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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
三章『グローアップ・ヴォイス』
33/34

Act23:可能性の話

 

「どうした?」

「いや……」

 隣にいるヒュンケルが訝しむように問うてきた。リューグは一瞬、どう答えたものかと思案を巡らせた後、眉を顰めながら答える。


「ノーナからSM(ショートメール)が届いたんだ」


 すると、ヒュンケルは意地の悪い笑みを微かに口元に浮かべて「なんだ、御盛んか」とからかう。

「下衆の勘繰りは止せ」と一蹴し、しかしすぐに気を取り直して言った。


「なんかよく判らない質問だった」


「どのような内容だった? 差支えがないなら教えろ。ついでにお前への恋文だったら是が非でも公開しろ。盛大に笑ってやる」


「ヒューゴ……もし君が言う恋文だったとして、もしその内容を笑おうものなら僕はその瞬間からお前と友達を辞めることになるぞ?」


 真顔でそう警告すると、ヒュンケルはそれこそ鼻で笑ってみせた。


「笑うのは手紙の内容でも、相手の気持ちの籠った文章でもなく、それを貰ったお前を笑うんだよ」


「最っ低だな」


「で、どんな内容だ?」


 珍しく食いついてくるヒュンケルに、リューグは微妙に眉を顰めながらもそれ以上はなにを追求するでもなく、代わりに溜め息一つついて口を開く。


「『昔少年ジャンプで連載されていた漫画で、地獄先生と呼ばれていた主人公の、少年時代の声を担当した声優は誰?』だって」


 わざわざウィンドウを開いてまでSMを読み上げて見せると、ヒュンケルは世にも奇妙な表情を浮かべていた。


「誰だ、それは」


「瀧本富士子。知らないの?」


「微塵も知らん」


「グランディアのジャスティンって言えば分かるかい?」


「……分かってしまったな」


 不本意そうに眉を顰めるヒュンケル。彼は現実では根っからのゲーマーだ。特に広い世界を旅するRPGは、昨今のメジャーな物から今では随分と古くなった作品タイトルまで網羅している。

 その中で『冒険』に重きを置いていたRPGの名作の一つを、この男が知らないわけがなかった。


「だが、なんで今時そんな古いネタをあんな娘が?」


「さあ?」


 そんな理由は質問した本人でもないリューグに聞かれても答えようがない。実際、ノーナがどうしてそんな答えに行き着く質問をしたのかすら、皆目見当のつかないのだ。

 それに、今の状況においてその問答は間違いなく些末事。今重要視するべきは馴染みのある少女の問いかけよりも、目の前で優雅に紅茶を口にしている男にある。

 自然、リューグたちの視線はその男へと向いた。

 双肩に十字の衣装を施された黒衣の青年――カイリ・フランベルジュ。リューグの双子の弟を自称する、この〈ファンタズマゴリア〉におけるまごうことなき異端児だ(イレギュラー)


「随分と怖い顔をしてるよ? もう少しリラックスしたら?」


 朗らかに告げるその様子から敵意を垣間見ることはできなかった。

 しかし、だからと言って気を抜くということはとてもできない。相手は日口理宇(リューグ)我妻向悟(ヒュンケル)を除けば、その存在を知る者はほとんどいないはずの理宇の生まれてこなかった弟の名を騙っているのだ。

