表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
一章『カーニ=ヴァル・ベル』
7/34

Act6:スタート・ホイッスル

 今宵も空には月が昇っていた。青白い光を放つ深閑とした幻夜の下。家屋の屋根の上に三つの影が揺れていた。

 一人は白銀のロングコートに、翠緑色の襟巻(マフラー)をたなびかせ――

 一人は全身を包む黒の法衣に覆われ、その腰まで届く白銀の長髪が流れ――

 一人は左右に括った、足首まで届くほどの長い黒髪を風に揺らす。


「この上なく、隠蔽(ハインディング)ボーナスを得られない容貌だよな。僕とヒュンケルは……」


 白銀のコートとマフラーを揺らす影――リューグは、自分の姿と隣で直立する友人を一瞥し、自嘲するようにわざとらしく「やれやれ」と言葉を口にしながら肩を竦めた。

 名を呼ばれたヒュンケルは、僅かに顔を顰めると、屋根の上に腰かけているリューグを見下ろした。

「ならば、お前はすぐにでもその服を黒い色の物にすればいいだろう? ご丁寧に白いコートなどに身を包んで……」

「だって、僕の持っている防具の中ではこれが一番性能の高いやつなんだから」

 いけしゃあしゃあと告げるリューグに、ヒュンケルは僅かに視線を細め嘆息した。

「本音は?」

「あえて悪目立ちしてみたくなったり?」

 ヒュンケルの問いに、リューグは彼を振り返りながらにっこりと笑って見せた。彼の笑みに、ヒュンケルはやれやれと言った様子でかぶりを振り、その後無言で手を翳してシステムウィンドウを開く(オープン)。幾つかの画面を表示して、タッチパネルに指を走らせる。

 機嫌を損ねたのか、あるいは処置なしと断じられたのか……しかして親友の態度に僅かの危惧を抱くことなく、リューグはあてどなく視線を彷徨わせて、ふと視界の端に映った少女を――ノーナを見た。

 彼女は夜風にその長い黒髪を揺らしながら、ただただ空に浮かぶ月を見上げていた。つられて、リューグも同じように空を見上げた。

 夜の静寂(しじま)――深淵にたゆたう星の海の中で、ひと際大きな輝きを纏って大地を包む月光を携えて、その蒼白い月は空に浮かんでいた。

 白いと言う者もいれば、蒼いと言う者もいる。

 その多くは、きっと銀色か、あるいはイメージ的に金色と言うだろうが、リューグの目には、その空に昇る満月が僅かに欠いた月――つまり十六夜の月は、蒼白く映っていた。


 ――この少女には、果たしてどのような色に見えているのだろうか。


 リューグは胸中にそんな疑問を抱いた。故に、好奇心にしたがって彼は問うた。


「何を見てるんだい?」


 尋ねられた少女は、不意に掛けられた声に目を瞬かせてリューグを見て、ゆっくりと月に視線を戻して、そして答える。

「こっちの月には、兎がいるのか……確かめてた」

「なるほど」

 返答に、リューグは僅かに表情を綻ばせて頭上に視線を向ける。昔から、月に生じているクレーターや月面の陰り具合によって、人はそこに様々な模様を空想していた。

 餅つきをする兎。

 本を読む老婆。

 大きな鋏を持つ蟹。

 吠えるライオン。

 月を見上げる国によっては様々にその姿を変える月面の模様。すべてのルーツはインド神話に由来するとも言われているが、世界中にちりばめられている神話は、結局神の名前などが違うだけで、その大半が似通っているため、どれがすべての謂れの始まりなどとは一概に公言は出来ない。

 ギリシャのオルフェウス。

 日本の黄泉比良坂。

 北欧のバルドル。

 何処かで、神話は似たような見解を、あるいは寓意を見せるものだ。時に寓話となり、時に忌避譚となる神話の多くは、人の口伝によって成り立つもの。科学の「か」の字も存在しなかった遥か昔、人類は人知の及ばぬ事象を「神」という言葉を以て絶対的なものへと昇華させた。

(住む国が違っても、言葉が異なろうと――結局人間の行きつく発想は同じ……か)

 思想や風習。言語に国土。

 それが違ったところで、人間の至る発想は原点へと帰す。果たして、それは誰の言葉だっただろうか。

 リューグはその顔を僅かに顰めて思い出そうとするが、上手くいかなかった。あるいは、誰かに教わったのではなく、何処かでたまたま見聞きしたのだろうか。

 自分の曖昧な記憶に眉を顰めて黙考していると、傍らに気配を感じてリューグは視線を持ち上げて、自分を上から覗き込むようにして見下ろしているノーナの目と視線が交錯した。

 思わず、リューグは息を呑んだ。

 理由は分からなかったが、どうしてだろうか。少女の双眸に囚われた瞬間、リューグは言葉を口にすることも忘れて、その紫色の瞳に囚われてしまう。

 何か言葉を口にしようと思索巡らせるも、どういうわけか、その時リューグはただ口をぱくぱくと開閉させることしか出来ず、眼前の少女を見上げるしかなかった。

 そして、リューグを見下ろす少女は表情を変えず、じっとリューグの双眸を覗きこんだまま、ふと口を開き、


「リューグには、どう見えるの?」


 そう、問うた。

「へ?」

 不意に告げら得た質問の意味を理解するのが遅れ、リューグは呆けたような表情でそう返すと、少女は半眼にリューグを見据えて嘆息交じりに告げる。

「月の模様。リューグにはどう見えるか。そう尋ねた」

「あ、ああ……そういうこと」

 リューグは乾いた笑みを漏らしながら、なんとかそれだけ言葉を返しつつ、視線を少女の瞳から頭上の月へと移してしばし黙考した後、


「竪琴を奏でる女神――かな」


 躊躇いがちに、冗談の意味も込めてそう答えを返した。

 空に昇る月に乗り、竪琴の音を奏でる女神というのは、世界に点在する月の紋様の例えというよりは、神話の一つに謳われる絵面というほうが正しいだろうし、リューグの目には、月面に描かれる何かは捉えきれなかった。

 強いて言うならば、何も見えないというのが正しい感想である。が、その答えでこの少女が納得するかどうか、リューグはそれを危惧し、あえてそう答えていた。

 ただ、まるっきり嘘というわけでもない。

 月面に見えるクレーターがそう見えたわけではない。だた、リューグは月面の影がそんな風に見れたら楽しいだろうな――そんな暗愚な願望を口にしたのだが……

(流石にそれは無理があるかな?)

