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リ=ヴァース・ファンタジア  作者: 白雨 蒼
二章『トラディメント・スコア』
18/34

Act17:超越者たち Side1:Nona

 炸裂音が遠くから一つ響くと共に、『桜樹』で雁首を揃えていた面々が一斉に店の入口に視線を向けた。

 同瞬、リューグが叫ぶ。

「ヒューゴ!」

「だから現実(リアル)の名前で呼ぶんじゃない!」

 お約束の返事を返しながら、ヒュンケルもリューグに倣って動く。

そうして最初に店から飛び出したのは、入口から最も遠い位置に立っていたはずのリューグとヒュンケル。

 剣士と魔術師が同時に得物を抜き、背中合わせになりながら辺りに注意を向けるのを見ながら、ノーナはその後に続いて店から飛び出した。更にフューリア、ユウ、ウォルターにサクヤも続く。

 それぞれが各々の得物を物質具現(オブジェクト)化した。最早《安全圏》と呼ばれているユングフィ内の安全性など薄氷の上そのものだった。何せ一月もしないうちに、都市内部で戦闘が生じた回数は相当な――たとえ片手の指で足りる回数だとしても――数である。

 ノーナもまた脳裏に表示したウィンドウから装備欄を展開し、状況(モード)を戦闘状態に移行し、その両手に愛用の護拳(アームガード)――《宝石獣の瞳甲(カーバンクル・アイズ)》を携えた。

「どうするの?」

「少し待って。今調べる」

 周囲を警戒しながらノーナは傍らのリューグへと聞いた。彼もまた同じように剣を無行の位に構えながら、微苦笑しつつ手元に複数のウィンドウを具現させ、それを操作しながら答えを返す。

「そういうのは後にしようぜ。こんな狭い道路じゃ囲まれたら瞬殺されんぞ?」

「阿呆の蕎麦屋にしてはまともなことを言うじゃないか」

 ウォルターがぼやき、ヒュンケルはからかうように苦言する。しかしすぐ「その意見には賛成だ」ヒュンケルはそう続けて、視線を左右に巡らせながら皆に言う。


「俺が先導しよう。ユウが続け。その後にウォルターとリューグ。ノーナはリューグを守れ。後陣にはサクヤ。フューリア、殿(しんがり)を頼む」


 てきぱきと指示を飛ばすヒュンケルの声に皆が特に文句を言うこともなく『了解』と唱和する。

 ヒュンケルは手に二丁の拳銃を握りながら自分の手元に小さい《索敵(サーチング)》を施した地図(マップ)を用意し、今一度振り返って、「リューグ」と呼びかける。

 いつの間にか剣をノーナに預けたリューグが、視線を上げもせず「何?」と返した。

「できるだけ急げよ?」

「善処するよ」

 何処かからかう気配のあるヒュンケルの言に、リューグは微苦笑する。

 そしてその会話を最後に、ヒュンケルは最早言葉も交わすことなく走り出した。その後に大鎌を構えたユウが追随する。

「あーくそ、お前らとからんでるといっつもこれだ」

「そうと知っていながらからんでるんだから、貴方はよっぽどM気質なのね」

「ちげーよ!」

 ユウとウォルターは軽口を飛ばすのを前に見ながら、ノーナは隣を速足に歩くリューグを見上げた。

 彼は何やら真剣な表情で手元に表示した無数のウィンドウを凝視し、手元のキィウィンドウを叩く指は一瞬たりとも止めることはない。それどころか表示されるウィンドウの数は時間が経過するほど増している。微かに覗き見ることのできるウィンドウにはノーナには理解の及ばない細かな英単語や数字の羅列がびっしりと埋め尽くされていて、彼が今なにをしようとしているのかノーナには計り知れなかった。


 それがほんの少し悔しくて、寂しいと思う。


 恐らくこの場にいる人たちの中で、リューグが何をしているのかを正確に熟知しているのはヒュンケルくらいだろう。それは彼がリューグと長い付き合いにあり、現実でも知り合いだからという理由もあるのだろうが、皆が思っている以上にリューグが彼を頼りにし、信頼している証のようだ。

