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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
三章『グローアップ・ヴォイス』
27/34

Act19:迷える彼らの道行は Side:Nona

   

 《来訪者》と《漆黒の十字架(シュヴァルツ・ロウ)》によって起きた戦争から二週間が過ぎた。

 ユングフィには今もなお、その時繰り広げられた闘争の傷痕が残り続け、住民であるAINたちはその復興のために日々汗水を流して半壊した建物の補強や、抉れた舗装路の瞬前に励んでいる。

 しかし、彼らAINからすれば普通のことでも、《来訪者》たちからすれば驚愕以外の何者でもなかっただろう。

 本来破壊不能オブジェクトである建造物が壊れたという事実もさることながら、その原因となった『戦争』が終わった今も、その建物たちがシステムによって自動で修繕されないという事実は、改めて彼らの常識を覆すには十二分の威力があった。

 最早自分たちの信じていた常識は覆り続けている。本来システムに庇護されているはずの『都市』内部ですれ安全ではないということも、再三に渡る戦闘で証明されてしまっている。

 むしろこれだけの異常事態が続いて、暴動が起きていないのは奇跡に近い。

 そしてその原因は、幸か不幸か、彼ら《来訪者》の多くが諦念による思考の放棄に走っていることにあった。


 結局のところ、彼らにだって最早何が起きているのか分からなくなっているのである。


 そして、こう何度も立て続けに常識を超えた事件が起きると、不思議なことに人間はその状況に適応していく。

 二度あることは三度ある。

 今の《来訪者》たちの間にある空気は、まさにそれだ。所詮考えたところで自分たちには理解できない高次元の事象なのだ。となれば、最早何が起きようと構わないという、何処となく投げやり気味の開き直り。

 考えることに意味はない。

 所詮自分たちでは抗いようがない。

 なら、なるようにしかならない。

 流されるままに、身を預けよう。


 そんな雰囲気が、今のユングフィを取り巻いているような気がしてならなかった。


 誰も彼もが消沈とした様子で都市の彼処を彷徨っている様子は、何処か焦燥感にも似た悲壮さが漂っている。

 そんな都市の中を、ノーナはそれでも普段通りに歩いていた。ここ最近はずっと誰かと行動していたこともあって、少女を知る人間が見ればひとりでいるのは珍しいとすら思うだろう。実際、ノーナ自身もそう思っている。

 その少女は長い左右の黒髪を揺らしながらある場所を目指していた。手元に表示した地図を頼りに目的地へと向かう。

 目的地にたどり着くまで、それほど時間はかからなかった。地図に描かれているその場所に、彼女はいた。

 長い銀髪を揺らし、白いドレスに身を包んだ少女――ユウ・ウルボロスは、カフェのテラス席に腰かけてカップを手にし、しかしその中身に口を付けることなく弄ぶように揺らしている。

 妖艶であり、同時に幽鬼のような――儚い印象を抱かせるその少女は、不意にカップを見据えていた視線を持ち上げ、ノーナの姿に気づくと、何事もなかったかのようにカップを置き、「来てくれたようで良かったわ」と零した。

 彼女の言葉に、ノーナはかぶりを振って合席に腰かける。

「何か食べる?」そう問うユウの言葉に、ノーナは「ケーキのセット」と簡潔に答えた。銀髪の少女はすぐに店員を呼びつけて紅茶の追加とケーキのセットを注文(オーダー)した。

 そのまま暫し、無言のまま二人は向かい合う。呼び出された側(ノーナ)としては、相手側(ユウ)の呼び出した理由が分からない以上、その理由をユウが話すまで待ちの姿勢になるのは仕方がない。

 というよりも、ノーナは自分から話をする性質(タイプ)ではない。会話と言う行為において、桜木春乃(ノーナ)という少女は基本的に受け身である。

 結局、沈黙を保っていたユウが口を開いたのは、ノーナの分のケーキセットが届いてからだった。


「これを貴女に言うのは間違いのような気もするけど……それでも、考えた上で、多分貴女が一番近しいと判断したわ」


 どういうことだろうか? ユウの独り言のようなその言葉に、ノーナはケーキを口に運びながら小さく首を傾げた。

 そんなノーナの反応に苦笑とも自嘲ともつかぬ、何処か疲れたような笑みを浮かべて言葉を連ねる。


「私は、自分が強いという自負があった。少なくとも並みの《来訪者》では及びつかない高みにいると思っていた。少なくとも、《十二音律》に名を連ねられるくらいの実力はあると、そうずっと自分に言い聞かせてきた。

