アベレージヒッター
「俺これからデートなんだ」
蒸し暑い、コンクリートが打ちっぱなしの部室で大野がスパイクの裏どおしをバンバン叩いて土を落としている時に、声を弾ませながら、野球部一のプレイボーイ須田が大野の背後から喋りかけた。
「ほー。今日はどこの方ですかね」
「西高の子と」
そうと言って、スパイクのネジの確認をして、袋に入れた。
部室の裏でアブラゼミがないている。
「じゃあ、またな」
手早く支度を済ませた須田は大野の前を左手をひらひらさせて、帰っていった。
大野はチーム首位打者でもある須田の後を見送ると次にグローブを取り出して磨き始めた。
まずは汚れを落とす。そして甘露飴が入っていそうな缶の白い油を塗り込む。今はスプレーのものがあるが、大野はこっちの手間のかかる方を好んで使う。大野はそういう奴だ。
――今日も打てなかった
本日の成績4の0。。 これで今年の春からの打率は約1割8分である。大野はマネージャーから借りたスコアブックを見て遂に自分の打率が2割を切ったことを知り、うなだれた。 春先に二番だった打順が七、八と下がった。この間々だと近いうちにレギュラー落ちは必至であった。
大野はグローブの袋をカバンに入れて仲間たちが雑談しているなか、何も言わず帰っていった。
それを見た仲間たちは
「あいつ、完全にスランプだな」
「ああ。大野は真面目だからなー。
いらんことまで考るから、一度悩み出すとなかなか脱け出せないんだろよ」
この街は開発が進んでいる。駅前には新しいビルが続々と立ち上がり、薄暗かった商店らはモダンな造りに改装するか、全国チェーン店に変わった。それにゲーセンや映画館も建ち、若い人たちが我が者顔で歩いている。
そんな騒がしい街を大野は目線を足の少し前に置き、規則正しいタイルを見ながら歩いた。
――何が悪いのか
その答えははっきりしている。
“無駄なボールに手をだす”であった。
バットにボールを当てることはできる。しかしストライクゾーンをボール二つ外した所や自分の苦手なコースにも手が出てしまう。要するにボールを絞れないのであった。
悶々としながら大野は駅前に着いた。
すると須田がモニュメントの前に立っていた。大野が声をかけようとした時に女の子が須田の元へと駆け寄ってきた。
――これがさっき言っていた子か
どれどれプレイボーイ須田の女の顔を拝んでみるかと大野は二人を見ていると、二人は連れだって歩き出した。
大野は女の子を見た。
――あれっ?
女の子の容姿は美人でなく、可愛くもない、言うならば中の下であった。
なんだプレイボーイ須田も大したことないなー。あんな女の子ばっかしだったら、プレイボーイの称号は剥奪だな。
大野は自分より優れた者が失敗したときの得意な気分になった。
しかし大野はあることに気づいた。
――そういえば須田の好きなコースは真ん中低めだったな
了