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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
二章『トラディメント・スコア』
23/34

Side9:Dhimios Side10:Worter

 かつてこれほど愉快だったことはなかった。

 かつてこれほど心躍ったことはなかった。

 かつてこれほど、昂ぶったことなどなかった。

 迫り来る大上段からの一撃を体を開いて躱し、続け様の左切り上げを刀で受け流し、更に砲弾の如き蹴りを飛び退ることで逃れる。

 反撃のすべては防がれ、あるいはいなされる。必殺と信じて放った技が凌がれる。

 幾多の戦いを経験し、幾万もの敵を屠ってきた。しかしこれほど戦いが長引いたことなど、これまでなかった。

 故に――だからこそ理解(わか)るのだ。


 この男は、恐ろしいほどに――強い。


 繰り出される剣の一撃のすべてが必殺。

 触れれば必死。

 相手を確殺するがための斬撃の嵐を前に、ディミオスの口元は三日月を描く。


 ――草薙・タケハヤ。


 これまで出会った誰よりも強い存在に、ディミオスの心は狂喜する。

 負けじとディミオスも己の刀を振るった。

 相手の剣閃の間隙を縫うようにして放つ刃が禍々しい瘴気(オーラ)を伴って草薙へと迫る。

 だが、ディミオスの刀は空を切る。刃が触れる寸前、草薙が観る者すべてを驚嘆させるような体捌きでその一撃を躱す。

 幾千万の命を屠ることで極限まで高められ、神速の域に至るディミオスの刃を、尋常ならざる反応速度で男は回避したのだ。

「くはっ!」

 我知らずのうちに感嘆の吐息を漏らす。

 嬉々とした瞳で草薙を見据えると、男は仏頂面でディミオスを睥睨する。そして眉一つ動かさず、彼は悠々と刀を構えてディミオスへと切りかかった。

 瞬速の踏込みからの横薙ぎ。ただの斬撃すら、この男が放てばすべてが必殺となるから空恐ろしい。

 しかし、ディミオスも負けてはいなかった。

 《来訪者》最強の男を前にして、彼もまた臆することなく前へ踏込み――刀を薙いだ。

 一足一刀の間合いを以て、ディミオスの刃が草薙の刀と激突する。

 火花が散り、鈍い金属音が不協和音の如く響き渡った。

「かぁ!」

「ぬんっ!」

 裂帛の気迫がそれを後押しし、二人は鍔迫り合いとなって肉薄する。

 お互い一歩も引くことなく、相手を押し切ろうと全身の膂力を遺憾なく発揮して鬩ぎ合う。

「楽しいなぁ、草薙ぃぃ!」

「まったくだ! ディミオス・アルア!」

 呼応するかのような両者の賞賛。そして、同時に二人が刀を振り抜いた。

 じゃりぃぃぃん!

 斬撃と斬撃が咬み合い――そして、我鳴る。

 衝突し合った斬撃が拮抗し、しかし相手を斬ることなく弾き飛ばされ――余波が周囲を斬砕していく。

「まだまだぁぁぁぁ!」

 ディミオスが猛々しく吼えた。

 斬撃の余波が暴れ回る街道を問答無用で駆け抜け、正眼に構える草薙へと迫る。

「笑止」

 対峙する草薙もまた、鬼気に溢れるディミオスを見て対峙を望むように声を張り上げた。

 これは刀を使い、強さを追い求める者同士の頂上決戦。

 引くことなどできず、退くことなど有り得ないのだ。

 相手は強者。待ちわびていた、自分の全力を以ても倒しきれるか分からぬ相手。

 今此処で、己のすべてを出し切らずしてどうする?

