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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
三章『グローアップ・ヴォイス』
32/34

Act22:望みへと臨む

注)今回は途方もなく遊び回といえます。

趣味全開です。

いろんなところから文句が飛んできそうで怖いけど、きっと大丈夫と信じます(という名の現実逃避

*友人に言われてしまったので、とりあえず某夢の国の使者の頭だけ『ミ』から『〇』へ変えました。

 異形の巣窟へは過去、何度となく潜った経験がある。それこそ目的はダンジョンの奥にある財宝であったり、ステータスのパラメータを成長させるための――つまりはレベル上げのための経験値集めのときだったりする。

 自分より若干強い――あるいは過度の危険を承知で、自分のパラメータの総合値ではまだ挑むべきではない場所にだって、集団攻略に便乗して挑んだことだってある。

 あの頃は、まだ〈ファンタズマゴリア〉はゲームだった。

 死の恐怖がない時代の話。だが、今の〈ファンタズマゴリア〉は現実と大差ない――死が隣人である世界だ。

 そんな世界で、自分の実力以上の存在に挑むというのは無謀だと、フューリアは思う。

 でも、そう思っているのとは真逆に、今自分たちは確かにその無謀と取れる行動を取っているのだから不思議だ。

 敵は途方もなく強い。

 その数は圧倒的に多い。

 危機的状況なんてごめんこうむる――そう思うのに、この場を惹こうとは思わないから不思議だった。

 迫り来るモンスターに向けて、紫電を纏った無数の投擲短剣(スローイングダガー)を左手で放ちつつ、右の短剣を振り抜く。

 空間に走る綻び。短剣の斬線が断ち切った虚空から奔った稲光。

 短剣・投擲剣――複合奥義アーツ・スキル《雷華疾砕》。

 投擲した短剣に追従するかのように空間から奔った雷光が枝分かれし、その範囲を広げていく。

 雷鳴が轟き、異形の断末魔すら飲み込みながら突き進む短剣たちに、追従していた稲妻が追い付き――そして爆散した。広範囲に広がる巨大な稲妻の爆発が、無数の異形たちを容赦なく呑み込んでいく。

 それを追いかける二つの影――ノーナとサクヤだ。

 左右で括られた長い黒髪を靡かせたノーナの両腕が紅蓮に輝く炎を纏い、それに並ぶようにして疾駆するサクヤの刀が白銀の輝き(ライトエフィクト)の嵐に包まれていた。


 格闘奥義アーツ・スキル《ドラゴニック・ブレイズブロウ》。


 刀術奥義アーツ・スキル《神魔浄霊颯(ごうまじょうれいせつ)》。


 炎を含んだ竜の咢の如き灼熱の拳撃と、神も魔も等しく滅する浄風の剣閃が、大瀑布から迸ったような濁流のようにモンスターの群れを襲う。

 フューリアの放った雷撃の暴風すらも呑み込むような、触れる存在を容赦なく食い散らす二つの奥義。しかし、それを受けてなお、異形たちは消滅しない。

 その頭上に表示されるHPバーはまだ健在。思わず舌打ちをしてしまうフューリアの頭上を影が飛び越えた。

 白銀の髪に純白のドレスに身を包んだ、巨大な死神の鎌(デスサイズ)を携えた〈死神(グリムリッパー)〉――ユウ・ウルボロス。

 フューリアの頭上を飛び越え、着地と同時に地を滑るユウのその手に握る鎌が、血の赤(ブラッドレッド)の輝きを纏う。



「――死に、踊れっ!」



 宣告の如き咆哮と共に、ユウの鎌が降り抜かれる。


 ――大鎌奥義アーツ・スキル、《紅い月の斬(アルアラーフ・コルモゼィ)》。


 振り抜かれた鎌に引き摺られるようにして、地表から吹き出す巨大な血色の三日月刃(ブラッディ・ムーン)

 血に染まったような派手な刃に撃ち抜かれ、大型のモンスターまでもが容赦なく中空へと打ち上げられ――そして次々と吹き上がる三日月の刃にその身を千々に切り刻まれていく。

