さらば不気味の谷! 私は完璧じゃない君を愛してる!
――ピ、ピ、ピ……。
無機質な電子音に、ゆっくりと意識が浮上する。
視界の端に映るのは、染みのひとつもない白い天井。鼻腔をくすぐるのは、あの過剰な薔薇の香料ではなく、清潔な消毒液の匂い。
「……ここ、どこ……?」
体を起こそうとすると、頭にズキリと鈍い痛みが走った。
そうだ。私、トラックにはねられたんだ……それで、クリラブの世界に行って、そこで攻略対象たちと……。
「うわあぁぁっ!!」
「あ、目が覚めましたか!」
その声に、私はビクリと肩を跳ねさせた。
そこには、心配そうにこちらを覗き込む、一人の男の子が立っていた。茶色の髪に、普通の服。そして何より――ちゃんと肌の質感がある顔。
不自然なテカリのない肌、目の下にはうっすらとした生活感のあるクマ。頬にはニキビがあり、少し無精ひげが生えている。顔のパーツも左右対称の完璧な造形ではなく、人間らしさに満ちている。
(ああっ……本物の人間だ……! 安心感がすごい……!!)
あの発狂寸前だった不気味な日々は……全部、事故で気を失って見た悪夢だったのか。
例のキラキラした粉も、耳をつんざくSE音も、出どころ不明のスポットライトも一切出ていない。ただの、血の通った人間だ。
「はあぁあ、良かった、夢で本当に良かった……!!それで、あの、あなたは……」
「あ、僕、事故の時近くにいて、救急車を呼んだんですよ。救急隊員さんに知り合いと勘違いされて断りきれず着いてきてしまって……。でもすぐ気がついて良かったです」
男の子は困ったように頭を掻いた。見るからにお人好しそうだ。その仕草ひとつとっても、滑らかすぎない自然な動きだ。この青年、どこかで……?
「そうだったんですね……すみません、ありがとうございます。あの、良かったらお名前を聞いても……もしかしてモブ彦とか……」
奇妙な既視感に、私の胸は爆速でコンボを刻み始める。
「モブ……?いえ、桜庭圭介と申します。では、看護師さんを呼びますので。僕はそろそろ失礼しますね」
私は反射的に、彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……あのっ! 変な質問なんですけど……『クリスタル・ラブロマンス』って知ってますか?」
桜庭君は、突然の質問に驚いたようで、ナースコールへ伸ばしかけた手を止めた。
「えっ、……ああ! はい、知ってますよ。僕、インターンであのゲームの開発に関わってたんで。結構変な恋愛ゲームですよね。ツッコミどころ満載で面白かったですよ」
「開発……!?」
「はい。デバッグ作業とか、ちょっとした背景素材や脇役を作ったり……。あ、でも僕が担当したのなんて、誰も気に留めないようなものばかりですけど……」
照れくさそうに笑うその瞬間、脳裏に、あの図書室の片隅で静かに座る彼の姿がフラッシュバックした。
私は思わず桜庭君の手を握りしめた。
「桜庭君……! 私、あなたのこと知ってます! あなたが私を狂気の世界から救ってくれた恩人なんです!!」
「えええっ? 」
困惑する圭介の表情。それはあの世界で欠落していた、モブ君の顔の靄がかった部分を完璧に埋めるものだった。
「私、あなたに会うために、あのゲームの世界から生還したんだ!!」
「看護師さーん! 早く来て!患者さん起きましたよーっ!」
圭介の手がナースコールを連打するが、そんなことお構いなしだ。私は知っている。ハイスペックなイケメンたちがどれだけ束になっても勝てない、この素朴な安らぎを。
「桜庭君! これから私、あなたを攻略します!!」
「ちょ、怖い怖い! やめて!!——あっ看護師さん!この人目が覚めたんですけど、なんか頭を強く打ったみたいで!!」
・
こうして、私は現実世界に戻り、ワクワクする最高の恋愛ゲームが幕を開けたのだった。
窓の外では、セミの鳴き声が響いていた。
終
決して乙女ゲームを貶める意図はありませんので、どうかご容赦ください…。
読んでいただき、ありがとうございました!