 こうして対峙すること過去に数度。しかしまともに言葉を交わす機会はあまりなかった。

 だからこそ、この状況はリューグにとっても望むべき展開だ。

 問いただすべきことはいくらでもある。


 何故、弟の名を知っているのか。


 何故、弟の名を騙るのか。


 何故、既存のシステムを改竄することが出来るのか。


 そもそも、カイリ(おまえ)は何者なのか。


 そして――なによりも。



 ――お前は、何処まで〈ファンタズマゴリアこのせかい〉を知っているのか。



 胸中に渦巻く無数の疑問の――最たるもの。

 ずっと胸の奥に痞えているのは、まさにそれだ。

 自分たちは知らないことが多すぎる中で、目の前の青年――自称リューグの弟を名乗るカイリは、明らかにリューグたちの知らない『何か』を知っている。

 今、まさにそれを問うべき機会だ。

 言葉を吟味するように黙考するリューグ。そして、その対面にて言葉を待つカイリがいる。穏やかに微笑みながら、楽しむように紅茶を口づけるカイリに――


「結局のところ、お前は何者なのだ? カイリ・フランベルジュ」


 と、ヒュンケルが問うた。

 一瞬、まるで虚を突かれたようにカイリの動きが止まり、笑みが消えた。驚愕の張り付いた表情が、視線が、ゆっくりと銀髪赤眼の魔術師へと向けられる。

 むすっと眉を顰めて自分を見つめる魔術師の様子に、カイリは暫し目を瞬かせた後、くすりと忍び笑い一つ零す。


「うむ。確かに、君からすればそれは当然の質問なのだろうね。ヒュンケルさん。いや、我つ――」


「リアルの名前を口にするな。貴様は俺の質問に答えるだけでいい」


 言葉を阻まれたカイリは、別段怒るでもなくただ肩を竦めて見せた。


「僕が何者か――それは僕より君の友人のほうが知っているはずだ」


「俺は貴様に問うている。自己紹介も自分で出来ないような莫迦ではないだろう? それとも、そんなところまで『兄』におんぶに抱っこしてもらわないといけないのか?」


 棘と皮肉の込められた言葉を投げ続けるヒュンケルに、流石にカイリも「降参」と零して手を挙げて見せた。


「流石は兄さんの相方だ。容赦がないね――っと。銃はしまってくれよ? ちゃんと改めて自己紹介するさ」


 そう言うや否や、カイリはまるで佇まいを直すように姿勢を正す。


「改めまして。僕の名前はカイリ。カイリ・フランベルジュ。またの名を、日口海理。リューグ・フランベルジュのプレイヤーである日口理宇の双子の弟。彼の天才、日口理王の生まれてくることの叶わなかった遺児――とされているよ」


 堂々としたその言葉に、ぞっとした。

 自らを『死者』と名乗る目の前の人物――カイリ・フランベルジュこと日口海理。

 有り得ない、と頭の中で判断しているにもかかわらず、どうしようもなく目の前の人物を『日口理宇(じぶん)の弟』と確信してしまうのだ。

 そこには理由も理屈もなかった。ただ感覚的な、あるいは本能的な判断なのかもしれない。

 だが、同時に思ってしまうのだ。

 考えてしまうのだ。


 自分が日口理王(ちち)ならどうするか――と。


 そしてたぶんだが、父は自分と同じ結論に達したのではないか。

 自分の想像に慄然とするリューグの隣で、そんな彼の想像など露とも知らぬヒュンケルがカイリに問うた。


「――その遺児が、どうして俺たちの目の前にいる? まさか亡霊などとは言うまい」


「惜しい」


 と、カイリが答えた。



 ――惜しい。



 その言葉に嫌な予感を覚える。

 そしてカイリの視線がリューグに向けられた瞬間、リューグは自分の予測の正しさを思い知った。

 こんちくしょー!

