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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
二章『トラディメント・スコア』
26/34

Act18:演奏の終わり

タイトル改訂しました。すみません

 

「いやいや、凄まじいね」

 二刀の剣士と小柄な格闘家の凄まじい攻撃の嵐に対し、影法師はそう素直な感想を漏らしながら様子を盗み見る。

 狭い空間を縦横無尽に駆り、目も眩むようなライトエフィクトの彩りが二人の攻撃の苛烈さを物語っていた。

 生半可な攻撃ではダメージの通らない化け物に対し、二人の取った手段は正しい。あの偉業に対して、《浄化》も魔術攻撃も持たない二人のできる唯一の手段は、攻撃判定領域が大きい奥義級のアーツ・スキルによる、最大火力にて打って出る以外ないだろう。

 二刀の剣士(リューグ)のほうは手数で、格闘家の少女(ノーナ)のほうは一撃の威力で異形を蹂躙する。防御も回避も反撃も許さない、〈ファンタズマゴリア〉のプレイヤーとしても、《来訪者》としても上位に位置する二人の攻撃には遠慮も躊躇もない。

 あるのはただ――殲滅の二文字のみ。

 リューグの二刀が疾る。神速の歩みから繰り出される超神速の斬撃。蒼氷に輝くライトエフィクトを引き連れた剣閃が異形へと驟雨の如く降り注ぎ、絶対零度の斬撃は一点へ注がれ、巨大な氷塊へと異形を封ずる。切り付けたすべてを氷棺へと叩き込む二刀流奥義アーツ・スキル、《清塵氷柩(ソルド・コンヘラル)》だ。

 転瞬、咆哮と共に少女の全身が紅蓮に包まれた。全身を炎に塗れ、凄まじい速度で突進していく。

 炎がうねり、爆炎と、氷が急速に溶けたことによる水蒸気が地下の空間を支配する。己の闘争心を炎へ変え、立ちはだかる強敵を殲滅する――格闘系上位アーツ・スキル、《グラディエイル・ボルガノン》。


「……なるほど。そう来るか」


 極低温の物体に高熱の物質を与えることで崩壊させる――簡単に言えば、冷えたグラスにお湯を注ぐと割れてしまう、簡単な理科の実験だ。あまりに単純で簡単すぎ、そんなものはMMORPGのシステム内では通用しない。

 しかし、この場においてそれは絶大と言えた。

 あれは常軌を逸脱した存在――即ち、システムを超越した異端である。ましてや、影のように形の捉え難い相手。ならば、身動きも出来ない状況に追い込んで、そこに一点集中の火力を叩き込むのは正しい。

 氷漬けにした相手を爆炎で炙る。多分、この状況でこれほどの有効打はないだろう。ましてや物体を氷漬けにするほどの冷気に爆炎を叩き込めば、そこに生じるのはただの爆発ではなく。水蒸気爆発と大差ない。当然、威力は相乗される。

 やがて爆炎と水蒸気が晴れた。

 その中から姿を現した異形の姿は、先ほどまで二人が対峙していた存在よりも一回り――いや、二回りは小さくなっている。更に、見て取れる程に衰弱していた。先ほどの攻撃は、これまで叩き込んだどの攻撃よりも威力を発揮した証明である。

 ああなっては、最早あの二人にとって脅威とはならないな。

 そう見えた。

 しかし、それはまだ違ったらしい。異形が咆哮を響かせた次の瞬間、その全身が突如隆起する。

「おお……」

 感心するように吐息が零れた。

 全身が脈動するように異形の全体が蠢いていた。そしてその隆起した箇所から次々と突起物が、刀身が、槍が打ち出される。

 まるでハリネズミのように全身に刃を現出させた異形は、それを次々とリューグたち目掛け撃ち出していた。

最後のあがきにしては何と身もふたもない攻撃か。まさに手当たり次第と刃を射出する異形。しかしその撃ち出される数が尋常ではなかった。

 一瞬にして打ち出しているのは十や二十ではない。三桁にも上るだろう、まさに散弾の如き刃弾である。

 ふむ……これならばもう少し見物するのも悪くないか。などと高みの見物を決めようとしたのだが、それは思惑違いだった。

いや、ある意味臨んだ結果とも言える。


 漆黒の雨が縦横無尽に地下の空間を蹂躙していた次の瞬間、その深淵の闇をも呑み込むような金色の輝きが世界を染め上げたのだ。


(――それだ。僕は、それが見たかった!)