 心の中だけでそう疑問を口にし、リューグはノーナに向かって小首を傾げて見せると、少女はすでにリューグから視線を月に向けて睥睨したのち、


「そっか。女神様……」


 そう、小さく言葉を漏らして、少女は再び月を見上げることに没頭する。

 その様子に、リューグはポリポリと頬を掻いて失笑した。

 無邪気というか、無垢というか――穢れを知らない無知な幼子を相手にしているような感覚についつい口元がほころぶ。そう。まるで祖父の道場に通う小さな子供たちの相手をしていた頃のような懐かしい既視感に、今は周囲に気を配り緊張しなければならないと言うのに、どうにも気が緩んでしないそうになった。

「リューグ」

 が、それもウィンドウを操作していたヒュンケルの呼びかけによって引き戻される。

 リューグは視線をノーナからヒュンケルに移す。振り返れば、彼は仏頂面でリューグを見据えながら、顎で促す。

 リューグは首肯した。自らもシステムウィンドウを開き、そこからさらに操作して複数のウィンドウを眼前に表示。タッチパネルを叩いて幾つかの準備を終えると、すっと立ち上がって大きく背伸びをすると、口元に不敵な笑みを浮かべて大仰に首を縦に振った。

「それじゃあ……始めるとしますか――ノーナ」

「ん」

 リューグの呼びかけに、少女は小さく応じながら視線を彼へ向ける。

「そろそろ時間だ。頑張って目を凝らしていこう」

「了解」

 リューグの言葉に、ノーナは言葉少なに応じて悠然とその場に佇立し、その吸い込まれそうな紫の瞳で周囲を見回す。

「ヒュンケル」

「三人は動き始めた。接触次第連絡が来る」

 名を呼ばれただけですべてを理解したかのように、彼は彼方に目をくれながら淡々とリューグに言葉を投げ、リューグはそれを聞いて楽しげに微笑んだ。


「周囲への警戒も怠らないでくれよ」


 そう二人に声を掛けながら、リューグも二人と同じように屋根の上で何かを探すように周囲へ、そして遠くへと視線を巡らせながら《索敵(サーチング)》スキルを走らせた。

 彼らがこんな深夜、高い屋根の上で佇み辺りに視線を巡らせる――その理由は昼間まで遡る。


      ◆     ◆      ◆


 時刻は昼を過ぎてしばし後。

 昼飯代わりに多めに買って来たパンの山をノーナとサクヤと共に食していたリューグたちのところに、カラン……というベルの音と共にヒュンケルがやって来た。

 相変わらずの全身を包む黒衣を揺らして、不機嫌そうな表情で現れた彼を振り返り、リューグはサンドイッチを口にしたまま片手を上げた。


「ふぁろー、ふゅんへる」


 かろうじて名を呼ばれたのだけは分かり、ヒュンケルは呆れたように嘆息して一言。

「食べるか喋るか、どちらかにしろ」

「ふぁふぁった」

 結果、リューグは食べることを選んだ。どう見ても一人分には見えない――それどころか三人分をも優に上回るサンドイッチを始めとした数々のパンの山を見て、ヒュンケルは何処か疲れたように肩を落とし、その様子を見て何を思ったのか、リューグはパンの山から一つ手に取って、

「食べるかい?」

 そう尋ね、

「……いただこう」

 僅かに沈黙した後、ヒュンケルはかぶりを振りながらそう答え、リューグの手からパンを受け取り、それを口にする。

 手渡されたのは、ホットドックの中身がソーセージではなく、卵サラダのやつ――いうなればエッグドックか。それを頬張り、咀嚼して呑み込む。


「……美味いな」


 簡素にだが素直に感想を口にしたヒュンケルに、リューグはにっと笑って機嫌よさげに頷いた。

「だろう。行きつけのパン屋の品なんだけどね。《来訪者ビジター》によるプレイヤーメイド。現実の食べ物と比べても遜色ない出来栄えに、飽きを覚えない豊富な種類。ついつい買い込んでしまうのが偶に傷」

「それは見るだけで分かる」

 リューグの言葉に、ヒュンケルはカウンターに積み重なったパンの山を見すえて納得の意を示す。

「お前のその浪費癖はどうにかならないのか? リューグ」

「死んで生まれ変わりでもしない限りは、どうにもならないかなー、とは思う」

 笑顔と共にあっけらかんと言ってのけるリューグに、ヒュンケルはついぞ頭痛を覚えたとでも言った様子に頭を抱えた。

 そんなヒュウンケルに対し、リューグは彼の周囲に視線を巡らせて小首を傾げた。


「ユウは一緒じゃないのかい」


「死にたいか?」


 普段のヒュンケルからはとても想像すらできないような笑みと共に、音速で抜き打ちされた銃口がリューグの額に押しつけられた。

 リューグは両手を上げて「降参」とでも訴えるようにジェスチャーをする。

 暫しリューグを鋭い眼光で見下した後、ヒュンケルは渋々と言った様子で銃を納めた。

「ちょっとした冗句も分からないのか、君は」

「その冗句一つ口にすることに命を掛けるとは酔狂な奴だな」

「殺す気満々か」

「当たり前だ」

 にべもなく、ヒュンケルはリューグの言葉を肯定した。その迷いない断言に、さしものリューグも憮然とした表情でヒュンケルを見据えるが、彼は澄まし顔で新しいパンに手を伸ばし、それを口に運びながら深思するように手元に表示したウィンドウを手早く操作する。

「それで、頼んだ物の手配は?」

「この食事が終わったら、もれなく姐さんが拵えてくれる手筈だよ」

「無論だ」

 リューグの言葉に同意するように、カウンター席に座りながらパンを頬張るサクヤが大仰に頷いて見せた。


「金さえ払えば、依頼に見合う仕事はするとも」


 口の周りをソースやらクリームやらで彩っているサクヤの姿に一抹の不安を覚えつつ、ヒュンケルは「ならいいが……」と、彼にしては随分と当たり障りのない言葉を口にしてウィンドウの操作を続ける。

 リューグはヒュンケルと同じようにウィンドウを開き、数度指で叩いてアイテム欄から酒瓶を取り出した。食べ物といい、飲み物といい、〈ファンタズマゴリア〉の中にはこう言った飲食物を始めとした嗜好品は無数に存在している。リューグの手にした酒もまたその一つだ。

 彼の手にオブジェクト化された瓶を一瞥し、ヒュンケルのあきれ顔はますます深まった。

「昼間から酒か?」

「問題でも?」

 酒瓶と一緒にオブジェクト化した陶杯に中の葡萄酒を注ぎながら、リューグはそう尋ね返すと、ヒュンケルは僅かに眉を顰めながら、

「あるとは言わないが、感心はしないという一般論は振りかざしておこう……俺にも飲ませろよ」

 窘めるように告げられた言葉。その最後に添えられた一言にくすりと笑いを漏らしながら、リューグはアイテム欄からもう一つ陶杯を取り出して葡萄酒を注ぎ、ヒュンケルに手渡した。

 渡された陶杯の中身を口に含み、ヒュンケルはしばし黙考したのち、


「……まあ、悪くはないな」


 そう、一言漏らす。リューグはにっと笑った。

「そりゃあ、一〇〇〇ガルド以上払ってのお酒なんだから、不味くちゃ困る」

 陶杯の中身を飲みながら、あることに気づいたリューグはふと眉を顰め、ヒュンケルを見上げた。

「ヒュンケル」

「何だ?」

 彼は陶杯に口をつけ、視線をウィンドウから逸らさずに聞き返すと、リューグはそんな彼の様子を見ながらふと生じた疑問を口にする。

「君って……まだ十九じゃないかったけ?」

「残念。先週でもれなく二十だ」

 小馬鹿にするような笑みで答えるヒュンケルに、リューグは「あれ?」と首を傾いだ。そんなリューグに対し、ヒュンケルは小さく嘆息して見せる。

「そもそも、現実の年齢がこの世界の飲酒法に適応するのか疑問だがな」

「逆に私はお前さんがまだ二十歳という事実に吃驚だよ」

 食事を終えたらしいサクヤが、苦笑いをしながらそう告げる。

ヒュンケルは眉間にしわを寄せながら訪ねた。

「そいつはどういう意味だ?」

「その老獪な態度で二十というのが信じられないだけだよ、私は」

 にっと口角を吊り上げながらサクヤは答え、何事もなかったように工房へと足を運ぶ。が、リューグは彼女の言に思わず吹き出してしまい、その反応にヒュンケルの渋面はより一層深いものとなった。

