001 戸惑いの異世界
本日二話目です
急ブレーキ騒ぎで体を押された。手摺を軽く撮んでいた程度では不意の行動に対処できない。踏ん張ってみたが、人の重さに耐えきれず俺は居に反して押し出された。……そう雅に押し出された気分だ。
「何処だ?此処は……」
変哲の無い人生を送っていた。先月家族と別れるまでは。
何時もと同じ朝を迎えていた。バスに乗るまでは。
気が付けば、森の中に居る。さっきまで鮨詰のバスに揺られ都会の真ん中に居た筈なのに、体を押されたと同時に俺自身が世界から押し出された気分だ。
「なんだこりゃ」
一発で元の世界で無い事を理解出来た。何故なら空に月が二つ浮かんで居たからだ。元の世界では朝が始まったばかりなのに、コッチでは月夜の空を迎えている。押された拍子に転がってしまった俺の体に走った感覚が、現実だと教えてくれる。
「どうなっちゃうんだ俺」
不安と恐怖が襲い掛かる。遠くから獣の声も聞こえている。このまま見知らぬ土地で死んでしまうのかと落ち着かないまま、時が過ぎて行くのを待っていた。
恐怖に震えながら朝日を迎えた俺は、所持品を調べる事にした。カバンの中身は筆記道具が少しとシステム手帳。バインダーに僅かばかりの紙が残されていた。
後はスマホと太陽光発電の充電器だ。着ている服は白いYシャツに紺地のネクタイ。ヨレヨレの夏物の上下のスーツと安物の靴だけ。武器に使えそうなものは何一つ無い。当たり前だ。出勤途中で刃物を持ち歩くなんて、今のご時世捕まえて下さいと言わんばかりの行いなのだ。だが、今の状況では過去の犯罪者が憎いとさえ思えた。
オヤジの俺ですらゲームやラノベ位知っている。この状況が何であれ、俺が異世界に紛れ込んだとするならば、出来る事は人里に向かう事!生きて元の世界に帰る事!そして強くなる事だ。天災・人災・神災なのかは判らないが俺が連れて来られた理由を探る為、強くなる。其の為にまず己に何が出来るかを調べよう。
元より少し体力が在った。歳を考えれば、驚異的なパワーも在った。敵を倒せばレベルが上がった。ゲームと同じ要領だ。
気を引き締め己のチェックを行った後、俺を襲って来た大鼠を数匹倒すと頭の中で快適な音楽が響き、レベルアップを知らせるアナウンスが流れたからだ。残念なのは、己のステータスを見る方法が相変わらず判らない事と魔法が使えない事だ。
「此処は魔法って無いのかな?」
そんな言葉が頭を過る。異世界に紛れ込んだのなら……と、遂年甲斐も無くハシャイだ事を反省。アナウンスは全部で五回つまり最低でもレベル五に成ったと思う。だから次の行動に移ろう。
丸一日彷徨ったお蔭で、森を抜け町に辿り着く事が出来た。
高さ約三メートル程の塀に囲まれた町『ヴェイル』人口三万人の中規模な都市だと言う。レンガ作りの二階建て住居が殆どな街並み。歩く人々は雅にファンタジーである。獣人にドワーフ。エルフの姿も在った。ナイスバディーな露出の多い猫娘に目が奪われたのは言うまでもない。人間の多くは金髪・白人で稀に褐色肌の人も居るが、俺と同じ黄色人種で黒髪の人影は見る事が出来なかった。
有難いと思えたのは、道行く彼らの言葉を理解出来た事だ。これで異文化コミニュケーションは取れると立証で来た事に成るのだが、彼等からの痛い視線をいつまでも耐えれる自信が無い。次の行動はスーツを売って地元の服を購入しよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほぉ~珍しい民族衣装ですな。生地も初めて見ます。縫製も凄い!こんな方法が在るなんて……」
「気に入って頂けましたか!?で、これらを売りたいのですが」
長い交渉の末、麻布のシャツと皮ズボンそれにブーツとリュックと金貨十九枚と銀貨百枚を手に入れた俺は教えて貰った宿へと向かう。
「一泊お幾らですか?」
「一人個室・二食付きで銅貨五十枚。連泊で前払いなら値引するよ」
愛想の無いオバちゃんの対応に指を二本立てて銀貨一枚を出した。
「二泊なら割引なしだね。その代り夕食に一杯付けてあげるよ。部屋は二階の奥二○五号室だ。トイレは共同、階段横だよ」
オバちゃんは、顔を少し和ませカギを俺に渡した。
「さて、後は仕事か……安全パイなら商人か職人だけど最悪、冒険者の仕事に成るのかな。後、魔法ってやっぱり存在しないんだろうか?その辺調べる方法が在れば良いが……」
やっと落ち着く事が出来た俺は、そんな事を硬いベッドの上でゴロリとしながら考える……「ドンドン」とドアを叩く音で飛び上った。聴き覚えのない幼い声が「お客さん!お客さん!居るのかい!?遅くなると夕食が無くなるよ」
どうやら、安心から疲れで眠ってしまったらしい。部屋の灯が無い事に気づきながら、起こしてくれた言葉に反応し一階へと降りる事にした。
昼間は気づかなかったが、一階の食堂はご近所さん達の飲み屋も兼ねている様だ。部屋数より飲み食いしてる数が多いからだ。酒に飲まれ陽気な住民は種族を問わずに楽しく盃を交わしている。彼等を他所に分厚いステーキを食べながら聞き耳を立てていると幼い少女が近づいて来た。
「飲み物のお代わり在りませんか?」
「じゃ~同じモノを」
「一杯銅貨三枚です。宿代に付けておきますか?」
「いや、今払うよ。所で起こしてくれたのは君かい?」
「ハイ。『ラナ』と言います」
「工藤だ。宜しく。所で、部屋が暗いんだが、灯りは在るかな?」
「灯り一つ銅貨二枚です」
「それと風呂は無いか?」
「風呂?ですか」
「うん。汗を流したいんだけど」
「裏に井戸は在りますケド、湯が欲しいなら桶一杯で銅貨五枚です」
成程、風呂が無い世界ですか。其処は考慮する問題ですね。
「どうされます?」
「アッ!それじゃ酒と灯りとお湯全部貰おうか」
「えっと……全部で……」
「銅貨十枚だな。銀貨一枚渡すからお釣りは銅貨九十枚だ」
「……本当だ。お客さん計算速いんですね」
「そっか!?」
「お湯は私が後で、お部屋に運んでおきます」
「君が?」
「ハイ。宿の仕事ですから」
桶がどれ程の大きさかは判らんが、見た目幼稚園児の幼子にはキツイ仕事だと思った。桶は俺が運ぶから、灯りを一緒に持って来てくれと伝えるとラナは少し笑顔を俺に向けてくれる。やはり桶運びは、ラナにはキツイ仕事なんだろう。
ゆっくりお代わりの一杯を飲んでいると、さっきより笑顔に成ったラナが湯を沸く頃だと知らせに近づいて来た。
「助かるよ。ありがとうよ」
キッチンの奥から昼間のオバちゃんが笑顔を俺に向ける。どうやら、俺の行動はプラスに働いた様だ。明日の朝なら彼女達に少し町の話が聴けるかもしれない。
「タライは角の場所に置いて下さい。水は明日私が棄てますからそのままに。灯りはベッドの脇では無く天井に掛けて下さい。火事だけは気を付けて下さいね」
こうして俺の一日は無事に終える事が出来た。
時間を割いて読んでくれて有り難う