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ドキッ! 美麗なる紫のオーラ! 頭が沸騰する五秒前!

 攻略対象たちの一斉告白という名の物理攻撃からモブ君に救い出された私は、フラフラになりながら中庭を歩いていた。モブ君は用事があると言っていなくなってしまった。私はたまらず、近くのベンチに倒れ込む。


「はぁ、頭がガンガンする……」


「おや、君……どこか具合でも悪いのかい?」


 低く、地響きのようなエコーのかかった声。


 攻略対象その四、保健医のセシル先生だ。もはやここまでくると形式美のように恐怖心が襲ってくるが、勇気を振り絞って振り返る。


(うわっ!この人もやっぱりか……!)


 大人の色気枠のはずだが、今の私には精巧すぎる大理石の彫刻にしか見えなかった。


( 先生……首、首の長さがおかしいです……!)


 先生は白衣のポケットに手を入れ、斜め四十五度のキメポーズで立っているが、その首が爬虫類のように異様に長い。さらに、身体の向きに関わらず頭部だけが常にカメラ目線を維持して、まるで独立した生き物のようにこちらを追ってくるのだ。鎖骨のあたりで皮膚が不自然にねじれ、テカテカの質感で光を反射している。


「ヒィッ! 先生! 結構ですから! 保健室にお帰りください!鎮まり給え!」


「ふふ、大丈夫だ。さあ、私に掴まって――」



 だが、真の恐怖はそこでは終わらなかった。

 突然、学園中の空が禍々しい紫色に染まり、地面から真っ黒な薔薇が急成長して周囲を囲んだのだ。


「……これ……まさか……」


 ――ダンッッ!!!!

 またしてもバカデカSEと共に、一人の男が出現した。


 このゲームの隠しキャラにして、最強の魔道師――名前すら表示されない『???』。彼を見た瞬間、私は言葉を失った。


 王子たちの「不気味の谷」なんて、まだ可愛いものだった。

 造形自体は、恐ろしいほどの美形。だが、肌は毛穴ひとつないシリコンのような不気味な光沢を放ち、瞳はコガネムシの羽のように無駄に玉虫色に輝いている。そして銀色の髪は一本一本が独立して、まるで無数の細い蛇のように意思を持ってうごめいている。


 だが、一番の問題は彼の足元だった。

 彼は地面から数センチ浮遊しているのだが、その浮遊エフェクトの計算がバグっているのか、彼の周囲だけ背景の景色がまるで熱帯夜のアスファルトのように「ぬるん」とぐにゃぐにゃに歪んでいる。しかも歪みの中心では、デバッグミスのような謎の虹色の光が高速で点滅し、網膜を直接焼きにくるのだ。



「ようやく見つけた。僕の運命の人……」


 彼が微笑むたびに、唇の細かい皺が爬虫類のように細かく伸縮する。紫色のオーラが膨れ上がり、舞い散る漆黒の羽根の物量と、空間を歪ませる謎の浮遊エフェクトのせいで、私の三半規管はとっくに限界を超えていた。


「うおぇぇっ……見ちゃいけない、これ以上見たら死ぬっ……。いやっ、いつの間にかめっちゃ近っ!! 」


 異形たちがじりじりと私を追い詰める。



 その時、いつの間にか横に立っていたモブ君が、私の肩をポン、と叩いた。


「……先輩、もう限界ですね。頭がおかしくなる前に、逃げましょうか」


「モブ君……! でも、どうやって!? 隠しキャラの彼、魔力で空間を閉じてるみたいだし!」


 私はモブ君に縋り付いた。彼のシャツの袖は私の涙やら鼻水やらでびちょびちょになってしまったが、構っている余裕もない。


 するとモブ君は、ぼんやりした顔のまま、懐からゲーミングキーボードを取り出した。



「——え、何それ。何でそんなもの持って――」


「あ、これ? デバッグモードに入るためのショートカットキーですよ」


 モブ君がパチパチとキーボードを叩き始めると、私の目の前に青いシステムウィンドウが次々と現れた。


「えーっと、全フラグのリセットと、キャラアセットの削除……あ、『不気味の谷補正』と『ノイズ補正』オフになってる。だからかー。オンにしときますね。あーでもそうするとこっちが……、もう面倒だからログアウトでいいか」


「ちょっと待って! あなた、もしかしてゲームの――」


「お疲れ様でした、先輩。……現実の僕は、もう少し書き込みがあるんで。探してみてくださいね」



 モブ君がエンターキーを強く叩いた瞬間、世界が激しいデジタルノイズとなって弾け飛んだ。


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