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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
一章『カーニ=ヴァル・ベル』
9/34

Act8:古き城の頂きへ

   

 都市全体を騒がせる謎のモンスター騒動。

 挙句の果てにはそのモンスターは巨大な異形へと変貌して暴れ回り、最終的に有志のギルドや数々の《来訪者(ビジター)》の総力戦を以て鎮圧したのは一昨日の夜のこと。


 その次の日の夜――即ち昨夜、ユングフィはかつてのような粛々たる夜を迎えた。


 誰もが再びあの異形が現れるのではないかと危惧する中、まるで肩透かしを食らってしまったような気分をどれだけの人数が味わったことか。

 騒動があった次の夜、これまでの被害と事態を重く見た《来訪者》たちの放つ、緊張感と警戒心でピリピリとしていた空気を嘲笑うかのように、昨日の夜は何もなかった。

 大手のギルドでは、不寝番をしていたギルドメンバーが、終始何もないまま結局朝日を迎えてしまい、呆けるような表情をする者多数とのこと。

 まあ、無理もない。

 ――正体不明の仕様外のモンスター。

 それだけでも《来訪者》にとって警戒心を煽るには十分な存在だ。ましてや、そのモンスターの出現情報が飛び交う少し前から、《来訪者》が無差別に姿を消しているという事実まで存在していてはなおのこと。

 だが、あの巨大なモンスターの出現した次の夜は、まるでこれまでのことが嘘であったかのように何もなかったのも事実だった。

 ただ、それゆえに皆が危惧する。


 ――これは果たして、一体何の前兆なのか。


 ――次は何が起きるのか。


 そんな一抹の不安を抱える《来訪者》をよそに、朝の陽射しがユングフィの街を照らしていた。


 そして、その不安漂う都市の中で――


 彼は眼前の建造物を興味深げに眺めていた。

 その建物は、それを間近で見上げた場合、最上階を捉えることが出来ないくらいには高く出来た高層建築物だ。

 外見は一見するとそれは天へと聳える塔のような印象を抱く。あるいは巨大な教会。正直、城と呼ぶにはいささか守りが薄い。

 しかし、それはこの古都ユングフィの外周が高い城壁に覆われていることを鑑みるに、この都市は城郭(じょうかく)都市なのだろうと推測もできる。それならば、城自体を堅牢にする必要はない。あの高く分厚い、攻め入るだけで一苦労しそうな外壁を敵に攻略されれば、最早敗北は決するのだ。その上城まで守りを強くするのは、一国の主たる者にしては往生際が悪いだろう。

 まあ、城の謁見の間がこの高く聳える城の上層にあると言う時点で、往生際が悪いと言えなくもないが――それはもう存在しない城主に言っても詮なきことと切り捨てる。

 外装全体は現実世界で言うところのゴシック様式。しかしその各所に様々な様式美が用いられているのを見ると、この城はモン・サン=ミシェルをモデルにデザインしたのだろうか――そんなことをリューグは考えていた。

 無論、現実に置いて美術の成績は良くも悪くもない平均しか取っていない日口理宇(リューグ)の、ほとんど当てずっぽうに等しい予測が実のところ間違っていないことはさて置いて……。

 太陽が空高く昇るこの時刻。昼時喧騒に包まれるユングフィを多くの住民が闊歩する中で、彼はその建造物の前で立ち止まり、物思いにふけった様子で見上げていた。

 纏っているのは《アークナイト・コート》ではなく布地の白いチュニック。襟周りには変わらず《風妖精(シルフ)のマフラー》。下も変わらず、黒ズボンにブーツ。ヒラヒラと揺れる長いマフラーを除けば、AINと勘違いしてもおかしくない風貌。無論、その左腰に吊ってある片手長剣がなければの話であるが。

 リューグは手に抱えた紙袋から林檎を一つ取り出し、それを徐に齧りながら、再び視線をその白全体へと移す。

 まさしく――壮健。

 城主がいなくなっておよそ四百年あまり。今や歴史の波に流れ、訪れる者がいなくなった古き建造物。しかして決して姿を消すことなく、風化していきながらも形を残し続けるかつての権威とこれまでの歴史を物語る象徴。