 しかしサクヤはそんなことなど知ったこっちゃないとでもいう様子で鎚を手に取り、積み重なるインゴットやらの素材アイテムの山を睥睨しながら、

「さて、私はさっさとお前さんたちの悪巧みに使う道具でも作るとするか」

「言いたいことだけ言ってとんずらか……」

 気合の入ったサクヤの背に、ヒュンケルはそう言葉を投げた。対して、サクヤはただ視線だけを彼に向け、その口元に不敵な笑みをたたえるのみ。

 仲がいいのか悪いのか、そう思って苦笑しつつ、リューグは先ほどから一言も口にしないノーナに目を向けると、少女は一心不乱といった様子でひたすらにパンの山を採掘していた。黙々と手に取っては食べ、手に取っては食べを繰り返していたのか、気づけばパン山は三分の一ほどなくなっている。

「……ノーナ」

 表情を引き攣らせながら、リューグは唸るように彼女の名を呼んだ。

「ん?」

 食事の手を止め、ノーナがパンの山から視線をリューグへと移して小首を傾げる。口いっぱいに食べ物を詰めて首を傾げる姿は小動物を彷彿させるが、そんな考えを振り払ってリューグは、

「……よく食べるね?」

「美味しいから」

「そうか……」

 きょとんとした様子で目を瞬かせながらそう答えるノーナに、リューグは笑みを浮かべたまま微動だにせず、黙考すること数秒。

「えっと……手を止めさせて悪かったね。うん。どうぞ、続けて」

「ん」

 リューグの言葉に、ノーナは首肯して見せると食事を再開した。

 その様子に半ば呆然とするリューグをよそに、ヒュンケルはタッチパネルを操作する手を一旦止めて、一瞥する。

「その娘は?」

「例のモンスターと遭遇した時に一緒になった拳聖(バトルマスター)

「ほう」

 リューグの簡潔な説明に、ヒュンケルが感嘆の声を漏らした。呪葬鎌使(デスサイズ)ほどではないが、拳聖というクラスは使い勝手の難しさから数が少なく、異世界と化している〈ファンタズマゴリア〉では更にその数を減らしている。拳闘士(グラップラー)クラスの多くは、回復技を持つ気功師(モンク)へクラスチェンジするのが定石化している現状では物珍しく思うのも無理はない。

「腕のほうは?」

「僕が保証するくらいには」

 からかいを含んだ笑みでヒュンケルの問いに答えると、彼もまた「愚問だったか」という短い言葉を添えて笑みを返した。

「話のほうは?」

「簡単には教えた。詳細は全員が集まってからでいいんじゃないかと思って」

「懸命だな」

「二度手間を省きたいだけだよ」

 簡素な言葉の応酬を繰り返していると、カラン……とドアに備え付けてあるベルが鳴った。

 二人の視線が、自ずと店の入り口に向けられると同時に、訪れた人影が、


「邪魔するわ」


 そう淡々と告げたために、


「なら帰れ」


 店主が店の奥からそう応じたのである。しかし来客はしれっとその言葉を受け流し、冷淡な笑みと共に「断るわ」と奥に返して見せる始末である。

 リューグが驚きと呆れの混じった表情で目を瞬かせ、ヒュンケルが深いため息を漏らし手で顔を覆ってかぶりを振る。

 店の奥から、ガンガンガンという甲高い打撃音が響いた。苛立ちと不機嫌を隠そうともしない乱打の音。おそらく胸中に噴気した憤りを鍛練していたインゴットを叩くことで発散しているのだろうが、そんなことをして正確に望む物を製作できるのだろうかという一抹の不安を抱くリューグとヒュンケルの二人をよそに、来客の少女は不敵な笑みを浮かべて、店の奥にわざわざ聞こえるように声を上げる。


「相変わらず客入りのない店。きっと大した品もなければ、店主の腕も大したことがなのね。だから溜まり場にされるのよ。いっそお店をたたんでしまえばいいのに」


 来客――ユウはうっすらとした笑みを浮かべながらそう言った。なんとも幼稚なクレームなのだが、こんな幼稚なクレームにすら反応するのがこの店の店主である。ガシャーンという派手な音を皮切りに、地団太を踏むような音が奥から響いた。気のせいでなければ、「むぎゃああぁぁぁ!」という悲鳴とも 怒号ともつかない声も漏れ聞こえていた。

 その音と声を聞いて、リューグは工房内に目もくれずして「ああ……」と嘆くように溜息を洩らし、肩を落とす。

 と同瞬、工房から疾風の如くサクヤが飛び出してきた。艶やかな黒髪を靡かせるその姿はおそらく万人の目を引くだろうが、その殺気を帯びた視線と身に纏った鬼気がその美貌を台無しにしているのは確かだろう。

 腰に帯びた長刀の鞘に手を添え、居合腰となったサクヤはユウの前に立ちはだかる。と同時に、ユウもまたその手に身の丈ほどの大鎌を油断なく構えて対峙する。

 互いを必殺の間合いに捉えた二人が睨み合う。

「ユウよ。貴様覚悟は出来ているだろうな。私の店を侮辱したことを今すぐ謝罪すれば、私の寛大な心で許してやらんことはないぞ?」

「なんのこと? 私は思ったことを口にしただけであって、先ほどの発言にだって他意はない」

「撤回する気はないと?」

「言ったでしょう。思ったことを口にしただけ――と」

 険呑な視線でユウを睨むサクヤと、あくまで普段からの静かなたたずまいを絶やさないユウ。

 二人の間に、半透明上のメッセージウィンドウが表示される。

【1VS1デュエル】の宣告である。どちらが相手に申し込んだのかなど定かでないが、この申し出を両者が拒否することなどこの状況下において有り得ない。

 ほとんど一瞬のうちにして受諾された。しかもカウントなしの受諾と同時デュエルを開始するタイプを選択したのか、即座にメッセージウィンドウが【DUEL!】と宣言し、瞬時に両者の間に張りつめた気配が漂い、相手の挙動を窺うように視線を交錯させた。

 よくもまあ顔を合わせるたびに飽きもせずデュエルに興じるものだと、リューグと諦めたように溜息を洩らし、ヒュンケルは小さく苦笑を漏らして肩を竦める。

 無論、これがHPがゼロになるまでの《徹底決戦》であったならば、リューグたちは迷わず止めに入るが、二人の興じているデュエルは先に一撃を入れたほうが勝利する《初撃決着》戦か、あるいは最大HPの半分を切ったところで決着となる《ハーフライフ》戦であろうから、此処に居合わせている者たちは誰一人として止めることはない。


 両雄が、得物を手に相手を睨み据える。


 そして、そんな二人がおびただしい殺気を纏って居構える狭い店内の片隅で、リューグは言葉もなく項垂れ、その隣で壁に背を預けて立つヒュンケルは、冷めた視線で二人を見据えながら陶杯の中身を一気に嚥下した。そして無言でリューグに陶杯を傾ける。

 リューグは無言でその中に葡萄酒を注いだ。並々に注ぎ、半分以上中身を失った酒瓶をカウンターのテーブルにそっと乗せる。


 ――とんっ……


 それが、合図だった。


       ◆     ◆      ◆


 リューグが瓶をテーブルに置くと同時、サクヤが踏み込みと共に刀を鞘走らせる。

 神速の踏み込みに引きずられるようにして鞘から飛び出した白刃がユウを襲った。残像すら垣間見せない抜刀。空恐ろしいほど流麗な刀がユウを横一文字に両断せんと振り抜かれる。

 しかし、それと同時にユウも動いた。

 両手剣や両手斧にも勝る重量を誇るその巨大な三日月刃を宿す大鎌を指先だけで瞬転させ、刃の位置を自らの足元に移動させると同時に刃と柄の接続部分を蹴り、同時に柄を握る腕を振り上げる。