 この男を倒さずして、さらなる高みなど有り得ないのだ。

 ならば、するべきことはたった一つ。


「――ぶっ殺す!」


 己の意志を明確にする。

 そう。それ以外には有り得ない。

 この男を殺してこそ、自分はさらなる高みに――最強の頂へと登ることができるとディミオスは確信する。

「はああああぁぁぁぁ!」

 裂帛の気迫と共に、ディミオスは渾身の斬撃を放った。彼の凄まじい闘気に呼応するかのように、ディミオスの手にする刀が刀身から噴出した闇に呑み込まれる。

 迫り来る漆黒の斬撃を見据え、草薙が微笑した。


「なんと凄まじい闘気……だが、まだまだ温い」


 そう言って、男が――武人が刀を大きく振りかぶった。

「――とくと見よ、我が一撃」

 囁くと同時、彼の手にする刀が眩い光に包まれる。

 金色の輝きは光の奔流となって刀身を包み込み、直視することが難しいほどの綱領を放つ。


「――《天照ノ一太刀》」


 大きく振り上げていた刀を両手で持ち、草薙は全身運動で大きく刀を振り上げる。

 転瞬、目の前を呑み込む滂沱の如き光がディミオスを襲った。

「――なっ!?」

 突然の衝撃に言葉を失うディミオス。

 草薙が刀を振り上げたのと同時、大地がまるで噴火したかのように爆発し、刀の軌道に合わせて光が噴きあがったのである。

 光が噴火した。

 それの現象を一言で表すなら、まさにそれだった。

(なんだ……これは!?)

 突然の衝撃に瞠目するディミオスだが、それも一瞬のこと。全身を呑み込み、細胞という細胞を貫き切り裂かれたような衝撃に意識が一瞬で刈り取られる。

 痛みが意識を支配し、強制的に意識を飛ばそうとするのが分かった。人間の脳の供用を疾うに上回る激痛だ。それも当然の反射である。

 しかし、ディミオスの闘争心はそれを良しとしない。

 強者との戦い。

 それに対する執着と欲求がそれを許さない。


「がああああああああああああああああああああああああああああ!」


 地震の身体を突き抜ける数多の光。それをディミオスは魂から響くほどの咆哮で押し退ける。

 草薙の放った技は、刀術奥義アーツ・スキルの一つであり、刀術系アーツ・スキルの中でもかなりの破壊力を持つ技の一つである。

 それを気迫だけで打ち破ったという事実に、らしくなく驚愕する草薙。その草薙に向けて、ディミオスは獣のような我鳴り声を上げて切りかかる。

 刀身から溢れ出した闇色のオーラが嵐のように蠢き、斬撃と共に草薙へと襲い掛かった。

 迫る斬撃を自身の刀で迎え撃つ草薙だが、刃が接触するその寸前で跳び退る。

 空振りしたディミオスの刀が地面を強打する。同瞬、刀身を覆っていた闇色のオーラは嵐のように荒ぶり、寸前まで草薙の立っていた地面を巨大な獣の爪で抉ったような痕を刻む。

 刀の放つ瘴気を一見し、感嘆の吐息を漏らす草薙へ、ディミオスは更に肉薄した。

 無数の剣戟が草薙の斬撃と激突し、刀同士がしのぎを削り合う都度、ディミオスの刀を包む瘴気がはじけ飛び、周囲の建造物や地面を破砕する。

 刀身を包む瘴気に、ディミオスは眉を顰めた。長い間この刀を使ってきたが、これまでこのような状態に陥ったことは一度もなかった。

(――魔剣……か)

 ふと、ディミオスはこの刀に伝わる逸話を思い出した。

 この刀は古の時代よりこの大地に存在している刀であり、かつてまだ世界が人の住むことのできなかった頃、一柱の神が刀を拵え、その刀身に世界を包む瘴気を封じ込めたと云う。

