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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
二章『トラディメント・スコア』
21/34

Side5:Theophras Side6:Hyuncel

 何かが起きた。そう感じた次の瞬間、テオフラスはそれが何であるのかを理解する。

 頭上――いや、その遥か彼方。このユングフィの空高くに具現したのは、巨大な魔術陣だった。

 眩いほどの白い光を放つ幾何学模様。天空に浮かび上がったその術式(プログラム)を見て、テオフラスは殆んど条件反射で手元を動かしてウィンドウを開き、情報解析のプログラムを走らせる。

 テオフラスの組み立てた自作プログラムによって魔法陣の情報(データ)が解析され、手元のウィンドウに無数の電子記号が駆け抜け、術式の構成を表記する。

 画面を下から上へと目まぐるしく駆け抜けていく情報式を観察し、テオフラスはそれが誰の手によるものなのかを理解した。


(フランベルジュか……)


 中空に描かれた術式。それを見て即座に誰の手によるものなのかを把握したテオフラスの口元に、自然と不敵な笑みが零れる。

 魔術陣から地上へ降り注いだのは淡く、しかし眩い明滅を繰り返す雪の結晶。

 陽光を浴び反射し、周囲に無数の明滅を齎す小さな結晶体。

 雨のような勢いはなく、吹雪のように体を叩くものではない。ひとつひとつがゆらゆらと、空上の魔法陣から地上へ注ぎ、触れたら一瞬の冷たさを生じ、その次の瞬間には小さな水滴の名残となる。

 そんな綺麗な、透明な結晶が、次々と地上へと舞い降りてきた。

 傍らに降り注ぐ雪に手を伸ばし、じっとその結晶を見据える。

 そしてテオフラスは納得する。


 ――これが(リューグ)の目的なのだと。


 現状の〈ファンタズマゴリア〉では大掛かりなプログラムは要領制限に引っかかり新規登録することは不可能である。だが、この細かく小さな雪の結晶の形をした術式。これに必要とするプログラムの容量はそれほど多くはない。

だが、これは一体何の術式なのか。

その疑問の答えは、すぐに目の前で証明された。

 深々と降る光の雪が地を濡らす。そしてその雪の結晶が、往来を闊歩していた異形へと触れた刹那、それは発動した。

 漆黒の異形も、従来のモンスターも、空から降り注ぐ雪に触れた刹那、その動きが突如として停止する。その動きの止まり方はステータス異常の《麻痺》や《凍結》などではない。

 完全なシステムへの介入。その雪に触れたモンスターたちを構築するプログラムやAIに浸食(ハック)した結果の機能停止(フリーズ)だ。

 次々と動きを止めていくモンスターたちを見据え、テオフラスは小さく嘆息を漏らす。

「なるほど……悪くない手だ」

 目には目を。というわけである。

 元々《都市》は安全圏と呼ばれる領域だ。そこにモンスターの侵入はシステムで完全に不可能とされている。しかし、その本来のシステムに介入し、都市内にモンスターを跋扈させている術式が現在進行形で発動している。しかもかなりの大掛かりのものだ。通常の対抗プログラムでは容量の問題で妨げることができない。

 都市全体に展開されている術式と同等のものでは不可能だというのなら、個々に対して発動する物を散布する。

 しかもこの術式は完全な新規のプログラムではない。おそらくこの雪の形をしたプログラムは、異常をきたしている現状を正規の状況へ戻すプログラムなのだろう。〈ファンタズマゴリア〉のマザーシステムを援護する――この雪はそういうプロセスによって組み上げられたものなのだろうと、テオフラスは推察に至った。


(なるほど、この術式ならばそれも可能だ。ただし、このような異常事態でもない限り全く効力を発揮しないだろうが……な)


 だが、それで問題ないのだろう。元々モンスターが跋扈する状況を生み出している巨大な術式を相殺するような術式を組み立てる必要はないのだ。元から存在する既存のシステムをより強固にする――それだけで状況は打破することができる……たとえそれが一時的なものであったとしても。


(――その間に、出所を叩けばいい)