 自分の中で歓喜が湧き上がったことを実感する。

 視線のその彼方、異形の放つ刃弾の雨が一瞬で無へと帰した力。光の正体は、リューグの手にする伝説級武具《竜血に染まる法剣》。その刀身が分解して、その中心から溢れ出た金色に輝く放出エネルギー。


 ――《レゲンダ・アウレア》。


 黄金伝説。そう呼ばれる聖人たちの活躍を描いた書物の名を冠する――本来の〈ファンタズマゴリア〉には有り得ない、規格外(イリーガル)武器能力(ウェポン・スキル)。いや、間違いなくあれはシステム上存在しないスキルだ。

 その巨大なエネルギーの放出が直撃した異形の身体は、まるで砂上の城のように液状になって、煙を上げながら自壊していった。

 異常を帯びたデータが金色のエネルギーに込められた演算能力によって処理され、異形を形作っていた構築式(プログラム)を瞬く間に消去(デリート)したその様子に、思わずゾッとする。


 一体全体、誰があんなものをあの剣に組み込んだ?


 いや。大体予想はついている。このような――それこそシステム管理者ですら感知することのできないような秘匿システムを組み込める人間など限られる――いや、一人以外有り得ない。

 この世界の創造主。現在ですら不可能と言われているMMORPG〈ファンタズマゴリア〉の基礎システムを、それこそ十年以上昔にたった一人で構築した天才。


(やはり……これが、貴方の意志なのか?)


 目を閉じ、記憶の奥底に埋没する彼の姿を思い出す。

 何処までも聡明で、常人には到底理解の及ばない高次元を目指していた彼の姿を。

 しかし、思い出を振り返ることすらで、今の自分にはどうやら許されないらしい。

「おっと」

 咄嗟に身を捻り、その一撃――金色の斬撃から逃れる。

「相変わらず覗き見か? 良い趣味とは言えないな」彼にしては珍しい、不機嫌そうな表情でリューグが言う。対して影法師――カイリ・フランベルジュはからからと愉しそうに笑った。


「ふはは。不意打ちするような人に言われたくはないね」


 答えながら、カイリは腰に帯びた二刀を抜いて続く剣閃を受け流し――跳躍。そのまま錐揉みのように回転して双剣を薙ぎ払った。

 その剣戟を、二つの金色の軌跡が迎え撃つ。流石に空中で、しかも無理のある体制で放った斬撃では、地に足を踏みしめている剛剣に遠く及ばない。

 リューグの剣に弾き飛ばされるも、その勢いを利用して更に身体を捻って着地。すぐに駆け出すが、リューグのほうが一足先に動く。

 凄まじい踏込で肉薄してきたリューグの二刀が上下から挟み込むように襲い掛かっていた。

 振り返りつつその二撃を双剣で受け流し、にやりと微笑んでシステムを励起させる。

 瞬間、リューグとカイリの間を隔てるように術陣が描かれ、その円陣から猛火が現出しリューグを襲う――が、やはり金色のエネルギー刃に両断された。

「まったく規格外だね、その能力(ちから)は」

「ご愁傷様だな」

 目を剥くカイリに向けて、リューグは微苦笑を浮かべる。

「勘弁してほしいよね。たかが覗き見で殺されそうになるなんてたまったものじゃない。女の子の着替えを覗いたとしても、ここまで酷い目には合わないと思うけど?」

「今回のこの事件も、裏で糸を引いていたのはお前か?」こちらの冗談を無視し、一方的に質問を投げかけるリューグに向け、カイリは仕方がないなとでもいう風に肩を竦めた。

「残念ながら、今回僕らは何もしていない。誓ってもいいよ?」

「何にだよ?」

「さあ? 少なくとも神様ではないね」

「僕は神様なんて信じちゃいないし」と不遜な物言いでチェシャ猫のような笑みを浮かべると、その喉元にリューグの手にする《竜血に染まる法剣》の切っ先が突き立てられる。

 刀身から金色のエネルギーが迸っている。その光を見て、カイリはまるで陶酔したような眼差しを向けた。

 そんな彼の眼を見て、リューグは「なるほど……」と零し、呆れたように嘆息した。

「お前の覗き見の理由はこれか……」

その通り(イェス)」満面の笑みを浮かべてそう答えるカイリ。

「僕の興味は、今のところこれだけだよ。MMORPG〈ファンタズマゴリア〉のシステム上には存在しない仕様外のスキルだ。管理者ですらアクセスできない強固なプレテクトまでかけられたもの。そして――それは兄さん以外扱えないようになっている」