 そして、この刀こそがその神が作り出した刀――なのだとか。

 そうして封じられていた刀は、何人もの戦士が求めて手にするも、その刀に封じられている瘴気の影響を受けて魂を砕かれ、肉体や魔剣の瘴気で蝕まれ消滅したそうだ。

 無論、ディミオスはそんな話は全く信じていなかった。所詮は眉唾物――と思ってい居たのだが、今――刀から溢れだしている瘴気を見れば、まさか……とすら思う。

 だが、同時にそんなことはどうでもいいと断じた。

 今はただ、目の前の強者と渡り合える力があるのならば何でも構わない。

「はあ!」

 渾身の力でディミオスは刀を振り上げる。刀身から溢れ出た瘴気が斬撃に重なるように放たれ、一撃を受け止めようとした草薙が驚愕の表情と共に吹き飛ぶ。

 刀身を覆っていた瘴気は一層大きなものとなり、刀を通じてディミオスの身体をも包み込んでいく。


「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ディミオスは怒号しながら草薙へと迫り、凄まじい早さで刀を振るう。

 一息のうちに五度の斬撃。

 最早人外の域に達する剣戟の雨が草薙を襲った。

「……っ!」

 しかし、ディミオスが人外ならば、草薙もまた人外の域にいる。

 瞬きの半分以下の速度で放たれた五つの閃光を、草薙もまた同等の――あるいはそれ以上の速さで刀を振るい、受け止め、弾き、あるいは受け流す。

 更に反撃の一閃。

 ディミオスの斬撃を優に超える神速の一撃がディミオスを襲った。

 必殺と信じた斬撃をいなされたことで、一瞬ディミオスの反応が遅れる。そしてそれは、達人の域を超えた人外の戦いにおいて致命的。

 咄嗟に身体を捻って凌ぐが、躱しきれなかった。

 草薙の斬撃がついにディミオスを捉え、その身体を袈裟に切り裂く。

 鮮血が舞い、激痛がディミオスを襲ったが、踏み止まる。

「……っ!? がああああああ!」

 刀を振り抜き切った死に体の草薙を渾身の蹴足で吹き飛ばしながら、草薙は血の流れる胸を左手で抑え、刀を見下した。

 だが、そこに変化はなかった。いや、変化はあったが、ディミオスの想像とは真逆のものだったのである。

 今の一撃で確実に戦闘力は低下した。もしかすれば、刀の瘴気が収まってしまうのではないかと危惧したのだが、それは杞憂だった。

 瘴気の勢いは増していた。

 溢れ出る瘴気は徐々に、だが凄まじい速度で浸食するかのようにディミオスを呑み込んでいく。

 それはディミオスの闘争心に、殺気に、鬼気に――草薙に対して「負けるわけにはいない」という意志に呼応するかのように、溢れ出す瘴気はその勢いを留めることなく顕現し、刀を握るディミオスを包み込む。

