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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
三章『グローアップ・ヴォイス』
30/34

Act21:チェンジ・ザ・ワールド Side:Worter

   

「……あのー、どーして俺は此処にいるんですかー?」

 殆んど引きずられるようにしてこの場に居合わせているウォルターは、眉間に青筋を浮かべそうなほどの渋面と共に愚痴を零した。すると――

「手駒よ」

「手駒ね」

「手駒じゃな」

「手駒だって」


「泣くぞゴラ!」


 女性陣による一刀両断するかのような容赦ない声に、ウォルターは憤慨と共に杖を振り翳して地団駄を踏む。

「そもそもなんで、こんな場所に俺たちは居るんだよ!」

 屹然と少女たちを睨みながら、ウォルターは今自分が立っている場所を見回した。前後左右三百六十度見回しても岩肌しかない。漆黒の岩の壁に覆われ、見上げた頭上の遥か上空にぽっかりと空いた穴の向こうにだけ、辛うじて青空が見える。

 竪穴の奥底。深淵も深淵――まさに奈落の底のような場所だ、と思う。


「つーか、本当になんでお前ら俺を拉致ったんだよ?」


 じとーっとした視線でウォルターは少女たちを見た。すると、真っ白なドレスに身を包んだ少女――ユウが心苦しい、とでもいう風に表情を歪めながら言う。


「まあ、正直な話。パーティのバランスが悪いのよ。私たちの中に回復役(ヒーラー)がいないし、ついでに言うとこのクエストに挑めるほどの実力者というのは、残念ながら知り合いにはいないに等しいのよ。だから貴方を連れてきたの」


 確かに、彼女の言うことはもっともだった。言われるがままに、ウォルターはこの場にいる自分以外の面子を見回す。

 ユウ・ウロボロス。

 ノーナ・カードゥンケル。

 フューリア・リム=レージュ。

 サクヤ・ミカナギ。

 クラスはそれぞれ呪葬鎌使(デスサイズ)拳聖(バトルマスター)隠刀士(スカウト)鍛冶師(ブラックスミス)……お世辞にも良いパーティバランスとは言い難い。というか、絶対言えない。


 こってこての火力仕様で、そのほとんどが近距離戦闘をメインとしている。唯一魔術系統の攻撃のできるユウですら、実際のところ前衛型のアタッカーだ。まさに力押し一択の、常識的に考えて素人でもしないような物理特化。回復や後方支援(バックアップ)なんて影の形も見当たらない。

 確かにこんなパーティ編成で戦場に突入しようものなら、高難易度のダンジョンなど三〇分も維持できれば御の字だ、とウォルターは思った。


 そしてなんのクエストに挑むのかはまだ聞いていないが、第一大陸(アイン)の中でも辺境地の最奥にあるようなダンジョンに挑もうとしている。こんなダンジョンに挑もうとする物好きな回復役(ヒーラー)は稀有だ。しかも、こんなパーティ編成を見せられて従軍しようとする奴はまあ、まずいないだろう。

 ウォルター自身、本音を言えば御免こうむりたいが、残念ながら自分以外にこんな色物過ぎるパーティについていけそうな人間を、ウォルター自身も思いつかない。

 ならば致し方ないだろうし、なんだかんだで馴染みの相手である。手を貸すのも破かさではないのだが……


「まあ、本当に遺憾ながら、貴方のような愚物を頼ってあげるんだから感謝しなさい」


 ユウの物言いは、何ともウォルターの癇に障る。快諾する気が全く起きなくとも、文句を言われる筋合いはないだろう。


「……ブッ飛ばしていいか?」

「倍返しにしていいのならね」


 美少女がにっこりと笑っているというのに、背中にどうしようもない空寒さを感じてしまい、仕方なく震える拳を振り上げることを断念しながら、ウォルターはもろもろの感情を溜め息と共に吐き出す。