 思わずそう叫びたくなる。

 そんなリューグの様子に満足したようにカイリはにっこりと笑みを浮かべて、言った。

「機械の中の幽霊(ゴースト)と言うならば、ある意味間違っていない」

「ケストラーか?」

 ユダヤ人作家の名を口にするヒュンケルの隣で、リューグはゆっくりとかぶりを振った。


「言葉通りの意味だよ、ヒュンケル」


「何?」


 柳眉を吊り上げるヒュンケルに向け、リューグは苦々しげに表情を顰めながら言う。



「機械の中にのみ存在する幽霊。つまりは死者の電脳化――そういう意味だよ、たぶん」



 ヒュンケルが息を呑んだのが分かった。あるいは本当に呼吸が止まったのかもしれない。正直、それだけの衝撃が、リューグの言った言葉には存在する。

 そして、そこに僅かなり含まれている「そんなわけがない」という願いにも似た想いを、眼前の亡霊――カイリはあっさりと打ち砕くように両の手を叩いて見せた。


「――大正解。その通りだ」


「死産した赤子の脳をスキャンしたのか……あの人は」


 自分の父親の所業というのが、何よりも悍ましかった。そのようなこと、考えたとしても実行に移せる人間がどれ程いるだろうか。

 ましてや人間の脳の――しかも生まれて間もない赤子の脳を読み取る(スキャン)など、誰が行おうとする。

 だが、カイリはそんなリューグの考えを真っ向から否定するようにつらつらと言葉を連ねていく。


「そう。死産と言っても生命活動が最初から停止していたわけではなく、出産後の死亡である場合は、心停止するまでのほんのわずかな間脳は生きていたんだから、決して不可能ではない――ましてや最初からそのつもりでいたなら、準備も十分整っていただろうしね」


「……だとしても、成長過程で変化していく脳を、情報世界(ネットワーク)で確実に成長させる方法などあるのか? ましてや――」


 一個人の人格を確立させることなど……とてもではないができるとは思えない。

 ヒュンケルの言おうとしていることは分かる。だが、おそらく――


「僕と兄さん一卵性の双生児だ。つまり、脳の成長過程などは非常に似通うと考えれば――答えは簡単だろう?」


「……僕の脳波を傍受(トレース)し、且つ父さんが逐一対処していたとすれば……できなくもないだろう」


 そんなことを自分の父親がするだろうか――と問われたとしても、日口理宇(リューグ)には「する」という答え以外なかった。

 日口理王とは、一見すれば凡人と大差ないのだが、こと電脳の技術進化の為であれば如何なる手段も問わない狂人でもあった。

 故に、恐らくあの父ならばおこなっただろう。そこに僅かでも成功の可能性を見たのならば――倫理を無視し、失敗を恐れずに。


「育児放棄された子供だって、勝手に成長して自己を確立するんだ。つまり、ある一定の段階まで成長過程を見守って(モニタリングして)いれば、後は僕がネットの海を漂って情報を集め、勝手に成長する――まさに自立成長するAIといった感じだね」


 まるで冗談を言った後のように笑うカイリに、リューグたちは言葉を失くして見据えることしかできなかった。


「――そして、こうなると兄さんの想像は確信に近づくんじゃないかな? この世界が『ゲームの中じゃない』ってことは、もうとっくに予測ずみだっただろう?」


 そして、続いた何気ない言葉に息を呑む。

 カイリの言わんとしていることが何か、リューグには否応なしに理解できている。いや、理解できてしまった――というのが正しいのだろうか。

 この世界がゲームの中じゃない。

 ゲームを模した世界ではない。

 それはずっと頭の片隅にあった考察だ。


「これは本当に……逆転幻想計画なのか?」


「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」


 渋面で問うリューグに対し、カイリはにっこりと笑って応じた。隣でヒュンケルが意味ありげな視線を送ってくるのが分かった。

 だからリューグは重々しいため息と共に、自分の知り得る限りのことを此処で彼に提示する。



 逆転幻想計画。通称、プロジェクト・リ=ヴァース。

 それは世界中のネットワークサーバーを利用した異界開拓計画を意味する言葉だ。ネットワーク上にもう一つの世界を形成する――誇大妄想にも等しい机上の空論。

 当然ながら様々な問題を抱え、且つ電脳世界に疑似的に世界を――完全なまでにフリーなオープンワールドプログラムを構築し、そこに様々な人間の構築した世界を次々と組み合わせていき、世界を広げていくというのは不可能に等しかった。

 しかし、日口理王はその計画を個人で研究し続けた。天才と言われた男の妄執の産物。決して実現することはできないはずの研究だったはず。

 だが、もしこの〈ファンタズマゴリア〉がその逆転幻想計画の産物なのだとすれば――


「きっと故人が引き起こしたネットワークテロとしては最大規模となるだろうね」


 あっけらかんと言い放つカイリの表情には、微塵も悪びれた様子がない。それどころか、彼は満面の笑みで言う。


「実際は、そんな生温いものではないけどね」


「なに?」


 自然と疑問を口にする。

 これ以上の何かがあると言うのか?