 もしこの場に人がいれば、恐れ戦く様だっただろう。

 だがディミオスはその現象を恐れることもせず、むしろ嬉々としてそれを身に纏うことを渇望した。


 ――これは力だ。


 自分が望む結末を齎すための力だ。

 そう確信する。故に、ディミオスはこの瘴気を拒まない。

 瘴気に触れる箇所が脈動する。全身に流れる血流を感じ取れるような錯覚にすら陥る。

 自分が自分でなくなるようであり、自分でない何かが自分になるような――そんな感覚に意識を浸す。

 全身の感覚が徐々に変異していくのが分かる。自分という存在そのものが、別な何かへ変わろうとしている――そんな予感が脳裏を過ぎった。


 だが、ディミオスはそれを拒まなかった。


 何故ならば、目の前の男に必勝する術が、今のディミオスには思いつかなかったからだ。

 たとえそれが剣の道に叛くものであっても。

 戦士としての矜持が許さなくとも。

 ただ――この男に勝ちたい。

 その一心が、ディミオスを人としての(みち)から外れさせた。

 そして、


 ――また一つ、異形がこの地へ姿を現す。



       ◆     ◆      ◆


 街道にて繰り広げられていた頂上決戦の一部を見ていた一同の中で、ウォルターは誰よりも先に口を開いた。

「……びっくり人間決定戦が一転して、怪獣大戦争ってか?」

「たとえとしては悪くないかもな」

 槍を携えたヒュンケルが皮肉気に零すが、表情は険しい。多分、自分も同じような表情(かお)をしているのだろうなと感じながら、ウォルターは渋面する。

「……あれも、異常事態(バグ)てやつの弊害か何か?」

「知るか莫迦」投げやり気味に言葉を吐くヒュンケルは、左手に握る《貫く王の雷槍》を容赦なく投擲し、右手に握る銃を持ち上げて、

「蹴散らすぞ」

 と一言だけ言った。

「本気か、お主」

「当たり前だ。おれたちの仕事は――」

「派手に暴れ回ること――ね?」

 言葉の先をしたり顔で口にしながら、ユウが一目散に走り出す。その背を呆気に取られた様子で見送るヒュンケルが、一瞬の間を置いて口角を吊り上げ、

「――その通りだ」

 歩き出しながら銃爪を引いた。

 無数の銃弾が飛び交い、銃声が合図の鐘と言わんばかりに鳴り響く。

「仕方ないのう……」

 愚痴るようにサクヤが腰の刀を鞘走らせ――そのまま一閃。振り抜かれた刀身から撃ち出される衝撃の刃が、先行するユウたちの横を疾風の如く駆け抜けて標的へ――あの漆黒の刀使いであった存在(モノ)を打ち据える。

 すると、対峙している屈強の刀使い――草薙がこちらを一瞥した。だが、彼は何を言うでもなくただ一瞬だけ視線をこちらに向け、まるで何事もなかったかのように目前の異形――人と獣が融合したような奇怪な化け物の猛攻の中を掻い潜りながら刀を振るう。

 先ほどまで殿を務めていたはずのフューリアは、いつの間にか異形の死角から無数の短剣を投擲している。

(……忍者かよ)

 という突っ込みを入れるのも阿呆らしくなり、ウォルターは仕方なしとでもいうように諦念の吐息を零しながらヒュンケルの隣に並ぶ。

「……お前ら、よくあんなのと戦う気になるなぁ?」

「あんなの?」

 弾倉を新しいものに取り換えながら、ヒュンケルが眉を顰めた。

「AINがモンスター化したやつと、ってことだよ!」

 叫びながら、ウォルターは脳裏に描かれたスキルウィンドウから一つを選択。周囲に無数の光の粒子が具現し、ウォルターを包むように具現した三つの円環の明滅に呼応する。

 光属性下位バースト・スキル《シャイン・バレッド》。

 最速で放てる魔術が発動し、ウォルターの周囲に具現した無数の光球が、文字通りの光の弾丸と化して闇を漂わせる異形へと飛来する。

 標的は見上げるほどの巨躯の異形。その化け物は襲い来る魔術の弾丸に気づかないのだろうか。無防備な横っ腹にウォルターの放った《シャイン・バレッド》が炸裂した。

 着弾した光がはじけ飛び、異形へとダメージを与える。しかし、全弾命中(クリーンヒット)下にも拘らず、人外の化け物はまるでこちらを見向きもしなかった。

 あまりの手応えのなさに、ウォルターは十字杖を構えたまま目を瞬かせ――ゆっくりと隣に立つヒュンケルを見る。

「……どう思う?」

「……ノーコメント」

 それはいつものような答える気にもならない、という反応ではなく、答えに窮している風に見えた。

 いつでも超然としている風に見えるこの男ですら戸惑っているという事実に驚きつつ、ウォルターは空を仰いで思考に耽る。

 ユングフィを包む炎の色に染まる蒼穹が目に留まった。赤と青の入り混じったなんとも不快な空の色に眉を顰め、ウォルターは杖を握る手に力が籠るのを実感する。

「……あーもー、ホント面白くねーなぁ」

「化け物を殺しまくるのを面白がるような奴とは縁を切りたいね?」

「そういう()じゃねーよ」

 飛んでくる皮肉にかぶりを振り、ウォルターは嘆息する。

「おれさー。たとえ異世界であっても、ゲームのシステムに則っている〈ファンタズマゴリア〉なら、きっと楽しめるって思ってたんだよ。だけど――こいつは違うだろ? 全然楽しめねーの。だから面白くないつったんだよ」