 古都ユングフィに置いて、その最たる物は唯一不変。

 それが古城、シアルフィスである。



 ――かつてこの地に、千年王国と呼ばれた風の王国が存在した。

 ウィズダリアと呼ばれる王族によって統治された大陸の覇者。歴代の賢王によって統治され、平穏を約束されたこの地。

 しかし、一人の王子によって国は終わりを迎える。

 真白き髪に紅き瞳。神童と謳われ将来を羨望された、その王子。

代々伝わり、されとて王家の誰一人として振るうことの出来ずにいた、白き宝剣を手にした王子は、狂気の道を突き進む。

 王の血で、臣民の血でその白き宝剣を赤く染め、魔道へ堕ちる。

 幻想の地を求め、尸山血河(しざんけっか)を積み上げて、死屍累々の道歩む。

 しかして狂気の王子は、時の巫女に選ばれた、黒き神剣携える勇者に敗れる。

 これを最後に、王家の血は絶え、風の王国は幻想響歌の導きによって歴史へと没した。

 以降、百年以上の時を過ぎなお、その城は主の帰りを待ち続け、城下の民を見守り続けている――。



 それは、〈ファンタズマゴリア〉の公式サイトに掲載されている、古都ユングフィの成り立ちと歴史を描いた御伽噺(せってい)である。βテスト開始直後、何度も見直しては胸を躍らせたファンタジーの一片。今でもしっかり思い出すことの出来る――ゲームのプレイには全く関係のないような与太話をふと思い出し、苦笑する。

「今や主なき城――そこに居座ってるのは誰か……」

 シャクリ……と、齧る林檎が小気味よい音を鳴らした。同時に、それを咀嚼するリューグの口角が楽しげに吊り上がる。

「そのご尊顔、拝すると行くのもまた一興、だろう」

(それに……)

 気になることも多い。

 仕様を逸脱した存在。

 現状では不可能なはずの、新モンスターのアップロード。

 常に書き換え続けられるプログラム。

 そして何より――あのローブの人物が、リューグの脳裏に引っ掛かっていた。

 本来知り得るはずのない、《来訪者》の現実(リアル)の情報。あの人物がこの異世界化する以前にGM(ゲームマスター)であったという可能性もあるが、リューグ自身は、それはあり得ないと判断していた。

 アカウントの総数が一〇〇〇万を超えた人数を有している中から、たった一人のユーザーのPCを見ただけで現実の個人を識別することは不可能に近い。

《十二音律》という贔屓目があったとしても、日口理宇が操るリューグというPCは一般プレイヤーでしかなく、現実ではただの大学生だ。管理者側が一々記憶にとどめておくような人間ではないと自負もある。


 ――いや。


 ただ一つだけ。

 そう。唯一、その事実を認知している可能性がなくもないが、それは最早歴史に埋没した過去だ。この主なく朽ちてゆく城と同じように、最早『彼』の名前を覚えている人間など、多くはない。そう、理宇(リューグ)は思っている。

 しかし、そんな個人的な疑問をなきにしても、やはり現状このまま見過ごす――ということは出来やしない。

 昨今の事態の原因はこの城内にいる――その情報は、ヒュンケルを通して都市に住まうすべてのギルドに通達されている。冒険者協会の掲示板にも、すでにその旨を記されている。

 ギルド『ガーディアン』など、すでに討伐準備を始めているという話だ。昨日の今日でご苦労なことだ――と、他人事のように思いながら、リューグは苦笑と共に踵を返す。

 正直な気持ち、今すぐにでも城の中に突入したい――そんな感情が無きにしも非ず。だが、リューグは後ろ髪引かれながら目的地を目指す。

 場所は言うまでもない。

 武具工房『桜樹』。

 サクヤの経営する店である。


      ◆     ◆      ◆


「お前らそろそろ経営妨害で訴えていいか?」

『却下』

 店の片隅で胡坐をかいたまま憮然とした表情で訴えるウォルターに、リューグとヒュンケルは容赦なく断じた。

「私としても、此処を溜まり場にされるのには顔を顰めざるを得ないんだがな」

 カウンターのテーブルに膝をついて、最早言うだけ無駄だろうと半ば諦め気味にぼやくサクヤ。

と同時に、その言葉を耳にしたユウが、薄っすらと口元に笑みを浮かべて言った。

「どうせ他の客なんてこないでしょう? なら、私たちが来てくれるだけでもありがたがるべきだと思うわ」

「……お主、いちいち癪に障る物言いをするな?」

「事実を述べているにすぎないわ」

「はいはい、アンタたちは懲りずに喧嘩腰にならない」

 ドスの利いた声音、険のある視線のサクヤと、わざわざ挑発してからかうユウの間に、呆れながら割って入り仲裁するフューリア。

 この数日のうちにして当たり前となりかけている光景を前にし、ノーナは僅かにその相貌を、口元を、綻ばせた。

 本当に僅かな変化。本人すら気づかぬほど、その表情の変化は微々たるものだ。

 故に、この場にいる誰も、その変化には気づかぬままに喧騒を繰り返す。それを見ながら、ノーナは膝に乗せた包みに入っている焼き菓子(クッキー)を手に取り、口に放り込む。サクサクとした触感と共に、程よい甘さが口の中に広がった。