「だってほら。どんなにリアルなオープンワールドを造ったところで、それがデータである以上恐れることは多くない。怪我を負うことも、血を流すことも、死ぬことも――ね」


 にたり……と、カイリの笑みが変貌する。

 瞬間、リューグは戦慄した。



 もしかして、自分はとんでもない勘違いをしているのではないか――と。



 そうだ。もしこれが日口理王が論じた逆転幻想計画であるのなら、結局は人間の意識をネットワーク上に移行させた――言うなればVRのようなもののはず。

 どれ程リアルを追及したところで、痛みや出血などと言う現象があそこまで現実味(リアル)であるのは可笑しい。




 だとすれば、今自分たちはどの世界に居るのか?




 そう考えた瞬間、有り得ない可能性に行き着く。

 ヒュンケルは気づいていないかもしれないが、日口理王という人間を知る日口理宇(リューグ)だからこそ分かることがある。

 ――だが、本当にそんなことは可能なのか?





 人間の意識を、別の世界の別の肉体に飛ばすなど。





「それを可能としたからこそ、日口理王の理論は常軌を逸していたんだろう?」

 そう、カイリが言う。

 視線が自然と弟へと向く。

 先ほどまで笑みが嘘であったかのように表情の消えた彼が、口元にだけを動かして言った。


「――これは可能性の話だ。

 もし、自分のパラメータを確認する技術が存在したら?

 もし、そんな技術が存在する世界が存在したとしたら?

 もし、そんな世界が別の時系列上で存在したとしたら?

 もし、そんな世界と現実の世界を、接続できたしたら?

 そしてもし、接続先に人間の意識だけを飛ばすことができたとしたら?

 もう一度言う。これは、可能性の話だよ」


 再度告げ、カイリは問う。



「――それらの可能性を見つけたとしたら、日口理王はどうするか?」



 ぞくり――と戦慄が走った。

 今カイリが並べたそれらの可能性は、決してゼロではない。そう、ゼロではないのだ。何故ならばリューグたちは、それを今、現在進行形で体感しているのだから。

 パラメータを確認する技術とは、まさにリューグたちが日ごろから馴染みのあるステータス画面のこと。

 確かに、それらを確認する技術は日口理宇たちの世界には存在しないが、この先そういった技術が確立されることはないとは断言できない。

 そしてそれらの技術が現在確立し、持ち合わせている世界こそがこの〈ファンタズマゴリア〉だ。

 平衡世界と言う言葉がある。あるいはパラレルワールドか。

 現実とは似て非なる――『if』の世界。二つの大きな選択肢の内、いうなら『選ばれなかった選択肢の世界』。もしこの〈ファンタズマゴリア〉が、現実における『if』の世界であったのならば。

 そしてその『if』の世界と、どうにかして行き来する術があったとしたら。あるいは、存在したのだとすれば。

 それが人間の意識だけを飛ばす技術(もの)だったとすれば――日口理王はどうした?


 答えは簡単――実行した。検証した。実験した。試した。


 つまり、そういうことだ。

 この世界は――



「ネットワークを利用して造りだした異世界接続技術による接触によって辿り着いた平衡世界。ありえたかもしれない世界の姿。もう一つの現実――そう。それこそがこの異世界〈幻想創界(ファンタズマゴリア)〉の正体だ」



 信じがたい言葉を継げるカイリは「そして」と続け、組んでいた手を解いてゆっくりとリューグたちを指差し、言った。



「リューグ・フランベルジュと日口理宇は遺伝子的には完全同位体――つまり、その姿こそが、君たちのこの世界での姿……って言ったら、少しは笑えるかな?」



 あっけらかんと言ってくすりと笑うカイリだったが、当然ながらリューグたちは笑うことはおろか、暫く言葉一つ発することすら適わなかったのである。





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