 まあ、何はともあれ


「まあ、連れてこられた以上同道するけどよー。一体なんのクエストを受けたんだお前ら?」


 そう。ウォルターはまだ、ユウたちがなんのクエストを受託してこんな辺境の高難易度ダンジョンに来ているのかを知らなかった。

 ……もっとも、知っていたらウォルターは絶対についてこないのを知っているから、ユウは黙っているのだが。


「ユウ……貴女……」

「まったくあくどい奴じゃな……」


 そしてそのことに気づいたフューリアとサクヤが、非難がましい視線をユウに向けている。

 しかしそんな視線など気にも留めず、ユウはさも「今思い出した」とでも言う風に手を叩き、


「そういえば、まだだったわね」


 と空々しい科白を口にし、手を振るってウィンドウを開く(オープン)。白い死神が幾度か手元を操作すると、ウォルターの脳裏にぽーんというシステム音が鳴り響いた。メッセージの着信を知らせるシステムコール。

「これか。どれどれ……」と、品定めするように自身もウィンドウを開き、クエストのメッセージ欄を読んでいく。が、読んでいくうちにウォルターの表情は徐々に強張り、やがて引き攣ったような笑みを浮かべると、静かにウィンドウを閉じて数秒沈黙。

 そして、



「――ざっっっっっっっっけんじゃねぇぇぇぞオイ!」



 憤慨すると共にユウを睨みつけながら大声を上げる。


「ここここここここここここここここ――」

「どうしたの? 狂鶏病にかかった鶏みたいよ?」

「ちげーよ! このクエスト! これ! これ伝説級武具(レジェンダリーウェポン)入手クエストじゃねーか!?」

「最初からそう言ってるじゃない? 今頃気づいたの?」

「今聞いたぁ! つか、今見せられました!」

「あら、それは可哀想ね」


 くっくっくという笑い声が聞こえてきそうな厭らしい笑みを浮かべているユウに、ウォルターは何かを叫ぼうとし、しかし叫んだところで聞き流されるのが目に見えている。なんとか堪えに堪え、どうにさ叫びだそうとした言葉を呑み込んで一拍の間を置き、かぶりを振った。


「いやだ。お断りだ。こんなクエストに挑むのは自殺行為だ。お前ら分かってんのか? 伝説級武具入手のためのワンオンリークエストだぞ?」


 言って、ウォルターはその場にいる全員を見回す。

 伝説級武具入手クエスト。通称――一度限りの(ワンオンリー)クエスト。それは一度誰かの手で攻略されたら、二度と出現しないクエストのことを指す。そしてその大抵はMMORPG〈ファンタズマゴリア〉でも最高位の武具たち――即ち伝説級武具を手に入れるクエストであることが多い。


 その上に存在する神話級武具(ミソロジーウェポン)は現在でもその詳細が明らかにされておらず、未だ誰一人として手に入れたことがないまさに幻の武具とされているため、現状の〈ファンタズマゴリア〉における最強種の武具は、この伝説級武具とされている。


 リューグの持つ《竜血に染まる法剣(アスカロン)》。

 ヒュンケルの持つ《貫く王の雷槍(グングニール)》と《魔眼を穿つ砲銃(タスラム)》。

 そして草薙が持つ《布津御魂剣》。それらに並ぶこの世界の神宝。


 知るだけでも四つ。伝説級武具をウォルターたちは見ているだけに、それは思った以上に容易に手に入れられるように思えがちだが、実際は真逆だ。


 単にそれらを手にしている彼らこそが異常なのだ。


 伝説級武具など、MMORPGであった頃の〈ファンタズマゴリア〉でさえ、持っていた人間は一握り。それこそ今現在もそれらを保有している、彼らくらいだった――そういう代物なのである。


 それらのクエストは実際、その神具にまつわる神話を元にしているクエストが多々と存在する。リューグの《竜血に染まる法剣》を手に入れるクエストはその良い実例だろう。


 草薙の《布津御霊剣》入手クエストは、攻撃力ゼロに等しいイベント限定アイテムの刀で、クエストエリアに出現(ポップ)する一体一体がダンジョン最奥に登場するA級以上のボスモンスターを単身で延々と倒し続けるという、正気の沙汰とは思えないクエストだったとも聞いている。


 どれもどれもが実現不可能レベルのクエストと言われている。故に、ギルドでクエストが出現したとしても、誰も挑もうとしないのだ。


 ゲーム時代ならともなく、一度死んだら復帰できる見込みのない現状でそんな死亡率一〇〇パーセントを超えるような難関クエストに挑む人間は、リューグたちのような狂人か、とち狂った自殺志願者の二択だとウォルターは思っている。