 食べることは嫌いではない。

 むしろ好きな部類に属するだろう。娯楽の少ない〈ファンタズマゴリア〉において、食事というのは多くの《来訪者》にとって現実と相違なく行える生活の一つだった。

 現実(リアル)において『ゲーム』という娯楽でしかないはずの〈ファンタズマゴリア〉が、気づけば一年以上『現実』として認識し、生きているのはまさに皮肉だった。

 現実(リアル)虚構(ゲーム)の逆転。

 自分たちが陥っている事態がそういうものだとノーナは認識している。そしてそれは、この世界に存在するすべての《来訪者》の共通意識の一つ。

 そしてこの異世界(ファンタズマゴリア)からの脱出が《来訪者》の宿願だとも思っている。


 ――だというのに。


(……なんか、平和だね)

 目の前の光景を見て、ノーナは菓子を咀嚼しながら漠然とそんなことを考えた。

 ノーナ・カードゥンケルは少し前まで《来訪者》として世界を駆け回り、現実への回帰を目的とした攻略組に参加していた《来訪者》だ。

 暫し前にズィスィボラス大陸の南部にある大型の遺跡攻略にも参加していた、実力的には屈指の《来訪者》である。

 ユングフィに帰還したのは殆んど気まぐれだった。

 いや、理由はある。美味しい物が食べたくなった――という、彼女にとってあごく当たり前の本能に従っての古都への帰還。それがまさか、現在このユングフィを取り巻いている大事の一端に巻き込まれてしまうとは、帰還する時は思ってもいなかった。

 しかしそれは、今も尚ユングフィに留まっている理由にはならないだろう。そのこと自体は、ノーナ自身も分かっているつもりである。


 だが、ノーナの胸中にはどうにも前線へと戻る気が起らなかった。


 別に攻略を諦めたというわけではない。むしろ今だって攻略には積極的だと自己分析するだろう。

 現実へ帰りたい。その想いは自分の中でも確たるものであり、これまで自己を鍛え抜き、前線を生き抜いてこれた原動力であると自負している。

 しかし、どうにもノーナはこの都市を離れる気にはなれなかった。


 ――いや、


 正確に言えば、彼らと離れる気になれない――というのが正しいだろう。

 彼ら――それは即ち、この都市に戻ってきた際に出会ったリューグと、今この場に集っている一団のことだ。


 剣聖(ソードマスター)、リューグ・フランベルジュ。

 トリックスター、ヒュンケル・ヴォーパール。

 呪葬鎌使(デスサイズ)、ユウ・ウルボルス。

 隠刀士(スカウト)、フューリア・リム=レージュ。

 魔祓師(エクソシスト)、ウォルター・グレイマン。

 鍛冶師(ブラックスミス)、サクヤ・ミカナギ。


 その彼らである。

 眼前の彼らもまた、自分と同じ状況にある――即ち、MMORPG〈ファンタズマゴリア〉という異世界に何らかの要因によって迷い込み、そこから現実へと帰るために日々奔走し、思考錯誤している《来訪者》のはずだ。

 だというのに、彼らには最前線――俗に言う攻略組たちの纏っているある種の空気が感じられない。

 常に緊迫し、神経を研ぎ澄まし、それ故に擦り減り、摩耗していく――必死に出口を求めて彷徨う迷子たちのような必死さも。

 命を賭して、時間の許す限り戦い続けて、それでも求める物を得られず、落胆し、周囲の人たちを巻き込み蔓延する絶望も。


 この場に集っている者には――程遠い。


 彼らの実力はある程度把握していた。少なくとも、現在最前線で戦っている攻略組にすぐに組み込まれても遜色ない――いや、それどころか殆どの攻略組を凌駕するくらいのステータス値・スキル熟練度を。そして如何なる強敵が相手であろうと揺らがぬ胆力と精神力を持ち合わせているのは間違いない。

 にも拘らず、何処か戦いと無縁のような雰囲気を纏う彼らという存在は、とてもちぐはぐなものだと、多くの者は思うだろう。

 ましてやこの場にいる半数が、MMORPG〈ファンタズマゴリア〉における、かつて全プレイヤーの頂点に君臨した者たち――即ち、至高存在(ハイレベル・プレイヤー)

その超越者たちの集い――《十二音律》に名を連ねていた者たちだというのだから、驚嘆せざるを得ない。

 他の追随を許さぬほどの極域。経験も実績も、一般プレイヤーでは到底至ることの出来ぬ領域へと踏み込んだ異常者たち。

 彼らは、各々が単身でS級、中にはその一つ上であるSS級のモンスターと渡り合えるとすら云われる超常の(つわもの)たちだ。その実力は、〈ファンタズマゴリア〉においても屈指だった。

