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5. 唇>焼き鳥

ノアは、食べかけの塩キャベツの皿をぼんやりと見つめていた。


(おかしい。こんなに旨い焼き鳥を目の前にして、箸が止まるなんて……)


普段の自分ならありえないことだった。目の前のテーブルには、たこわさもフライドポテトも残っている。それなのに、食欲よりも、胸の奥でドクドクと鳴り響く鼓動の方がうるさかった。


隣を見ると、金髪碧眼の友人が、眼帯の友人に何か熱烈な視線を送っている。


「お前、そんなところで何見てんだよ」


誰にともなくノアがそう呟いた瞬間、金髪碧眼の友人がハッと我に返ったようにノアの方を見た。その碧眼が、ノアの緑眼を真正面から捉える。


その瞬間、ノアの心臓はドクン!と、今までで一番大きく鳴った。


――(あ、こいつ、めちゃくちゃイケメンだったんだな……)


長い付き合いの中で、今まで一度も意識したことのなかった友人の整った顔立ちが、スローモーションのようにノアの網膜に焼き付く。ノアは、自分が思わず喉を鳴らしたことに気づいた。


「ノア……お前、なんか変だぞ?」


金髪碧眼の友人が心配そうにノアに尋ねた。その声が、やけに優しく、甘く聞こえる。


「べ、別になんでもねーよ」


ノアは慌ててそう答えるが、もう手は動かない。彼の視線は、皿の上の焼き鳥ではなく、目の前の友人の唇に引きつけられてしまっていた。


ノアの異常な様子と、それに答える金髪碧眼の男性の様子に、黒髪ドレッドヘアの女性が痺れを切らした。


「ちょっとあんたたち、さっきからなんなのよ!急に男同士で熱視線送り合って!ノアまでおかしくなってんじゃん!アンタ、さっきまで焼き鳥にしか興味なかったくせに!」


その鋭いツッコミに、ノアは思わず目線を逸らした。しかし、一度認識してしまった友人の魅力は、もはや抑えきれない引力となってノアを引っ張る。


「……あいつの唇、なんか……テカテカしてね?」


ノアは、そんなことを口に出すつもりはなかったのに、口から言葉が漏れ出してしまったことに、自分自身が一番驚いた。


「はぁ?何言ってんのノア!ちょっと酔いすぎじゃない!?」


黒髪ドレッドヘアの女性は完全に呆れていたが、ノアの言葉を聞いた金髪碧眼の友人の顔が、みるみるうちに赤く染まった。


「な、ノア……お前、俺の唇を……見てたのか?」


まるで告白されたかのように照れる友人の様子に、ノアの胸の高鳴りは限界に達する。


(ヤバイ……これ、もう……飯どころじゃねぇ!)


長年の食への執着を打ち破った、初めての感情。銀髪のノアは席を立ち上がると、そのまま真っ直ぐ、金髪碧眼の友人の元へ向かった。


「ちょ、ノア、どこ行くの!?」


黒髪三つ編み黒縁眼鏡の女性がようやく小声ではない声を上げたが、もう遅い。


ノアは友人の顔の前に立ち、その美しい碧眼を見つめ、そして――。


***


――魔王の城、最上階。


「きゃあああああああああああああああああああ!!!」


魔王はソファから転げ落ちた。水晶玉に映し出されたノアと友人の熱烈な展開に、興奮のあまり絶叫したのだ。


「最高!最高よエアリー!私の目の保養計画、大成功だわ!」


愛読のBL漫画を放り出し、魔王は両手を握りしめてぴょんぴょんと跳ねる。


そこへ、ノックもなしにロゼアが再び入ってきた。


「魔王様!そんな大きな声を上げて、またくだらない本を……って、もしや、あの魔法が効き始めているのですか?」


ロゼアは水晶玉を覗き込み、居酒屋で繰り広げられるカオスを目撃した。


「……なるほど。これは確かに、人類の繁殖活動を停止させ、滅亡へと向かわせる偉大な第一歩です。流石、魔王様!」


ロゼアの顔に、不気味な笑みが広がる。ロゼアは「人類滅亡」という大義名分に心底満足しているようだ。


「ええ、ええ!そうよ!これは偉大な第一歩なの!」


魔王は、人類滅亡のことなど全く考えていないが、とりあえずロゼアの期待に応えるように頷いた。そして、再び水晶玉に目を戻し、頬を緩める。


「はぁ~、やっぱ、イケメン同士は最高だわぁ……」


魔王の「萌え世界征服計画」は、今、確実に進行していた。

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