「どうしてそんなことをお前が知っている?」

「僕が管理者権限を持っているからに決まっているだろう?」

 満面の笑みと共にカイリが告げた瞬間、リューグの双眸が鋭いものとなって、問い詰めるように言葉を吐いた。


「なら――《来訪者》たちが元の世界に戻る方法も、知っているのか?」


 その問いに対し、カイリはにっこりと答えた。


「――勿論(イェス)


 瞬間、リューグの二刀が閃いた。同じく、カイリの双剣も。

 対峙するように二対二の剣が激突する。アーツ・スキルでもなんでもないただの斬撃。しかし、その威力はアーツ・スキルに勝るとも劣らないほどの衝撃を生んだ。

 置いてけぼりにあったように呆然と成り行きを見守っていたノーナが、「きゃあ!?」と突如生じた突風に煽られ体勢を崩す。

 左右の剣を怒涛の勢いで振るい、その場を離脱しようとするカイリに肉薄しながらリューグは叫んだ。

「どうすれば元の世界(げんじつ)に戻れる!」

 迫り来る無数の斬撃を、両手の剣で器用に凌ぎ、防ぎ、受け流し――時に身を捻り、跳躍し、天井を足場にして縦横無尽に飛翔しながら回避しつつ、カイリは嬉々と叫ぶ。

「少なくとも、今はまだ無理だとだけ言っておくよ!」

「答えろ、カイリ!」

「たとえ兄さんの頼みでも、それはできないよ!」

「カイリ!」

「いい加減、納得しようよ? ――本当はもう、気づいているんだろう?」

 瞬間、リューグの表情が今までにないくらい険しいものとなった。同時に、カイリは納得する。

 リューグ・フランベルジュは――否、日口理宇はやはり、気づいているのだ。



 ――この世界の正体に。



「流石だよ、兄さん! やっぱり貴方はすごいや!」

「っっ……黙れ!」

 聡明な兄の頭脳に思わず歓喜するカイリに向けて、リューグは感情のままに叫んで剣を振るった。


 再び剣戟が激突する。衝撃が伝播し、空気が震えた。


 両者の間が、生じた剣圧で僅かに開く。しかしリューグはすぐに体勢を立て直して追撃の一撃を放とうとした。

 だが、それよりもほんのわずかだけ早くカイリが動く。双剣を重ねるようにして構えると、彼は口角を僅かに吊り上げてそのまま剣を振るった。そして続いたのは――


 リューグの《レゲンダ・アウレア》にも似た、銀色に輝く、巨大な衝撃波。


「なっ!?」


 驚愕にリューグの双眸が見開かれた。

 迫る巨大なエネルギーの波によってなされた一撃へ、金色のエネルギー刃を叩き込み、追撃に《黄金獅子の長剣》を重ねることで、ようやくその軌道を逸らすことに成功するも――それの動きに全神経を注いでいる間に、カイリは大きく距離を取って転位術式を起動させた。

 地面に描かれた陣の放つ光がカイリを包み込み、転送を開始する。

「待て、カイリ!」遠くで、リューグが叫んでいたが、カイリはただただにんまりと笑ってリューグに向けて手を振って見せた。

「また会おう、兄さん。今度は剣なんて振り回さず、のんびりとね」

 その言葉を最後に、カイリは転送の光に包まれながら地下墓地を去った。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