 一切の容赦がない無慈悲な死神の刃が、異形たちの命を刈り取っていく。

 そしてそこに飛び込んでくる無数の――巨大な光槍。


「休むな! 続けて撃ち込め!」


 槍に続くように聞こえてきたのは、後方で杖を携え、巨大な魔方陣の上に超然と立ったウォルターの声だ。

 ウォルターの指示に、全員が一斉に動く。

 ノーナが先陣を切り、その次にサクヤが続く。フューリアはその上を飛び越えるように跳躍し、同時に左右に握った投擲用短剣を放つ。

 投擲剣中位アーツ・スキル《朱雀塵》。

 朱の線を引いて走った短剣たちの軌跡が熱線を引き連れ、その線に触れるモンスターたちが次々と炎に飲まれていく。状態異常(バッドステータス)《火傷》と《燃焼》の両方を引き起こし、炎に巻かれた異形たちがその場で動きを止める。

 そこにノーナが飛び込み、振り上げた拳を思い切り地面へ叩きつけた。

 格闘上位アーツ・スキル、《タイタンフィスト》。

 巨人が大地を殴打したかのような衝撃が地面に走り、ノーナを中心にした全方位に向け、拳撃が伝播しそこに立つ異形たちを貫いていく。

 その威力から発生した地上から打ち上げるような衝撃は、まるで強震度の地震にも似ている。

 それは果たして拳聖ゆえの力なのか。あるいはノーナという少女自身が繰り出しているのか。

 そんなことを思いながら見下ろしていたフューリアの視界に、サクヤが姿を現す。いつの間にか鞘に納められた刀が、閃光のような速さで抜き打ちされた。

 刀術上位アーツ・スキル、《抜・大切断》。

 刀身に集束された剣圧が、超神速の抜刀と共に肥大化――巨大な斬撃と化し、激震の最中で身動きの取れない化け物たちを一文字に切り裂く。まるでその身体を食い散らすような、あるいは存在を侵食していくような斬撃が、異形たちの身体を切り刻んでいく。


 再び、ユウが踏み込んだ。


 その手に握る大鎌――《グリムリッパー》がすべてを呑み込んでしまうような漆黒の光を纏っている。漆黒の光はそのまま鎌へと纏わりつき、やがて巨大な刃を形成した。深淵の奥底を斬り抜いて作ったような三日月を携え、ユウがその鎌を君臨する異形の群れへと叩き込む。

 触れしすべてを塵芥へ帰す無慈悲な刃――大鎌奥義アーツ・スキル、《葬送の無垢刃(ディオス・デ・ラ・ムエンデ)》。

 禍々しい瘴気を纏った斬撃が大気――否、空間ごと両断するかのような気配と共に、横一閃に疾る。

 そして――


 ――あたかも一世一代の大合唱(オラトリオ)にも思えるような、盛大な断末魔が一帯を呑み込んだ。


 かつて古城(シアルフィス)で遭遇した悪竜(ニドヘグ)の咆哮にも似た、物理的な威力さえ潜めていそうなモンスターたちの大絶叫。

 それに続き、居並んでいた幾体ものモンスターたちがその身体を光の欠片となって連鎖するように消滅していく。

 そして数秒後――それまで立ちはだかっていた異形の軍勢が嘘のように消え去った回廊の中で、ウォルターがまず盛大な吐息を漏らす


「だー! ようやく終わった! やってらんねーっての、マジに!」

「同意するぞ。流石に強敵の連戦続きは骨が折れる……」


 刀を鞘に納めながら、サクヤは自分の肩をほぐすように揉んでいる。


「ババ臭いわね」

「すぐに喧嘩を売るな、ユウ」


 その様子を見て苦笑するユウに苦言するフューリアは、ふと辺りを見回した。

「ノーナ?」

 近くにそれらしい姿が見えず、思わず名を呼ぶ――が、返事はない。慌ててパーティウィンドウを開いた。まさか先ほどの戦いで? と嫌なことを考えてしまったが、名前もあるし、HPもグリーン――安全域だった。どうやら余計な心配だったらしい。