 蹴打の威力と大鎌を軽々と振り回す膂力によって打ち上げられた三日月の刃がユウの抜き放った刀の腹を捉えた。

 居合からなる抜刀は相手を捉えれば必殺となる威力。人間を両断するほどの速度で振るわれる刀の速度は人が思っているよりも早く、まして今いる世界はステータス値で人間の身体能力を容易に凌駕する〈ファンタズマゴリア〉。攻略組に並ぶ技量と技巧を併せ持つサクヤの居合ともなれば、常人で目視することも適わないだろう。

 それだけの速度を誇る居合を彼女の必殺の間合いで放たれようものならば、たとえ同等のステータスを持つ者であったとしても、防御も回避も及ばない――いわば不可避の一撃である。

 それを、ユウはほとんど戦闘から生じる直感で対処した。自身の胴躯を両断するはずだった刃の起動を、鎌の一撃で打ち上げて外して見せたのである。


 サクヤの目が驚愕に見開かれ、ユウの口元が不敵に微笑む。


 くるりと、器用に鎌を指先で回転させ切り上げた状態の刃の向きを逆にしたユウは、今度は両手で柄を握り、渾身の力でサクヤの頭頂へと叩き落とす。鎌の三日月刃が吸い込まれるようにサクヤの艶やかな黒髪に彩られた頭へと急接近する。

 瞬く間に距離を詰めた刃の切先がサクヤに触れるか否かという瞬間、再びサクヤが動いた。

 鎌の斬撃で起動を逸らされた刀の一撃――その起動は一文字から大きく離れた斜線を描く。

 鞘走りからなる抜刀の速度によって振り抜かれた腕。剣術・刀術の動作において、振りきったままの姿勢はいわば死に体である。この状態で敵に攻撃されれば、防御に移るにも回避に移るにも時間がかかる。

 所要にすれば僅かであろうが、同等かそれ以上の実力を持つ者が相手である場合、この生じた時間は致命的な隙となるだろう。

 事実、サクヤの目の前に立つユウはすでに次の攻撃態勢に移っており、今まさにその鎌をサクヤ目掛けて振り下ろしている。

 このままでは一撃入れられる。現実世界ならば、その一撃だけで即死だろうが、此処はMMORPG〈ファンタズマゴリア〉のシステムに則った世界であり、自分たちはそのシステムによって制御されるPC――即ち《来訪者》である。

 たとえ一撃を貰ったとしても、HPが減少するだけだ。クリティカルヒットが発生したとしても、サクヤとユウの間に戦闘ステータスに大きな開きはなく、防具とクラス補正を合わせれば最大でHPの五分の一程度が減少するに被害は抑えられるだろう。

 だがしかし――


 ――先に入れられるのは癪だ!


 そう、サクヤは胸中で叫んだ。自分の持つ店を非難され、嘲笑われて、その上相手の一撃を先に喰らうなど末代までの恥――そんなことが脳裏に過った瞬間、サクヤは本能の意のままに従って身体を動かす。

 踏み込んだ右足を引き、体を開く。振り抜く腕の勢いに引きずられるように、大きく右半身を後ろに引いた。同時に振り抜いた状態の手首を強引に動かして内に引き寄せる。現実ならばおそらく不可能な姿勢制御も、この世界ならばステータスという力で無茶が利く。

 同時に鞘を摑んでいた左手を持ち上げ、刀が身体と水平に並ぶように立ち――そして構える。

 牙突姿勢。

 頭の中で自らの身体を弓に見立て、矢を引き絞るように刀を握る腕を伸ばし――そして撃ち出す。


 瞬間、渾身の力で打ち出された刀の切先がユウ目掛けて襲いかかった。


 すでに大鎌を振るい、今まさにサクヤを捉えんとしていたユウの鎌の切先を、より深く相手の間合いの内に踏み込むことで躱し、逆に放たれた渾身の刺突が切り裂いた大気を唸らせてユウの腹部を襲う。

 ユウは今まさに攻撃の動作の最中にある。しかも渾身の力で大鎌を振り下ろしている姿勢であり、武器分類としては超重量武器に分類される大鎌を制止させることは、たとえステータス補正を受けた膂力を以てしても不可能だ。

 自身に迫るサクヤの刀を忌々しげに瞠目しながら、されとてユウも胸中はサクヤと同じ――先制を取られるのだけは避けたい。

 そしてサクヤの刀が自分の腹部を捉える寸前――ユウは意を決し、一縷の望みにかけて地面を強く蹴り飛ばし、宙空へと跳んだ。大鎌を振るった勢いに乗り、彼女の身体は一瞬のうちにして空中へと持ち上がり、それとほぼ同時にサクヤの放った牙突が何もない空間を穿つ。

 渾身の牙突を躱され、サクヤの表情が僅かに歪む。床を滑るように駆け抜け、一瞬にして身を翻す。

 サクヤが振り返るのとほぼ同時にユウも地に着地し、着地の衝撃を殺すようにしゃがむと、次の瞬間その姿勢のまま陸上競技のクラウチングスタートよろしく鎌を振りかぶりながらユウへと迫る。

 サクヤもまたほとんど同時に脇構えの姿勢でユウ目掛けて突進し、ユウを間合いに捉えるや否や、容赦のない斬撃を放つ。

 鎌と刀が激突し、火花を散らす。両者の渾身の斬撃が大気を震わせ、周囲に衝撃が駆け抜けた。

 一瞬の鍔迫り合い。敵意剥き出しに両者睨み合い、飛びすさる。

 時間にすれば一秒ほど、二人は呼吸を整えるように大きく吐息を漏らす。いっそ見事なまでのシンクロ具合だが、そのことに突っ込みを入れるような無粋なことは誰もしない。

 呼吸を、そして自身のリズムを整えたのであろう二人の得物が、同時に眩いライトエフィクトに包まれた。

 頭上に大きく振り上げた姿勢のユウと、対して下段正眼に刀を構えたサクヤ。


 先に動いたのは、ユウだった。


 渾身の踏み込みと共にユウは僅かに一歩で距離を詰めると、白銀のライトエフィクトを纏った大鎌がサクヤ目掛けて振り下ろされる。

 大鎌中位アーツ・スキル〈梟の狩爪(アベ・デ・ラピニヤ)〉。

 アーツ・スキルの発動と共に、さながら猛禽類の狩猟の如く、ユウの放った渾身の斬撃がその速度を上げてサクヤを頭から狩り取ろうと猛威を振るう。

 自分に迫る、間違いなく必殺の意を込められている斬撃を睥睨しながら、サクヤもまたその斬撃に挑むように前へと踏み込み、刀を振るう。

 刀術上位アーツ・スキル〈紫電一穿(しでんいっせん)〉。

 刀身を覆っていた紫のライトエフィクトが爆発したようにすら傍目には感じられただろう。刀を用いたアーツ・スキルの中でも随一の速さと突進力を誇る、サクヤの最も得意とする光速の刺突が稲妻の如くユウを襲う。

 初動、技の発動、共にユウのほうがはるかに早かった。だが、サクヤの放った〈紫電一穿〉はそのはるか上をゆく速度だった。

 中位以上――即ち上位・奥義アーツ・スキルは、連撃(チェイン)しない場合は発動までに僅かのため時間が発生する。そのため、デュエルの際に単発での上位アーツ・スキル発動というのはよほどの時間的余裕がなければ行使することはまずない。