 それは逆に言えば、自分はリューグにヒュンケルほどの信頼を得られていないという証明にも思えた。

 リューグのすることには危険が伴うのだろう。それは前回の影の化け物の事件を通して感じ取っていた。故に、それに誰かを巻き込むまいとしているからこそ、彼は『ギルド』に所属せず、大きな人の集まりにも留まらない。ソロである理由は、たとえ危険な状況になろうと誰かを極力巻き込まないようにという、そういう危惧からきているものなのかもしれない。

 それでもヒュンケルは彼と行動を共にするし、リューグもヒュンケルは当然のように巻き込んでいる。それはそんな危険な状況に陥っても、ヒュンケルならばたとえ大丈夫だし、裏切られることもないという――全幅の信頼があるからなのだろうとノーナは考えていた。

 シアルフィス城でも、リューグはあの強大な力を持つニドヘグとの戦闘で矢面に立ち、敵愾心(ヘイト)がパーティメンバーに向かないようにしていた節もある。


 まるで足手まといだと言われているような気がした。


 ノーナは攻略組に参加しても遜色ないほどの実力があると自負している。その自負すら、リューグから見れば安心できないものなのだろうか。

 いっそ《十二音律》に名を連ねられるほどの実力でもあれば、リューグは自分を頼ってくれるのだろうか?

 憤りが胸中に渦巻き、思考が迷走する。

 そこではっと、ノーナは我に返った。


(……何を考えているんだろう)


 寸前まで自分の考えていたことを思い返し、ノーナは我知らずの内に困惑する。どうして自分はこんなことを考えているのだろうか。

 今までこのようなことを考えたことはまるでなかった。この世界に来て約二年、自身の強化に充てた時間はあまりあるが、よくよく考えれば、これほど長く人と関わり続けていたのは初めてのような気がする。

 確かに、リューグはノーナが〈ファンタズマゴリア〉にのめり込む要因となった人物である。彼のゲームプレイにも拘らず、虚構(ゲーム)の領域に留まらない圧倒的なその実力に目を奪われた。領域を超えた超越者の姿に、ただただ尊敬と憧憬の想いに駆られ他のだ。

 でも、ただそれだけのはずだ。彼のような、たとえゲームの中でもあっても揺らぐことない姿勢に共感したのは事実だ。そうありたいと思ったのも本当だ。

 ましてや今はゲームの世界が現実と化した状況である。より強く、彼ら超越者の域に達したいと信奉する者は少なくあるまい。

 だが、ならば何故自分(ノーナ)は今もこうして彼と行動を共にしている?

 憧憬を抱いた人間(プレイヤー)を見つけたから? その強さを間近で見たいから?

 否、そんな野次馬染みた感性は持ち合わせていない。

 ならば、その理由は果たして何かと、ノーナは考え――そして至る。


(僕は……彼の、役に立ちたい?)


 それは自分に対する疑念であり、あるいは胸中に生じた困惑への答え。

だが、その答えは同時にまた新しい困惑を生み出すことになる。

 しかし、その答えを見出すよりも早く、事は動いた。

「来るぞ!」

 最前を行くヒュンケルの声が響く。思考の海を彷徨っていたノーナの意識が即座に現実へと回帰し、回帰した思考は即座に臨戦体制のそれとなる。

 カチリと脳裏で何かが切り替わる音がするのと共に、ノーナ・カードゥンケルの全神経が張り詰めたものに変わり、意識は自分を中心に全方位へと向かった。

 同時にガンッという銃声が鳴る。それはヒュンケルの放った銃撃の音だ。立て続けに放たれる鋼の弾が狭い通路へと飛び込んできた影へと叩き込まれ、同時にその影へと肉薄したユウの大鎌が下から持ち上げるように振り上げられた。

 斬撃音が響き渡り、小さな悲鳴が前方から漏れ聞こえたが、それは斬撃音に追随するように響いた射撃音に呑み込まれていく。

「あら、ありがとう」

「しゃべている余裕などいらん。一撃必殺(ワンヒットワンキル)を狙え」

 軽口とは対照的な、見ている者が感嘆の吐息すら漏れるほどの見事な連携である。

 そう一瞬感じたノーナだが、すぐにその考えを改めた。連携が素晴らしいのではなく、ヒュンケルの援護(フォロー)が的確なのだと理解する。

 ユウもまた、リューグやヒュンケルと同じく《十二音律》に名を連ねる〈ファンタズマゴリア〉プレイヤーの中でも突出した英傑の一人ある。

 しかしその突出した戦闘技術は他の追随を許さず、逆に言ってしまえば誰かのフォローなど本来必要としない人種なのである。たとえこのような混戦状態であっても、彼らは誰かの援護を得ることを望まないことが多い――というよりも、その圧倒的な攻撃力を以てして、援護の必要性を他の《来訪者(プレイヤー)》に抱かせない。