 マップ画面に切り替え、ノーナの現在位置を確認(モニタリング)した。

 距離はすぐそばだった。先ほどまで戦闘を繰り広げていた広間の奥まった箇所。決して大きくはないが、小さくもない門扉の前である。

 その扉の前で、少女はぼんやりとした風に眼前に立ちはだかる扉を見上げていた。


「ノーナ」


 その背に声をかけると、左右にくくられている長い黒髪を揺らしてノーナが振り返り、小首を傾げる。


「どうしたの?」


「姿が見えなかったから心配になったんだ。あまり隊列から離れるのは良くないぞ?」


 苦笑交じりに言うと、ノーナは微かに柳眉を下げた。


「そっか。ごめんなさい」


「なに。今後気を付けてくれれば、それでいい」


「うん」


 少女はフューリアの言葉に素直に頷く。まるで小動物を彷彿させるその様子に、思わず頬が緩みそうになる。

 が、すぐに思い直して肩を竦めつつ、先ほどまでノーナの見上げていた扉を見た。重々しい雰囲気を醸し出す巨大な門扉。とても凝った衣装が施されていて、左右それぞれの扉には相対するかのような人面の獣が描かれている。

「開きそうか?」

「ううん。開かない」

 扉を見ながら端的に問うと、ノーナは簡潔に答えを返してきた。そうだろうな、と胸中で納得しながら、フューリアは振り返って未だ休息している残りの面子を呼ぶ。


「いつまでもたついているんだ? 早くこっちに来い」


 そう声をかけると、ユウたちはすぐに合流した。


「人使いが荒くございますねー」


 嫌味の一つを零しつつ、ウォルターが苦笑いして扉を見上げる。


「この奥か? ならさっさと行こうぜ」

「座り込んでたくせに偉そうだの、お主」

「どーせ日和者なんで」

「どちらかというと、道化ではないか?」

「うっさい」


 サクヤと言葉の応酬を繰り広げるウォルターを小突きながら、フューリアは扉を見上げた。


「開け方を知っているか?」

「質問が突飛すぎて意味不明だぜ?」


 軽口を叩きながら、ウォルターは目の前の扉を見上げる。しばし観察するように扉をしげしげと見据え、そして肩を竦めながら振り返った。


「仕掛け扉……って感じだが、試してみた?」

「一回。でも開かなかった」


 ノーナが応じると、ウォルターは「ふむ」と納得した様子で頷き、「だとすれば、パーティが揃ってないとダメなタイプかもな」というや否や、ウォルターは門扉に手を当てた。

 すると、沈黙を保っていた門扉が鳴動し、扉に描かれていた人面の獣の瞳が怪しく明滅した。

 咄嗟に警戒し、身構える。

 しかし、鳴動は暫くすると止み、代わりに何処からともなく声が響き渡った。



 ――望みに臨む者たちよ。

 我が問いに答えよ。

 さすれば最奥への道が開かれん。



 パイプオルガンの一番低い音のような響きと共に告げられた科白に、フューリアたちは揃って訝しむようにウォルターを見た。

「扉に描かれてるのはたぶんスフィンクスっぽいから、だろうとは思った」

 と一人だけ納得している彼の言葉に、なんとなく声の意味を理解する。

 スフィンクス。

 エジプトのピラミッドの横に鎮座するイメージからエジプトの怪物と思われがちだが、スフィンクスはギリシャ神話に登場する門番である。

 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物は? の問いで有名な謎かけをする、ライオンの身体、蛇の尻尾、鷲の翼、人間の頭を持つ怪物。

 それが描かれている扉と先ほどの声から推察すれば、要するにこれから出題する問いに正解すれば奥に進める――ということなのだろう。


「さてと……のんびりしているつもりもないし、さっさと問題だしてもらおうぜ。これだけの人数がいれば、どうにかなるだろ?」


 そう言って、ウォルターは挑発的な視線を周りに向けた。それも意地の悪そうな微笑付きで。

 安い挑発だが、だからといって引くつもりもフューリアにはなかった。


「いいだろう。乗ってやる」

「まあ、どの道そうする以外ほかはなさそうだ」

「さっさと始めましょう」


 サクヤが肩を竦め、ユウは不愛想にそう言った。ノーナも言外に逸れに応じているのが判る。

 皆の視線が、自ずと扉へと注がれた。

 そして扉はそれに答えるように鳴動し、扉に描かれていたスフィンクスの瞳が怪しい輝きを発する。


 ――第一の問い


 ビリビリと空気が震えるような錯覚を覚えるような声量が響き、その声を聞きながらウォルターが挑発するかのように声を上げた。

「おっしゃ、こい!」

「……お調子者」

 ぼそりと、そんなウォルターを見てノーナがそんなことをぼやいているが、それは続いた問いかけによって掻き消える。


 ――汝らの前に、硬貨が八枚存在する。

 うち一枚は偽物で、それは七枚に比べて僅かに軽い。

 天秤を用い、偽物を証明するには何度使えばよいか?