 ゲーム時代、ノーナも上位のプレイヤーとして戦争(ウォー)クエストや集団(レイド)クエストの攻略に加わったことがあったが、その中で幾度か、《十二音律》が参加した戦いがあった。

 その戦う姿は、まさしく一騎当千。

 伝説級武具(レジェンダリーウェポン)のあるなしは関係がなかった。

 そもそもに、彼らは伝説級武具を保持してこそいるが、それを使用することは滅多にない。

 実際、ノーナが参加したクエスト中も、彼ら《十二音律》の中で伝説級武具を使っていたのは僅かに二人。当時は後衛職でしかなかった〈賢人(ヒュンケル)〉と、当時も現在も〈ファンタズマゴリア〉最強と謳われる〈荒人神(クサナギ)〉のみだった。

 そして、そんな伝説級武具を振るう二人と並び立ちながら、通常の装備を手にして戦い、同等の戦闘力を発揮した《十二音律》の面々の背中に、多くの者が羨望していた。

 たががゲーム。その世界で異常なほどの強さを誇ると言うのは、それだけ異常な時間をゲームに費やしてPCを鍛えていたことを意味し、普通ならば『廃人』のレッテルを貼られても可笑しくないのだが、彼らに関してはそのような批判的声は殆ど上がらなかった。

 おそらく〈ファンタズマゴリア〉というMMORPGは、レベル――ひいてはステータス値の数値よりスキルの熟練度と、それを如何に上手く使いこなすかが戦闘の鍵を握るゲームであったというのが大きいだろう。

 どれだけ強力な武器を持っていようが、どれだけ高いステータスの数値を誇ろうが、その性能を存分に使いこなせる操作技術がなければ意味を成さない。

 そう考えた場合、《十二音律》に名を連ねた者たちは、そういった技能に優れているからこそ、その総称に名を連ねたのだ。

 ただ、操作が上手いだけではない。

 ただ、PCが強いわけではない。

 ただ、装備が優れているのではない。

 その先にある頂き――それらを兼ね揃えてなお、その性能と力を万全に振るいこなすことが出来る。故に、超越者たち。

 それが《十二音律》だ。

 そしてそれは、〈ファンタズマゴリア〉という世界が異世界と化しても変わっていない。

 彼らはたとえゲームであろうが、そうでなかろうが超越者と呼ぶに相応しいとすら、ノーナは思う。

 それはただ一見して、漠然とそう感じたからではなく、実際に彼らの戦いぶりを見て判断した客観的な事実だ。いや、むしろ一層顕著になったとすら思っている。

 あの異形に追われていた夜。

 そこで巡り合ったリューグ。〈ファンタズマゴリア〉に然り、他のMMORPGに然り、同一の名前を持つPCというのは存在しない。

 だからその名を耳にした瞬間、彼がそうなのだろうと予測した。そして、その予測は間違っていなかった。

 かつての戦争クエスト。その場で見た背中と同じ。《竜血に染まる法剣(アスカロン)》こそ、その手に握ってはいなかったが、彼が《十二音律》に名を連ねる第九番、〈聖人(ゲオルギウス)〉であることはすぐに分かった。

 PCのモデリングもそうだが、何より纏っている空気が、かつてEVD越しに見た姿と重なった。

 何処か飄々と、しかし穏やかな空気を身に纏い、しかしいざ戦闘になった瞬間――まるで名工によって鍛えられた刀剣の如く鋭く、研ぎ澄まされた気迫が、ゲームであった頃の〈ファンタズマゴリア〉の戦場で見た英雄(リューグ)の背中と重なった――そう言ったら、笑われるだろうか?

 ただのゲームの画面越しに見ただけの姿。だが間違いなく、あの日桜木春乃(ノーナ)はその背中に羨望を抱いた。

 どうすれば、あのように立ち回れるのか。

 どうすれば、あのような強さを得られるのか。

 その答えが知りたくなった。

 ほんの息抜き。お遊び程度のつもりで始めたMMORPGに桜木春乃(さくらぎはるの)がのめり込んで、その結果この異世界化という異常事態に巻き込まれる羽目になった理由(きっかけ)

 その人物は今、この場で銀髪の友人と談笑している。

 否、正確に言えば、何かの相談――あるいはそのため算段をしているのだろう。薄く笑んでいるが、対するヒュンケルの表情が険しいものだった――それはつまり、ノーナの推測の正しさを物語っている。