 もしこれがゲーム時代の〈ファンタズマゴリア〉であったのならば、今目の前で起きた状況を見ていたとしても、『助けに入るべきか?』などとは微塵も思わないだろう。

 そう思わせるのが《十二音律》の異常さの一つだと言える――たとえ今が、一度でもHPがゼロになると死んでしまうような状況であろうと、それは恐らく変わらない。

 しかし、ヒュンケルはそうではない。彼は現状のリスクを――死のリスクを把握している。パーティの状況を逐一観察している。

 故に、彼は一瞬の援護も迷うことがない。そもそもそういうプレイスタイルこそが彼の真髄なのだろうと、ノーナは思う。

 リューグという完全なまでの前衛向きの剣士とパーティを組むのだ。仲間の攻撃の間隙を狙って射撃するなどお手の物なのだろう。

 先の援護射撃もそうだ。

 ユウの武器である大鎌は一撃の威力と対照的に敏捷性に欠ける武器である。一撃与えたら次の攻撃に移るまでの所要時間は他の武器に比べてはるかに後れを取るような超重量武器だ。

 ヒュンケルの射撃は、その生じる次撃までの時間を稼ぐためものであり、それはユウが切り返すまでに必要な一秒弱を正確に稼ぐものだったのだ。

 実際、追撃の銃声が止んだ時には、ユウはいつでも攻撃に移れる構えを取っていた。

ユウが鎌を構えたまま悠々と軽口をたたいたのは、ヒュンケルの銃撃で敵がHPをゼロにしてしまったために次撃の必要性がなくなってしまっただけに過ぎない。

(――これだ)

 ノーナは確信する。

 この正確無比な射撃能力と、味方の状況を正確に把握する状況分析力。そして的確な援護技術(フォロー・スキル)

これが、リューグが彼を疑うことのない理由。絶対に背中を預けられるという自信の正体なのだろう。

 リューグ・フランベルジュとヒュンケル・ヴォーパール。

 MMORPG〈ファンタズマゴリア〉史上、組めば最強と目される二人組(バディ)

 リューグはヒュンケルを信頼している。彼には絶対に、なんの疑いもなく背中を預けている。

 それが、すごく羨ましいと素直に思おう。

 ほんの少しでいい。

 その信頼を分けて欲しい。

 強さには自信がある。《十二音律》には及ばなくとも、リューグと肩を並べて戦えるくらいの自信はある。

 ――それを証明したい。

 握る拳に力が籠った。

 今なら何処から敵が来ようと対処しきって見せる自信が湧いた。

 先ほどヒュンケルに言われた指示を思い出す。


『ノーナはリューグを守れ』


 その言葉を噛み締め、彼を見上げた。

 未だ歩み足のまま、彼は更に数の増えたウィンドウを凝視して周りのことなどほとんど目に映っていないように見えた。気のせいだろうか、その表情には若干の焦りすら浮かんでいるように見える。

 そしてその表情を仰ぎ見た瞬間、胸中に決意する。


 ――誰にも邪魔はさせない。


 一層、握る拳に力が籠る。両腕に携える《宝玉獣の瞳甲》が、それに答えてくれるようにすら感じる。

 たとえ何が来ようとも、今のリューグの邪魔はさせない。

 自らにそう言い聞かせながら、ノーナはリューグに寄り添うように歩みを合わせ、先導するヒュンケルの後に続いた。




 実にお久しぶりです。白雨です。

 目途がたったわけではないですが、まあ時間が空いた時を狙ってちまちま話しの続きを書いてます。

 一本まとめるとだいぶ時間がかかるので、再び分割投稿です。

 Side2はまた近い内を目指します。

 今回の話はまた一章の時の『黒き竜』なみに長くなると思います。

 でh、また次回ノシ

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