「あとは任せる!」

『諦めはやっ!』

 出題と同時に脱落(リタイア)を宣言するウォルターに皆が一斉に突っ込みを入れたが、彼は素知らぬ顔をし、あろうことか両手で耳をふさぐ始末。

「役立たずの代名詞のような男じゃな」

「いや、見ての通り頭使う問題は苦手なんだよ、おれ。ゲームだった頃なら、すぐにでもグーグル先生のお世話になるんだけどよぉ……」

 溜め息交じりに言うウォルターに、皆が渋面を浮かべながら胸中では同意した。

 確かにゲーム時代でなら、インターネットを使って検索すればこの手の解答はすぐに出るだろう。

 だが、今はその手段を講じることは不可能だ。ネットという情報の海がもたらす力の恩恵は得られない以上、自身の知恵で解答を導き出すしかない。

「さて……誰かこの問いの答え、判るか?」

「流石に、少し考えないと難しいと思うけど」

 一同を見回すフューリアに、ユウが眉間に皺を寄せながらそう言った――その矢先である。


「二回、だな」

 

 サクヤが言った。


「まずは六枚。三枚ずつに分けて天秤に乗せればいい。それで釣り合えば残った二枚のどちらかが偽物だ。

 そして先の六枚のうちのどれかが偽物であれば、天秤は釣り合わず、僅かに軽いほうに偽物が含まれている。

 軽いほうの三枚のうち二枚を天秤に乗せ、それが釣り合うなら残した一枚が偽物。

 釣り合わなければ、軽いほうが偽物――ほれ、二回で済むぞ」


 淡々と回答を口にするサクヤの口調には、決してそれを誇るでもなく、また自慢げな様子もない

 ただただ事実を口にした――そんな雰囲気で告げたサクヤの様子に、皆が一瞬呆気に取られたように彼女を見つめていたが、


「……なるほど」


 やがて我に返り、納得した様子でそうユウが零した。


「では、答えは『二回』ね」

「ああ、そうだ」


 ユウとサクヤの視線が扉へと注がれる。すると、沈黙していた扉が鳴動し、扉の意匠の瞳が怪しい光を伴って明滅した。


 ――然り。正解である。


 低い声が空気を震わせそう応じた。返ってきた言葉に安堵の吐息を全員が零したが――それも一瞬のこと。



 ――では、第二の問い。



「まだ……あるの?」

 続いた言葉に、ノーナがうんざりした様子でそう漏らすと、ユウは仕方がないという風に肩を竦める。


「まあ、こういう出題系って、複数出題がセオリーよ」

「だよなぁ。面倒臭いったらありゃしねーぜ」

「回答しない役立たずは黙っていてもらいたいんだが?」

「露骨に酷いっ!」


 ウォルターの軽口をフューリアが一刀両断するが、そんなどうでもいい掛け合いなど、システム上で定められた扉にはなんの意味もなく、扉は淡々と次なる問いを出題した。



 ――二〇〇六年に映画化された、ダ・ヴィンチやキリスト教に主眼を置いた作品。

 その主人公がしている腕時計に描かれているものはなにか?



『……』

 思わず、誰が言うでもなく顔を合わせた。そして暫し呆然とした様子で目を瞬かせた後、全員が口を揃えて言った。


『はぁぁぁぁっ!?』


 言外に、こいつはなにを言っているんだ? という雰囲気が膨れ上がった。ウォルターに至っては、「問題考えた奴出てこーい!」と叫ぶ始末である。

だが、正直気持ちとしては同じだった。


「二〇〇六年……約四半世紀前だな」


 眉間に皺を寄せながら、サクヤが困ったようにそう漏らす。四半世紀――つまりは二十五年。朝来夜明(フューリア)が生まれるより前の時代である。そんな時代に公開された映画の内容なんて、流石に興味がないので知らない領分だった。

 一応、確認のために自分より年上――ではないかと思う二人、サクヤとウォルターに視線を向けるが、サクヤは「時代劇なら見るんだがな……」とかぶりを振り、ウォルターも「アクション映画くらいしか興味なし!」と言い切った。