「このクエストに挑むことが、どれだけ莫迦げたことか分かってんのか、お前らは」


 これは命が惜しいとかそれ以前の問題。挑もうとすること自体が間違っている。だからウォルターは拒んでいるし、同時に彼女たちを止めようと説得している。

 すると、サクヤが苦笑いをしながら首を縦に振った。


「知っておるし、同じことを私も言ったよ。この二人に。このクエストを、この面子で挑むのは自殺と同義だ、と」

「ならなんで受けるんだよ、ユクヤの姐御よ?」

「この二人が、それを留意した上で頭を下げたから、よ」

「はい?」


 答えたのはフューリアだ。見れば、彼女も隣に立つサクヤと似たような、呆れていて、その上で降参したとでも言いたげな苦笑を浮かべている。

 逆にウォルターは意味が分からなかった。このクエストがどれだけ無茶物か分かっていてなお、どうして止めもせず、クエスト攻略に参加することを決めたのか?


「……僕たちは、冗談でもなんでもなく、このクエストに本気で挑みたいから」


 長い左右の黒髪を揺らしながら、ノーナが静かにそう言った。静かだが、しかしその言葉を否定することを許さない、なんとも言い難い迫力の籠った声音に、思わずウォルターは息を呑む。

 しかし、そこで引き下がるわけにはいかない。引き下がってはならない。だって、このクエストに挑めば、


「高い確率で死ぬのは分かっているわよ」


 ウォルターの胸中を察したように、ユウはうっすらと笑って言う。


「なら、なんで行くんだよ。どうしてもって言うなら、せめてリューグたちを――」

「――それはダメ。それじゃあ、意味がない」

「はあ?」


 ノーナに制され、ウォルターは首を傾げる。どうして、あの二人がいては駄目なのか。


「意味が分からねーよ。あの二人がいれば、攻略難易度は確実に下がるだろ?」

「そんないつまでも男二人におんぶに抱っこはごめんなのだとさ、この二人は」


 そう言って、くつくつと笑いながらサクヤ。そんなサクヤに向かって、ユウは射抜くような眼光で睨みつけるが、当人は以前までの剣か風景が嘘のようにそれを受け流している。


 ウォルターは自分の頬が引き攣っているのが嫌でも分かった。女子というのは仲が悪い者同士は大抵ずっとその関係が継続するものなのだと思っている。

 だが、もしそれが変化することがあるのだとすれば、それはそれ相応の理由が存在し、その理由というのは大概にして一つしかない。


「こやつらは、本気であの莫迦共と並ぼうとしている。その意味が分かるか? ウォルターよ」

「……マジか」


 サクヤがしたり顔で言う。ウォルターは脱力思想になるのを必死に堪え、代わりに言葉を漏らすのだ。

 フューリアとサクヤが、そんな姿を見て笑う。


「女子は総じて、恋する女子の味方だよ、ウォルターよ」

「巻き込まれる側としてはたまったもんじゃねーっすよ、姐御」

「いいんじゃない? 貴方、巻き込まれるの好きでしょ?」

「言っておくけど、おれそんな精神的ドMじゃないからな? フューリア」


 降参とでもいう風に、ウォルターは両手を上げた。


「やりゃーいいんだろ。やりゃー」


 諦念交じりにそう言って、ウォルターは目の前のウィンドウのパネルをタッチし、クエストへの参加を承認する。


「ありがとう。お蕎麦屋さん」

「……いい加減名前覚えてくれよ、オチビちゃん」


 無表情に礼を言うノーナにそう言葉を返しながら、ウォルターはユウを振り返る。


「……にしてもよー。なんで俺なんだよ?」


 ウォルターは訝しむようにユウに問うた。実際、ウォルター・グレイマンという《来訪者》は普段は蕎麦を打って売っているだけの商売人であり、料理人である。

 正直、自己評価は低いし、実際戦力として数えるには心許ないというのが大概の評価だと自負しているのだが……


「私が思うに、貴方は《十二音律》と比較しても同等か、それに至れるレベルの《来訪者》だと思うからよ」


 どうにも、彼女の中でも評価は違ったらしい。

 それにしてもMMORPG〈ファンタズマゴリア〉における思考存在たる《十二音律》と同等扱いには驚かざるを得ない。

