自分史
子供の頃、奈良の保育園に通っていたが、ある時、泣きながら家に帰った。子供ながら仲間に入れずに疎外感があった為である。
小学校は、私立を両親に言われるまま受験し合格した。一年生から英語の授業があり、授業中の態度が悪い為、先生に
「BAD BOY」と言われていた。小学校の頃は、人気者になりたくて、いろいろなギャグを考えたり、面白いことをして周りを笑かせてばかりいた。毎朝、登校する前に、今日は、何をして笑かそうかとそれが楽しみだった。授業中、私語が多かったが、成績は良かった。小四の時、学習塾に入塾し、家でも塾でもスパルタ教育だった。
小学校五年生の12月、母親が胃ガンで亡くなった。ショックを受け無口になってしまった。中学受験は、失敗し市立の中学に入った。そして、小学校の時とはうって変わって、野球部に入り、しごき練習に耐え、中三の頃は、175の70キロ位あった。 高校は、硬式野球部のピッチャ―をやっていた。成績は、良かったが、エ―スにはなれなかった。クラブ活動が終わり、大学受験に向けて理系のクラスに入り、勉強したが、ちんぷんかんぷんで勉強する気が起きず、このままいくと浪人生になると予感していた。