 つまり、答えは判らないということだ。


「ノーナはどうだ?」

「ちんぷんかんぷん」


 こっちは案の定だった。推察だが、ノーナはこのメンバーの中では一番歳が若いだろう。おそらくは十代半ば。そんな少女が二〇年以上前の映画作品の内容など知るわけがない。

 ガシガシと髪を掻き、「くそっ」とウォルターが毒づいた。


「こういうときのグーグル先生だというのに……」

「ネット依存の弊害、此処に見たり‐―ね」

「格好よく言っているつもりだろうが、何も格好良くないからな、ユウ」


 したり顔で言うユウに軽く釘を刺しつつ、フューリアはどうしたものかと思案する。


「ダ・ヴィンチとキリスト教を題材にした作品……か」

「考えようによっては山ほどあるような気がせんでもないが……」

「問題は、主人公の時計の絵柄、だよね?」

「問題ひねくれすぎだろ、たっく」


 四者が顔を合わせて唸っても、当然ながら答えなど出てくるはずもない。専門――と言っていいのかは微妙だが、映画通などのみが回答できそうな問題なのは確かだ。

 だが、



「――『〇ッキーマウス』」




『はい?』


 ノーナを除いた三人がそんな間抜けな声を上げ、ノーナは小さく首を傾げて声の主を見た。

 純白のゴシックドレスに身を包んだ白髪の死神――ユウ・ウルボロス。

 皆が棒立ちになる中で、白衣の少女は巨大な門扉を見上げてもう一度、


「腕時計に描かれているのは、『〇ッキーマウス』よ」


 と、やはり聞き間違いではなかったらしい。ユウは僅かに険のある視線で扉を見上げてそう言い放っていたのである。


「おいおいおい!」


 そんなユウに向かって詰め寄ったのは、やはりというか、ウォルターだった。

 彼は隠刀士も顔負けの駆け足でユウの下へ素っ頓狂な声を上げながら詰め寄り、慌てた様子で彼女の肩を摑んだ。

「ちょっと、穢れるから放して」と呆れ半分に告げるユウに向け、しかしウォルターは捲し立てるように叫んだ。


「お前正気か! 気は確かか! なんだよ今の答え! よりにもよって自由の国のシンボルの名前口に出すとかどうかしてんの!? 

 ダ・ヴィンチだぞ! キリスト教だぞ! なのになんで答えが赤いパンツ穿いたネズミくんになるんだよ!?」


「これが答えだからよ――判ったら放しなさい」


 機嫌が悪くなっているな。

 夕の様子を見て馴染みのフューリアにはそれが判ったのだが、残念なことに困惑しているウォルターはそれに気づいていない。


「確証あるのか? もしないのにあんなふざけた回答をしたんだとしたら、俺はお前さんが正気じゃないと言わざるをぉぉぉ!」


 すべてを言い終えるよりも早く、ユウはその手に物質化した《グリムリッパー》をウォルター目掛け一閃した。

 紙一重でその一撃を回避するに成功したウォルターは、尻餅をついて鎌を振り抜いた姿勢のまま自分を睥睨するユウを見上げて息を呑んだ。

 そんなウォルター目掛け、ユウは殺気の孕んだ声音で言う。


「さっきの問いに出てきた作品の名前は『ダ・ヴィンチ・コード』。主人公の名前はロバート・ラングドン。彼は〇ッキーマウスの腕時計を愛用しているわ。映画のほうは知らないけど、原作の小説なら読んだことがある――以上、質問は?」


「ございません!」


 射抜くような眼光で貫かれたウォルターは、五体投地の勢いで平謝り――潔い、いっそ鮮やかなまでの土下座の姿勢だった。身から出た錆も同然なので、同情もしないが。


 それはさておいて。


 そんなやり取りをする二人を尻目に、フューリアたちは自然と扉を見上げた。

 再び扉が鳴動し、意匠の瞳が怪しく輝く。



 ――然り。正解である。



「ちょっとそこの愚物。なにか言うことは?」

「大変失礼いたしましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大声で謝罪の言葉を口にしながら、ウォルターは全身全霊でユウに頭を下げた。土下座の姿勢を維持して、「このたび愚かな俺めは貴女様の聡明さを疑い大変失礼な言葉を並べ――」などと許しを得る言葉を次々と並べるのを聞き、勝者の栄光を得たとでもいう風に鼻を高くするユウの姿を見て三人が苦笑いをする。


「仲が良いんだか悪いんだか……」

「でも、二人とも楽しそうだね」

「あれはあれで、愉快な掛け合いだな」


 三者三様の感想を口にしながら、その視線を二人から上――扉のほうに向ける。鳴動と共に意匠の瞳が再び光り、そしてまた、あの低く重い声が響いた。


 ――では、第三の問い。

 世界最古のコンピュータ。

 一九〇〇年代初頭にギリシャにて発見された、歯車式機械とはなにか?