 右手に《真理を秘せし錬剣(アゾット)》を握ったまま、テオフラスはすっと左手を持ち上げてウィンドウを開いた。幾つかの操作を繰り返し、表示されたウィンドウに描かれた幾つもの名称の中からひとつを指先でポップする。

 同時に無数のウィンドウが消失し、代わりに何も握らない左手の上に光の粒子が収束する。そうして具現したのは小さな水晶球だった。

 テオフラスはそれを無造作に《心理を秘せし錬剣》の柄頭で叩く。同時に小さな駆動音を響かせ、水晶球が明滅すると、そこから一筋の光線が生じる。

 テオフラスの取り出したのは、アイテムランクAの探索アイテムである。

これは索敵対象のいる方向を指す――それだけのものだが、これもまた当然の如くテオフラスが手を加えた違法改造(チート)物だ。その性能は従来の同一名称アイテムの比ではない。

 テオフラス自らがアイテムのプログラムを形成するシステムに介入し、改良を加えた特別品。

 故に、その光はテオフラスが望む先へと道行を示す。

 光が指し示す先は――この都市の地下。記憶になる古都ユングフィの地下にあるもの。それは――


「……誰も踏み入らぬ『地下墓地』か」


 テオフラスは不敵な笑みと共に踵を返した。自分が今いる場所から最も近い、その墓所へ入るための入口へ向かう。

 道阻む異形を無造作に短剣の一撃で屠り、目指す場所へと歩みを進める。


      ◆      ◆      ◆


「まったく……何がどうなってるの?」

「……さあな」

「さっきの血……本当に知らないの?」

「知るわけがないだろう! 俺が聞きたいくらいなのだからな」

 背後から飛んできた問いに、ヒュンケルはおざなりな返事を返しながら左の銃をアイテム(ストレージ)に収納し、代わりに手になじむ一振りの投擲槍――《貫く王の雷槍(グングニール)》を握り《索敵》スキルを発動させながら辺りを警戒して進む。

 ユウに返した答えは嘘ではない。この世界で他者を――AINを、そして《来訪者(じぶん)》たちが傷つき傷つけようと、ダメージエフィクトが発生してもそこに痛みはなく、肉が咲けることも血を流すこともない。

 それは〈ファンタズマゴリア〉がゲームであった頃も、そして〈ファンタズマゴリア〉が異世界となった後も変わりない。そうヒュンケルだって信じていたし、実際これまではそうであったのだ。

 それがヒュンケルの――否、この世界に迷い込んだ《来訪者》たちに共通する常識観念だったのである。

 だが、此処に至ってその常識が覆ろうとしている。もしかしたらもう、口がえっているのかもしれない。

 出来ることならばさっき見た現象は見間違え、あるいはバグによる錯覚か何かと思えれば幸せでいられるだろうが、どうにもこうにも、現実と言うのはヒュンケルに微笑んではくれないらしい。

「たっく。ゲームの世界でくらい、グロ表現はNGでお願いしたいもんだね!」

「誰かがいらないバージョンアップでもしたんじゃないの?」

「誰だよそれ?」

「知らないわよ、そんなの」

 最後尾を走るウォルターとフューリアのやり取りがいやらしい。ヒュンケルは舌打ちをしながら、通路の先の広間。そこから漆黒の影――あの黒い異形がのっそりとした動きで覗きこんでくるのが見えた。

 迷わず、手にした槍を投擲する。

 バチバチという稲妻の音が狭い通路に反響し、稲光が尾を引いて一直線に異形へと飛ぶ。引き絞られた弓から放たれた矢の如く、空気を切り裂いて黒金の投擲槍が異形の身体に大きな風穴を生んだ。

 一切合切容赦なく。神界(ヴァルハラ)主神(オーディン)の槍が敵を穿ち貫く。決して標的を逃さない必中の槍は標的だけに留まらず、その後ろで爛々と瞳を輝かせて標的を見据えようとしていた化け物の群れを一穿の下に掃討する。

「――邪魔だ」

 駆け抜け、通路を飛び出した黒衣の魔術師(ヒュンケル)が残った異形たちを見据えながらそう吐き出す。

 同時に彼の周囲に複数の魔法陣が同時に励起する。円陣の明滅と共に、ヒュンケルは冷やかに、だが裁判官が判決を下すかのような語気と共に、魔術の術式を放った。


「――《貪り食らうような業火(ソレイユ・ルェ・イクリプシア)