 しかし、これにも幾つかの抜け穴は存在する。といってもそれは酷く単純で、スキルの《術技熟練度》である。


 アーツ・スキルは、基本的にそのアーツ・スキルを発動させるのに必要な武具の熟練度を上昇させれば習得していき、それに必要とされるのが武具の《熟練度》と呼ぶ。

 リューグの場合は片手剣。ユウの場合は大鎌。サクヤの場合は刀といった具合だ。

 その各武具の《熟練度》を上昇させて習得したアーツ・スキルには、またそれぞれに熟練度が設定されており、これを《術技熟練度》と呼ぶ。

 戦闘スキル・生活スキルと様々存在するスキルの熟練度は等しく一〇〇〇と設定されており、熟練度を一〇〇〇に至ることでマスター――即ち《完全習得(コンプリート)》となるが、これに至るのにはそれこそ途方もない時間と修練が必要であり、その中でも《術技熟練度》の成長度の低さは〈ファンタズマゴリア〉にある如何なるスキルの中でも最難と目されている。

 だが、アーツ・スキルとバースト・スキルの各《術技熟練度》を《完全習得》した際の恩恵は大きい。こと上位や奥義に関して言えば、アーツ・スキルでならば発動までの溜め時間が三分の一となり、バースト・スキルですら、最長十五秒と言われる詠唱時間が半減するという恩恵は破格と言っていいだろう。

 しかし、そこまで至る道のりは限りなく遠く、下位や中位のアーツ・スキル、バースト・スキル揃って《術技熟練度》を《完全習得》に至ったという話はゲーム時代ですらほとんどない。廃人プレイヤーたちですら、十のアーツ及びバースト・スキルを《完全習得》したことはないだろう。


 ――その中で。


 今の、即ち異世界と化した〈ファンタズマゴリア〉で唯一人、上位アーツ・スキルを《完全習得》した者がいた。

 それこそがサクヤであり、彼女の二つ名〈迅雷〉の由来であるアーツ・スキル《紫電一穿》である。

ただでさえ、発動したらほぼ不可避とされる光速の刺突は、その発動までの溜め時間をなくした状態で放たれている。そして威力も速度も、従来の《紫電一穿》を超えたものだ。刀を振るったサクヤが踏み込みと同時に雷鳴を彷彿させる爆発音を響かせ、彼女の刺突は光矢の如くユウを襲った。文字通り雷光と化したサクヤの突きは、ユウが気づいた時には既にサクヤの刀がユウの身体を貫いた後だった。


「ぐぁ……!?」


 ユウの双眸が驚愕に見開かれ、サクヤの口角がにぃ……っと、つり上がる。

 そのまま投げ飛ばすような勢いで、刀身を覆った雷光が爆発し、ユウの身体を吹き飛ばして壁へと叩きつけた。

 がしゃんと壁に立てかけてあった幾つもの武器を巻き込んで、ユウの身体が床へと落下し――足が地を捉えるよりも早く、ユウが壁を足場に見立てて強く蹴り飛び出した。

 刺突の姿勢のままでいたユウの表情が驚愕に彩る最中、ユウの鎌が弧月を描く。

 今度こそ、その刃の切先がサクヤの身体を捉える。防具らしい防具も身につけていないサクヤの身体を凶悪な三日月刃が捉え、ユウは渾身の力で鎌を大きく上へと振り抜いた。

 鎌に捕えられたサクヤの身体が持ち上がり、全力で振り抜かれた鎌の威力で天井へと叩きつけられる。


「ぐぅ……!」


 天井に背中を強打したサクヤが呻き声を漏らす。パラパラと、彼女が叩きつけられた衝撃で砕けた天井の破片が地面へと零れ落ちた。

 だが、その程度でサクヤが諦める訳もなく――彼女は地に落ちると共に刀を鞘に収め、着地と同時にユウへと突進し、


「破っ!」


 間合いに捉えると同時、ユウ目掛けて抜刀した。

 ユウも即座に反応し、鎌を回転させてその一撃を長い柄で受け止める。鈍い金属音が響き火花が散った。

 そして、一瞬の停滞ののち――

 両者が無数の斬撃を以て、互いへと切り結ぶ。


       ◆     ◆      ◆


 目の前で繰り広げられる上級者同士による戦闘に、リューグとヒュンケルは瞠目しながら感嘆の声を漏らす。

 瞬く間に、それこそ目まぐるしい勢いで立ち位置が変わり、刃が交錯し、火花が飛んだ。

 床が、天井が、壁が傷つき、すでに店内が悲惨な有様と変わってゆくが、これについては破壊不能オブジェクトであるため、このデュエルが終わり次第下の状態に戻るから心配はしていない――ただし、立て掛けから落ちた武具類は自前で戻さなければいけないが……。


「にしもて……」


 店内の惨状を目の当たりにしながら、リューグは呆れたように嘆息してヒュンケルを見上げた。

「どうしてあの二人は、あんなに仲が悪いんだい?」

「知らんよ」

 にべもなく、ヒュンケルはかぶりを振った。

「最初から、この二人は犬猿の仲だったと思うが」

「それはまあ、見てたから知ってるけど」

「ウマが合わないんだろう」

「そんなものかねぇ?」

 対して取りあう気がないヒュンケルの適当な返しに肩を竦めつつ、リューグは視線を親友から目の前の決闘へと戻した。

 両者のHPは、ユウが最大値の十分の七。サクヤのほうが十分の八程度の残量である。このまま順当にいけば、勝利はサクヤのものとなるだろう。

 一撃一撃の威力で攻めるユウに対し、サクヤは目にも止まらぬ速さで振るわれる刀の手数で対応しているのだ。一撃の威力は少なくとも、正確に相手にダメージを叩き込んでいる。

 ユウはその大鎌の性質上手数では押せない。故に一撃の打点を得るために、多少のダメージを負うことは承知でサクヤの斬撃の下に飛び込んで鎌の一撃を叩き込んでいた。

 もう数分もしないうちに勝敗は決するだろうが、目前で繰り広げられる高速戦闘は実に目を見張るものが多く、片手剣を使うリューグであるが、現実では刀術の研鑽を積んでいた身として、サクヤの立ち振る舞いを一瞬も見逃すまいと集中しようとした。

 その時、カラン……というベルの音を伴いながら店のドアが開き、店に一人の影が飛び込んできた。

 現れたその人物は、店内に飛び込むのと同時に声を荒げて叫ぶ。


「おいコラ、リューグ! テメェいきなり人を呼び出すとは一体何ご――」


『邪魔っ!』


 だが、文句のすべてを言い切るよりも早く、彼――ウォルターに向けて、店の中央で接戦を繰り広げていた二人の女傑の怒号と同時に放たれた二つのライトエフィクトに襲われ、断末魔を叫ぶ間もなく壁際に叩きつけられて気を失った。

 高位の鍛冶師(ブラックスミス)呪葬鎌使(デスサイズ)の高い攻撃力から繰り出されるアーツ・スキルを受けたウォルターだが、そのHPに被害はない。ディエルという例外を除けば、元々《安全圏》である都市内で戦闘を行ってもHPは減少しないので死んでいるかどうかの心配はしていないが、流石に強力な一撃――否、二撃を無抵抗のまま直撃しては気を失わざるを得なかったのだろう。

 自分に対する文句すら言う間もなく撃沈したウォルターを哀れに思いつつ、しかしこの状況下に何も考えず突っ込んできた彼にこれ以上の同情は不要と頭を切り替えた矢先、ガキンッという強烈な金属音が店内に轟き、リューグは反射的に腰に吊った長剣を抜刀――瞬時にそれを右に切り上げた。

