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百鬼大戦  作者: 蜂須賀緋燕
狭間の終焉 百鬼夜行
7/8

百鬼夜行 〜壱〜

夜が明ける、街は太陽の光に照らされ、白く染まり、色付いていく。


筈だった。


「百鬼、夜行が…。」


「ああ、それでお前の家に来てみれば、焼けた札だけあって居なかったんでな。道を開いて狭間に来て待ってた訳だ。…外を見てみろ、蓮。」


キュウビの襲撃を受け、何故か見逃された蓮の精神も身体も既に疲労に襲われている。


それでも、目の前で窓際に立ち外を眺める茶髪の男の言う通りに動かざるを得なかった。


言うなればこの男は自分の兄弟子であり、本当の兄のような存在。


逆らう気にもならない蓮は言われた通り、男の横に向かい外を眺めて見た。


「こ、これ…?!」


「こいつが百鬼夜行の前触れ、らしい。」


家の庭、周囲を漂う紫の霧。


白んで居た筈の空が霧に覆われ、奇妙な色に染まってしまった街並み。


濃い、深い紫の霧、群れに群れた物の怪達とそれらを束ねる百鬼の群れ、そして百鬼を束ねる婆娑羅大王から溢れ出る妖気が齎す、災厄の前触れ。


それは街並みから徐々に色を奪い、外の景色は霧以外が灰色に染まっている。


「これが更に酷くなると狭間が現世を超える。狭間の本当の形が現世に現れ、現世を飲み込んじまう。お前1人で歩かせられる程、安全な状況じゃねえ訳だ。」


そう言って再びタバコに火をつける茶髪の男。


その口調も、その煙を燻らせる姿は、親父と男が言った者とは全く似ても似つかない。


「陵関さんに怒られてましたよね、煙草…。止めないんですか?」


蓮の言葉を聞いて、男は僅かに眉を動かし反応を見せたが、特に気に留めていないかのように煙を吐き出す。


「…親父が言おうが関係ねぇな。」


「…本当、似てないよね、陵清さん。」


呆れながら陵清に灰皿を渡す蓮。


不貞腐れた様子でそれを受け取った陵清は乱暴に煙草を押し当て火を消すと、灰皿をテーブルに置いてソファーの脇に置いていた刀を手に取った。


「現世に戻るぞ。…ヤバくなる前に。」


立ち込めていく霧を睨みながら懐から札を取り出すと、陵清はさっさと廊下に出て行ってしまった。


慌てて後を追うと既に現世に戻る為の“道”となる門を召喚していた陵清。


蓮がここへ来る時に作り出したものとは違い、立派な扉がそこには出来上がっていた。


蓮が幼い頃から陵関の元で共に修行をしてきた2人。


蓮が兄と思うように、陵清もまた弟と思い心配していたのだろう。


百鬼夜行の話を聞いて、すぐ様蓮の元へ来るあたり、態度とは対照的な人間である。


その事が嬉しいのか、蓮はさほど陵清の態度が気にならず、こうして来てくれた事に嬉しさを覚える。


門を潜り、自宅の廊下を抜ければ、辿り着くのは現世の自宅の台所。


外からは雀の鳴き声や車の走る音が聞こえ、窓から日が差し込んでいる。


「次からは1人で行くな。まぁ、暫くは行かせないがな。」


「なんでさ?」


何事も無く門を潜り、現世に戻った途端、そう告げた陵清に不満そうに蓮が言った。


すると、門を召喚する為の札を壁から剥がしていた陵清は即座に振り返り、大きな足音を立てながら蓮に歩み寄った。


「お前な!百鬼夜行が今日この街に来るっつったろうが!いつ終わるかも分からねえのに、そんな場所に行かせられると思うか?!」


蓮の額を小突きながら怒鳴る陵清。


ガミガミといかに危険な事か怒鳴り散らしていく。


「まともに戦えるのはせいぜい一体ずつしか相手に出来ないような実力のお前が、百鬼なんて相手にしてみろ!それこそ撫でられただけで死んじまうぞ!」


「それでも!」


怒鳴る陵清の言葉を遮り、蓮が叫んだ。


「それでも、そんな所に父さんや母さんを放って置いたまま、自分だけここで安全にしてるなんて出来ないよ!」


力強く、瞳に光を宿して叫ぶ蓮の姿に一瞬陵清は気圧された。


「それに、百鬼は現世にまで影響を及ぼすんだろ?こっちにいてもいつ危険に巻き込まれるか分からないじゃないか?!」


そんな蓮の言葉に、陵清は不貞腐れた表情で頭を掻くと、まっすぐ蓮の顔を見て口を開いた。


「…だから、行くのはやめないってか。さすが、馬鹿だな、お前。」


「なっ?!」


馬鹿の言葉に腹立った蓮はなにやら訳の分からない言葉を叫びながら陵清に掴みかかり、その胸を叩きまくる。


身長は170センチを超えている蓮より、更に高い陵清。


「だあ〜!分かった分かった!」


大きな兄弟の戯れ合いにしか見えない状況で掴みかかって叩く蓮の手を乱暴に掴んだ陵清。


「お前が行くなら俺も行く。だからいちいち腹立てんな、馬鹿。」


「馬鹿言うな!」


抑えられた蓮は言い返しながらも、僅かに口元が緩んでいた。


久々に陵清に会い、また行動を共にできる事に喜びがあった。


「暫くは俺もここにいるからな。日中はちゃんと学生やりやがれよ。」


そう言ってスタスタとリビングの隣の和室に入って行く陵清。


その姿が部屋に消えて行くと、蓮は2階へ上がって行く。