「なにそれ知らねーよ!?」

 新たな問いに、ウォルターが再び突っ込みを入れた。三度目にしてまたも難問だった。どうもこの出題者は専門的かつ偏見的な出題をするのが好きらしい。


「世界最古のコンピュータってなんだよ。わけわからん」

「一九〇〇年の初頭って……世界大戦より前じゃない。その時代にコンピュータなんてあったのかしら?」

「そもそもに、だ。歯車式機械とコンピュータを同等扱いできる物なのか? 私にはいまいちピンとこないのだが……」

「わかんない」


 次々と皆が文句と考察を九日漏らすのを聞いていて、フューリアはふとあることを思い出した。


「……アンティキティラ」

「あんてぃき……何、それ?」


 自分でも気づかないうちに口から零れた単語を耳にしたらしきユウが、訝しげにフューリアを見た。

 一瞬、説明するべきか否か迷ったのだが、そもそもみんなも答えの見当がついていないのだ。なら、正否を考えることも含めて言ってしまう方がいいだろう――そうフューリアは判断した。


「アンティキティラ島の機械――というのものがある。天体運行を調べるための道具なんだが、なんでも紀元前に造られた代物なんだ。その時代にそんなものを造れるわけがないとか言われていて、一説ではオーパーツとされている代物なんだが……それが発見されたのは一九〇一年で、場所はギリシャのアンティキティラ島だったような気がして、な……」


「じゃあ、それでいきましょう」


 言うや否や、ユウが迷いなくそんなことを言い放ったため、フューリアはぎょっと目を剥いて友人を見たが、彼女は聞く耳を持たず、また周りの反応を見るよりも先に扉に向けて宣言する。


「答えは『アンティキティラ島の機械』よ」

「少しは躊躇え!」

「面倒じゃない?」


 すまし顔で言い放つユウに、最早何を言っても無駄だと悟り、フューリアは肩を落とした。その背中を、ノーナが、サクヤが、ウォルターがぽんと叩くのだが、それが余計フューリアの精神にダメージを与える。

 だがまあ、こうなっては後戻りもできまい。際は投げられたのだから――なるようになれ、だ。

 全員の視線が自ずと、まるでそれに答えるように扉が鳴動した。


 ――然り。正解である。


『おお!』

 瞬間、皆が揃って感嘆の声を上げた。

 フューリア自身も、まさか本当に正解をするとは思っていなかったため、思わず息を呑む。


 そして――良かった、とも思った。


 自分でも少しは友人の力になれたという充実感が胸に到来し、安堵する。と同時に、自分へ賞賛の言葉を浴びせようとする皆を見据え、僅かな微笑と共に告げる。


「喜ぶのは良いが、まだ終わったわけではないだろう?」


「あ」と零す彼らに様子に微笑を苦笑へ変えつつ、フューリアは改めてその視線を門扉へと向ける。

 鳴動し続ける扉。そして輝きを発する意匠の瞳。それらがまだ、この謎かけが終わっていないことを示していた。

 そして、そんなフューリアの予想を肯定するかのように、再び低い声が響く。


 ――では、第四の問い。

 これが、終の問いとなる。

 正しき答えを示すことが出来れば、最奥への道は開かれるだろう。


「ようやくかよ……専門分野(マニアック)な問題ばっか用意しやがって、出題者に抗議したい気分だ」

「それに関しては同感だな。結局、頑張って解けそうな問など、最初のくらいだったからなぁ」


 ウォルターの愚痴にサクヤが同意するように頷いた。ノーナは何も言わないが、代わりに首を縦に何度も降っている辺り、同意を示しているのだろう。

 ユウだけは小さく吐息を漏らすに留めているが、その表情や全身から醸し出される雰囲気を見る限り、彼女も辟易しているのが判る。

 それに関してはフューリアも同じだ。

 さっさと終わらせて奥に進みたい。だから黙って出題を待つ。


 ――かつて少年ジャンプにて連載されていた漫画。

  地獄先生の名で知られた教師――


 出題の最中、何やらぴんときたらしいウォルターが口を開いた。


「ああ、それなら判る。鵺――」


 と続けようとしたのだが、問いはまだ終わっていなかった。


 ――の幼少時代……


「幼少時代ってことは恩師か? なら確か――」

 と、再びウォルターが誰かの名を口にしようとしたその刹那、


 ――の、アニメで声を担当した声優は誰か?



「わぁぁぁっっっっっっっっかるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」



 これでもかというくらいの大音声と共にウォルターが激怒した。


「ふっざけんじゃねーぞコラ! 出題者出てきやがれ! その螺子狂(ねじく)れ腐った性格今すぐ矯正してやらぁぁぁぁあ!」

「落ち着かんかウォルター! 気持ちは……この上なく同じだがな」


 そう言ってウォルターを諌めるサクヤも、眉間に見事な青筋を立てている。ユウに至っては、いつの間にかその手に《グリムリッパー》を手にしていて、「さっさとぶっ壊すとしましょう」と言う始末である。


 フューリアを以てしても、最早此処まで来たらお手上げだった。


 これはもう、高等問題とかそういう次元を超えた――いわば『無茶ぶり』というやつだ。最初から奥に活かせる気がないのではないかと勘繰ってしまうほど、ウォルターの言葉通り、出題者の性格は螺子狂れているのだろう。


 一端諦めて出直すべきか? そうユウに提言しようとした――その矢先である。



「――『瀧本富士子』」



 淡々とした、何処かやる気とかが欠いたような声が響いた。

 みんなが一斉にその声主――ノーナを見る。彼女は普段通りの半眼気味の双眸で扉を見上げながら、もう一度その名を口にする。


「答えは『瀧本富士子』 どう?」


 呆気に取られながらも、フューリアは、ユウは、ウォルターは、サクヤは、固唾を呑んで視線をゆっくりと扉へと向ける。

 一瞬。

あるいは数秒、数十秒くらいの間隙が生じたような気分になる中で、扉がゆっくりと鳴動――いや、これまでとは比べ物にならないくらいの振動を伴って、ゴゴォォン……という低い金属音を響かせた。

 そして、あのパイプオルガンの最低音の如き声が木霊する。


 ――然り。正解である。

 賢き者よ。

 知恵持つ者よ。

 そして望みへ臨む者よ。

 いざ進め――最奥への扉は開かれん!


 まるで祝詞のような言葉を連ね、その言葉通り、今まで眼前に鎮座していた巨大な扉が開かれ、奥へと続く道が開かれたのである。

 だが、今フューリアの胸中にふつふつと湧きあがっているのは、扉が開いたことに対する歓喜でも感動でもなく、


「……なんでわかったんだ?」


 ウォルターが問う。それはフューリアが思っていたことと同じものであり、今まさにフューリアが尋ねようとしたことである。

 どうやらそれはウォルターだけではなく、ノーナを除いた全員が感じていたことらしい。全員の視線が自然とノーナに集まり、八つの眼が放つ視線を受けた少女は、なんでもない風に答えた。


「――リューグに聞いてみた」


 予想外の答えに、脳が機能を停止したような気がした。

 いや、実際数秒くらい凍結(フリーズ)したに違いない。

 停止した脳が活動を再開すると同時に、フューリアの脳は高速で回転し、思考する。

 ノーナの行った手段は、一言で言ってしまえばズル――であるだろう。

 テストの答えを隣の席にいる人に堂々と教えてもらっている――いわばそういうことであるが、考えてみれば〈ファンタズマゴリア〉がゲームであった頃は、ほとんどのプレイヤーがインターネットなどで検索をかけ、答えを導き出していた。

 ならば、答えを知っていそうな人にそのことを聞くのは、決して間違いでないないだろう。

 だがしかし。だが、しかし――


「……それってありなのかよ」


 またも、皆の心情を代弁するかのようにウォルターがそう零した。

それは別に問いかけたわけではなく、この状況下でそのような手段が認められてしまった事実に対する愚痴のようなものだったのだろう。

 しかし、それを質問と受け取ったらしいノーナは、一瞬だけ首を傾げたあと、ゆっくりと右手を胸元辺りまで持ち上げると、指を二本立てて見せた。Vサイン。

 そして表情も変えずに、小さな拳聖は少しだけ楽しそうに言った。


「――有り」


 その時の無表情が、フューリアには小悪魔の微笑に見えた気がした。






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