 すかさず、ウォルターは彼女の言葉を否定した。


「それこそあり得ねーだろ。お前ら俺の戦いっぷり見てるだろ?」

「ああ、見ている。そして、知っている。普段の戦い(スタイル)が、手を抜いている――ということもな」


 あの城の事件で随分とぞんざいに扱っていると思っていたフューリアだったが、どうやらそうではなかったらしい。睨み据えるような鋭い視線を向けられ、ウォルターは思わずたじろく。


「……お前ら俺を買いかぶりすぎじゃないか? 俺、そんな実力隠すほどの奴じゃないでしょ?」

「単に蕎麦屋をやりたいだけだろ、お主の場合」

「……あーねーごーぉ」


 実際その通りすぎて笑えない。そんなウォルターの反応に、サクヤは「なんだ、図星か」と言いながらからからと笑う。

 そんなサクヤの様子と、突き刺さる女性陣の視線に、ウォルターはついに折れた。


「あーもー。まー……その通りですよ。俺は蕎麦屋やりたいが為だけに全力で戦ってませんでした。手抜きしてましたー。これでよろしいですか。各々方。ったく……なんだってこんな奴を戦力として欲しがるんだか……」


 ブツブツと文句を漏らすウォルターに、ユウは歩み寄ってその脛を蹴り上げた。


「痛い!」

「いつまでもぶつくさ文句言うからよ」

「文句言ってもいいんじゃないかなークソが!」


 鋼鉄で覆われたブーツで蹴り上げられ、思わず脛を抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 そんなウォルターに向け、ユウは呆れたように溜め息を漏らしながら、しかしはっきりと彼に告げる。


「でも、正直な話よ。貴方は私たちの知る中で唯一リューグとヒュンケルの二人に、幾度となく強制参加させられるくらいには実力があって、信頼を得ている。

 昼行燈というのは、きっと貴方のような人間にこそつけられるべき名前よね。あるいは宝の持ち腐れかしら?」

「ひでぇ言われようだなオイ」


 恨み言のような科白に、ウォルターはきまり悪そうに頬を掻く。そんなウォルターに向けて、ユウはいつになく真剣な面持ちで言う。


「――でも、今の私たちにはその力が必要。貴方自身が望まずながら得てしまったその力が。彼らの信頼を得るに足りた実力が。このダンジョン攻略にはきっと必須になる。だから、貴方を連れてきた。だって貴方は――」


「あいつらと並び立つに値する実力を持っている……ってか?」


 言葉の先を制したウォルターに、ユウとノーナが揃って頷く。その背後で、フューリアとサクヤが微苦笑していた。まるで「仕方がない子らだ」という保護者のような笑みに、ウォルターは同調するように苦笑を漏らす。


「別に俺は何でもないね。あいつらと一緒にダンジョン攻略とかはしてたけど、正直ついていくのが精いっぱいで、並び立つなんておこがましいことは考えもしないな。立ってる世界――そんで、見てる世界が、全然違うからよー」


「見てる……世界?」


 ノーナがよく分からないとでもいう風に首を傾げ、眉を顰めた。そんな少女に向けて、ウォルターは「そうだよなぁ」と苦笑いする。

 理解できるものではないだろう。見ただけでも到底認識できないだろう。リューグやヒュンケル。他にはクサナギなど、この異世界(ファンタズマゴリア)で生きる《来訪者》の中でも、真の意味で超越存在と称される連中の見ている世界を、常人が理解できるとは、ウォルターには思えない。



 考えの次元が違う。



 捉え方の根底が違う。



 そんな領域(レベル)の話だ。



「俺たちにとってはゲームの延長線上。でもあいつらにとって、此処は現実なんだよ。

 命を賭して、一度限りの生涯を生き抜く場所なんだよ。全力を賭して、命の限りを費やす世界んだろーね。だから――あいつらは強いって、俺は思ってる」



「そう……そっか」



 そう零したのは、ノーナが最初だった。少女は何かを決意するかのようにぐっと握り拳を作っていた。

 そんな少女の様子に、周りが揃って微笑を零す。きっとこの少女は、誰よりも早く決意に至ったのだ。

 