「……ふむ」ウォルターの言葉に、ヒュンケルは暫し面食らったように目を瞬かせた後、小さくそう零して眉を顰めた。

 果たして、この〈ファンタズマゴリア〉に存在する《来訪者》きっての賢人は何を思っているのか。残念ながら頭が悪いと自負するウォルターには推し量る術もない。

 だが、少なくとも自分の想いっていることくらいはこの男に伝わっただろうと一人納得し、ウォルターは苦笑を漏らして杖を掲げた。

 スキル欄から高位魔術を選出。同時に高レベルのパッシブスキル《詠唱短縮》が励起し、本来必要である詠唱を省略。術式の発動を知らせる魔術陣の明滅を確認すると、ウォルターは声高らかに叫んだ。

「――《シャイニング》!」

 刹那、異形の頭上に小さな光球が出現した。まるでその瞬間だけ時間が止まったかのような静寂が周囲を呑み込む。

 そしてその一瞬後、野球ボール程度の大きさしかなかった光は徐々にその面積を肥大化させ、突如風船が割れたかのように消滅。

 次の瞬間、光球が存在していた場所を中心に、巨大な閃光が爆発した。

 光属性上位バースト・アーツ、《シャイニング》。

 不浄を清める聖なる光が一瞬にして異形のすべてを呑み込んだ。一見ただの光源のように見えるが、その光は魔を滅する閃熱であり、不死系モンスターに圧倒的な効果を発揮する聖光である。

(これで手応えなかったらどうしよー……)

 魔術を放ちながらそんなことを内心思っていたウォルターだったが、それは杞憂に終わる。

 これまで攻撃を受けても微動だとしなかった化け物が、痛みに苦しむように絶叫した。全身を貫く聖光から逃れるように身をのたうち回らせる異形の姿にむしろウォルターたちのほうが呆気に取られ、思わずわが目を疑った。ヒュンケルに至っては、表情が引き攣っている。

「弱点属性……って、また《聖浄術》?」

「光……あるいはその上位の『聖』だな」

「うへー……」

 げんなりしたようにウォルターは項垂れた。つまるところ、ヒュンケルの確信めいた科白は、自分(ウォルター)の仕事がまた増えたことを暗に示唆している。

 そしてヒュンケルがウォルターに激を飛ばすよりも早く動いたのは――長刀を携えた侍――草薙・タケハヤ。

 凄まじい速度で肉薄する草薙の刀が真っ白いライトエフィクトに包まれ、彼は間合いに相手を捉えるや否や、地面を抉るほどの踏込みと共に刀を振るった。

「――墳!」

 気迫と共に刀が振るわれ、巨大な閃光が迸る。光はそのまま文字通り無数の斬撃と化し、光の中から逃れようと飛び出してきた異形を見事捉えた。

 刀術上位アーツ・スキル、《白神祓閃(しらかみはっせん)》。

 刀術系は上位以上になると、光属性や聖属性――それこそ《魔祓師》の固有スキルである《聖浄術》と同じ《浄化》の特性を持つアーツ・スキルが現出する。古来から、刀には禍祓(まがつはらい)の力が宿っているという逸話が由来するのだろう。

 草薙の放った刀術は、《浄化》の力を宿すうちの一つ《白神祓閃》だった。

 白光が偉業を捉えた瞬間、異形の体躯の一部が風に煽られた粉塵の如く霧散する。まるで白い光に貪られ、虫食まれていくかのように、異形の身体を形成する瘴気が吹き飛ばされる。

