小夜物語 別名 (藪柑子村開墾地村童夜話) 序説(作者の言葉) 私はなぜ小夜物語を書き継ぐのか?
小夜物語 別名 (藪柑子村開墾地村童夜話)
序説 私はなぜ小夜物語を書き継ぐのか?
物語文学の豊饒な世界へ帰ろう。
物語文学に浸りたい。
豊饒な物語の世界でずっと遊んでいたい。
世界の何処にも物語文学がある。
日本には今昔物語 宇治拾遺物語、御伽草子 など
中国には、捜神記、唐時代の伝奇物語、聊斎志異、三言二拍、など
インドには鸚鵡七十話 七曜妃物語 (ペルシャ),屍鬼25話など、
イタリアには、デカメロン、ルネッサンス巷談集、ペンタメローネ、イタリア民話集 (カルビーノ)
フランスには、サン・ヌーベル・ヌーベル、エプタメロン、ペロー童話集など
イギリスには、カンタベリー物語
ドイツはグリム民話集
アラビアには千夜一夜物語
こうした物語文学には、
その民族や人種に語り継がれてきた、
心情や感性、美意識、伝承などが色濃く反映されていて、
一大民族ワールドを作り出している。
つまり民族の、無形財産。国宝である。
だから、、これを失ったとき、その民族は、文化を失うのだ。
アイヌの「ユーカラ」も民族文化の見本だ。つまり宝である。
そして何より
物語文学には、豊富な、お噺の原鉱石が含まれているという事が重要だ。
それは人を常に刺激してやまない
好奇心の塊、小説の永遠のネタ、とも成りうる。
事実これらから触発された、創作小説もある。
芥川龍之介の「鼻」『芋粥」「偸盗」など、
太宰治の「竹青」など
そのほかあげればいくらでも出てくるだろう。
物語文学はとにかく豊饒である、
満ち溢れている、
現代人の貧困な発想力を遠く凌駕しているのである。
現代文学はこれらの物語を古臭いたわいもないものとして切り捨てることを持って自分の存在意義を確立しようとした、
実験文学、などと称して
言葉をもてあそんだだけの、意味不明無味乾燥な小説を作り出した。
言葉の無意味な羅列、さもなけば、オノマトペか、新語?のでっち上げ?
時系列の無視?を斬新という、自分よがり。
『俺の新文学がわからないのは、お前がアホだからだ」という思い上がり、
あるいは意味深な?複雑な心理描写だけの心理小説。物語性はゼロ。
筋の展開も、プロットもない。
だがこれらは本当に文学なのだろうか?
単語をもてあそんでいるだけでは?
現代小説に欠けている、物語性のなさ、無味乾燥、つまらない、夢がない、平板、などの
対極にあるのがこれらの物語文学なのである。
平凡な市井日常描写の私小説の類の氾濫した現代文学、
あるいは、延々と続く心理描写だけの心理小説。
こじんまりとした俗世間の小市民小説、
あるいはわざと、難解な?独りよがりな前衛文学。
もうそんなものに付き合うのはこりごりだよ、
楽しみたい、物語を、
わくわくしたい、
波乱万丈の冒険で。
夢踊るファンタジーで宇宙にはじけたい、
そうした、要望にかなうのが、こうした人間の原始心性に訴えかける物語文学なのです。。
まさに宝石箱をひっくり返したような面白さ、
天馬空を行く奇想天外な展開。冒険また冒険の面白さ、
幻想の奔流、マジカルエワールド、
美男美女がいて、熱烈な恋があり、
純真な一途な初恋もあり、
そこでは夢が叶い、
不細工な娘が、魔法使いによって美少女に変身し、
王子様と恋に落ちる、、、。
リアリズム小説の対極ですね。
でもリアリズムってなんでしょう。、
貧民階級に生まれた娘がこき使われて、
両親は餓死、
挙句、本人は売笑婦に転落、
やっと見つけた恋人はいざ結婚してみれば酒浸りで働かない、
やがて夫はアル中で廃人になって死亡して
自身は客から梅毒を移されて
気がくるって死んでいく、、、。
そんな、リアリズム小説を私なら、
金出して本買ってまで、読みたいとは思いませんね。
そういうものはドキュメンタリーでやればいいでしょう。
ノンフィクションか、ルポルタージュでもいいでしょう、
あるいは、社会学、、経済学でやるべきでしょう。
リアリズム小説って結局、御用学者の、悲惨、、悲惨,,のプロパガンタなんでしょうね。
プロレタリア文学って齟齬でしかないんですよ。
政治や経済、社会学的事案を、ポエムやノベルで表現する。
そんな詩的でもない、ノーベル的でもない事案を
感情をこめて?
表現しても、冷たい言い方になりますが
それはお先棒担ぎの、プロパガンタにしかならないということです。
小説とは、、あくまでも、
夢物語で結構、
絵空事で結構、
私たちは現実で十分リアリズム社会を生き抜いているのですからね。
せめて小説だけは楽しく、ありえない夢の物語であってほしい、、、。
今、ハリーポッターがもてはやされ
、
ロードオブザリング(指輪物語)が映画化され
さらにはナルニア国物語までもが、満を持して映画化されたのも、
現代人が平板な私小説や風俗小説、やたら難解な前衛文学、
心理小説などににうんざりした結果でもあるのでしょうか。
この私の小夜物語が
いささかでもそんな物語文学系に
貢献できるなら?
とはいえ純粋に見たら、
あるいはこれらの小夜物語という一連の創作は実は?物語文学の範疇ではないのかもしれない、
でもたとえそうであったとしても、
私にとってのそれはあくまでも、語り継ぐべき「私の物語」なのです。
私の物語として、語りたいんだよ、
だから、、語らせておくれよ、
誰にだって語りたい物語はある。
誰にだってその人しか語れない物語がある。
誰にだって物語はある、語りたい物語はあるんだよ。そうだろ?
心に秘めた一つの物語がある。
それは秘めておいたほうがいいのかもしれない物語。
語ってはいけない物語なのかもしれない、
隠しておいたほうがいいのかもしれない物語、
ホントウハ破棄した方がいいのかもしれない物語?
でも?、私がもしもかたらずに死んでしまったら
その物語は完全に失われてしまうんだよ。
なかったことになってしまうんだよ。
その物語を私以外に、だれが語れるというのだろう。
だから、、どうか私に語らせてくれまいか?
遠い日のそれは幻想の物語?
あるいは実在しない物語?。
いいや、魂の本当の物語なのさ。
塵は塵に帰り、
灰は灰に戻る
だから、
覚えておいてほしんだよ、
私の物語を、
忘れないでほしんだよ
この物語を。
私がいま語らなければこの物語は風化して
消え去り、灰に帰ってしまうんだよ、
だから私が語れるうちに語らせておくれよ、
私はもうじき、語れなくなってしまうんだから。
私が語り継ぐことによって私の物語はそうしてかろうじて、永遠性を
まとうんだろうからね。
誰かどうか私の物語を覚えておいてほしいのさ。
頭のほんのすみっこでいいからさ。
そうすればどうにか私の物語は消えずにすむんだから、
それでこそ、私が意を決してまでも、語り継いだ意味も価値もあるんだから。
さあ
それでは
小夜物語の世界へ。
私のささやかなこの書き継ぎである
「小夜物語」が
ささやかながらも
そうした物語文学の隅っこにでも
貢献できるとしたら?
せめてもの
それが
私にとっては、望外の喜びなのです。
どうか
読者よ。
わたくしと同様に
このささやかな「小夜物語」という
神秘の糸を手繰る旅路を
一人の友として同行してくださることを
希望してやみません。
おわり
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