 ――その領域(そこ)に行こう。


 そう、目が、表情が、握った拳が、何よりノーナという存在そのものが、そう語っているように思えて、絶句する。

 そんなウォルターに、サクヤがにやっと笑いながら言った。


「な? 手を貸してやりたくなるだろ?」

「……はぁ」


 答えの代わりに溜め息を返す。更に決意を新たにするノーナの隣で、白に彩られた少女が淡く笑む。


 まったく以てなんなんだこの二人は。


 そして、こんな風に決意させるあの二人(リューグとヒュンケル)もまた、なんなのだと言いたくなる。こんな女の子たちをあんな常軌を逸した領域に引っ張り込もうとしているのだ。本人たちの意思に関係なく。


 力になりたい。


 並び立ちたい。


 そう言う意志が嫌というほどに感じ取れる。


 ユウとノーナがこのダンジョン攻略に必死になる理由は、なんとなく察した。

 この二人は魅入られたのだろう。あの二人の壮絶な戦技に。それを惜しみなく振るい、命と命をぶつけ合い、ある種死に急ぐような姿勢と、その上で生と死の狭間を生き抜く様に。


 そして魅入られ、焦がれた。


 諦念を抱きながら、それでもああいう風にありたいと。


(難儀だなぁ……この子らは)


 普通、あんな連中と一緒にいて、あの戦う様を何度も見て、あんな領域に至りたいと思う人間は稀だ。憧れこそすれ、目指そうとする人間はそういないだろう。

 憧れ、目指して――そして挫折するのがオチなのだ。

 あれは、望んで至れる領域ではない。

 にも拘らず、この二人はそこに至ろうとしている。

 そして後ろの二人は、その二人に手を貸そうとしている。同時に、二人ほどではないにしろ、この二人と共にこの場所に来ている鍛冶師(サクヤ)隠刀士(フューリア)も、きっと根っこにある想いは同じなのだろうと思う。

 どいつもこいつも、正気とは思えない。


「はぁ……」


 思わずため息を漏らしてしまう。

 どちらも正気とは思えない。

 そして、そんな正気じゃない連中に結局手を貸そうと思ってしまう自分も、大概正気ではないのだろう。

 諦念を溜め息にして吐き出す。

 MMORPG〈ファンタズマゴリア〉の世界に迷い込んでからというもの、貧乏くじを引きっぱなしだ。

 でも、もう慣れてしまった。慣れてしまったし、結局のところ、自分はなんだかんだ言いながら彼ら彼女らの力になるのを拒みはしないのだと自己分析する。


 頼られること自体は、嫌なことではないのだ。


 勿論、それが命がけの大事であっても――だ。


 ふっ……と、ウォルターは自分でも気づかないうちに笑みを零していた。結局、自分もそうなのだろうと思う。

 ただ引っ張り出されるだけじゃなく、いやいやいうのでもなく、堂々と――


(結局同じ穴の何とやら――ってか)


 これは契機なのだと思う。自分が一歩踏み出すための、より高みへ臨もうとする意志を試す――そのための契機。

 なら、それに乗らずしてどうするというのだろうか。


「……サンキュ」


 ぼそりと、ウォルターは誰にも聞こえないくらいか細い声で少女たちに礼を述べた。そして、気を取り直すように声を張り上げる。


「ならさっさと行こうぜ! 此処でこれ以上立ち止まっててもどうしようもないんだろ?」

「急に乗り気になったの?」

「うるせーよ。気にすんな、フューリア」

「殴るわよ」

「何で!?」


 握り拳を振り上げるフューリアを見て、思わず抗議の声を上げながらそれを回避しようとし――刹那、それは鳴り響いた。

 甲高いシステム音と共に盛大な音楽が空の彼方から響き渡る。

 その場にいた全員が、思わず息を呑んだ。

 皆、その音がなんであるのかを知っていた。

 それは大陸制覇を知らせるファンファーレ。


 即ち、今、この瞬間――



 ――第二大陸(ツヴァイ)が攻略された。


 

 そして



 ついに




 ――第三大陸(ドライ)への道が開かれたのだ。



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