 だからあの人の力になれる――そう、自負してきたの」


 かちゃり……とカップが音を立てた。ユウが静かにカップの中身を口につける。代わりに、ノーナは手にしていたフォークを置いて、問う。


「……でも、違った?」


「そうね」と、ノーナの問いにユウが頷く。

「全然、違ったわ。結局その自負は、ただの思い上がりだった」

 足手まといにならないのが精いっぱい。

 殆んど何もできなかったに等しい。

 《十二音律》の一角が聞いて呆れる。

 普段あれほど悠然とし、凛然としているユウとは思えないくらいの焦燥感と共に、彼女は自嘲の言葉を連ねて言った。


「信じていたものは幻想だった。自分にできることの限界を思い知らされた。どれほど足掻こうと、今の私は、あの人と同じ場所に立っているとは言えない。肩を並べられるなんて、思い上がりもいいところよ」


 そこにいるのは、これまで持っていた誇りや自負。そのすべてをへし折られた弱々しい少女だ。異形の化け物を前にしても堂々たる態度で鎌を振るっていた、白き死神でも、ましてや《十二音律》に名を連ねる〈死神(グリムリッパー)〉でもない。

 弱く、儚い――触れれば簡単に壊れてしまうような、小柄な女性だ。

 ノーナは想像する。そして、その想像はあまりにも容易だった。

 きっとこの人も見たのだ。自分では及びつかない、とてもじゃないが到達し得ない遥か高みの領域を。望みながら、それでも臨むことのできない頂を。


 ただ強いだけではない。


 ただ卓越しているのではない。


 《来訪者》のPC(からだ)が齎す恩恵だけでは決して至ることのできない――その先にある、真の超越者のみが為し得る領域の一端を垣間見たのだ。

 そしてその領域に乗り上がることが叶わない自分に不甲斐なさを感じ、同時にどうしようもない悲愴にくれている。

 それは絶望にも似たなにかだ。

 いや、絶望よりも酷いものなのかもしれない。


 追いつこうとしても追いつけない。


 辿り着こうとしても辿り着けない。


 それは選ばれた存在(もの)だけが至る極地。常人には決して踏み込めない断崖の向こう側だ。

 ユウはそれを見た。そして、自分は未だそこに至っていないことを思い知らされ、同時に今の自分ではどう足掻いてもその領域(レベル)には程遠いことを痛感したのだろう。

 彼――おそらくヒュンケル・ヴォーパールに並び立とうと望む彼女にとって、それはあまりにも遠い彼方だったのだ。

 ユウの気持ちが、ノーナには痛烈なほど理解できた。


 彼女と同じ――あるいは似たような感情を、ノーナ自身も抱いていたからだ。


 自分には無理だ。自分ではああは――リューグのようにはなれない。


 地下の戦いは痛烈だった。常識を逸脱し、なおかつ圧倒的に、そして絶望的なまでに倒せないと痛感したモンスターと出会ったのはあれで二度目。

 何度心が折れそうになっただろうか。

 何度膝をつき、諦めようとしただろうか。

 それでも諦めず戦い続けて、どうにか活路を見いだせたのは、やはりリューグと言う存在があったからこそだ。

 そして、それ故に不甲斐なさを痛感する。

 同時にズルいと的外れな嫉妬もする。

 結局、一緒に戦っているようで、その実自分たちは彼らに守られていた。それを思い知ったからこその辛酸だ。


 『対等な仲間』ではなく、『保護者と庇護者』。そんな風に捉えられているのではないかとすら邪推してしまいたくなる。


 でも、そう思われても、見られても、何ら不思議ではないくらいの、圧倒的な力量の差。それが埋まらない以上、この蟠りはずっと続くのだろう。

(……こんなのは、違う)