 更に彼らは二言三言交わした後、お互いに首肯する。リューグは微苦笑し、ヒュンケルは煩わしげに嘆息一つ漏らした後、周囲に視線を巡らせて、


「――さて、本題に入らせてもらう」


 その言葉に、ウォルターだけは「いや了解すらしてませんけどねー」と愚痴を零しているが、他の皆はノーナを含めて既に話を聞く態勢に入っている。

ウォルター自身も渋々といった態度を取っているが、実際にそれは見せかけ(ポーズ)であって、彼自身も視線はしっかりヒュンケルを見て耳を傾けていた。

「すでに全員が知っているだろうが、先日の大掃除の際に俺とリューグが遭遇したフード野郎の言うことが正しければ、あの化け物はあの城からやってきているらしい」

「まあ、彼の言うことを信じるのならば――という大前提があるけどね」

 補足するように、リューグがくすりと笑いながら告げると、ヒュンケルは相槌を打って言葉を続けた。

「ユングフィ駐在のギルドは、すでに古城シアルフィスへの侵入、ならびに最上階への到達を目指して突入メンバーを構成しているという噂だ」

「なら、それで問題解決じゃね? そいつらに任せておけば、万事解決じゃないか?」

「――と、思うでしょう。でも、そう上手く物事は運ばないのよ。世の中って」

 ウォルターの疑問に答えたのは、ユウだった。彼女は冷淡に言葉を口にし、言ったん間を置いた後、その相貌をはずかに細めながら言う。

「昨日あのモンスターが現れなかったからといって、今夜――あるいは今後も現れないという保証はない。そんな不確定要素を孕んだ現状じゃあ、そうそう人員を動かすことなんてできないのよ」

「ましてやこの都市に駐在しているギルドというのは大半が中堅。最前線――攻略組として活躍するギルドに比べたら、どうやっても実力が心もとない。当然、戦力だって攻略ギルドに比べれば劣る。

 そんな中で、幾つもの危険性を持ったダンジョンに挑むということは、ただでさえ数少ない戦力を分割することになる。ダンジョン攻略中に奴らが現れたら、被害は今までの比じゃないだろう?

 下手をすれば壊滅的な被害を負う。それはとてもじゃないが良策とは言えない」

 ユウの言葉を引き継いで、フューリアが顔を顰めながら明朗に論ずる。

 その場にいる全員が沈黙する。暗愚な問いを投げたウォルターに至っては、ぐうの音も出ないといった様子でこうべを垂れていた。

 だがしかし、原因が分かっているのに、ユングフィに存在するギルドが動くこともままならないという――そうなると、疑問として残るのはただ一つ。

「――じゃあ、誰が行くの?」

 当然の疑問を、ノーナが投げかけた。すると、その言葉を舞っていましたと言わんばかりに、リューグな不敵な笑みを浮かべて全員に視線を巡らせて、そして言い放つ。


「――当然、僕らってことなる」


「どうしてだよ!?」

 間髪入れずにウォルターが叫んだ。しかし、間隙も置かずにヒュンケルが答える。

「答えは明朗簡潔。古城シアルフィスは初期の拠点都市の真ん中に存在する割には、ゲーム時代から難易度は中から上に分類される。つまり、攻略にはそれなりの実力を持った《来訪者》である必要があり、そしてもう一つは、ギルドの団体組織に属さない自由(フリー)の者と限定される」

 ヒュンケルの説明に、ノーナはなんとなくその意味を理解した。

 要はギルドに所属している者は、その行動にギルドの方針が付随してくる。そして現在ユングフィに駐在するギルドは、都市内部に現出するあの異形のモンスターへの警戒態勢が、他のギルドと連携で行われているのだ。

 現状ギルドに所属していて、あの異形のモンスターに少数で対処できるだけの実力を備えている数少ない《来訪者》の者々は、軒並みその対処に追われているのだ。その人員を削るというのは、先のヒュンケル性質の説明を聞く限り酷く難しいのだろう。

 故に、ギルドに属さず、その上であの異形にも対処できる《来訪者》が早急にシアルフィに挑み、都市を跋扈する異形の原因を排除する――そういう形に落ち着いたのだろう。

というより、端からこうなるように仕向けていたのではないだろうかと勘繰ってしまうほどだ。

 そして、リューグとヒュンケルならばやりかねないとも思う。

 果たして、件の二人は微笑と渋面を浮かべているため真意は不明だが、彼らの言う条件に当てはまる《来訪者》など、現ユングフィには十人もいるかいないか。つまることろ、この場にいる面々以外はあり得ない。