 金色の軌跡が、リューグへと迫った三日月の刃を打ち上げる。高速で回転する刃が天井に突き刺さり、一瞬の停滞ののち、床にゴトンという鈍い音を発して転がった。

 リューグへ飛んできたそれは言うまでもなく、ユウの振るっていた大鎌である。激しい剣撃の末ユウの手から弾き飛ばされたそれがリューグ目掛けて飛んできて、それをリューグが即座にパリィしたのである。

 抜いた剣を鞘に納めながら、リューグは床に転がる鎌を一瞥し、次いで視線を二人へと向けると、そこには勝敗の決した二人の姿があった。

 見れば先ほどシステムウィンドウが表示された空間に、ディエルの終了を告げる一文と共に勝者の名前が表示されていた。案の定、勝利したのはサクヤであった。

 おそらく武器をパリィした際の強打によって武器が弾き飛ばされ、無防備となった所でサクヤが最大の一撃を以て瞬時に勝利をもぎ取ったのだろう。その勝敗の(きわ)はユウの鎌をパリィすることに意識を向けてしまったために見逃してしまった。

 正直、残念に思う。

 普段はこの工房で武具の鍛錬に勤しんでいるサクヤが戦闘することは非常に稀で、こと上位クラスへとクラスチェンジした後、鍛冶師としての技量を高めたサクヤは滅多に表に出ることがなく、彼女の刀技を見れる機会というのは非常に貴重だった。

 そのため、その気もない風を装って一挙手一投足に集中して観察していたリューグにとって、最後の瞬間を見逃したのは実に悔やまざるを得ないことだったのである。

 しかし当の本人たちはと言うと、


「どうだ弱卒。自分の未熟さが分かったか? んー?」

「……さあね」

「これが結果なのだよ。分かったら私の店を侮辱したこと、しっかり謝罪して貰おうか?」

「お断りよ」

「なぬぅ!」

「なによ?」


 未だ不毛な争いを継続して睨み合っていた。

「阿呆か」

 ヒュンケルの台詞に、流石のリューグも同意の意を示したくなった。が、辛うじて言葉にすることだけは抑え、しかし溜息を洩らさずにはいられなかった。


 と同時に、店のドアが再び開かれ、新たな客が姿を現す。


 入ってきたのは、長い銀髪を揺らす軽装の少女――フューリアだった。彼女は店に入るなり、入口の傍らで気絶したまま半ば忘れ去られていたウォルターを見て、次いで店の真ん中でついにはお互いの顔に手を掛けて頬を引っ張り合うユウとサクヤを見て、更にその店の奥で雁首を揃えて傍観に徹するリューグとヒュンケルを、そしてほとんどパンの山がなくなる程度に食べ続けているノーナを見て、最後にもう一度この状況を説明できるであろうリューグたちに視線を向けて、問うた。


「……一体なんなんだ、この状況は?」


「うん、むしろ僕が知りたい、かな……」

 彼女の問いに、リューグは乾いた笑みと共に肩を竦めながらそう答えるしかなかった。


       ◆     ◆      ◆


 フューリアのこの場への合流を経て、ようやく事態は収拾した。

 先ほどまで見事な高速戦闘による激戦を繰り広げてくれたサクヤは、今は工房の奥でひたすらインゴットを叩く作業に戻っていた。そしてもう片割れは、先ほどまでの喧騒など素知らぬといった表情で自分のアイテム欄から取り出した茶器を使って用意した紅茶に口をつけていた。一体何がしたかったのだろうという疑問は口にするだけ無駄であると、その場にいる誰もが悟っていた。

 そしてもうひとつ、今回一番の被害者とでも言うべきウォルターはというと、


「まぁだ気ぃ失ってるよ」


 足元に転がしたウォルターを見下ろしながら、リューグは呆れた様子でそう呟いた。システム上の気絶(スタン)ならアイテムか回復魔術を行使して即座に起こすのだが、残念ながらこれは肉体的な意識不明だ。アイテムではどうにでもならないので、そのまま放置していたのだが、さすがにこのままというわけにもいかないと判断したリューグは立ち上がってヒュンケルに一瞥くれる。

 視線を受けたヒュンケルは無言で首肯した。リューグの言わんとしたことを理解した彼は、そっと手を翳してウィンドウを開き、手早く操作すると一冊の魔道書を具現させる。

 それを手に取って開くと、静かに瞑目して小さく言葉を幾つか連ねた。

 同瞬――ヒュンケルの目前に小型の魔術陣が展開されて明滅。次いで眩いまでの青い光を放つと、術陣から大量の水が噴出し、ウォルターへと降り注ぐ。


「――あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!?」


 大量の水による水鉄砲を受け、ウォルターが奇妙な悲鳴を上げながら床を転がって水流から逃れる。

 全身びしょ濡れになった彼は息も絶え絶えと言った様子で肩で息をしながらよろよろと立ち上がり、魔術を放ったヒュンケルを睨み憤慨する。

「くぉらぁあヒュンケル! お前俺を殺す気か! おかげで溺れるところだったぞ!」

「地面の上で溺れるとは、実に器用な奴だな」

 パタンッ……と魔道書を閉じてアイテム欄に収納しながら、ヒュンケルは半眼でウォルターを瞠目しながら肩を竦めた。

「いつまでも床で寝ているお前が悪い。むしろ、起こしてやったのだから、礼の一つくらい言ってもバチは当たらんぞ」

「誰が言うか!」

 肩を怒らせながら叫ぶウォルターだが、ヒュンケル相手ではそれはまったく意味を成さない。実際、次々と吐き出される罵詈雑言を前にしているにも拘らず、ヒュンケルの表情は何処までも静かなもので、冷ややかな笑みを浮かべて淡々と言葉を返してあしらう。他者をからかう際に見せるヒュンケルのその冷笑を見て、リューグは徐々にヒュンケルの少ないながらも停滞返しをされ続けていくウォルターに同情し、肩を竦めた。

 しかし、これ以上時間を無駄に浪費するのは得策ではない。何よりこれ以上ウォルターの相手をヒュンケルにさせていたら、それこそ精神的な部分でウォルターが使い物にならなくなるのが目に見えているので、リューグは嘆息しながら椅子から立ち上がって〝待った〟をかける。

「ヒュンケル。彼をからかうのは、話をした後にしてくれ」

リューグの言葉に、ヒュンケルは「ふむ……」と小さく声を漏らし、

「それもそうだな」

 と同意を示して半ば一方的となり始めたいびりを討ち切って外套を翻すと、開いたウィンドウを両手で操作し、準備を始める。


「さて――お前たちに今日集まってもらった理由は一つだ。この数日の間に大量発生している謎のモンスターと、《安全圏》であるはずの都市内でのエンカウントについてだ」


 ヒュンケルの言葉に、作業をしているサクヤ以外が一斉に彼へ注目する。ヒュンケルは全員の視線を一身に受けながら淡々と言葉を連ねた。

「目撃・遭遇した事例はすでに数百に上っている。実際にはこの倍――下手をすれば桁が一つ以上違うかもしれない。冒険者協会の掲示板はその件についての張り紙ですでに溢れかえっていた。また、ユングフィを拠点としているギルドたちも騒然としている。空前の緊急事態と言ったところだろう」

 ヒュンケルの言葉に皆が静まり返る中、リューグは小さな苦笑を浮かべた。

 空前の緊急事態――しかし絶後ではない。即ち、この先も似たような事態に陥る可能性はゼロではないと、ヒュンケルは言外に揶揄しているのである。

 そして、その可能性が実際にゼロではない辺りがそら恐ろしい、リューグは思う。これまでありえなかった事象――〈ファンタズマゴリア〉の仕様上では決して起きるはずのない現象。それが一度発生したという事実は最早消えることはなく、そして、それが今後発生しないという可能性はゼロにはならないだろう。