 守られたいのではない。

 守りたいというのは烏滸がましい。

 ただ、足手まといは嫌だ。

 肩を並べられないのは苦痛だ。

 背中を預けてもらえないのが寂しい。

 だから、ノーナはきゅっと口元を結び、面を上げて小さく、しかしはっきりとその言葉を零した。


「……強くなりたい」


 守られる必要がないくらいに。

 肩を並べられるくらいに。

 背中を――預けてもらえるくらいに。

「――強くなりたい」

 今度ははっきりと、ノーナは言った。その言葉に、対面していたユウは面食らったように目を瞬かせたあと……その通りだという風に頷いて見せる。

「ええ、そう。強くなりたいわ。いいえ、強くならないといけない」

 この先も、彼らと行動を共にする気でいるのならば。

 それは必要不可欠なことだ。

 今のままではいけない。

 今以上に強く――せめて並び立てるくらいの領域(ばしょ)に立つために。

 だが、問題がある。


 ――どうすれば、強くなれるのか。


 それが最大の問題だった。

 決意をし、覚悟を決めても、肝心の手段(ほうほう)がないのではどうしようもない。

「なかなか難しいわね」

「……うん」

 片やカップを、片やフォークを手に眉を寄せる。ただ遮二無二上級のモンスターと戦ってステータスを上げるのには時間がかかるし、かと言ってそれ以外に何をすれば彼らのような技量を得られるのかは想像もつかない。

 どれほどの想いをその内に秘めようと、目標に至る道筋が定まらないのであれば、それは結局、どん詰まり状態に変わりはなかった。

「……あ」そこで不意に、ノーナはあることを思い出した。「どうかしたの?」と首を傾げるユウに向け、ノーナは返答の代わりに自分の手元に開いたウィンドウを相手に見えるように表示した。

「今朝、ギルドにこれが貼っていた」

 表示された画面にあるのは、クエストの一文だった。

「新規のクエスト? それがどうか――」

 すべてを言い終える前に、ユウの言葉は止まった。あるいは、言葉を失ったのかもしれない。しばしノーナの掲示したウィドウを凝視していた白い死神は、やがてその肩をわなわなと震わせて、握り拳を作り――言った。


「――これね」


 聞けば、百人中百人が闘志に燃えているだろうと判別できるようなしっかりとした声音と共に、ユウは椅子から降りるとノーナを振り向き、

「――行くわよ。ぐずぐずしてたら誰かに取られるわ」

 その双眸が爛々と輝いているように見えたノーナだったが、拒否するつもりはなかった。多分、これが自分たちの目的に近づくために、一番手っ取り早いのは確かだ。

 猛然とギルドに向けて歩いていくユウの背中を追い掛けながら、ノーナは改めて手元に表示されているウィンドウの、クエストの詳細を見据える。


 そのクエストは、誰かがクリアすれば以降二度と出現しないといわれる特殊なクエストである。


 ――伝説級武具(レジェンタリーウェポン)


それを手に入れることのできる数少ないレア中のレアであり、同時に〈ファンタズマゴリア〉に存在するあらゆるクエストの中でも突出して難易度の高いクエスト。

 一度限りの(ワンオンリー)クエスト。

 場所は第一大陸(アイン)における魔境中の魔境。攻略難易度Sと目される竪穴の洞窟の底に存在する地下神殿の――その最奥。

 そこに挑むのだ。それも、ユウのあの様子を見る限り、リューグやヒュンケル抜きで。

 実際、ノーナもそのつもりだ。彼らと並び立つために強くなろうというのに、彼らに守られてクエストに挑むのでは、意味がない。

 しかし、そうなると疑問が一つ生じた。


 本当に。自分たちだけでクリアできるのだろうか?





 お久しぶりです。白雨です。どうにか続きに着手し始めました。予定より一か月遅れですね。お待ちの皆さま、大変長らくお待たせしました。

 遅々とした筆速ですが、今後もよろしくお願いします。

 それでは第三章のスタートです!

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