学生やりやがれ、と言われたものの、一睡もせず学校に行く気にもならず、この日ばかりは休む事にしたのだった。













蓮が現世に戻った直後の狭間、住宅街を包む濃い紫の霧の中に浮かぶ小さな影の群れとそこから抜き出て浮かぶ巨大な影。


叫び声なのか、単なる鳴き声なのか分からない獣のような鳴き声がいくつも響く住宅街を、2人の影が歩いていた。


「断界線から戻って直ぐにまた出る事になるとはよ。ラッキーと言うべきか、なぁ?」


野太い声でそう言う大きな影の隣、小さな影は長い長い髪を揺らしながら歩いていた。


「それにしても、雑魚ばっかりで一向に出会さねえな。」


「あなたが目につく雑魚を片っ端から潰していくから、群れがどこから伸びてるか掴めなくなったんだろうが。」


つまらなそうに言う大きな影に、小さな影が凛とした声と冷めた口調で言った。


皮肉を言ったつもりだったのだろうが大きい影は豪快に笑い飛ばす。


「ワッハッハッハッ!そう怒るな、ヘラ!どうにでもならぁ!」


笑いながら歩いていく影を見ながら、小さな影は立ち止まって頭を抱えた。


「…どう考えてもミスマッチだ、レヴィ。」


呟いた愚痴は前方から響く笑い声に消されて消えていく。


「おーい、ヘラ!置いてっちまうぞー?!」


立ち止まっていた小さな影に叫ぶ大きな影。


ヘラは溜息を漏らすと、重い足取りで大きな影の後を追って消えていった。









ヘラ達が住宅街を訪れてから半日、空は紅みを帯び黒い幕が降り始める。


学校へは行かず、その身を休め腕の傷を癒す事にした蓮は夕方5時を回って漸く起きた。


流石に何もせず半日寝ているだけで傷が治るほど、常人離れした体ではないが、現世に戻ってきた時よりは幾分痛みも消え、ましになっていた。


「おう、起きたか、サボり野郎。」


リビングへ入ると、蓮を見るや否やソファーに座ってタバコを吸う陵清は、意地悪そうに笑みを浮かべて悪態を吐く。


しかし、的を得ているだけに何も言い返せず、蓮は陵清に向き合うようにソファーに腰を落とした。


「暫くは狭間に行かせねえからな。これは決定事項だ。」


「…人を見るなりそれ?着いてくるって言ってたのに…。」


「それは間違いじゃないがな、俺はまだ死にたくねえ。百鬼夜行が来るってのにわざわざ死地に赴く事はねえ。」


不満げに言う蓮を無視し、陵清が言うと蓮は溜息を漏らした。


自らの想いを告げたはずなのに、やはりこの人は動かない。


予想していた言葉を受けて呆れたのである。


「と、前なら言ってだろうな。」


しかし、陵清はすぐ様そう口にした。


「お前の想いはわかってる。それに、目的を果たす為に今までやってきたんだ。死ぬかもしれないから行かせない、はもう無駄だろ?」


不思議そうに顔を上げた蓮を真っ直ぐに見つめ、陵清はそう言うとタバコの煙を吐き出し、乱暴に灰皿にタバコを押し付けた。


「1時間後、狭間に出る。お前の両親の姿を確認しない限り、お前は隠れてでも行くだろうからな。暫くは狭間に居座るから、そのつもりで居ろよ。」


「陵清さん…。」


後頭部を掻きながら立ち上がった陵清はさっさとリビングを出て行く。


その背中がどこか恥ずかしそうに見えた事に蓮はわずかに微笑んだ。


「ありがとう、陵清さん。」


そう呟くと、蓮は急いで2階に上がり、狭間へ向かう準備を始める。


今度こそ、百鬼夜行が押し寄せる前の僅かな時間でも両親を見つけ出す為に。


そうして支度を終えた蓮は再びリビングへ向かう。


何の装飾もない黒いジャケットに黒いデニム、銀色の獅子を象ったバックルの付いたベルト、そして、その腰元に携えた白い鞘に収められた刀。


「来たな、早速行くか。」


引き締まった表情の蓮を見るや、ソファーに座りタバコを吸っていた紺色の袈裟姿の陵清は即座に立ち上がり、玄関へ歩いて行く。


「門はここで開くんじゃないの?」


「今朝の様子から考えると、ここもそう安全とは言えなさそうだからな。寺近くの雑木林にある廃屋で開く。」


何時もならば屋内で門を召喚し、狭間へ行く筈の陵清に聞くと、陵清は玄関で草履を履きながら気怠そうに答えた。


どこでも門は召喚できるが、潜った直後に物の怪に襲われる事が有り得ないわけではない。


少しでも安全な場所を確保し、そこから狭間へ入るのは当然と言えば当然だろう。


その陵清の言葉に納得し、家を出て行く陵清の後を追う。


そこから歩く事30分ほど。


雑木林の中を歩く2人の顔付きが次第に険しくなっていった。


「…陵清さん。」


「気付いたか、構えとけよ。」


小声でやり取りする2人の周囲、雑木林一帯に湿っぽい君の悪い纏わり付くような気配が立ち込めて行く。


僅かに霧がかかっているようにも見える周囲を見ながら、2人は静かに刀を抜き、警戒しながら歩いて行く。


廃屋に着く前に、門を召喚する必要もなく、狭間に入ってしまうかもしれない。


即ちそれは、百鬼がこの街にいるかもしれない、危険性を物語っていた。

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