 即ち、


「というわけで、これから此処にいるメンバーで古城シアルフィスの攻略に向かおうと思う」


 と、いうことである。

「それと、システム上パーティは七人が最大ですけど、姐さんは何かあった場合、内外の連絡係として待機していてください。あと、全員の武器耐久度の修繕も」

「まあ、それくらいは引き受けてやろう」

 カウンターで頬杖をついたまま、最早呆れを通り越した苦笑を浮かべたサクヤに向けてそう願い出るリューグの隣で、ヒュンケルが眼窩のウォルターへと宣告する。

「ウォルター、拒否は許さんからな」

「うぉぉぉぉい!」

 先手を打たれたウォルターが怒号するが、対するヒュンケルはもう話は終わったと言わんばかりに視線を彼から外して黙殺し、眼前にウィンドウを開くと、サクヤを除いたこの場にいる面々にパーティ申請のメッセージを送る。

「一応聞くが、お前たちも異論はなしということで良いのだろう?」

 問われたユウとフューリアは一瞬だけ互いを見合い、失笑する。

「私がヒュンケルの申し出を断るとでも?」

「まあ、毒を食らわば皿まで、だ。つき合うよ」

 そう答え、二人は目の前に現れたウィンドウの【Yes】【No】の内、迷いなく【Yes】のボタンを押してパーティ申請を受託した。

 続けてヒュンケルはノーナを向くと、彼が何かを言うよりも早く、そこにはすでにウィンドウのボタンを押し受託し終えているのを見て苦笑した。

「問うまでもなしか……」

「その気遣いを俺に回せよ。俺に!」

「溝に捨てたほうがマシだな」

「俺の扱い酷過ぎないかなぁ!?」

 涙目で訴えるウォルター。それに対し、ヒュンケルはあくまで冷淡な態度を崩すことなく、それどころかさっきすら籠った眼光で彼を見下した。

「お前は婦女子に任せて自分は安全な場所で高みの見物をすると言うのか。まあそれも構わんが、その場合はお前の顔写真貼り付けたビラを都市全体に捲き散らすからな。『ウォルター・グレイマンは女子供にばかり危険な仕事をさせて、自分はその上に胡坐をかくゲス野郎』ってな」

「どういう脅し文句だそれ!? そしてスゲー聞こえ悪いな!」

「そう思われたくなければ働け」

「俺現在の本職は蕎麦屋ですけど!?」

「ならば訂正しよう――戦え」

「いや普通に蕎麦屋やらせろよ!」

「ああ、そう言えば飯時だな。丁度いいから蕎麦作って皆に振舞ったらどうだ――これで文句あるまい?」

 くくっ……と、意地の悪い笑みと共に嘲るようにウォルターを一瞥したヒュンケルは、もう話すこともないとでもいう風に外套を翻して「消耗品の補充をしてくる。現地で」とリューグに言い残してさっさと店を後にした。

「なら私も一緒に」と、その後に続いたのはユウである。

 二人が去った後、一方的に会話を切られて取り残されたウォルターが床に胡坐をかいたまま肩を震わせているその背中に向けて、カウンターで成り行きを見ていたリューグがにこやかに一言。


「それじゃウォルター。蕎麦一丁、よろしく」


 その言葉に、フューリアは呆れたように肩を竦め、サクヤは憐れむようにウォルターをカウンター越しから見下ろした。

 そして、ノーナはと言うと、


「僕にもお蕎麦ね」


 と、少女が彼に言い放つや否や、ウォルターが涙目になってキッと柳眉を吊り上げ、ウィンドウを開いて調理用の道具を取り出しながら、


「まいどありだ、チクショー!」


 やけくそ気味にそう叫びを上げた。


      ◆     ◆      ◆


「流石にこれは予想外だったよ」

『入っていきなり――というのは想定の範囲外だったな。モンスターならまだしも、転移方陣とは……やってくれる』

 音声(ボイス)チャット越しにヒュンケルが忌々しげに舌打ちし、苦笑を洩らすリューグ。彼がいるのは古城シアルフィの内部。暗々に覆われる中に微かに灯る燭台の炎に照らされた廊下で、リューグは肩を竦めた。


「まいるね。既存に存在しない新しい転移方陣とは……作った奴はよほど性格が悪い」


 リューグたちがシアルフィに突入してすぐ。足を踏み入れた大広間に設置されていた(トラップ)。方陣に踏み入った者たちをランダムに分断して転移させるという特殊な移動方陣。

移動方陣自体はさほど珍しい術式(プログラム)ではないのだが、それが『ある一定の条件下』でのみ発動するタイプというのは、MMORPG〈ファンタズマゴリア〉には実装されていないものだ。ましてやランダムにパーティを分断する物となるとなおさらである。