 そして――その情景を見たのと同時、ヒュンケルが叫ぶ。

「ウォルター!」

「言われずとも!」

 ヒュンケルの言わんとすることの意味を理解したウォルターは、言葉で応じるのと同時にスキル欄から上位魔術を選出。十字杖を天高く掲げ、叩きつけるように振り下す。

 異形の頭上に光り輝く四重の円陣が出現する。幾何学模様のような無数の呪文言語で描かれた円陣が回転し、凄まじい明滅を放って周囲から魔素を集束。


「最大……出力だぁぁぁぁ!」


 大音声を上げながら、ウォルターは脳裏で術式の発動を指示した。

 刹那、遥か上空からその光の円陣を突き抜けるようにして、巨大な一条の閃光が降り注いだ。光属性の上位バースト・スキル、《セイクリッド・マグシピアス》。

 衛星軌道から放たれた光槍の一閃が、ウォルターたちの何倍も大きい巨躯を持つ化け物の身体を貫く。

 それは魔を滅す聖なる降輝であり、魔祓師の持つ魔術(バースト・スキル)の中でも最大の攻撃力を持つ単体攻撃魔術である。その一撃の威力は、リューグが全MPを消費して放つ《メルフォース・ドライブ》にも匹敵するだろう。 

 ウォルターの持つサモン・スペルを覗けば最強の術が異形の身体を形成する瘴気を凄まじい勢いで喰らっていく。

 降り注ぐ光の一撃によって、異形は声も上げることなく地面に倒れ伏す。許容量を超えた(キャパシティ・オーバー)ダメージが、あの瘴気で出来上がった化け物の行動を阻害(スタン)させたのだ。


「――今だ、畳み掛けろ!」


 異形が倒れ伏し動かないのを目にしたのと同時、ヒュンケルが渾身の力で手にする《貫く王の雷槍》を投げ放つ。

 雷鳴を引き連れて光速で大気を駆け抜けた槍が異形の身体を貫通する。先ほどまで何の手ごたえも感じられなかった化け物に、こちらの攻撃が確かに通じたのを目の当たりにした瞬間、皆は一斉に――呼吸が合わさったかの如く、全員が持てる技巧のすべてを繰り出さんがために殺到した。

「破あぁぁぁぁぁ!」

 誰よりも早く先陣を切ったのはサクヤだった。放たれたのは彼女の最も得意とする最速の刀術上位アーツ・スキル、《紫電一穿》。稲妻の如き光速の刺突が、無防備な異形の横腹を穿つ。

「どうだ!」

「ただ速いだけで偉そうに……」

 嬉々とした声を張り上げたサクヤに対し、続いたのは眉を顰めたユウである。跳躍と共に異形の頭上を取った白銀の死神の、その手に握る死神の鎌(グリム・リッパー)が白い輝き(エフィクト)に染まる。

「そんなの、バカの一つ覚えもいいところ!」

 叫びと共に、ユウは手にする鎌を振り抜いた。

 大鎌中位アーツ・スキル、《日輪の閃(ソル・フスプシカ)》。

 鎌の一閃と共に撃ち出されたのは、太陽の輝きを思わせる白熱の斬撃。大鎌系のアーツ・スキルの中では数少ない光属性の技である。

 太陽光如き眩い斬撃が、頭上から一直線に異形の身体に食い込む。すると斬撃が触れた箇所を覆っていた瘴気(やみ)は、夜の闇を日の出の光が切り裂くが如く侵食していく。

「やるなら、ちゃんと弱点くらい狙わないと」

「ぬぐぐ……」

 にや……っと口角を吊り上げるユウの勝ち誇った態度に、サクヤが苦虫をかみつぶしたように渋面した。そこに――

「こんな状況下でも仲良く喧嘩できるのは、もうある種の才能よ、貴女たち」

 呆れ顔でそうぼやきながら、フューリアが両手の中に忍ばせていた投剣を撃ち出した。蒼氷のライトエフィクトに覆われた六本の短剣が虚空を駆り、すべてが異形の身体に着弾すると、刃が突き立った箇所から巨大な氷柱が隆起する。