 一度起きてしまったということは――もう一度起きても何ら不思議ではない。


 その観念が《来訪者》の中に間違いなく根付く。そしてそれは決して払拭することのできない恐怖の種となる。そしてその種は、今後起きる可能性のある仕様外の事象・現象が起きるたびに芽を出して、恐怖という名の花を咲かすだろう。

 そして、開花した恐怖に耐えられる人間など一握りだ。異常というのは、平常の中にいる者たちを容易に狂わせる。この〈ファンタズマゴリア〉にPCとして生活することを余儀なくされた当初、その事実を受け入れられずにいた――あの《敗者》たちのように。

「由々しき事態だ。下手をしたら、暴動が起きる」

「そうだ。このままでは遅かれ早かれそうなるのは明白だ。そうなる前に、事態は収拾しなければいけない」

 リューグの言葉を肯定するようにヒュンケルが続く。そして手もとのタッチパネルを操作して、皆に見えるように中空に大きなウィンドウを開いた。

 表示されたのは、古都ユングフィ全体の地図だ。普通の地図と違うところがあるとすれば、それはマップ上に無数の点が表示されていることだろう。

その疑問を誰かが口にするよりも早く、ヒュンケルが制するように口を開いた。


「今見せているマップに表示されている点は、この一週間以内に発生したあの謎のモンスターとの遭遇したと報告されている場所だ。掲示板や口コミ、あるいは酒場などでの噂話、各ギルドから提供された情報も含めてのものだ」


「これは……かなりの数だな」

 マップを見上げながらフューリアが驚愕を隠しきれないと言った様子でそう漏らした。皆が無言で同意する。目測でしかないが、おそらくマップに点在する無数の点を密集させれば、ユングフィ全体の三分の一は埋め尽くせるであろう――それほどまでに、その点の数は多かった。ヒュンケルの言った予測数――数百から、下手をすれば桁一つ増えた数を超えるというのも比喩ではあるまい。断定的な事実、そう捉えて間違いないだろう。

「一部の大型ギルドでは、近日中に大がかりな討伐を行うという話まで上がっているが、おそらくそれではどうにもなるまい。原因を突き止めない限りは……な」

 マップを見上げながら、ヒュンケルがそう呟く。すると、

「それは分からんでもないけど、なんでおれたちが呼ばれたわけだ?」

 ウォルターが床に胡坐をかきながら問うた。ヒュンケルが僅かに口角を上げる。


「簡単だ――お前たちには、その手伝いをしてもらう」


 刹那、場が騒然となる。すでにヒュンケルからメールで話を聞いていたリューグを除けば、その場にいる全員――奥で作業をしていたサクヤも含めて、多かれ少なかれその顔に驚愕の色を走らせた。

 特にウォルターははた目から見ても丸分かりな程の狼狽を露わにし、慌てた様子で立ち上がりながらヒュンケルへと詰め寄った。

「ちょっ……まっ! 本気か!? あるいは正気か!?」

「俺は至って平常であり、本気にして正気だ」

「こんなふざけた提案を出来る辺りがすでに正気の沙汰じゃないだろうよ!」

「リューグも同意見だぞ」

 そう言って、ヒュンケルは無言で視線を己が友へとくれた。ウォルターは目が零れんばかりに見開きながらリューグを見向くと、リューグは微笑と共に首肯する。

「僕はまあ、やるべきだとは思うね。あのままじゃあ、夜は不安過ぎてオチオチ散歩もできなさそうだし」

「……信じらんねー」

 おどけた様子でそう言うリューグの答えを聞いたウォルターはガックリと肩を落としながらそうぼやく。


「私は手伝うわ。ヒュンケルのご指名だから」


 最中に、ユウが迷わずにそう言った。その発言には、事の重大性や危険度など端っから度外視した、ただヒュンケルに頼まれたからという実に彼女らしいものである。


「なら、私もだ。友人がやるというのに、一人のうのうと待っているというのは嫌だからね」


 壁に背を預けていたフューリアも淡々と賛同の意を示す。だがその口元は僅かに綻んでいる。こうなることを予想していたのだろうか、何処となく、その様子は楽しげであった。

 ウォルターは何処か愕然とした様子でユウとフューリアを見た。すでにやる気満々と見える二人の様子に、彼は渋面になって、その視線をカウンター横の椅子に座る少女へと向けた。

 左右に結った黒髪を揺らした少女は、あの後もパンを食べ続け、結局すべて間食し切って満足し、今は少し前に出されてすでに冷めてしまったお茶に口をつけている。

 一縷の望みを掛けて、ウォルターはその少女に問う。


「えーと……君はどうすんだい?」


 問われたノーナは僅かに両目を瞬かせた後、手にした湯のみをテーブルの上に置いて、


「やる」


 言葉少なにそう答えを出した。

 当然ながら、ウォルターは訝しげに眉を顰めて問うた。

「何でだ? あの二人はともかく、嬢ちゃんこいつらと知り合って間もないだろう。なのにどうしてそんな簡単に――」

「食べ放題」

「……はい?」

 言葉の間隙を縫うようにして呟かれたその言葉に、ウォルターは目を丸くしてノーナを見た。

 するとノーナは僅かにその表情を険しいものに変える。と言っても、実に感情の起伏が表立たない少女の表情は、ほんの少しだけ両目が見開かれただけだったが。少女はその目に熱い何かを宿らせた様子で答える。

「リューグが、手伝ってくれたら食べ放題って約束した」

「買収かよ!?」

 少女の言葉に、ウォルターはリューグを睨みつけて絶叫した。が、当人はそんな視線など何処吹く風と言った様子で満面の笑みで、

「正当な対価の支払いだよ?」

 と、のたまってみせた。

「あと、ウォルターは強制参加だから」

「あとってなんだよ! 訳が分からねーよ!」

「対処法的問題だ」

 リューグの言葉に叫ぶウォルターを遮るように、ヒュンケルが言った。

「奴らは《(ゲート)》から現れる無限湧出だ。その《門》をどうにかしなければ、倒した所できりがない。そのためのお前だ」

 ちなみに、ヒュンケルの持つ伝説級武具(レジェンダリーウェポン)貫く王の雷槍(グングニール)》でならば《門》を守る障壁を貫通して破壊することも可能だが、それは例外的なのでヒュンケルは口にはしなかった。

 ヒュンケルの言葉に、ウォルターは納得したものの何処か釈然としないと言った様子で眉を顰めて、ふと脳裏に湧いた疑問を口にする。

「あー……それだけ聞くと、俺の存在価値って魔祓師としての《聖浄術》だけに聞こえるんですけど?」

「それ以外にあるとでも思っていたのか?」

「苛めだ!」

 辛辣なヒュンケルの発言に抗議の声を上げるが、当然ながら誰一人として耳は貸さなかった。

 喚くウォルターを無視して、リューグはカウンターを振りかえって奥の工房にいるサクヤに向かって問う。

「姐さーん。それってどれくらいで準備できますか?」

「長く見積もっても、夜になる前には出来るぞ」

 インゴットを叩きながら応じたサクヤの言葉に礼を述べ、リューグはヒュンケルに目配せする。


「事態は急を要する。奴らが現れるのは決まってAINたちの活動が収まる深夜だ。それまでに準備をして此処に集合してくれ。詳しい話は、その時にする」


 ヒュンケルの言葉に、各々が首肯した中で、

「だから、俺はやるって言ってないって!」

 強制参加が確定しているウォルターの抗議の叫びが、虚しく店内に響き渡り、皆を失笑させた。


       ◆     ◆      ◆


「――で、結局やってるし」

 夜道を歩きながら、ウォルターは脱力しながらそう嘆いた。あの後どれだけ抗議してもそれは一向にして認められることはなく、結局ウォルターは謎のモンスターの究明に手を貸すことのなってしまったのである。