胸中でリューグは呻いた。

一体誰が、何の目的でこのようなプログラムを組み立てて実用しているのか。そもそも、どうしてこれほど大容量のプログラムを顕現させられるのか。先程見舞われた転移方陣のプログラムコードを咄嗟に盗み見たが、その情報量は既存するどの転移方陣のプログラムよりも緻密で繊細で美しかった。また、その情報量が現存する転移方陣の倍近い要領で組み立てられていることには絶句せざるを得なかったが、リューグは同時に先の転移方陣が既存の転移方陣の術式(プログラム)を組み替えて改造(チート)したものではなく、一から作り上げたものだということを知ることとなった。


 ――故に、リューグの胸中は穏やかではない。


 現在の〈ファンタズマゴリア〉では、新規のプログラムを組み立ててそれをアップロードしようとすると、その大半が謎の制限によって拒否される。

 その最たる部分が、プログラムの情報量の大きさであり――結論から言えば、リューグたちを分断した転移方陣の情報容量は、リューグの検証に検証を重ねて導き出した最大数値の軽く数十倍にも上っていた。

 つまり、彼の転移方陣を作り出した人物(そんざい)は、多くの《来訪者》に課せられている制限を無視してプログラムを作り出し、それを自由にアップロードして扱うことが出来るという仮説が導き出される。

 そんなことが出来る存在とは、一体何者なのだろうか。

 少なくとも、ただの《来訪者》ではないのは確かだ。それどころか、《来訪者》であることすら怪しくなってくる。

 浮かび上がってくる仮説は枚挙に(いとま)がない。

 つまるところ、相手は言ってしまえば『なんでもあり』のような存在となってしまう。

 ほんの少し――あの異形のモンスターを作り出した相手に興味を抱いて、その断片を握るであろう存在がいるのならば、その人物の情報を引き出すついでに元凶を駆逐しよう――などと思ったのは間違いだったかと自嘲しながら、リューグは溜息を漏らした。

 そこに新たな音声チャットが割り込んでくる。

 表示された名前はフューリア。リューグはすぐにヒュンケルとの会話に彼女を追加した。チャットが繋がるや否や、蒼銀の少女が無遠慮に口を開く。

『おい。この後どうするんだ? 何時までもこんな辛気臭い場所で待機なんて、私は御免だからな。脱出アイテムを使って、外で合流するか?』

「いや、多分それ、意味ないと思う」

 率直に意見を投げたフューリアの言葉を、リューグは頭を振って異を唱えると、ヒュンケルも同意を示した。

『おそらく外に出ても、再びシアルフィスに入れば同じ結果になるだろう』

『なら、どうするんだ?』

「このまま三手に分かれて進み、最上階で合流――って形になるんじゃないかな。多分」

最善策としては、あの転移方陣を無効化する手段を見つけて六人全員で攻略する――なのだろうが、そんな手段を探している時間もないのだから、今のベストとしてはこのまま攻略を続行するしかないだろう。

『だったらさっさと行こうぜー。時間もったいないだろう?』

 割りこんできたのはウォルター。しかし彼にしては珍しい、圧倒的にまともな意見にリューグは目を瞬かせた。おそらくこの城の何処かで言葉を交わしていたヒュンケルなど、

おそらく目を点にして言葉を失っていることだろう。

 その様が容易に想像できたため、リューグは肩を震わせた。

『何を笑っている……』

 底冷えのする声が脳裏に響く。が、目の前にその魔人がいないのならば、大した恐怖にはなりえないし、半ば日常的になっているやり取りなので、逆にそれが心地よい。

 そう思ったのと同時、首の後ろにチリチリとした違和感を覚え、リューグは僅かにその相貌を細めた。

「……リューグ」

 同時に、壁に寄り掛かって待機していたノーナがリューグの袖をくいっ……と引っ張り、名を呼んだ。

 その名を呼ぶ声に込められた意味。それを理解し、彼はしたたかに笑んだ。

 ノーナの指さすその先には、上へと通じるための階段がある。そして、そこへ通じる道を塞ぐように、続々と湧いてくるモンスターたち。既存のモンスターも、あの仕様外の異形も、これでもかというくらい続々と湧き出てくる。