「リューグ……大丈夫?」

「うん……僕は平気だよ」

 心配そうに覗き込んでくるノーナを安心させるように微笑して見せたが、実際どれほど自分が笑えていないかは想像がついた。

 いや、それも仕方がないだろう。何せ僅かでも知り得た情報が、この上なく信じがたい真実の証明となったのだ。

 勿論、カイリの口から出まかせの可能性も捨てきれないが、正直それはないだろうと思ってしまうのは、兄弟だからだろうか……兄弟の証明さえできていないけれども。

 真実は残酷だ。

現実は過酷だ。

 希望なんて見当たらず、絶望だけがそこらかしこに転がっている。


「―――『プロジェクト・リ=ヴァース』ね……」


 カイリの言葉が、ずっと昔に見た覚えのあるその言葉を思い出させた。

 そんなもの、思い出したくもなかったけれど。


      ◆      ◆      ◆


 二分がこれほど長く感じたことはなかった。

 いや、そもそももう二分が経過したのか怪しいし、もしかしたらもう一〇分を超えているのかもしれない。それくらい時間の感覚が狂っていたのは確かだと、ユウは思った。

 ヒュンケルの前では悠々と啖呵を切って見せたが、実際ユウ自身満身創痍なのに違いはない。HP上ではそれほどダメージを受けていないが、爆発による熱や衝撃で全身の各所が鈍い痛みを発しているし、何より目の前にいる全身を瘴気に塗れた剣士の実力が想像を絶していたのが問題だった。

 ユウも超越者の集いたる《十二音律》に名を連ねるハイレベル・プレイヤーであり、〈ファンタズマゴリア〉が異世界となった今でもその実力は屈指であり、最前線で戦えるという自負はあった。

 だが、此処に至って自分と草薙やヒュンケル(かれら)との間にある――決定的な開きを思い知る。

 

 ――遠い。


 思っていた以上に、自分が立っている場所と、彼らが立っている場所では決定的な隔絶があった。

 ユウの目の前にあるのは巨大な、踏み越えるには――否、飛び越えるにはあまりにも大きすぎる渓谷(たに)

 とてもじゃないが辿り着けるとは思えないような奈落が広がっている。そして、ヒュンケルたちがいるその向こう。自分が至れないその領域で、二人と瘴気の剣士が刃を交えている。


(――……口惜しい!)


 今まで確かに実力の開きを感じることはあった。だが、ここまで痛感したのは初めてだった。

 それでも、何とか追いつこうと必死に立ち回り、鎌を振るう。

 分かっていても、今だけは同じ戦場(ばしょ)にいなければ。ほんのわずかでもいいから、力にならなければ。

 いや――力になれないとしても、せめて足手まといにはなるまい。

 頭の片隅に過ぎるそんな考えに嫌気が刺す。そのくらいしかできない自分が腹立たしい。


 だが、そう思わされるくらい目の前で繰り広げられる戦いは、疾うにユウでは追いつけないような極致にあった。


 片手に投擲用の斧を、左手に愛用の投擲槍《貫く王の雷槍》を握り、それを投擲せずに接近戦に持ち込んでいた。本来投擲用武器の使用としては有り得ない戦法だが、小回りの効く武器というのはヒュンケルは銃以外で持っていないらしい。

 実際、あの剣士に対して投擲武器は意味をなさないだろう。攻撃と攻撃の間隙を狙われるのは明白だ。そして、銃という武器はその性質上弾数制限があり、銃弾を打ち切れば弾倉を交換(リロード)しなければならないという欠点があり、そんな隙をあの剣士がくれるとは思えない。

 故に、威力と小回りの効く投擲斧と、恐らくヒュンケルの手持ちでは最大の攻撃力を誇る《貫く王の雷槍》を手にし、彼は左右の武器を手にし、まるで舞いを演じているかのような流麗な立ち回りで相手の嵐のような剣戟の中を見事に躱しながら反撃に転じていた。

 その隣では、草薙が有無を言わさぬ刀の連続攻撃で、敵の攻撃そのものを粉砕し、肉薄していた。

 最早何処までも常識を凌駕した行動に驚嘆せざるを得ないが、それ以上に驚くのは、そんな草薙やヒュンケルが繰り出す猛攻を前にしても一歩も引かない瘴気を纏った剣士の凄まじさである。

 一見、武器は手にしている巨大な漆黒の剣だけのように思えるが、実際闘い始めると、その瘴気に包まれた全身から幾つもの突起や斬撃と化した瘴気が全身から撃ち出され、彼の剣士には文字通り死角なんてものがないのが判明した。

 背後に回ろうが頭上から攻めようが、瘴気の剣士はそれらの攻撃を悉く防ぎ、凶悪な瘴気の一撃で反撃してくる。それも剣を振るう以外の瘴気の攻撃は無動作(ノーモーション)であるため、攻撃が放たれるその瞬間まで何が来るか分からないというのだから性質が悪い。