本来なら無視してあのままサクヤの店を去れば良かったのだが、頼まれ、なし崩しに了解してしまった以上それを反故にするのはウォルター自身が良しとしない性格であり、こうして夜の都市を歩き回るはめになった。

「あー……くそ。こんなん面倒臭いってーのによー……」

「うるさい」

 瞬間、ジャキ……っと三日月の刃が喉元に押し当たられたウォルターは言葉を失いながら立ち止まる。その三日月刃を宿した鎌の持ち主はもちろんユウである。彼女はその全身から不機嫌さを全開にし、ウォルターを睨んでいた。

 銀髪の間から覗く銀色の瞳は、まるで鋭利な刃の如く鋭く座っている。ウォルターは近年で稀に見るほど死を予感し、背に走る悪寒に全身を粟立たせる。

「ユウ……八つ当たりはやめておけ」

 ウォルターの喉元に押し当たられた刃を手でのけながら、フューリアは窘めるようにそう言えば、

「八つ当たりじゃないわ」

 ユウはわざとらしく舌打ちして鎌を引き、収納する。オブジェクト化されていた鎌が無数の光の粒子となって消えるのを見ながら、フューリアは呆れた様子で溜息を洩らす。

「どうみても、お前のそれは八つ当たりだよ……」

「絶対に違うわ」 

 意固地になっているのか、ユウは自分の不機嫌さを認めようとせずに視線を逸らして、「ほら、行くわよ」と険のある声音で二人を促して歩き出す。その背中からはにじみ出るような不機嫌さが目視できるような気がして、ウォルターはげんなりと肩を落としながらフューリアに目配せし、

「……あれって、原因はやっぱり」

「ヒュンケルと同じグループじゃないからだろうな」

「ですよねー。ハァ……」

 フューリアの回答に、ウォルターはこれ見よがしに深いため息を漏らした。

 今回ヒュンケルの提示した作戦内容はしごく単純なもので、囮役のグループと観測するグループに分けるというものだ。

 索敵班は、あの場に集まったメンバーの中で最高位の《索敵》スキルを保持するリューグと、もしもの際《門》を破壊できるヒュンケルと、リューグの知り合い補正でノーナという三人一組(スリーマンセル)

 そしてこちらは圧倒的に攻撃力の高いユウと、彼女の友人であり相棒であるフューリア。そして回復と魔術攻撃が出来る補助役であり、《聖浄術》で《門》の機能を停止させることのできるウォルターという組み合わせであるが――この組み合わせがユウの不機嫌の原因だと言うのは明白だった。

「……露骨すぎるだろ、あのお嬢さん」

「言ったところで改善はされないから、無駄だと思うよ」

 ユウの態度に対して、付き合いの長いフューリアはすでにあきらめの極致にある。その様子が、一層ウォルターの悲壮感を高めていた。

「戦力のバランス的に、間違っちゃーいないけど……ストレスというか、緊張感で俺の胃に穴が開きそうだ」

 そう言って自分の腹をさするウォルター。

 彼の言う通り、戦力のバランスとしてこの組み合わせは間違ってはいないし、この作戦の上でもぶれていない。

 攻撃力の高いユウとノーナはまず二分される。一班に一人突出した前衛のアタッカーを置くのは定石である。

 前衛職であるリューグも、今回は索敵もすることを考えれば最前線で戦うことは良策ではない。また、同じ回避系であり、連続攻撃を主体とするも攻撃力で劣るフューリアも同じ班に組むのも難しい。

 そして最後は出現した《門》を無力化することができるウォルターとヒュンケルである。

 この二人を二分する際にヒュンケルが注視したのは、その時点ですでにリューグとノーナ。ユウとフューリアと組み分けていたのを見て、ヒュンケルはユウとフューリアの防御力の低さと回復手段の乏しさを考慮してウォルターを組ませたのである。

 戦力的にも戦術的にも間違っていないのだが、そこに個人の感情までは考慮に入れない辺り、ヒュンケルという人間は残酷と称さざるを得ないだろう。

 組み分けを決した際の、ユウの背中に漂った哀愁は言葉もなくすものであり、残念なことに、そのことに気づいていないのは組み分けを決め何処か満足げに頷くヒュンケルだけだった。

 引き攣った苦笑いをするリューグの傍らで、ほとんど交流などないノーナですら、何処か憐れむようにユウを見ていたのは、決してウォルターの気のせいではないだろう。


 あの時ばかりはユウに向けて同情を禁じ得なかったが、だからといって八つ当たりするのは止めてほしいとウォルターは思うも、決して口にはしない。言えば最後、間違いなくあの大鎌の刃で惨殺されるだろうから。

 無論、実際に死ぬようなことは《安全圏》である都市内部ではあり得ないが、精神的にトラウマものになる可能性は高い。

 頭痛を覚えながらウォルターは出来るだけユウを刺激しないようにフューリアと肩を並べながらその後ろを追随する。

 だが、十メートルも歩かぬうちにユウが立ち止まった。突然立ち止まったユウの背中を見て眉を顰めるウォルターの前で、次の瞬間その手の内にポリゴンが描かれ、光の粒子が終結して具現する。オブジェクト化された細かい意匠の凝らされる大鎌が握られ、白髪白衣の少女が鎌を薙ぐ。


「ちょっ、いきなり何!?」


 突如得物を抜いた少女の行動に、一体今度は何が彼女の癇に障ったのかと思考するウォルターだったが、

「馬鹿。そうじゃない――来たぞ」

隣に立つフューリアがそう呟きながらユウと同じように得物を抜くのを見た瞬間、その意図を悟り、その見開いた相貌を僅かに細めて周囲に巡らせながら十字杖を具現させる。

「くそ……いきなり引き当てちまったわけかよ!」


 ――ごぽり……


 その水底から空気が沸き零れる音が耳朶を叩く。

 杖を左手に、右手でウィンドウを開いて一対一(パーソナル)チャットを繋ぐ。


 ――ごぽり……ごぽり……ごぽごぽごぽ……


 音が増す。まるで水が沸騰するかのように。

 その音を引き連れて――それは顕現する。

 目測でおおよそ十五メートル先――夜の闇が落とす影よりもなお深く、深淵の黒に染まる水面から這い出す無数の腕爪。


 這い出でる白面が、一斉に三人を見た。


 向けられた無数の視線を前に、ウォルターは緊張した面持ちに冷や汗を垂らしながら、

「……すげー帰りてー」

「諦めな。完全に敵愾心(ヘイト)取ってるから……」

 二刀を構えながら、フューリアが言う。


「――やるわよ。二人とも」


 ユウが悠然と構えながら、凛とした声で開戦を告げる。

 白銀の死神が地を蹴った。異形の群れと少女の距離は瞬時に詰まり、


「――ハッ!」


 鋭い呼気と共に、三日月の刃が軌跡を描く。


 初撃が異形に叩き込まれると同時、その刃の振るう風切音が、狩猟を告げる笛のへとなり、月夜に響き渡った。





 新年あけましてーというには随分と日数が過ぎました。新年迎えて早々、大学はもうテストとレポートに暮れる日々です。それが終わればあとは先輩たちの卒業式と思うとなんか切ない。

 今年度の単位のために必死にレポート書くと宣言しておきます。それでは今年も皆様よろしくお願いします。

 次話は月末から来月頭を目指して書きます。ではでは~ノシ 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