 おそらく、他の場所でも状況は同じなのだろう。チャット越しに、彼らが緊張と警戒の意識を纏ったのが感じ取れたリューグは、にやりと厭らしい笑みをその口元に湛えた。

「さてと……それじゃあ、ルール説明といこうか?」

 おどけた調子で音声チャットの向こうにいる面々に問うと、総じて呆れたような反応が返ってくる。

『言ってる場合かよ』

『手短にお願いね』

『それに同意しよう。客人(まれびと)来たれり。ただし――招かれざる、という言葉が頭に付くな』

 各々が、語気に倦怠と億劫、そして微かに嬉々するような色を込めて応じる。

 リューグはくつくつと笑い「オーケィ」と劇中の役者のような調子で言葉を区切り、そして宣言する。

「ルールは簡単。三組のうち、一番最初に最上階に到着したチームが優勝。最下位のチームは優勝チームになんでも奢る――どうだい?」

『後で「やっぱなし!」ってのはきかねーからな』

『まあ、妥当なところだね』

『異議なし。ついでに言うと、もう先んじてるのがすでに一人いるがな』

 ヒュンケルが呆れた様子でそう告げる。おそらく、彼と共にいるユウが早々に戦闘をおっぱじめたのだろう。何ともその情景を容易に想像が出来てしまうから、これを笑うなと言うのが無理と言うもの。

 声に出して笑いながら、リューグは眼尻に溜まる涙を拭った。

 そして大きく息を吸い、人呼吸分の間を置いてから、彼は超然と吠える。



「――じゃあ、最上階でまた会おう!」



 不敵な笑みと共に告げたリューグの言葉に、各々が応じる。それを最後に音声チャットが切れ、リューグとノーナの周囲には静寂――と、モンスターたちの呻きが蔓延する。

 青年と少女が肩を並べた。その視線は目指すべき彼方、この古き城の頂上へと至る道へと向けられる。

 蔓延るは敵意。

 跋扈するは害悪。

 立ち塞がるのは異形の群衆。

 されど、それを前にしてなお、青年は飄々と微笑み、少女は涼やかな表情で不敵に、そして悠然と佇立する。

 リューグとノーナ。

 剣聖と拳聖。

 組み合わせとしては回復手段に不安のある組み合わせだ。二人共クラスは攻撃特化仕様(ダメージディーラー)。回復は基本後方からの援護(サポート)任せ。今ある手段は、言ってしまえば消費アイテムのHPポーションなどしか頼りがない状況である。

 しかし、二人は自分たちの弱みを自覚している。この状況の自覚した上でなお、するべきことを自負している。

 故に、余裕はあれど――油断は、ない。

「ノーナ。するべきことは分かってる?」

 左手で腰の鞘に触れながら、リューグは問うた。すると、それに応じるように少女は虚空に両手を翳し、その手に無数の光の粒子を纏わせる。一瞬にしてポリゴンが形状(ディティール)を描き、その両腕には紅玉の嵌め込まれた腕甲――《宝玉獣の瞳甲(カーバンクル・アイズ)》が備わった。

「――もちろん」

 それを手にし、構えながらノーナは言葉少なに応じた。

 その視線はすでに眼前――彼我の彼方に跋扈するモンスターの群れ、その一点を見据えている。

 回復手段の限られる自分たちがするべき最善――それはあまりにも単純明快。

 最短距離を一気に突っ切る。その道を塞ぐ存在だけを、最大の力で排除する。ただそれだけ。

「なら、結構――」

 ふっ……と楽しげに笑みを浮かべながら、リューグは鞘から剣を抜刀する。金色の刀身が、篝火の光を反射して光りを放つ。

 その剣を握り、古流剣術で言うところの右車の構え。

「それじゃ、皆に負けないように急ごうか」

「うん」

 その言葉を皮切りに、二人がほとんど同時に地を蹴った。

 リューグの剣が翡翠の、ノーナの手甲が紫苑のライトエフィクトにそれぞれ包まれる。

 モンスターたちがリューグたちの存在を知覚し、一斉に鎌首をもたげて両者を捉える――と同時に、


「はああぁぁぁぁっ!」

「りゃあぁぁぁぁっ!」


二人が裂帛の気合と共に、その手に握る得物を振るい、アーツ・スキルを放ち、辺り一帯が、目が眩むほどの輝きと衝撃に飲み込まれた。


「一気に!」

「駆け抜ける!」


 二人の咆哮。同時に新たなアーツ・スキルがモンスターたちを容赦なく屠る。



 ――目指すは最上階。

 理にあらざる異形を御する、偽りの王待つその玉座。




 お久しぶりです白雨です。今回はちょっくら諸事情により早めにうp――と思ったんですが、開いた感覚は大体これまでと同じくらいでしたね。その割には文字数がいつもより若干少ないのですがね。だいぶ急ぎ足で書いたため、おそらく誤字も今まで通りけっこうあるだろうなーという。

 それはさておき、これで安心して地元に帰省できる――はず。電車さえ止まらなければ。大雪のせいで。青森までの列車が余裕で止まる現状が憎い(ギリィ

 でははやければ来週。おそくても今月中には次話『Act9:異邦への扉』にてお会いしましょう。御意見ご感想は気軽にどうぞ。それでは。ノシ

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