 しかし、そんなたちの悪い攻撃を前にしても、あの二人は一歩も引くことなく食いついている。

 ユウはずっとヒュンケルは後方支援型の《来訪者》だと思っていたが、実際に彼の立ち回りを見たらそんな風にはまるで見えなかった。

 思い返せば、古城シアルフィスで彼は両手大剣を振るっていたし、他にも手斧やら近距離にも通じた武器を複数利用していたような気もする。

 つまり、単にリューグが典型的な前衛仕様であるが故に、ヒュンケルが後方からの支援(サポート)に徹していたのか……あるいは、リューグという前衛が常にいたからこそ、彼は後方という安全な場に立ち、状況に応じて支援や魔術攻撃に徹することができていたか。

 これでは、思い上がりもいいところだ。

 もしかすれば、リューグがいないときは自分がヒュンケルの力になれる――そんなことを時折思っていた自分が恥ずかしくなる。

 自分では到底、彼の能力を引き出すことはできない。彼が戦いやすいような状況を作り上げることはできない。


 これが差なのか。


 所詮はネットの――〈ファンタズマゴリア〉でしかつながり合えない自分と、昔から友人であるリューグとの差なのか。

(……どうして)

 ぐっ……と口を一文字に結ぶ。

 悔しい、という気持ちが湧き上がってくるのを止めることができない。

 気持ちならば決して負けているつもりはないのに、目の前にある現実が、そんなものは無意味だとでもいうように突きつけられる。

「くぅ……!」

 口から洩れる声を合図に、ユウは強く踏み出した。

 たとえ及ばなくても――それでも今できることだけはやるべきだと、自分に言い聞かせて。

 両手に握る鎌の刃が緋色のライトエフィクトに覆われる。それを頭上に掲げ、掌で高速で回転――巨大な風車が回るかのように、その刃が緋炎に包まれた。

 放たれるのは大鎌上位アーツ・スキル、《緋色の風車(アルアラーフ・ムーランルージュ)》。

「二人とも――上手く避けなさい!」

 そう瘴気の剣士に肉薄する二人に声をかけ、ユウは掌で高速回転する大鎌を渾身の膂力で投擲した。緋色の炎を纏った巨大な刃は一直線に空中を疾駆し、瘴気の刃を振り撒く剣士へ向かって飛んでいく。

 ヒュンケルと草薙が離れると同時、緋炎の刃が剣士を直撃する――その寸前、瘴気の剣士が生み出した瘴気の壁がその刃を堰き止め、弾き飛ばす。

 同時に剣士が全身の瘴気を走らせ、ユウ目掛けて瘴気の槍を放った。向かい来る槍を、ユウは弾き返された鎌を手に迎撃。

「うおおおおおおおおおお!」

「――ぬん!」

 その一瞬を狙って、ヒュンケルと草薙が再び渾身の一撃を放った。

 稲妻を迸らせる槍と、白光のライトエフィクトに包まれた刀が閃く。

 ユウへ向けられていた敵意が再び二人へ。その瞬間を、ユウは見逃さない。いや――見逃してはいけない。

 これ以上、離されてたまるものか!


「はああああああああああああああああああああ!」


 白い死神が裂帛の気迫と共に大鎌を振り上げた。鮮血のように紅いライトエフィクトが鎌を――そしてユウの全身を呑み込み、光の爆発と共にユウが瘴気の剣士へと躍り掛かる。

 大鎌奥義アーツ・スキル、《血を啜りし妖牙(マッサース・アルデマ)》。

 スキルの発動と同時に、ユウのHPバーが凄まじい勢いで減少していく。《血を啜りし妖牙》は、使用者のHPを代償にその威力を上げる特殊なアーツ・スキルである。捧げるHPが多ければ多いほど威力は相乗し、最大HPの10%未満にまで絞れば、その威力はS級モンスターであってもひとたまりもない。