「そういうのは、もうちょっと余裕のある時にするべきじゃない?」

「「うるさい」」

 振り返るフューリアに、二人は口を揃えてそう返した。

 同瞬、異形が咆哮を上げる。ウォルターの魔術による昏倒から覚醒したのか、全身をズタズタが状態になりながらも四肢を奮い立たせ、その爛々と輝く双眸で三人を見下ろす。

「三人揃って迂闊」

 三人と異形の間に滑るようにして割り込んだのは、黒衣の魔術師――ヒュンケル・ヴォーパール。

 その手に握る黒金の投擲槍(グングニール)が、目も眩むような白光を帯びて稲光る。

「フンっ!」

 彼の強い呼気と共に投げ放たれる《貫く王の雷槍》が、その軌道上に具現した五つの魔術円陣を突き抜け――その円環(サークル)を潜るごとに槍を包む雷光は巨大になり、眩くなる。

 五重の魔術円陣を通り抜ける頃には槍を包む発光は極まり、最早目を開けていることすらできないほどの光量となっていた。


「とっておきだ――よーく噛み締めろ!」


 ヒュンケルが吼えると同時、その声に呼応するかのように槍が魔術円陣から射出され、大きく開かれた異形の咢を正面から突貫し――極大な雷光を伴った大爆発を起こす。

 まさに目の前に雷が降って来たかのような雷鳴が響き渡り、周囲一帯に響いていた音は勿論のこと、魔物の咆哮すらも呑み込んでいく。

「――天すら吹き飛ばす雷撃(ミュトロギアズヌ・ディザスター)……初めて使ったが、悪くないな」

 にたり……と、彼には随分と似つかわしくない笑みを浮かべる姿に誰もが呆気に取られる中、彼は槍を放った手とは逆の手を持ち上げて、その手に握る銃――《魔眼を穿つ砲銃(タスラム)》を目前へ突きつけると、一切の躊躇いなくその銃爪(トリガー)を引いた。

 瞬間、《魔眼を穿つ砲銃》の銃口に充填された魔力が解放され、ヒュンケルを呑み込むほど極太のエネルギーが撃ち出される。

 《貫く王の雷槍》の爆発で粉塵が舞う中を切り裂いて、巨大なレーザ砲がいるかいないかすら分からぬ異形を目指して突き進み――その先で蹲り、立ち上がろうとしていた瘴気の塊である異形を襲った。

「容赦ねー……」

 標的の生死すら分からぬ状況であったにもかかわらず、己の持てる最大火力を立て続けにぶっ放し、揚句容赦なく敵へと叩き込むヒュンケルの姿にあきれ果てた様子でウォルターが言うと、

「心配性なんでな。確殺するまで安心できん」

 ヒュンケルは不敵な笑みと共にそう言って《魔眼を穿つ砲銃》をアイテム欄にしまったかと思うと、空いた手で続け様に魔導書を開いたかと思うと、

「だから――休む暇も与えん」

 そう言った刹那、彼の目前に魔術陣が描かれ発光。円陣の中央から竜の姿を模した炎が現出し、咆哮を轟かせて異形へと襲い掛かる。

 火属性の上位バースト・スキル、《フレイム・ドラゴン》が、その巨躯をうねらせて異形に向かってその爪牙を振るう。

「しかし……ニドヘグには劣るな。随分と手ごたえのない」

「鬼か。つか……よくそんな上級技を連発してMP切れ起こさないな」

「もう直に尽きる。いわば最後の一撃ってやつだ」

「うおぉぉい! それで死ななかったらどうする気だ!?」

 あまりに唐突すぎるヒュンケルの告白に絶叫するウォルターに、ヒュンケルはすまし顔で言った。

「諦めろ」

「潔いな、バカヤロー!」

 つまり、この連撃で肩を付けなければ今度はこっちの身が危ないということを極自然に気付いたウォルターは、


「だーもー! テメェあとで覚えてろよ!」


 泣き言のように喚くウォルターは、実際目尻に涙を浮かべながら自らの杖を持ち上げ、新たな魔術を放つべく脳裏に描いたスキル欄をスクロールさせた。





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