無理だった。
「このままじゃ…」
何も成果が出なければミュウ先生は僕の家庭教師を辞めてこの家を出て行ってしまう。
もしそうなっても母様はニコニコと「じゃあこれからは私が教えてあげるわね~」とでも言うだろう。
父様も「仕方ないなあ。ミュウ先生には僕から謝っておいてあげるよ」と笑って許してくれるだろう。
「そんな訳あるか…!」
初代の頃からこのオストヴルグ家で顧問魔法使いをしてくれているというミュウ先生。
その話が本当なら僕はこの家で初めて家庭教師に愛想を尽かされた人間になってしまうのだ。
口では笑っていても心の中では僕に対しての評価が地に堕ちるのは想像に難くない。
何よりそんな落ちこぼれを誰が次期領主として町の人が受け入れてくれるだろうか。
「どうすれば良いんだよ…」
悔しさと不甲斐なさに涙が込み合げてきて、思わず床を殴りつける。
『風魔法の心得』と『巨人でもできる魔力操作』の2冊はすでに目を通し終わっていたが、その2冊は読んだからと言ってその全てがわかるようなものではなかった。
『風魔法の心得』は風魔法の強みと弱点を中心にその生かし方を、『巨人でもできる魔力操作』は魔力の基本的な操作方法と出力調整、そして必ずしも手や指先に魔力を集中させる必要はないということ。
本の内容をいくら反読してみてもその解決方法がわからない。
自分ができる最低出力で風を放っても指先から離れたが最後、風は周りの空気を巻き込んでうねりを増して台をなぎ倒す。
火球を放つ火魔法。水滴や氷を矢にして飛ばす水魔法。土や石を自在に操る地魔法。他の3属性はそのものを媒介として使うだけあって効果が目に見えてわかりやすい。
だが風魔法は空気そのものを媒介にする為に、時と場所を選ばない汎用性の代わりに効果を成すまでの過程が目に見えない。
自分で1から最後までの経過と結果を予測してもその通りになるかがわからない。
蝋燭の火だけ消したいのにその下の台まで吹き飛ばし続けている今のように。
明日の本番に今のまま臨んだとして、ミュウ先生が納得するような結果を出せるのだろうか。
魔力の範囲を小さくして魔力消費を抑えたとして、それで風車まで届く風力を出せるかがわからない。
できるなら試してみたいが、残念ながら試せるのは本番の時だけだ。
魔力を抑えただけでは風が拡散して風力が分散する。拡散しても問題ない風力を出そうとすると息切れしてしまう。
風の威力を落とさないまま、指向性を持たせることができるなら…。
「ふぅ~」
「ひゃあっ!?」
耳元に息を吹きかけられて思わず叫んでしまった。
「か、母様?いきなり何をするんですか!」
いつの間にやら母様がそこにいた。
「だっておやつ持ってきたのに返事がないんだもの~」
机を見るとスコーンとハーブティーが乗ったお盆が置かれている。
「あ、すいません…。考え事をしていたので」
まさか母様の戸を叩く音はおろか、入ってきたことすら気づかないなんて…。
あまり思い詰めても答えは出ないはずと思い直しておやつを頂くことにする。
「フィル」
椅子に座ったところで両肩をポンと叩かれる。
「何でしょうか?母様」
「あのね、魔法は便利だけど、魔法でできることのほとんどは、魔法がなくてもできることなの」
いつものわざとらしいニコニコした態度ではない。
「それは…?」
言ったことの意味を考えていると
「だからね、同じようにやれば良いのよ~」
母様はいつものようにニコニコしてそう言い残すと、部屋を出て行ってしまった。
(魔法を使わない時と同じように…)
「あっ!」
かじりかけのスコーンをハーブティーで流し込み蝋燭に火をつけて定位置に立つ。
(同じように)
昨晩の謎のパンに刺さった蝋燭のことを思い出した。
母様は部屋の様子を見て全てを察して、ヒントをくれていたのだ。
指先に魔力を集中させる。ここまでは同じ。
(離れると風が拡散してしまうなら、その前に…)
指先の魔力を徐々に指から離していく。
細い糸で繋がった風船のイメージで、魔力を指先から蝋燭に近づけていく。
(蝋燭を吹き消すみたいに、近づいてから風を放てば良いんだ)
だからと言って実際に近づいて魔法を使うわけではない。
魔力だけを体から分離…はできないので、徐々に紐のように伸ばしていく。
魔力は目に見えない、だが感じることはできる。
蝋燭のゆれる火のほんの少し手前。そこで魔力を解き放つ。
「あっ…」
蝋燭の火がフッと消え、少し遅れて部屋の中に風の余波が吹いた。
台は少し揺れたが、倒れることなくその場にとどまっていた。
「できた…?できたああああ!!」
思わず拳を握り屋敷中に響くような大声で叫んでしまった。
完全に自分1人の力ではないが、やっと成果が実った実感が湧いてくる。
「母様…ありがとうございます。これならミュウ先生も…」
今の感覚を体が覚えてるうちに反復練習を繰り返さなくてはいけない。
結局その日は何十回と練習を繰り返し泥のように眠りについた。
そして、本番の朝を迎えた。