布を切る感覚の夢
家に来たのは、昨日のはずだった。
見たこともない一軒家。
なのに、そこは不思議と「自分の家」だった。
昨日の夜、リビングは散らかっていた。
おもちゃや書類がぐちゃぐちゃに散らばっていたが
片付ける気力はなく、そのまま寝てしまった。
——はずだった。
朝、目が覚めると、すべてが整っていた。
大きなテーブルの上も、床も、何もかもが静かに揃っている。
きっと夫がやってくれたんだろう。
そう思った。
時計を見ると、6時を少し過ぎたところだった。
本当なら、すぐに動き始めなければいけない時間。
お弁当の準備、出かける支度、やることはいくらでもある。
なのに
やらなきゃいけないと思った。
これも仕事の準備だと⋯。
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大きな机の壁側半分を使って私は作業を始めた。
縦横三十cmほどの真四角の大きな布を持ってきては、何枚も重ねて。
それらは白やベージュ、少しだけ色のついた布があった。
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私は引き出しから、パン切り包丁のような細長い刃物を取り出した。
刃が長くて、少しだけ重い。
手が自然に動く。
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その包丁を布に当てる。
ゆっくり押し込むと、布は驚くほど素直に切れていく。
すっと、細い線が生まれる。
うどんのように1cm位の幅に切っていく。
それを、同じように、何本も。
まるで麺を作るみたいに。
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無心だった。
切って、揃えて、また切る。
音もほとんどしない。
ただ、整っていく。
世界が、少しずつ静かになっていく。
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一握り分、できあがる。
それで十分なはずだった。
それだけあればいい、とどこかで分かっている。
でも——
まだ、半分しか切れていない。
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「あと少し」
誰に言うでもなく、つぶやく。
きりのいいところまで。
半分までは。
そこまでいけば、終われる。
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時計を見る。
6時30分。
一瞬で現実が戻ってくる。
「やばい」
声が出る。
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包丁を置く。
でも、手は少しだけ迷う。
まだ途中の布。
きれいに揃った細い束。
あと少しで、区切りがつく。
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それでも、立ち上がる。
キッチンへ向かう。
お弁当の準備をしなければいけない。
時間は、もう戻らない。
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振り返る。
テーブルの上には、途中まで切られた布が残っている。
整っているのに、どこか未完成。
それでも、どこかで思う。
——これでいいのかもしれない。
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包丁は、静かに光っている。
まだ、続きを待つように。
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私は視線を外して、前を向く。
やるべきことのほうへ。
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それでもきっと、あの布の感触は、しばらく消えない。
きれいに整っていく、あの感覚だけは。
そんなことを考えながら
私は目を覚ました。