 解放される魔術式(プログラム)は、最上位魔術(ハイバースト・スキル)《ソレイユ・ルェ・イクリプシア》。先――《貫く王の雷槍》を投擲したその瞬間詠唱を開始すると同時に具現させていたS級の魔導書(グリモワール)《トリスティシア幻書》を以て発現させた、ヒュンケルの持てるバースト・スキルの中でも五指に入るほどの火力を持つ。広範囲を標的に、踊る火焔によって連続ダメージを与えることを主とした火属性魔術。

 紅蓮が舞う。

 踊る。

 そして貪り、喰らう。

 獲物を刈り取る獣の如く、一帯を包み込んだ炎が炎陣に呑み込まれた漆黒の化け物たちにその爪牙を突き立ててゆく。

 最早召喚魔術に等しいような炎の化け物に呑まれたかのように、異形たちは悉くその業火に全身を蝕まれ、焼き尽くされた。

 ポリゴンの欠片も粒子は散らない。この世界に生じたバグの具象たちには、MMORPG〈ファンタズマゴリア〉の死すら存在しない。

 ただ朽ちて消え去るのみ。それはまるで――現実(リアル)における自分たちの死と、何ら変わりのないようにすら思えるような消失だった。

 案外、こいつらのほうがこの世界の真の住人なのかもな、という皮肉を思い浮かべながら、ヒュンケルは戻ってきた《貫く王の雷槍》を左手に持ち直し、魔導書をアイテム欄に収納すると同時に再び愛用の銃を手に握る。

 視線の先はユングフィの中央区に位置する広場である。その広場には最早見渡す限り漆黒の異形によって埋め尽くされていた。

 数にしてみれば恐らく百は下らないだろう。かつてリューグが解析したデータが正しいのならば、放置すれば放置するほど、この偉業たちのパラメータは上昇していくのだという。

 はたしてこいつらがこの場所に具現してからどれほどの時間が経過したのだろうか。

 十分か。

 三十分か。

 一時間はまだだろう。しかしそれ以内の時間だとしても、その間にどれだけ成長しているかは想像にし難い。

 分かっているのは先の一撃で証明された通り、自身の持てる全力であれば倒せるという事実だけ。

 ならば、することは一つだ。

 右手に銃を、左手に投擲槍を握り直し、ヒュンケルは前方の敵を見据えながら言った。

「……一気に駆け抜ける。俺たちは派手に暴れるのが、今回の仕事だからな!」

「囮ってことかしら?」

 ユウがつややかな笑みでそう問うた。ヒュンケルは不敵な笑みと共に頷いて見せる。

「結局、また駆けずり回ることになるのな」

「もう慣れたんじゃないの? アンタの場合」

 後ろのほうで、ウォルターがげんなりした様子で肩を落とし、フューリアが苦笑すると、ウォルターは泣き笑いで答えた。

「否定できない事実が悲しすぎるわー。こいつらと会ったのが運の尽きだよ、チクショーめ」

 恨めしめにヒュンケルを睨みつけるが、にらまれた当人は何処吹く風と言った様子のまま、ウォルターを鼻で笑って一蹴した。


「それはこっちの台詞だ。貴様のおかげで、俺たちのダンジョン攻略はだいぶ遅れたんだぞ。感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないな」


 実際は、当時ウォルターでは到底攻略できないような難易度のダンジョンに有無を言わさず、ほとんど誘拐の勢いで連れて行って攻略につき合わせたのだが、それを行ったのはヒュンケルではなくリューグである。

 よって、自分に非はまったくないとヒュンケルは自負していた……たとえ他者がそれは違うと断じようと、ヒュンケルにとってはそれが事実であり不変の真実なので、完全に関与を否定しているにすぎないのだが、それは余談である。

「さっさと行くぞ、派手に、な……――この都市の地下に響くくらいに、ド派手にだ!」

 ヒュンケルが吼える。

 彼らしからぬ、意気揚々とし、そして嬉々とした声が、異形の跋扈する戦火に響いた。

 





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