 ヒュンケルの《貫く王の雷槍》。

 ユウの《血を啜りし妖牙》。

 そして草薙の《天照ノ一太刀》。

 三方から同時に迫る超高威攻撃が、瘴気に包まれた剣士を襲った。それだけの重圧攻撃を受けてなお、瘴気の剣士はその攻撃を退けようと微かな抵抗を見せる。

 しかしそれは、本当に微かな抵抗だった。

 三方から迫る衝撃を、瘴気の刃で鬩ぎとめようとする。だが、それは一瞬だけであり、その次の瞬間受け止めていた瘴気の刃は三者の放った渾身の一撃によって粉砕され、消滅しその身を襲った。

 三人の放った攻撃は、あたかも標的を圧殺するように隙間なく瘴気の剣士を呑み込み――転瞬、巨大な爆発を伴って収束する。

 爆発の衝撃が去り――一瞬の静寂が辺りを包み込んだ。

 それでも油断なく構える三人が、爆発によって生じた粉塵の向こうにいるであろう敵を見据え、息を潜める。


 もう立つな。


 そんな祈りすら込めて鎌を構えるユウの視線の先で、徐々に粉塵が晴れていく。

 そうして晴れたその先には――全身が傷と血に塗れた男が一人横たわっている。

 動く気配は――ない。

 その姿を見て、ようやくユウは息を吐き、思わず頭上を見上げて――それを見た。

 先ほどまで展開されていた大型の術式がいつの間にか消え去り、振っていた光の雪もなくなっている。


「……終わったの……かしら」


「……そう願いたいね」


 応じたのは、ヒュンケルだった。彼もまた疲弊した表情で肩を竦め、手元のウィンドウを操作する。


「……首謀者死亡。同時に、各所に出現していた異形が消滅。どうやら、《漆黒の十字架》も敗走を始めたみたいだな」


 覗き込めば、彼の手元に表示されているウィンドウには次々とメッセージが飛んできている。どうやら各所から伝達が来ているらしい。つまり――


「ようやく……面倒事は終わったのね」

「そういうことだ」


 ユウの言葉に、ヒュンケルは珍しく苦笑を浮かべて首を縦に振った。

 つまり、ようやくこの騒ぎは終わりを迎えたのだ。

「踏んだり蹴ったりの一日だったわ……」

「しかも、デカイ面倒事だけ残してな……厄日だよ、ホント」

 愚痴を零すヒュンケルだが、すぐに気を取り直したようにかぶりを振り、近くの建物を背にして気を失っているウォルターのもとへ歩み寄ると、「さっさと起きろ、仕事だぞ!」迷わずその頭を殴打した。

 殴られて目を覚ましたウォルターは、すぐに飛び上がってヒュンケルと口論を始める。

「何しやがんだ、いきなり!」

「良いからとっとと回復(ヒール)しろ。それくらいしか能がないんだからな!」

「なんだとー!」

 そんなやり取りをする二人の様子に、嘆息するユウ。そこで、ふと周囲を見回してみたが、いつの間にか草薙の姿はそこにはなかった。

 まあ、あの男のことだから死んではいないだろう。もうすることはなくなったから帰ったのかもしれない。

 ああ……それにしても。

 ユウは改めてヒュンケルの背中を見て、今日のことを――先ほどの戦いのことを思い返した。

 果たして、自分はどれだけ役に立てたのだろうか。

 どれ程、戦えたのだろうか。

 今日のこの戦いは、きっと意味のない戦いだった。

 本当に、何の意味もない戦いだったと思う。

 何のためでもなく、ただ迫り来る脅威を振り払った――それだけの戦いだ。

現実への帰還には何の関係もない、些末事。別にしなくてもよかったもの。

それどころか、気づかなくていいことを、気づきたくないことを気づかせた戦い。


 ――私は、遠く彼らには及ばない。


 ただただ自分の無力を思い知った。今日の戦いで自分が得たものは、それだけだったのだ。


 空が少しずつ黄昏に染まっていく。直に夜の闇が辺りを覆う。

 それと同じように、ユウの――そしてそれ以外の者たちの心の中に、僅かなりと影を残して――ユングフィ全土を巻き込んだ、《漆黒の十字架》と《来訪者》の戦争と、その裏で行われていたエスターヴァ・カルナスの『救済』は、幕を閉じたのだった。




 これにて二章『トラディメント・スコア』は完結です。

 次回からは第三章『始まりの幻想譚(仮)』となります。

 早ければ今月中に開始したいと思います。ではでは。

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